第101話 婚約解消
皇弟妃エスメラルダの紹介で、エリザベートはサクリード皇家に謁見することが許された。
だがその前にやってきて欲しいと言われたのが俺との婚約破棄だ。
入出国許可証を手に俺たちは隣国の国境近くの教会で、婚約の誓いを取り消す儀式を行う。神父1人しかいない、田舎の教会でだ。
「こちらは確かに正式な婚約証明書ですね。しかも大司教猊下のサインまである。これだけの証書を取り寄せるには相当な思いがあったと思われますが……本当によろしいのですか?」
「はい、元々わたくしの旅に同行してもらうために婚約状態にしていただけなのです。この度別な方との婚姻が決まり、このわたくしを守るための措置は必要なくなったのです」
サクリードへの亡命や勇者パーティーであること、俺やエリザが勇者・聖女なことは言わない。そういう立場の人間を教会は失いたくないはずだからだ。
でもそういうビックネームの名前もあるし、バレる可能性が高いかもしれない。
「最初から彼女の貞操を守る誓いもしております。俺たちは本当に立場のみの婚約関係だったんです」
「それは同行者である私ゲオルグ=オーレンドルフも証人となります」
「こちらが婚約破棄の手続きに必要な書類と手数料です」
前回は成人したばかりのエリザ側の親族として父王の名前が記されているが、あれから2年経ちすっかり大人びた彼女に保護者の名は必要ではない。それに手数料も金貨2枚でいいところを20枚にしてある。10倍にしたのは早くやって欲しいからだ
この金はエリザが持っていた(そして俺のストレージに預けられていた)カイブライト王国で作ったドレスを売ったものだ。出発から2年も経って背が伸び、筋肉もついたのかサイズアウトしてしまったのだ。必死で着ようとしていたが裾丈を別布で伸ばす程度でなく、袖丈や肩幅が合わないのはどうしようもなかった。だからゲオルグの婚約時に自分のドレスを新調したのだ。
ちなみに聖女服は日々の戦闘時にも着ているので、修理や大きくなることを見越して大きめに作られていた。よってちょこちょこ自分で仕立て直しして着ていたのだ。この裁縫の技術は聖女修行の一環なのだそうだ。
「エリザも出来ることあるじゃん」
「失礼ね! なんか出来ないことばかりみたいに言わないで。でも一から服を作るほどの技術じゃないわ。裁断してあったらまだしもね」
「そっか、生地を裁つには型紙がいるよな」
「そういうものなのね。裁縫師にサイズを測ってもらって布を当てて裁断しているところしか知らないから」
お姫様ならそれが普通だ。
「確かその布が型紙になるんだよ。最初から高価な生地でやったら失敗した時のダメージがデカいじゃん。女性のドレスはパーツが多くて1枚の生地量も大きいしな」
本来なら元の立場を表すものとして残せるものは出来るだけ残したかったみたいだけど。だから1枚だけ式典用に作られた王族の印が刺繍され、宝石の飾りがふんだんについているものだけ残し、あとのものは売った。異国風が面白いのと、状態が良かった(テレジアに汚されたドレスは持ってきていない)ため、金貨25枚になったのだ。
「思ったよりお金にならなかったわ。教会の寄付はあんなに多い必要あったかしら」
「殿下、大司教クラスに認めてもらった婚約の破棄ですよ。決して吝嗇な真似はしてはなりません」
「わかっているわよ。でもこれからお金がかかりそうだから、気にしているだけ」
「それなら金をどこかで稼いでもいいんじゃないか? サクリードにも冒険者ギルドやダンジョンがあるだろ?」
「それはあちらの意向を確かめてからだな……。でも殿下はダメだ。王族に嫁ぐ聖女をおいそれと連れまわすわけにいかないだろう?」
「別にエリザはいなくてもいいじゃん? 俺たちに何か融通してもらえれば」
さほど儲からなくても、全然入ってこないよりましなはずだ。
「ちょっと勝手に決めないで。そういうことしていいかもわからないのよ」
「でも全く収入がないのも困るだろ。治癒魔法なら俺も使える。だからアンタには防御の魔法陣に力を込めてもらうのはどうだ? それなら対価になるだろ。俺たちも旅費が必要な訳だし。
