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王女の企み  作者: まこ


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19/20

【朗報】我が国の王女、大国の王太子をダンス中に(天然で)おとす

エドワードとモニカは、まるで今生の別れかのように私を心配していたけれど、案ずることはない。これでも私はヴェルヴァス王国の第一王女。

夜会のひとつやふたつ──まぁ、実際のところ一度も出たことはないのだけれど、人生なんていつだって出たとこ勝負よ。

「ルリネット王女殿下、お迎えに上がりました」

私のエスコート役として現れたのは、ダリス大王国の近衛騎士団に所属する……確か、ファビウスとかいう名前の青年騎士だったかしら。

正装に身を包んだ彼を見上げ、綺麗に目が合う。私が緊張をほぐすために「よろしくね」とニコッと微笑みかけてみせると、ファビウスは瞬く間に顔を真っ赤にし、カチコチに固まって俯いてしまった。

(何なん? こいつ……。私がそんなに恐ろしい顔でもしていたかしら?)

そんな疑問を抱きつつ、ファビウスに導かれて一歩足を踏み入れた夜会会場。……その瞬間、私は圧倒された。

今回の夜会は、以前行われた「選定儀・開会の儀」の夜会と比べても格段の差があった。悔しいけれど、びっくりするほど煌びやかで、空間すべてが光り輝いている。そして何より、視界に飛び込んできたビュッフェ台の料理やスイーツのクオリティが格違いに高い!

(ちょっと、前回の夜会より明らかに豪華じゃない! 後でエドワードに『私の時は手を抜いたの!?』って絶対に文句を言ってやらなきゃ!)

会場の最奥へ進むと、すでにダリスの王族一同がずらりと並んでいた。

流石は大国の最高権力者たち、一族が正装で揃うと実に見事な威圧感だ。中央の一段高い席に国王夫妻が並び、その下段には、なんと八人もの王子たちが一列に整列していた。

(……八人。こうして綺麗に横並びにさせられているのを見ると、ちょっと滑稽で笑っちゃうわね)

そんな不敬な感想を抱きつつ視線を這わせると──よし、エドワード見っけ!

他の王子たちが営業用の完璧な王族スマイルを浮かべる中、エドワードだけがこれ以上ないほどの仏頂面で立っている。私とバチッと目が合った瞬間、彼の眉間がわずかに動いた。

私はすかさず、彼にしか見えない角度で、自分の人差し指で両の口角をぐいっと持ち上げてみせた。『もっと口角を上げなさいよ(笑顔を作りなさい)』という必死のメッセージである。

(……?)

しかし、エドワードはかすかに首を傾げ、怪訝そうな目を向けてくるだけだった。

(──伝わらないわ! ったく、こういう時に機転の利かない使えない男ね。後でたっぷりお説教ですわね、これは)

その時、会場に高らかなファンファーレが鳴り響いた。

一斉に水を打ったように静まり返る場内。すべての視線が入り口の大扉へと集中する。ゆっくりと開かれた扉の向こうから現れたのは、リラ大王国王太子──マクシミリアンであった。

漆黒の正装には、流麗なゴールドの刺繍が重厚に施されている。真っ直ぐ前を見据える彼の表情はどこまでも冷たく、恐ろしい。まるで一流の彫刻家が彫り上げた大理石のように、無機質で、触れれば凍りつきそうな雰囲気を醸し出していた。

その後ろには、昼間見た五人の屈強な護衛。さらにその後ろにも、何やら大国の威信を背負った臣下たちをゾロゾロと引き連れている。

各国の王女たちが緊迫した面持ちで見守る中、リラ王国のイザベラ様だけは、兄の登場に小さく優しげな微笑みを浮かべていた。

(……あんな血も涙もなさそうな奴でも、やっぱりお兄様なんですものね。お昼間はちょっと言いすぎちゃったかしら?)

一瞬だけ反省の念が浮かんだものの、目の前に運ばれてきた山積みの極上スイーツに意識を完全に持っていかれているうちに、国王陛下のお言葉も聞きそびれ、いつの間にか夜会が始まっていた。

「壁の花」とはよく小説で聞く言葉だが、ルリネットの場合は少し違った。彼女は壁から遠く離れた、食べ物が一番充実している特等席のテーブルを陣取り、贅沢な料理を次から次へと口に頬張っていたのだ。

他の王女たちにとって、大王国の王太子や王子たち、有力貴族が集まるこの場はまさに「絶好の社交日和」。誰もが必死にアピールを続ける中、一人だけ完全にディナーを楽しんでいる。

ようやくお腹も満たされ、「うーん、そろそろ少し動いてカロリーを消費するべきかしら?」とルリネットがお腹をさすった、その時だった。

「──ヴェルヴァス王女。私と一曲、ダンスはいかがかな?」

低い、耳に心地よく響く声が頭上から降ってきた。

(あ、これね! 小説でよく読んだことがあるわ。誰からも声が掛からないと『壁の花』になって可哀想なことになるのよね? よし、まずは第一関門の壁の花はクリアね!)

