第六十七話 いつも通り
レオン達が階段を下りていくのを見届けたネロが振り返る。
「……?」
グウェンの様子が少しおかしい気がして、
ネロは声をかけた。
「グウェン様? どうかなされましたか?」
顔を上げたグウェンは、変わらずニカっと笑うと、
「いいや。何でもない。それより、ネロに頼みたいことがあるんだが」
と言い、手で近くに来るよう合図した。
ネロが指示に従って近づくと、
グウェンは耳元でそっと何かを囁いた。
ネロは一瞬驚いた顔をしたが、
すぐに真剣な表情に戻り、姿勢を正して丁寧に頭を下げた。
「かしこまりました。すぐにお持ちします」
そう言って、コツコツと階段を下りていった。
残された鈴木は、どんな指示を出したのだろうと
横目でこっそりグウェンを見る――
が、ばっちり目が合い、咄嗟に視線をそらした。
「鈴木、君にもお願いがあるんだが」
ニッコリと笑うグウェンは、どこかいつも通りの雰囲気だった。
「はい……なんでしょうか」
鈴木が気を取り直して聞き返すと、
グウェンは少し恥じらいながら、ぼそりと話し始めた。
「いや……こんなこと頼むのはどうかと思うんだが……」
そして、鈴木にも耳元でこっそりと指示を出した。
話し終えると、鈴木は下を向き、
静かに眼鏡を指で押し上げた。
「……わかりました。今すぐ買ってきます……」
「すまんな……なんか……言うタイミングがなくてだな……」
「いえ……気にしないでください」
そう言うと、鈴木も階段をタッタッタと駆け下りていった。
2階には、グウェンとフィーロだけが残された。
「さて……フィーロ」
小さな呼びかけに、フィーロはピクリと反応し、顔を向けた。
「あいつらが返ってくる間……
俺と話しながら待っていようか?」
グウェンは自分の太ももをポンポンと叩いた。
「……うん」
フィーロは駆け寄り、太ももに腰を下ろした。
グウェンが頭に手を置き、ゆっくり撫でる。
白く柔らかい髪が、指の間をするすると抜けていく。
「…………グウェン様? 何かあったの?」
「あぁ……聞いてくれるか、フィーロ」
そう言うと、フィーロの顔に手を添え、
自分の口元へ耳を近づけさせた。
「……――」
レオンと紡は再び冒険者ギルドに訪れていた。
ロビーは相変わらず賑やかで、
男女問わず多くの冒険者たちが集まり、ガヤガヤと話している。
その中で、派手な服装の男が袖を振りながら声をかけてきた。
「おや、やっと戻ってきましたわ」
相変わらずのへらへら笑顔だった。
「ラオフさん……すみません、何度も……」
紡が申し訳なさそうに頭を下げようとすると、
ラオフは手で制した。
「まぁまぁ、気にせんでええよ? アマノ君は」
どこか棘のある言い方に、レオンは眉をピクリとさせたが、
深呼吸して落ち着くと、ラオフへ向き直った。
「すまない。こちらにコートを置いて行ってなかっただろうか」
レオンが素直に尋ねたのが意外だったのか、
ラオフは少し目を見開き、初めて柔らかい笑顔を見せた。
「……ちゃんと預かっとるで」
受付に合図を送ると、
受付嬢が丁寧に畳まれたコートと所持品をトレイに乗せて運んできた。
「……その様子だと、ちゃんと会えたようやな」
ラオフは懐かしむようにコートを見つめ、
それをレオンへ手渡した。
レオンは静かに受け取り、寂しげに「……あぁ」と返した。
その後は特に問題もなく、
コートと所持品を回収したレオンは、
「助かった」
とだけ言い、足早にロビーを出ようと扉に手をかけた――
その背中に、ラオフが声をかけた。
「グウェンは……いつも通りやったんか?」
レオンは少し間を置いてから答えた。
「あぁ……いつも通りだったよ……」
それだけ言って、去っていった。
紡はその様子をじっと見つめながら思った。
(……これ俺いらなくないか……)
出番もなく、あまりにもあっけなく回収が終わり、
やるせない気持ちを押さえつつレオンの後を追おうとした時――
ラオフに腕を掴まれた。
「なんですか?」
紡が首を傾げると、
ラオフはいつになく真剣な顔で言った。
「アマノ君。なにかあったら、うちに来ぃや」
それだけ言うと手を離し、
またいつもの笑顔に戻った。
「ほなな」
紡は意味がわからず戸惑いながらも、
「はい、その時は」
とだけ返し、扉を出た。
レオン達が戻るとすぐに、
「おかえり」
という声が聞こえた。
振り向くと、
いつもの服装に戻ったグウェンが立っていた。
「やっぱり、その服装だとグウェンさんって感じがしますね」
紡が率直に言うと、
グウェンはくすりと笑い、嬉しそうに目を細めた。
「ありがとう。あぁ……でも正確にはいつもと違っていてね」
そう言って腰のあたりに手を置いた。
「鈴木君が買ってきてくれたものは、
いつものと違うタイプのものでね……少し違和感があるが、
こういった下――」
「わぁぁぁぁあぁぁあ!!」
鈴木が慌てて遮った。
全員が何事かと鈴木を見る。
グウェンも首をかしげながら言った。
「どうしたんだい? 急に大声を出して」
「グウェンさん?! そんなことより!
アマノ君? コートとかは結局見つかったのかい?」
鈴木が何かをごまかしているのは気になったが、
紡はレオンへ視線を向けながら答えた。
「はい。やっぱり冒険者ギルドに忘れてたみたいで。
ラオフさんが預かってくれてました」
紡が言い終えると、レオンはグウェンに近づき、
コートを広げた。
「……あぁ、ありがとう。レオン君」
グウェンは背中を向け、コートに袖を通した。
襟を整え、レオンへ向き直る。
「わざわざ取りに行かせてしまって、申し訳なかったね」
レオンはうつむきながら、
「いえ、気にしないでください」
と短く返した。
その時になって、紡はやっと気づいた。
「って! グウェンさん元に戻ったんですか!?」
全員が呆れたような顔をした。
グウェンだけは口元を手で隠しながら、くすくすと笑った。
「……ふふ……今気づいたのかい?」
「いや……いつ戻ったんですか?」
「アマノ君達が出て行ったあとくらいかな……」
そう言って、グウェンは申し訳なさそうに眉を下げた。
「アマノ君にも迷惑をかけてしまったね……申し訳ない……」
紡は慌てて手を振った。
「いや……俺は別に大したこともしてないですし……」
そう言いながら、グウェンの顔をまじまじと見つめた。
先ほどまでの荒々しい表情から、
いつも通りの優しく穏やかな表情に戻っていた。
そのことに安心しつつ――
どこか、寂しさも感じた。
閲覧いただきありがとうございます。
鈴木が何を買いに行ったのかは
また買いに行く前はどうしてたのかは皆さんの想像にお任せしますわ。
また次回もお付き合いいただければ幸いです