それにゲオルグだってこれからも俺と行動を共にするわけじゃないだろ?」
「今のところ行くところがないから、しばらくついて行くつもりだが……」
「俺についてきてもあんま意味ないと思うぞ。それよりフィリシア嬢の所へ行って、本当の婿にしてもらってもいいんじゃないか? カイブライトはもうダメだと思ってるんだろ? 彼女の国で基盤を作れば、家族も呼び寄せられるだろ」
「そうだが……彼女とは名目上だけの婚約だからな。思ったより早く国を出たので、特に盾の役目も果たしていないし。迷惑を掛けただけかもしれない」
「そんなことないと思うぞ。彼女の役には立っているはずだ。迷惑なら言ってくるだろ」
「その連絡もギルド宛てになるんじゃないか? 国に当てれば中身を検閲されるだろうから」
「そっか。とにかくエリザの亡命がすまないとギルドには行けないって訳だな」
「そうだ。できればこちらの国から、改宗の上嫁入りしたと連絡して欲しいね」
「それはエリザ自身にやってもらおう。それくらいはしてもらってもいいと思うぞ。わざわざこの国まで一緒に来たんだから。あとフィリシアの件はベリンダに尋ねてもいいかもしれない。彼女ならきっと事情を聴いているだろ。俺たちが国から逃げていることも知っているわけだし」
「だから勝手に決めないで。わたくしは嫁入り前提の亡命よ? これまで通りにはいかないはずよ」
「わかった。黙る」
俺は非を認めた。彼女は結婚してから、今後何らかの決定権はあるのか不安になった。
「でもテレジア殿下はエリザベート殿下を追ってはいないようだね。彼女が来るならこの国かバルティス王国のはずだし。この婚約を破棄させない処置もしそうだしな」
それはそうだ。俺にはテレジアの考えがわからない。今後彼女の力を削げるとしたら、立場的にはエリザしかいない。まるで警戒していないように感じる。なぜだ?
いくら考えても答えは出なかった。
翌朝再び教会に行き、婚約解消の届け出が受理されたと報告があった。婚約破棄にするより通りやすいのだという。エリザは清々しい顔をしていた。
「よかったわ。早速戻るわよ」
「ああ、これまで世話になったな」
「何言っているの? あなたはわたくしの側付きをしてもらうわよ」
「それはゲオルグだけでいいんじゃないか? 彼はちゃんとした貴族で、しかも改宗しないから外国人として扱われる。でも俺は国籍のない異世界人で、ただの平民だ。サクリード皇国が利用しようと思えばできるだろ。俺はもう誰にも利用される気はないんだ。
知りたいことがあったけど、あの国は国民にならないと情報は開示されないじゃん? でも国民になるには改宗しないとダメじゃん? 俺あの国が骨を埋めていい国かわからないんだ。エリザみたいに覚悟を決めて選ぶなんてできないからな」
一晩考えての結果だった。
実はちょっと疑問に思ったのだ。普通女性貴族の側付きって女性だろ。しかも名前だけとはいえ元婚約者だ。そんな人間を側に置くのはおかしい。その時エリザの婚約者という立場は異世界人であった俺の立ち位置を決めるためのものでもあったと気づいたんだ。それがなければただの平民で流浪の民だ。
それなら俺をどうこうしようと文句は言えない。でも俺は元の世界に帰るんだよ。
それにエリザとの結婚で得るサクリードの利益ってなんだ?
もちろん強力な聖女をものに出来るのも利点だろう。でも結婚して生まれる子供に神聖力が発現しなければ、大きな価値はない。
しかも皇弟妃は自分の子に無理やりでも、神聖力を目覚めさせるつもりだ。
同じ世代に2人いればいい跡継ぎ。もう必要ないのでは?
では何がメリットか? と考えた時に俺自身のことが浮かんだんだ。
カイブライト王国ですら隷属させてまで使い倒そうと思われていたんだ。それをサクリードがさせない理由はない。
エリザが嫌いなわけじゃない。仲間だとは思っている。でも結婚してパーティーを辞めるなら、もう仲間じゃない。サクリードの皇族だ。
立場も何もかも違う、警戒すべき相手なのだ。
俺はもう誰にも使われる気はない。
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