「私でよろしければ、喜んで──」

満面の笑みで顔を上げたルリネットだったが、相手の顔を視界に捉えた瞬間、思考が停止した。

(うわっ! 昼間の不審者!!)

案の定、ルリネットの心の声は表情にダダ漏れであった。

「もちろん、喜んで、だろう?」

マクシミリアンは傲慢に口角を上げると、拒否する隙も与えずに強引にルリネットの手を引き、自身のアームの中へと滑り込ませた。

流麗なワルツの音楽が奏でられ、ダンスが始まる。ルリネットはステップを踏み外さないよう、必死に足元を意識して踊り始めた。

何やら上からマクシミリアンが話しかけてきているが、今のルリネットにそれに応じる余裕など一ミクロンもない。

「ちょっと、静かにして、黙ってて! 今、私はこう見えても命がけで必死なのよ! 貴方も知っての通り、私はこういう場に慣れていないの。だから、貴方が上手くリードしてエスコートしてくださらないと大惨事になるわ!」

大国の王太子に向かって「黙れ」と言い放つ不敬っぷりだったが、ルリネットはルリネットなりに、人生初の公の場でのダンスに必死に挑んでいた。

一瞬、マクシミリアンは驚いたように目を丸くしたが、すぐにククッと喉を鳴らして笑った。

「……なるほど。なかなか筋が良いな。ダンスはかなり上手いではないか」

ステップに全神経を集中させているルリネットは、マクシミリアンの顔を見ようともせず、床を睨みつけたまま答える。

「ダンスのレッスンは死ぬほどやったわよ。だけど、こんなきらびやかな夜会で踊るのは生まれて初めてだし、お兄様たち以外の男性と踊るのも、今日が人生で初めてなのよ!」

頭の中で必死に「ワン、ツー、スリー」とステップを数えながら、早口で答える。

「そうか。……貴女は、本当に王女らしくないのだな」

ボソッと、どこか愛おしむように呟かれたマクシミリアンの言葉に、ルリネットはカチンときて、思わず彼の胸元を小突くようにステップを踏んだ。

「王女だけど、王女らしくないから今こうして必死に頑張っているのよ! 私がステップを間違えて笑われるのは別にどうでもいいけれど、私のせいで『ヴェルヴァス王国』が笑われるのだけは、絶対に黙って見てられないわ!」

ルリネット本人は大真面目に必死だったが、傍から見れば、そのステップは初めてとは思えないほど優雅で、美しく洗練されていた。

周囲の貴族たちは、いつの間にか二人のためにスペースを空け、まるで絵画から抜け出してきたかのような美男美女の完璧なダンスに、うっとりと溜息を漏らしている。

「上手く踊れていないと焦っているのは、世界中で貴女だけだ。ほら、そんなに床ばかり見ていないで、顔を上げてみろ」

マクシミリアンの優しい声に促され、ルリネットがおずおずと顔を上げると、周囲の人々が温かく穏やかな拍手と視線で自分たちを見守っているのが見えた。

その視線にようやく安堵したルリネットは、ふぅと息を吐き、目の前のパートナーを見上げた。

「……不本意だけれど、貴方のリードのおかげね。ありがとう」

一点の曇りもない、素直な本心からの感謝の言葉。

それを至近距離ではっきりと告げられた瞬間──あの冷徹無比だったマクシミリアン王太子が、耳の付け根まで真っ赤に染まり、次の言葉を失って呆然と立ち尽くした。

最後の美しいターンで、ルリネットの身体がふわりと宙に持ち上げられ、クルリと華麗に回されて着地する。音楽の終止符と同時に、会場からは割れんばかりの大歓声と拍手が響き渡った。

ルリネットは完璧にエスコートをこなしてくれた彼に、最高の微笑みを添えて美しいカーテシーを捧げ、締めくくった。

湧き上がる拍手の中、マクシミリアンはゆっくりとルリネットの手を取り、別れ際にその耳元へと顔を寄せ、低く囁いた。

「──貴女のその美しい瞳の色が、私の色と混ざり合う日が、今から本当に楽しみだ」

彼は意味深な笑みを残すと、スマートに身を翻し、控えていた側近たちの元へと戻っていった。

その刹那。彼の身体がすれ違った瞬間、かすかに鼻腔をくすぐった香水の香り。

(……あれ? この匂い……)

どこかで、確実に嗅いだことがある。それも、最近、とても印象的な場所で──。

ルリネットは必死に記憶の引き出しをひっくり返し、頭を巡らせたが、あと一歩のところで答えには届かなかった。

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