第七十一話 食事をしよう。人の金で
ネロたち食事をしに行った組の視点になります
「ではグウェン様、行ってまいります。
すぐに戻りますので」
「フフ……食事くらいゆっくりでいいよ。
……行ってらっしゃい」
レオンに背中を押されるようにして、
ネロたちはゆっくりと歩き出した。
振り返ると、グウェンがまだ手を振っていた。
その姿が見えなくなるまで、ネロは何度も振り返った。
紡は、短い距離を何度も何度も振り返っては、
嬉しそうにしたり、悲しそうにしたりと
コロコロと表情を変えるネロを見て、思わず声をかけた。
「ネロ?そんなに心配か?」
「当たり前だろ。殺すぞ」
さっきまでの小動物のような可愛げが一瞬で消え、
間髪入れずに切れ味しかない言葉を浴びせられ、
紡は笑顔のまま固まった。
しばらくして、ようやく思考が動き出す。
(……ん~あれだな、ネロはすぐに物騒なことを言ってくるな……
なんでだ?何かしたか?
もしかして……あれか?思春期か……?
そうか……思春期なら仕方ないよな。
うんうん、俺も大人なら、思春期真っ盛りの
少年が照れ隠しで言った発言くらい、
大目に見てやらないといけないよな……)
紡はうんうんと首を振り、自分の考えに納得しようとした。
――が
全然できなかった。紡は普通にムカついてしまっていた。
思わず年下に対して反撃するように嫌味を言うくらいムカついていた。
「へぇ~?さっきまでレオンさんと『任せたぜ相棒』みたいな顔してたのに?
ちょっとグウェンさんと離れただけでこれって……
堪え性がなさすぎじゃないか?子供かよ」
「~~ッうるさい!この役立たず!!」
「なっ!確かに大したことはしてないけど……
そこまで言わなくたっていいだろう?!」
二人は往来で互いににらみ合い、
ぎすぎすとした雰囲気を作り出し、周りがざわつき始めた。
「まーまー二人とも、落ち着いて!
天野君、あんまり年下の男の子をそうやって揶揄うもんじゃないよ!」
鈴木があきれながらも間に入り、なだめるも、
二人はガルガルとうなりながらにらみ合いを続けていた。
そんな微妙な空気感の中、
フィーロがネロの袖をつまみ、
クイクイと引っ張る。
「兄さん、行こう。お腹すいた……」
その仕草があまりに小動物めいていて、
その場の空気がほころんだ。
ネロもさっきまでガルガル言っていたとは思えないくらい
態度が一変し、兄らしく、フィーロに対して優しく笑いかけた。
「……あぁ、悪かったなフィーロ。行こう」
そう言うと、ネロはフィーロの手を引いて、
近くの店に足を向けた。
途中、すれ違いざまに、紡の横顔を見て、
鋭くにらみつけるとフンッと鼻を鳴らした。
「なんなんだよ……」
確かに今回……いや、普段も別に大した役には立っていないという自覚はあったが
ここまで恨まれるような心当たりもなく、
どことなく紡は居心地悪さを感じ、ガシガシと乱暴に頭をかいた。
ふいに肩をポンと叩かれる。
振り向くと鈴木が苦笑いを浮かべながら、
「僕たちも行こうか」と先を促した。
――
―
店に入ると、昼時を過ぎているせいか客はまばらで、
所々空席が空いていた。
おかげですぐに木のテーブルに案内され、四人は席につく。
「はぁ~~……やっと座れた……」
鈴木が椅子に沈み込み、背もたれにぐったりと寄りかかった。
その姿に、紡も思わず笑ってしまう。
「鈴木さん、今日ずっと走り回ってましたもんね」
「いやほんと……朝から地獄だったよ……
書類は山積みだし、グウェン様は行方不明になるし……」
「あはは……って、あれ?そういえば、今朝言ってた仕事は終わったんですか?」
紡の言葉にピクリと反応した鈴木は、
ゆっくり姿勢を正し、深いため息をついた。
「あぁ……いや、まだだけど……
レオンさんに修正はしてもらったから、
あとは報告書まとめてグウェンさんに提出するだけだし……
戻ってからすぐ取り組めば……まぁ今日中には何とか終わらせられるかな……」
あははと笑っていた鈴木は、
軽く背伸びをし、覚悟の決まった顔をしていた。
そんな鈴木の様子にネロは小さくため息をついた。
「…………いつもすまない。俺にも手伝わせてくれ」
ネロの発言に、「え?!」っと期待が込められた笑みを浮かべ、
勢いよく顔を向けたが、すぐに年下のそれも未成年の男の子であることを思い出し、
コホンと一つ咳払いをすると、改めて聞き返した。
「いや…………それは助かりますが……いいんですか?」
「あぁ、レオンはいつも通りとはいえ……
今回はグウェン様の件でも巻き込んでしまっているからな」
「あはは……まぁグウェン様が行方不明って聞いてしまっては、
職員としては放っておけないですからね……」
「レオンさんがいつも通りってところは別に何も思わないんですね」
紡たちがそんな話をしていると、
突然、店員が飲み物と大量の料理をドンとテーブルに置いた。
あまりの量の多さに、一瞬思考が止まったが、
紡はすぐに運んできた店員を呼びとめた。
「あ!あの!俺達まだ注文してないんですが!」
「はぁ?何言ってるの?
