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再編の針と失われた縁  作者: 神田長十郎
第三章 変化の兆し
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第七十二話 定められた結末

「うぅ……」


鈴木が低く苦しげな声を漏らした。

歩くたびに胃のあたりを押さえ、足取りが重い。


結局、あれから残った料理をフィーロ以外の3人で何とか食べきり、

施設へ戻るころには、空はすっかり夕暮れ色に染まっていた。


「鈴木さん……だから無理しないほうがいいって言ったのに……」

「いや…………まぁそうなんですけど……うぅ」


鈴木は気分が優れないのか、口を手で押さえ、

時折ふらつくように肩を揺らした。


紡は鈴木の背中をさすりながら、

(……あれだけ食べれば無理はないか……)

と心の中で苦笑した。


施設の門をくぐると、

ちょうど玄関前でレオンとグウェンが話している姿が見えた。


二人とも、どこか張り詰めた空気が漂っていた。

レオンは腕を組み、グウェンはわずかに俯き気味で、

風が吹くたび、二人の外套が静かに揺れる。


「グウェン様!」


ネロが駆け寄ると、

グウェンはゆっくりと振り返り、穏やかな笑顔を向けた。


「おかえり。ゆっくりできたかい?」


その声は柔らかく、

まるで何事もなかったかのようだった。


だが――

紡は気づいた。


(……さっきより、顔色が悪い?)


ほんのわずか。

けれど確かに、グウェンの頬は青白く、

目の奥に疲労の影が見えた。


ネロも気づいたのか、眉を寄せた。


「グウェン様……本当に大丈夫なんですか?」


グウェンは一瞬だけ目を細め、

すぐに柔らかな笑みを浮かべた。


「大丈夫だよ。

少し……疲れただけさ」


その笑顔は優しいのに、

どこか“貼り付けたような”ぎこちなさがあった。


レオンが横目でグウェンを見る。

その視線は鋭く、探るようで、どこか苛立ちも混じっていた。


「無理しないほうがいい。もう中に戻ろう」

「無理なんかしてないよ。

フフッ君たちは本当に心配性だね」


そう言うと、軽く肩をすくめる仕草を見せた。

だが、ネロたちからは

”頼むからおとなしくしてくれ”という視線が向けられていた。


紡は思わず口を開いた。


「グウェンさん、どうして外に?

さっき別れたあと、どこか寄ってたんですか?」


グウェンは一瞬だけ目を伏せ、

すぐに穏やかな笑顔に戻った。


「少し気になることがあってね。

ネロたちと別れた後、ちょっと寄り道をしていたんだ。

僕たちも今戻ったところだったんだよ」


「寄り道……?」


ネロが不安そうに聞き返す。

「どこに行かれてたんですか?

何かあったんですか?」


「ネロ」


レオンが低い声で制した。

その声には、いつもより強い圧があった。


「話を聞くなら中に入ってからにしよう。

ここで立ち話する内容じゃない」


ネロはハッとし、周囲を見回した。

夕暮れの玄関前には、職員が数人行き交っている。


「……すみません」

「いや、ネロが悪いわけじゃないよ」


グウェンは優しく微笑んだが、

その目の奥には、どこか“遠さ”があった。


「そうだね。

みんなも気になるようであれば、執務室に来なさい」


グウェンがそう言うと、

レオンは小さく息を吐き、

「……行くぞ」

と短く言って扉を押し開けた。


ネロ、フィーロ、鈴木、紡は顔を見合わせ、

それぞれ胸に小さな不安を抱えながら、

グウェンたちの後に続いた。


――


執務室の扉が閉まると、

外のざわめきが嘘のように静まり返った。

空気がひんやりと重く、

まるで部屋そのものが息を潜めているようだった。


グウェンはゆっくりと椅子に腰を下ろし、

胸元に手を当てて、ひとつ深く息を吐いた。


レオンは壁にもたれたまま腕を組み、

じっとグウェンを見つめていた。

その視線は、グウェンのわずかな異変も見逃すまいとするように鋭かった。


ネロ、フィーロ、鈴木、紡は緊張した面持ちで席についた。

椅子がわずかに軋む音が、やけに大きく響く。


しばらく沈黙が続いた後――

グウェンが口を開いた。


「……さて、寄り道の話だったね」


グウェンは珍しく、言葉を探すように視線を彷徨わせた。

その沈黙に耐えきれず、レオンが静かに口を開く。


「……俺たちは、もう一度酒場に行って、様子を見に行ってきた」


紡は思わず背筋を伸ばした。

レオンの声は低く、どこか刺々しい。


「酒場に……?なぜそんなことを?」


ネロが身を乗り出す。

その手は無意識に膝の上で握りしめられていた。


レオンは短く息を吐き、

いまだ黙っているグウェンへ視線を移した。


「グウェン…様が、最後に話していた男がいただろう?

