第9話 萌香ちゃん
村を一緒に出たいというわたしのお願いにユーダイ様は何か困ることがあるみたいだ。
「何か大きな問題がありますか?」
「ある。君はこのマーナ国の都会に行きたいんだよね?
俺らは転移でこれからバルティス王国へ向かうんだ。実はSSS級冒険者として依頼を受けているんだよ」
転移! ラノベではありふれたスキルだったけど、この世界では人間には使えないスキルと言われている。お仲間が魔族だから使えるのかな?
でもSSS級の依頼ってことは、かなり危険な仕事ってことだ。つまりついて行くだけでも大変ということかもしれない。
「でもおばあさまと伯父様のファンみたいだしね。あのコンサートに呼ばれるくらいなら、相当熱心だったんだろう?」
「はい! 10歳から32年間ファンアートとクリスマスカードを送り続けていました!
そんな人いっぱいいたでしょうけど。お2人のおかげでプロのイラストレーターになれたですよ」
「アッ!」
ユーダイ様は何かに気が付いたようだ。
「もしかして前世のペンネーム、『柳ほまれ』さん?」
「ど、どうしてそれを!」
もちろん本名じゃない。ペンネームをつけた時が友達と夏祭りに行った帰りで、その時に渋い柳に燕の浴衣を着ていたのだ。だから最初の案は柳つばめだったんだけど、落語家さんの名前に似たものがあった。それで女子サッカー部だった友達がレジェンドの名前を取ってつけてくれたのだ。
「妹の萌香がファンだったんです。あなたへの招待を推薦したのはあの子だったんですよ。俺もあなたの薄い本を買いに無理やりイベントへ買いに行かされたことがあります。当時15だったけど、背があるんでサングラス掛ければ何とかなるって言われてね。
あの日も公演が終わったらサイン貰おうって、萌は言っていました」
そっかー、そう言えばチラチラこちらを見ていたな。あの子たちが本たちを買ってくれていたなんて!
無事に済んでいたら、いくらでもサインしてあげたのに。
「とても嬉しいです。
でもユーダイ様もアレ読んでたんですか? 結構ハードなBLだったんですけど」
ちゃんと18禁にしていた。でも明らかに子どもじゃない限り、声掛けなんかしない。基本全部売りたいから、みんな暗黙の了解で売っていると思う。
「読んでたというか、妹の解説付きで読まされたというか……。
俺の妹はね、小学校までは本当にかわいくていい子だったのに、中学に入ったら突然腐っちゃったんです。友達のお姉さんに感化されてしまってね。しかも本まで作り始めてしまって……でも大事な妹ですからね、腐っても見捨てられなくて」
いくら何でもちょっとひどい言い草だと思う。私は笑い顔がひきつるのを感じた。
「ハハハ、腐女子だって人間が悪い訳じゃないんですよ」
「それはわかっています。祖母も大叔父も音楽を仕事にしていて、友人に同性愛者は少なくなかった。だから偏見を持たずに接していたら、伯父様が男のストーカーに狙われていたこともあって……ファンだからご存じですよね?」
もちろん知っていた。アル様の美しさに惹かれて、彼をストーキングするついでにエリーゼ様を篭絡しようとした輩がいたのだ。もちろん真の狙いはアル様だ。エリーゼ様はそれを見抜いて交際を断ると、逆上して彼女をナイフで切りつけようとしたのだ。マジ許せない!
これ以外にもアル様と付き合えなかった女性がエリーゼ様を階段から突き落とした事件もある。そんな話がごろごろしているのがルエーガー兄妹だった。
「萌だけはまだ幼いと教えなかったら急にハマってしまって。でも好きなものを否定するのも何だし。ただ読むだけならまだしも描き始めて困ってしまったんです。
だから家族や親せき友人を作品にしたり、売ったりしないことだけはきつく条件を付けていました。描くんだったら既存のコミックか、アニメのキャラだけにしろってね。もちろんBLだけでなく、TLもです。
家族の一員である萌がそんな本出したら、暴露本だと言われてしまいますから。
特に俺はカーライル社の次期CEOとして教育されることが決まっていたのに、友達との仲を勘ぐられていましたからね」
まぁこんなハンサムなお兄さんが側に居たら、わたしも勘ぐるかも。ちょっと仲がいいだけで妄想できちゃうのが腐女子の性なのだ。
それが妹の書いた本なら、その風評被害も真実味を帯びる。
だいたいわたしが雄大くんの顔を知っていたのも、彼がその教育を受けることになったとビジネス雑誌に取り上げられていたからだ。カーライル社の動向=エリーゼ様近辺のニュースだからね。
「あー、なんかわかります。わたしの知人にもアル様とエリーゼ様の近親愛ものを書きたいって人いました」
わたしが大好き過ぎて友達に布教したら、仲の良いお2人を見てそっちに走ってしまったのだ。解釈が違いすぎでどうしてそうなった? と思ったのを覚えている。
お2人は純然たる兄妹愛だからいいのだ。
情報王である義理の祖父に天才音楽家の祖母と大叔父、その妻もハリウッド女優だった。そんな華やかな人間関係はつい作品にしたくなる。それがセクシャルな内容なら、フィクションだろうが何だろうが真実の様に捉えられてしまうだろう。その方が面白いからだ。
「わかりました。柳先生の依頼をお受けします。もし妹と再会して先生を見捨てたなんて知られたら、一生口を利いてもらえなくなります。
だけど俺たちは先にバルティス王国には行かないといけないんです。仲間がすでに入国していますから。ですから一緒にバルティスへ来ていただけませんか?
その仕事が終えたら、いくらでも行きたいところへお連れします」
ああそうか、ユーダイ様はずっと萌香ちゃんを探していたのだ。確かにへのへのもへじの案山子なら、中学生ぐらいの子でも再現できる。
「あの、敬語じゃなくていいですよ。今はただの村娘レナです」
「でもあなたは優れた絵師で、ご結婚されてお子さんもいて、酸いも甘いもかみ分けた大人ですよね?
しかも俺なんかよりずっと年上です」
「前はね。でも今は12歳です。マーナ国にこだわってないんで、バルティス王国へついて行きます」
そうしてわたしは無事村を出ることが出来た。その後、二度と村へ帰らないことになろうとは思ってもみなかった。
お読みいただきありがとうございます。
柳ほまれ先生でなければ、連れて行きません。
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