第七十五話 増え続ける報告書
あれからまた数日後。
“再編の針”の職員達は、相も変わらず仕事に追われる日々が続いていた。
紡たち事務職員も、
なかなか減らない書類整理に日々悪戦苦闘していた。
今も、リリア、ミミル、鈴木を合わせたいつもの4人は、
資料室で、受付した異世界人たちからの相談事に対する報告書や、
戦闘部隊から挙がってきた遠征時の報告書の整理などを
朝から分担して行っていた。
「はぁ……疲れました……」
机にだらりと突っ伏し、頬を押しつけたままミミルがため息をつく。
指先で机をとんとん叩きながら、不満を全身で表していた。
「もうミミルちゃん、すぐにだらけない。今はまだ勤務中よ!」
リリアは厳しい口調で注意したが、
その言葉とは裏腹に、口元は緩み、目元は優しく弧を描いていた。
つんつんとミミルの頬をつつく姿は、どこか幸福そうですらある。
「むー、だってぇ……最近の忙しさはおかしくないですか?」
ミミルは突っ伏したまま、不満げな顔だけ上げて訝しげに言った。
その様子に、リリアは小さく笑った。
「まぁ、言いたいことはわかるわ……仕方ないじゃない。
正直、トラブルに巻き込まれるのは日常茶飯事だし。
私たちは異世界人に関連するお仕事をしているんだから」
そう言いつつ、リリアは楽しげにミミルのほっぺをむにむにとつつく。
そんなリリアには慣れているのか、
ミミルは全く気にする様子もなく続けた。
「違くて! トラブルもそうなんだけど……!
その異世界人さんが新しく来た様子はないのに、
こんなに忙しいのがおかしいって話をしたいの!」
「え? どういうことですか?」
二人のやり取りをこっそり見ていた紡が思わず声を上げると、
ミミルは同じ格好のまま、顔だけ紡の方へ向けた。
「だってさー、ここ数か月の間は新しく異世界人さんが来てないのに、
戦闘部門からは毎日のように遠征の報告が来るし……
それに異世界人さん達からの相談事もやけに多くないですか?」
ミミルは隣に積み上げられた報告書の山をペラペラとつまみ、
大きなため息をついた。
「ここ数か月、新しくこちらに来る異世界人がいないって……
その口ぶりからだと、普段はそんなに多いものなんですか?」
紡が続けざまに質問すると、ミミルは驚いたように目を丸くした。
「そっか、アマノさんはまだここに来て日が浅いから知らないのか。
実はね、異世界人がこちらの世界に来ることってそんなに珍しくなくて。
大体1か月に2~3人。多い時は5人くらい来たこともあったかな……」
「それってめちゃくちゃ多くないですか?!」
紡の驚きに、リリアは困ったように微笑んだ。
「そうね……でもそれだけ多いからこそ、
“再編の針”をスクルディガー家が立ち上げたのよ?」
「スクルディガー家って、グウェンさんの?」
紡の問いに、リリアは小さく頷いた。
「えぇ。異世界人達は元々、各国がそれぞれ管理していたんだけど……
管理がずさんだったり、そもそも保護されずに犯罪に巻き込まれたり……
当時は大変だったらしいわ」
リリアは手元の書類を軽く整えながら、
少し遠い昔を思い出すように視線を落とした。
「そんな時に、当時のスクルディガー家当主が、
契約している精霊ノルンの力と私財を使って、
異世界人達のサポートを始めたの」
紡は思わず息を呑む。
ミミルも、さっきまでのだらけた姿勢を正し、耳を傾けていた。
「その行動に感銘を受けた当時の王様たちが、
金銭面の支援を各国で受け持つ代わりに、
異世界人の保護・管理・生活支援をスクルディガー家に任せて、
“再編の針”という組織を創ったらしいわ」
リリアはそこでようやく顔を上げ、
柔らかく微笑んだ。
説明を聞き終わると、
紡はふと疑問を感じた。
手にしていた書類を無意識に握りしめながら、口を開く。
「ん……? そもそもなんでそんなに異世界人の召喚が多いんですか?
脅威も去って勇者は不要になったから、勇者召喚術は各国が封印してるって話ですよね?」
その言葉に、
それまで黙々と作業していた鈴木の手がぴたりと止まった。
眉間を押さえ、少し考えるように息を吐く。
「たしかに……僕もここに来たばかりの頃、不思議に思って
グウェンさんに聞いたことがあったんだけど……」
鈴木は椅子に深く座り直し、
視線を机の一点に落としたまま続けた。
「グウェンさんの話では、この件には“無輝の徒”という
組織が関与しているらしい」
「“無輝の徒”って何ですか?」
紡が身を乗り出すと、
鈴木は少しだけ声を落として説明を始めた。
「“無輝の徒”は、精霊術士と非契約者――いわゆる一般人との
差別撤廃を掲げている組織だよ。
でも実態は、今の貴族社会に不満を持つ反貴族派の集団で……
いわゆるテロ組織みたいなものらしい」
ミミルは思わずペンを止め、
不安そうに鈴木の言葉を聞いていた。
「その人たちが、精霊術に対抗できる戦力を集めるために
わざと色んな場所で勇者召喚術を広めてるのではないか……って話らしいよ」
鈴木は積み上げられた報告書の山に視線を移し、
肩を落とした。
「だから戦闘部門は異世界人の捜索・保護だけじゃなくて、
“無輝の徒”の情報収集と捜索も兼ねて遠征をするんだけど……
確かに、最近やけに遠征が多いね。これはグウェンさんの指示で……?」
「はい……そうみたいです……」
ミミルは再び机に突っ伏しながら、
心底疲れたように呟いた。
「グウェン様はなんでこんなトラブルが続いてる中で
わざわざ遠征を増やすんでしょうか……」
鈴木は首をひねった。
「……確かにミミルさんの言う通り、
天野君が来て以降、新しく来た人の話は聞かないのに……
遠征を増やした理由は何だろう……
グウェンさんのことだから、何か考えがあっての指示だろうけど……」
「遠征を増やした理由が気になるのかい?」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」「きゃぁぁああああ!」
突然、背後から声がして、
鈴木は驚きの声を上げ、
ミミルは飛び起きて悲鳴を上げた。
振り返ると、そこにはニコニコと笑顔を見せる
グウェンが一人立っていた。
「グウェンさん!
い、いつから来てたんですか!! 心臓が飛び出るかと思いましたよ!!」
鈴木は胸を押さえて肩で息をし、
ミミルは驚いた拍子に崩した書類の山を涙目で必死に集めていた。
そんな二人の様子を見て、
グウェンは悪戯っぽく笑った。
「ハハッ、驚かせてしまったね。たった今来たところだよ」
そう言うと、みんなと同じテーブルの席に自然と座った。
どことなく楽し気に見えるグウェンの笑顔を見て、
紡は、酒場で初めて会った時のグウェンを思い出した。
閲覧いただきありがとうございます。
お待たせしました、第4章に入りました!
初心者のくせに、思ったより長い作品になってきてますが、
今の段階で最後までの展開は考えてるので、
最後までちゃんと書ききる予定です……
見守っていただけると嬉しいです……へへ……
ちなみに、書類整理は他の職員も別の場所でやってます。
正直いらん情報なのでまぁ裏の設定的な感じで……
この4人だけじゃなくて他の事務職員も頑張ってるはずです……
引き続き頑張って投稿を続けていきますので、
よろしければお付き合いください。