そいつにもう一度会いたいって言いだしたんだよ。理由は……教えてもらってないがな」


グウェンは目を伏せ、

指先で机を軽く叩いた。

その音が、静まり返った部屋に乾いた音を響かせる。


「えぇ……彼、ウィリー君のことが気になってしまってね……

結果的には……会えなかったけどね」


「なぜグウェン様はそんなにあいつのことを気にかけているんですか?」


ネロの声は震えていた。

不安と、理解できないものへの恐れが混じっている。


グウェンはゆっくりと顔を上げ、

どこか遠くを見るような目で言った。


「……確かめたかった……からかな」

「確かめたかった……?」


ネロが眉を寄せる。

フィーロも不安そうに兄の袖をぎゅっと握りしめた。


グウェンは静かに続けた。


「……僕が助言をしたことで、彼が変わったかどうかを、だよ。

どうやら……何も変わらなかったようだけど……」


ため息をつきながら椅子の背に体重を預けると、

ギシリという音が部屋に響いた。

その音が、妙に冷たく感じられた。


紡は息を呑んだ。


(変わったかどうか……?

まるで“結果を知っている”みたいな言い方だ……)


レオンが低く言う。

「お前、また“視た”んだな」


グウェンは答えず、ただ微笑んだ。

その笑顔は、どこか寂しげだった。


紡は喉がひりつくのを感じながら尋ねた。

「ウィリーさんの……なにが視えたんですか?」


グウェンは一瞬だけ紡の方へ視線を向け、

そのまま静かに目を閉じた。


「…………彼はね……きっと今頃川にいる」

「川……?」


ネロが息を呑む。

鈴木は思わず背筋を伸ばした。


「そう………あの時、僕はもう一度忠告していた。

“川には近づくな、ここにいれば見つかることはない”と伝えたんだ」


グウェンは優しく笑った。


だが――

その笑顔の奥に、

紡は“冷たい何か”を感じた。


「でも……あの場に居なかった。

……ということは、きっと今頃僕が視た通りになっているんだろうね」


紡の心臓が強く脈打つ。


「見つからない。って……グウェンさんは何を言っているんですか?

それじゃあ、ウィリーさんが何かから逃げてるみたいな……」


そこまで言って、紡は嫌な考えが浮かんだ。


「……グウェンさん。今日女性が殺されていたそうなんです………。

その人は…………酒場で男と言い争いをしていたらしくて…………

衛兵がその男の人を探してるって……」


紡の声は震えていた。


「もしかして、グウェンさんが助言したそのウィリーさんは……

事件に関係しているんですか……?」


「そうだね」

グウェンはあっさりと認めた。

その無造作さが、逆に恐ろしかった。


ネロが不安そうに口を開く。

「グウェン様……なぜ……そのような助言をされたんですか?」


グウェンは目を閉じ、

ほんの一瞬だけ沈黙した。

その沈黙が、部屋の空気をさらに重くする。


そして――

ゆっくりと目を開き、穏やかな声で言った。


「……どうしてだろうね、僕にはわからないよ」

「……?」


「ただ今の僕は、これでよかったと思っているよ。

僕の選択では、過程が少々変わったとしても……”運命は変わらない”。

…………それが結果として確認できた」


その言葉に、

紡の背筋がぞくりと震えた。


(……グウェンさんにはいったい何が……いや、どこまで視えてるんだ?)


その時――


レオンがグウェンの机を強くたたき、

声を荒げた。


「……グウェン!!自分が何をしたのかわかっているのか!?

もしアイツが本当に犯人だとしたら。

お前の助言は幇助にあたるんだぞ?!」


グウェンは肩をすくめ、

どこか楽しげに笑った。


「フフッ……そうだね。結果が変わっていればそうなっていたね」


「でも……結果は変わらなかった」


グウェンは微笑んだ。

その笑顔は、どこか現実から離れているようだった


ネロが不安げに尋ねた。

「……今からでもその男を探して衛兵に伝えましょうか?」


グウェンは少しだけ目を伏せた。


「……いや、必要ないよ。

僕たちには……もうどうすることもできない」


その言葉は、

まるで“結果を知っている者”のようだった。


紡は胸の奥がざわつくのを感じた。


(……まさか……)


紡からの視線に気づいたのか、

グウェンはにこりと笑いかけると、

続けて言った

「それに……実は……酒場を確認しに行った後に

もう衛兵たちには報告は済ませているんだ。

“事件に関わっているかもしれない人物を見た”とだけ伝えたよ。

おかげで戻るのがこの時間になってしまったんだ……」


言い終えるとグウェンは立ち上がり、

軽く手を叩いた。


「さて。

今日は本当に迷惑をかけたね。

残っている仕事は明日に回していいから、

もう休みなさい。スズキ君も……顔色が悪いようだしね」


その声はいつも通り優しいのに、

どこか“終わり”を告げるような響きがあった。


紡たちは不安を抱えたまま、

執務室を後にした。


そして――

その翌日。


ウィリー・ペリドットは、

川で冷たくなって発見されたという報告が入った。

閲覧いただきありがとうございます。


少し投稿が遅くなってしまいました。

3章はこの辺りで締めくくりになります


次回もよければ見ていただければ幸いです!

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