そこのお嬢ちゃんから注文は受けてるわよ?」
「え?」
三人の視線が店員の指さした方向に集中する。
そこには、運ばれてきた料理をフォークで口に運び、
幸せそうに口いっぱいにしてもぐもぐしているフィーロがいた。
ネロが片手で顔を覆い天を仰ぐと、
すぐにテーブルをダンッと拳で叩き、
眉を吊り上げながら叱りつけた。
「フィーロ!!グウェン様のご厚意とはいえ、
さすがに頼みすぎだ!なんだ!このバカみたいな量は!?」
「…………グウェン様、そんなケチじゃない」
「料金の話をしてるんじゃない!こんな量食いきれないだろ!?」
「……食べれるもん」
「嘘をつくな!お前はそう言っていっつも残すだろう!!
しかも、こんな脂っこそうで腹に溜まりそうなものを何皿も……」
「……色んなの食べてみたかったんだもん」
「だとしても!一皿いったい何人前で頼んだらこの量になる?!
少しでいいなら1人前ずつ頼めばいいだろう!」
今日はレオンはいないんだぞ!どうするつもりだ!」
「…………食べるもん…………」
途中レオンという単語を聞いて、
紡は“いつもはレオンさんに後処理させてるんだなぁ”と
その光景が安易に想像でき、心の中で同情した。
「ま、まぁまぁ。他のお客さんもいるし……ネロ君落ち着いて……」
「いいや!今日という今日は兄としてはっきり言わせてもらう。
フィーロ、お前は自分の胃袋の大きさを自覚しろ!
誰がその後始末をすると思ってるんだ!」
(普段はレオンにさせてるのでは?)
紡が思わず口に出そうになったが、
今言えばネロの怒りの矛先が自分に来るのは明らかなので、
おとなしく、運ばれてきた飲み物を口にしながら
心の中だけでツッコミを入れた。
「…………グウェン様はいつも良いって言ってくれる……」
「グウェン様を引き合いに出すな!大体なぁ!」
「あぁぁほら!ネロ君!僕たちも頑張って食べるから?ね!
天野君!」
「えっ!!」
突然鈴木に話を振られて、紡はひたすら嫌な予感がした。
「…………はぁ。もういい。さっさと食べてさっさと帰るぞ」
ネロは席に腰を下ろすと、無言で料理を口に運んだ。
「…………天野君。頑張ろうね……」
「は、はぁ……」
紡もとりあえずフォークを握り、
目の前の肉料理を刺して口に運んだ。
「ん……うまい」
一口食べた瞬間、じゅわっと肉の油の甘味と、
程よい塩気、そして肉汁が口いっぱいに広がり、
思わず笑みがこぼれた。
「確かに……これはおいしいですね」
鈴木も料理の味に感動していると、
通りかかった店員が嬉しそうに声をかけてきた。
「お?嬉しいね!こんなに注文してくれて、
こっちも作り甲斐があるってもんだよ!
最近はいろいろあったからね……客足もまばらになっちまってね」
店員は店内をぐるっと見回し、
寂しそうに眉を下げた。
「特に今日なんか、近くで人殺しも出たらしいじゃない?
そのせいで全然客が来なくてね……」
(昼時を過ぎてるからって理由だけじゃなかったか……
この人の少なさは……)
紡は店の中にいた客の少なさに納得がいった。
そのまま店員は続けて言った。
「なんでも、衛兵たちも犯人の手掛かりになるものが見つけられないって、
さっきから表が騒がしくてね……」
「やっぱり……犯人まだ見つかってないんですか?」
「あぁ。やだねぇ……
今日だけで二人も殺されるなんて……この辺りも物騒になったもんだよ」
「……二人……??」
紡は聞き間違いかと思い、店員に聞き返した。
「そうだよ。そのせいもあって、街の中は今衛兵が駆けずり回ってて……みんな怯えててね……
なんでも被害者のうち一人は女性だったらしいじゃないか。私も怖いってなもんで」
するとその話を遠くで聞いていたのか、
別のテーブルにいた男たちが吹き出し、店員に向かって声を上げた。
「なーに言ってんだ!ねぇさんは心配することねぇだろ!」
「あ?何あんたら。やろうってのかい?」
血相を変えた店員がその男に向かって詰め寄ると、
焦ったように続けた。
「おーおっかねぇ……!ち、ちげぇよ!
