第七十六話 日常に混じる匂い
グウェンが席に着くと、
どこからか、ふわりと香水の匂いがした。
だが、その奥に微かに煙草のような匂いが混じっていた。
紡は一瞬だけ眉をひそめたが、
グウェンの表情はいつも通り柔らかい笑顔のままだった。
リリアも不思議に思ったのか、声をかけた。
「グウェン様、おひとりですか?」
「あぁ、ちょっと気分転換に庭に出ていたんだ。その帰りに君たちの話が聞こえてね」
「庭にですか?」
リリアが首をかしげると、
グウェンもそれを真似するように、同じ角度で首を傾げた。
その仕草が妙に軽く、紡は胸の奥に小さな違和感を覚えた。
「それでグウェン様! 遠征を増やした理由って何なんですかー?」
トントンと資料の向きを整えながら、
ミミルが尋ねると、グウェンはまた悪戯っぽい笑顔を見せた。
「遠征を増やしたのは、何も嫌がらせではないんだよ?」
「いや…………それはまぁ、嫌がらせでしたら驚きですけど……」
リリアのツッコミに、グウェンが喉の奥で笑いをこぼした。
「ハハッ。遠征を増やしたのは陛下からの指示だからだよ」
「アウレリウス陛下のですか?」
アウレリウス・グラウフェルト――
それは、グウェンたちが暮らすグラウフェルト王国の現国王の名だ。
思いもよらない大物の名前が出たことで、
リリアは目を丸くして驚きの表情を見せた。
ミミルが身を乗り出すと、
グウェンは近くのペンを手に取り、指先でくるくると回し始めた。
その落ち着きのなさに、紡はまた眉を寄せた。
「そう。陛下からは、勇者召喚術が急に行われなくなった理由の調査をするよう言われているのと――」
グウェンはペンを回す手を止めずに続けた。
「アマノ君を召喚した術者から聞き出した情報から、
やはり勇者召喚術を広めているのは“無輝の徒”で間違いなさそうだからね。
本格的に彼らの捕縛、もしくは排除を求められてるんだよ」
リリアは心配そうに目を瞬かせた。
「理由はわかりました……ですが、なぜ“再編の針”にそのような指示を?
“無輝の徒”は国家レベルで対処すべき相手ではないんですか?」
「もちろん。調査は国も行っているさ」
グウェンは軽く肩をすくめた。
その仕草はどこか投げやりで、普段の彼らしくなかった。
「だが、召喚されてくる異世界人が減れば、
“再編の針”は自ずと必要がなくなってくるからね。
……まぁ、使えるものは使おうという腹積もりなんだろうね」
穏やかな笑顔を見せるグウェン。
だが紡は、その笑顔の奥に微かな苛立ちを感じ取った。
席に座った時から感じていたが、
今のグウェンは、どこか“感情が表に出すぎていた”。
紡はこっそり隣の鈴木に耳打ちした。
「鈴木さん……グウェンさん、もしかして……」
「あぁ……天野君も気づきましたか……」
二人は確信した。
今のグウェンは、酒場で見せた“もう一つの性格”になっている。
というのも、リリアとミミルと話しながら、
グウェンはペンをいじったり、小さく足を揺らしたりと、
普段の落ち着いた雰囲気とは明らかに違っていた。
「……一人みたいですけど、まさかまたネロたちに黙って
抜け出してきてるとかないですよね?」
「わからない……けど、あの様子から見るとその可能性は高いかもしれない」
二人はなんとなくだが、
グウェンの言っていた “気分転換” が、
実のところ煙草を吸いに行っていたのではないかと感づいていた。
もしネロに理由を説明して席を外していたとしても、
ネロが煙草を許すわけがない。
おそらく、ネロに黙ってどこかで喫煙し、
その匂いを香水で誤魔化そうとしたのだろう。
「香水で誤魔化そうとしているあたりの雑さが、
前に見た”グウェン”さんっぽいですよね」
「そうですね……実に”グウェン”さんぽいですね」
二人が笑いをこらえながらも
こそこそ話しているのに気づいたのか、
グウェンが視線を向けると、
ニッコリと笑いかけてきた。
その笑顔は柔らかいのに、どこか“空虚”だった。
「二人とも、どうかしたかい? コソコソ話してるみたいだけど」
びくりと肩が跳ねる。
「いや! でも遠征が増えると大変ですよね?
この報告書、最終的に全部グウェンさんも目を通すことになるんですよね?」
「そうだね。でも君たちがある程度重要度ごとに分けてくれてるから助かってるよ。
……最近はスヴェンにも手伝いをしてもらっているしね」
「スヴェンさんって……グウェンさんの弟さんですよね?」
「そうだよ? 普段は家周りの仕事を手伝ってもらっているんだけど、
少しずつ“再編の針”の仕事も手伝ってもらっているんだ」
紡は首をかしげた。
「なんでですか?」
「ん? なにがだい?」
グウェンは本当にわかっていないように首を傾げた。
その無邪気さが、逆に紡の胸にざらりとした違和感を残した。
「いや……すみません。ふと、弟さんにグウェンさんの仕事を手伝わせてるのは
なんでなのかなぁ……と思ってしまって」
「ハハハッ。まぁ僕は未だ独り身で後継者がいないからね。
何かあった時、次の当主はスヴェンになるんだから。
当主の仕事として”再編の針”の仕事を弟にも教えるのは、
何もおかしな話じゃないだろう?」
「はぁ……そういうものですか……」
紡の胸に、言葉にできない違和感が広がった。
公爵という高い地位にいるのに、
なぜ後継者を作ることではなく、
弟に当主の仕事を教えているのか。
まだ若いのに、
なぜ“今から”仕事を引き継げるように準備しているのか。
――まるで、
グウェンが何かに追われているように。
時間を気にして焦っているように。
紡は、そんな印象を強く抱いた。
閲覧いただきありがとうございます。
グウェンさん自身は香水には興味ないけど、
周りにいるネロとかスヴェンが勝手に用意しています。
でもたぶんグウェンは違いとかわからず、
適当に持ち出してきてると思うので、
違う香水の匂いと混じっていて、
女性陣は煙草の匂いより、
多分そっちの方がきになっていていたと思います。
まぁ煙草なんて吸っている人の近くいるだけで移ったりしますし、
グウェン自身が吸ってたとは思いもしないので指摘してない感じです。
では!また次回もよろしければまたお付き合いください




