【悲報】我が国の王女の「大丈夫」、絶対に大丈夫じゃない
「一体、何があったのですか!?」
息を切らせて駆けつけたエドワードは、マクシミリアンたちの後ろ姿を鋭く睨み据えた後、すぐにルリネットへと向き直って尋ねた。当のルリネットは、掴まれた手首をさすりながら、心底面倒くさそうに吐き捨てる。
「拉致ろうとしたのよ、あの男!」
「なっ……拉致!?」
驚愕のあまり目を見開くエドワード。しかしその横から、一緒に控えていた我が国の侍女モニカが、至って冷静なトーンで口を挟んだ。
「エドワード様、ルリネット様のお話を額面通りまともに聞いてはなりません。まずは事の全てを順序立てて聞いてからご判断くださいませ」
「……なるほど、合点がいきました」
モニカの的確すぎる忠告にストンと納得した表情を浮かべ、エドワードはコホンと咳払いをして再びルリネットへと視線を戻した。
「ちょっと、二人とも失礼ね! これでもかなり譲歩して、事を分かりやすく要約してあげた結果が『拉致』よ!」
部屋に戻るなり、モニカが淹れてくれたお茶をゴクリと一気に飲み干し、ルリネットは不満げに二人を睨みつける。
「要約されなくて結構ですから。最初から何がどうなったのかを話してください」
諭すようなエドワードの口調に押され、ルリネットは渋々、ガゼボでのマクシミリアンとの傲慢極まりないやり取りの一部始終を話し始めた。
◇
「……つまり、リラ大王国の王太子に対して、真っ向からケンカを売ったということですね?」
「そこ!?」
エドワードの開口一番のまとめ方に、ルリネットは目を丸くした。
「私が売ったんじゃないわよ! あっちがふっかけてきた理不尽なケンカを、正当防衛で買い取ってあげただけよ!」
フン、と不貞腐れてそっぽを向くルリネットに、エドワードは頭痛をこらえるように額を押さえて呆れ声を出す。
「仮にも大陸の二大勢力の一角である、リラ大王国の次期国王ですよ? そんな恐ろしい御方に、よくもまぁそれだけの大口を叩けたものです」
「そんな国際的な勢力図なんて私は知らないわ。どこの誰だろうと、初対面の令嬢に『見られないことはない』だの『バカなのか』だの言う男は、例外なくただの失礼な男よ」
プイっと顔を横に振る主の頑固さに、エドワードは困り果てた様子で、一段と声を潜めて話しだした。
「……非常に困ったことになりましたね。実は今夜、そのリラ大王国王太子の歓迎の夜会が宮殿で催されるのです。私は現在、こうして『執事』として王女にお仕えしておりますが、これはあくまでダリスの内政の範疇。外政問題となる他国の王太子の歓迎式典となれば……私は本来の立場である『大王国の第三王子』として出席しなければなりません」
「え? それのどこが問題なのよ?」
ルリネットは不思議そうにパチパチと瞬きをする。
「王族の皆様と、ダリス大王国の貴族たちで盛大に歓迎するのでしょう? 私はお部屋でマカロンでも食べながら待っているから、いってらっしゃ~い!」
ひらひらと軽快に手を振るルリネット。
「当初の予定ではそのはずだったのです。……ですが先ほど、リラ側からの強い要望により、急遽『各国の王女たちも全員参加せよ』との要請が下りまして」
「はぁ? ねえ、それっておかしくないかしら?」
ルリネットは露骨に嫌そうな顔をして身を乗り出した。
「ここにいる各国の王女は、ダリス大王国の王太子妃候補でしょう? そもそも大王国の王太子妃の座を狙いにきている野心的な王女たちよ? 『ダリスがダメならリラ大王国の王太子でもいいわ♡』って、乗り換える可能性だって大いにあるじゃない」
「おっしゃる通り、我々執行部もそのリスクを懸念しました。集められたのが一国の貴族の令嬢であればダリス側の権限で何とでも断れたのですが……皆様は曲がりなりにも各国の王女。妃候補である前に『各国の王族代表』としての外交的観点から要請されては、ダリス側としても無下に断る術がなくて。──ですからルリネット王女、私が何を言いたいか、お分かりですね?」
エドワードが極めて神妙な面持ちでルリネットの瞳を見つめる。
「え? さっぱり分からないけれど……」
直後、部屋の中に「はぁぁ……」という深い溜息が二つ、綺麗にハモって響き渡った。エドワードとモニカが揃ってシンクロするように頭を抱え込んでいる。
「ですから! 今夜の夜会は、今までの講義とは比べ物にならないほど過酷な『社交の戦場』になるということです! 失礼ながら、ルリネット王女はこういった大国同士の泥臭い社交は初めてでしょう? しかしながら、他国の王女方は幼少期から外交の場に駆り出されている百戦錬磨のベテランばかりですよ」
「だから、それがどうしたの?」
「ですから! 他の王女たちからすれば、これまで完璧な成績を収めてきた貴女の足をすくい、大衆の面前で恥をかかせて引きずり下ろす、絶好のチャンスが到来したわけですよ!」
プレッシャーをかけるために言ったエドワードの言葉だったが、それを聞いたルリネットは、恐怖に怯えるどころか──その美しい唇の端をニヤリと吊り上げた。
「……まぁ。何だか最高に面白そうじゃない!」
「笑い事ではありません!!」
エドワードがすかさず一喝する。
「とにかく、今回の夜会だけは私の目が届きません。くれぐれも気を引き締めて臨んでください」
ルリネットは少しだけ顎に手を当てて考え込む素振りを見せた後、再びニヤリと自信に満ちた笑みを浮かべて胸を張った。
「大丈夫! この私にすべて任せておきなさい!」
──ルリネット王女の言う「大丈夫」は、高確率で「とんでもない大波乱が起きる」という意味であることを、エドワードとモニカの二人はこれまでの経験から痛いほどに知っているのだった。