ねぇさんには大将がついてんだから心配いらねぇだろってんだよ!」
声を上げた男は、持っていたジョッキを厨房に向ける。
「なんだい、そういうことか。全く!変なこと言うんじゃないよ!」
店員は照れくさそうにその男の背中を叩くと、
勢いよくむせた。
「今日だけで二人も……なんだか気になりますね……」
鈴木が顎に手を置き、深刻そうな顔をすると、
店員が目を丸くした。
「ん?あんたら知らなかったのかい?
今街ではこの話題で持ちきりだってのに」
店員が男の首に腕を回しギリギリと締めながら、
鈴木のつぶやきに反応した。
店員の腕をパシパシ叩き、やっと解放された男は苦しげに言った。
「でも……女の方の犯人は、すぐ見つかるんじゃないか?
……なんでも、最近酒場で男と言い争っていたから、
そいつがなんか関係してるんじゃないかって聞いたぜ?」
「酒場で……?」
今まで黙っていたネロがピクリと反応し、呟いた。
男は頷くと続けるように言った。
「あぁ……詳しくは知らんが、なんか色恋沙汰で派手にもめてたらしいぜ?」
紡も何か聞いたことがある内容だと感じ、少し考えると――
思い出した。
「そういえば……グウェンさんがそんなこと話してませんでした?
ほら……なんか女の人に振られたとかで恋愛相談に乗ったとか……」
「……そういえば、確かになんかそんなような話してましたね?
でも酒場って言っても、たくさんありますし、
言い争いをしていた、というだけでは同じ人物とは断言はできませんけどね……」
鈴木の言うとおり、酒場なんてところは、
酒を飲んで気が大きくなる人も多い。
正直言って酒場で言い争いやいざこざなんてものは
あって当然。と言ってもいいようなものだ。
それを最近聞いた話だからと言って無理に関連付けることもできない。
―が
紡はなぜかグウェンから聞いていた話に出てきていた男
が気になって仕方なかった。
(何か引っかかるんだよな……なんでだろう……)
ふと顔を上げると、ネロも同じように何か引っかかっているような表情をしていたが、
次の瞬間、一瞬だけ目を丸くした。
「…………グウェン様、そういえば最後にその男に何か言っておられた……」
ネロのつぶやきで、紡も最後の光景を思い出した。
『これは僕からの“最後のアドバイス”です』
「グウェン様は……あの時何を伝えていたんだ……」
ネロが何か思いつめたような顔をしていた。
(確かに……グウェンさんと話した後、あの男の人、
明らかに様子がおかしかった……)
その時――
「…………もうおなか一杯」
フィーロが満足したように、持っていたフォークを
テーブルに静かに置いた。
テーブルの上には、ほとんど運ばれたときと
変わらない量の料理が残っていた。
ネロは、残った皿とフィーロの顔を交互に見ると、
肩を震わせながら声を上げた。
「おい!フィーロ!
お前やっぱり残してるじゃないか!!しかもこんなにたくさん!」
フィーロはプイっと顔を背けながら不満げに言い返した。
「……頑張って食べた。兄さんたちは全然食べてない……」
「頑張って食べたって……一口ずつくらいしか食べてないだろう?!」
「……そんなことないもん……早く帰りたい……」
「お前ッ!また勝手な事ばっかり!!」
「ちょ、ちょっとネロ君!落ち着いてください!
天野君!もうこうなったら死ぬ気で食べるしかないですよ!」
紡の嫌な予感は的中した。
「ちょっと待ってください。
なんで鈴木さんはそんなにやる気満々なんですか?!」
なぜかハイになっている鈴木を制するように言うと、
鈴木は自嘲気味に笑い、表情に陰がかかった。
「……天野君、サラリーマンをやるとね……
色んなむちゃぶりやハラスメントに耐える精神が培われるんだよ……」
「鈴木さん!!そんな悲しい背景で培われた精神を
異世界でも披露する必要ないんですよ?!」
その後も謎のテンションに流され、
事件の話は自然とフェードアウトしてしまった。
閲覧いただきありがとうございます。
フィーロは小食
ネロもそんなに量は食べれないタイプです。
紡は食べれないことはないけど、無理してまでは食べないタイプ
鈴木は無理して食べて体調を崩すタイプです。
ちなみに普段、グウェンが人が美味しそうに食べる姿を見るのが好きなため
フィーロに好きに注文させてしまい、
こういった事故がよく起きてます。
そのたび、ネロが頑張って食べますが、
最終的にはグウェンがレオンを呼びつけて、全部食べさせてます。
レオンは普通に食べれるタイプなので、いやがらせではないです。
次回もよければお付き合いください。




