【悲報】ハズレ姫、実はとんでもない天才でした
エドワードは職務中であるにもかかわらず、既に王宮の王族専用エリアにある自身の私室へと戻っていた。
上着を乱暴に脱ぎ捨ててベッドへと倒れ込み、無言で天井を睨みつける。
正妃の産んだ第三王子という極めて高貴な血筋ゆえ、エドワードは幼い頃から周囲に過保護なほど優遇されて育ってきた。だが、だからこそ「血筋だけの無能」と見なされるのを激しく嫌い、彼は人一倍の努力を重ねてきたのだ。どんな困難からも逃げることなく、常に真っ正面から挑み、己の義務を果たしてきた。
それなのに、あの女はどうだ。
王女という至高の立場に生まれ、数々の特権と恩恵を当然のように享受していながら、その立場に伴う義務を果たそうともしない。
エドワードが最も嫌悪する、怠惰な人種そのものだった。
そんな王女に、たとえ三ヶ月の期間限定とはいえ仕えなければならない己の境遇が許せない。だが、ここで職務を放棄して逃げ出すことも、彼のプライドが許さなかった。
そもそも、ヴェルヴァス王国は隣国であるにもかかわらず、最終日の夜会ギリギリにダリスへ入り、事前の一週間催されていたガーデンパーティーにすら顔を出さなかった。
他国の干渉を寄せ付けず、自国の圧倒的な富だけで強気な独立体制を貫く傲慢な国──それが、エドワードのヴェルヴァス王国に対する認識だった。そこの王女なのだから、多少の我が儘や身勝手は想定していたつもりだった。
だが、今回は完全に想定外だ。あそこまで不真面目だとは。
頭に上った血がどうしても収まらないエドワードは、寝転がっているのにも耐えかね、再び執行部の置かれている大広間へと向かった。がむしゃらに仕事をこなすことで、苛立ちを紛らわせようとしたのだ。
「エドワード様、まだ残られるのですか?」
気付けば夜も更け、大広間にいた他の王子たちの姿はすでになかった。
「悪い、もう少しだけ書類を確認していく。お前たちは先に上がって構わない」
スケジュールの調整補佐をしてくれていた王宮の文官たちに声をかけ、エドワードは再び山積みの書類へと視線を落とした。
◇
ようやくキリがつき、そろそろ部屋へ戻ろうかと席を立った時だった。
ふと、隣のデスクに厳重に積まれている、今日の『王太子妃教育』の試験の答案用紙が目に留まる。
また不愉快な現実を思い出し、エドワードは小さく溜息をついた。そして、なんの気なしに、確認を終えた答案の束を手に取り、パラパラとめくり始める。
三十五点、六十五点、二十点、零点。
──零点!?
あまりの低得点に一瞬手が止まる。まさか、あのハズレ姫がやらかしたのかと慌てて名前を確認するが……ルリネットの名ではなかった。
(……フゥ)
不思議なことに、どこか安堵している自分がいた。
気を取り直してめくり直す。二十五点、九十点……まあ、妥当な点数だ。今回の試験は、大王国の王子たちであっても満点を取るのは不可能と言われるほどの鬼門、悪問が並ぶ超難関なのだから。
七十五点、百九十点。
「……っ!?」
およそあり得ない高得点に、エドワードは驚愕して答案を凝視した。
他の王女たちの答案とは明らかに異なり、解答欄の隅々まで、精緻な文字が真っ黒になるほど書き殴られている。それも、ただ埋めているだけではない。解答を精読していくと、全問正解しているのだ。
ならば、なぜ満点である『二百点』ではなく、十点マイナスの『百九十点』なのか?
不思議に思って答案の最後へ目を走らせ、エドワードは呆然とした。
大王国の厳格な試験のルール──最後の一行にある「自筆の署名」が、綺麗に抜け落ちている。これにより、一律十点の減点措置が取られたのだ。
なんて勿体ないうっかりミスをする王女だ、と苦笑しながら名前を確認しようとしたエドワードの手が、完全に凍りついた。
そこに記されていたのは──。
『ルリネット・フォン・ヴェルヴァス』
「…………な」
どれほどの時間が流れただろうか。
静まり返った大広間で、エドワードは指一本動かすことができなかった。鼓動の音だけが、耳の奥でうるさいほどに鳴り響いている。
あの王女は、なぜ。
二時間の制限時間をたっぷり残して退出した、あのルリネットが……。
「努力もせずに投げ出した」わけではなかった。彼女は、他の王女たちが二時間かけても半分も解けない悪魔的な難問を、ものの数十分で『全問正解』させ、ただ署名だけを忘れて優雅に帰っていったのだ。
何も見ていなかったのは、自分の方だ。
彼女の能力を、本質を、何一つ確認もしないまま、ただの怠け者だと決めつけて怒鳴り散らした。
己のあまりの浅はかさと情けなさに、エドワードは奥歯が痛くなるほど強く唇を噛み締めた。
謝罪しなければならない。一国の王子として、そして彼女の執事として。
いや、しかし、あんな大口を叩いて怒り狂った直後に、一体どんな顔をして合わせればいいというのか。
エドワードは、あの「やる気ゼロのハズレ姫」の、どこか憎めない澄ました笑顔を思い浮かべながら、深夜の大広間で深く頭を抱え込むのだった。




