第五十九話 残された手掛かりは
レオンたちがグウェンのコートが落ちていたという、
路地の奥へと歩みを進めた。
しかし、いくら探しても不審な点も、手掛かりになりそうなものも見当たらなかった。
石畳は乾いており、
倒れた物も、争った形跡もない。
まるで誰も通らなかったかのように、
路地は静まり返っていた。
「……何も、ない……?」
鈴木が不安げに呟く。
ネロもフィーロも、険しい表情のまま周囲を見渡していたが、
やがてネロがぼそりとつぶやいた。
「……不自然だ」
「え?……どういうことだ?」
紡が聞き返すと、ネロは淡々と説明を始めた。
「ここは路地だ。普通ならゴミの一つや二つ落ちてるが、
……見ろ。ゴミが落ちていないどころか、石畳の隙間まで汚れがない。
明らかに“この通りだけ”何者かが手を加えている」
紡は改めて見渡すと、
確かに他の通りに比べて妙に整っていることに気づいた。
ネロが苛立ったように舌打ちした。
「痕跡を消されたか……」
その言葉に紡は眉をひそめた。
「もう少し奥も確認するぞ」
そう言うと、ネロたちは路地のさらに奥へ進みだした。
(痕跡が消された……?誰が……?
………ん?あれ?)
考え込んでいた紡は、気づくのが遅れ、
気づいた頃にはネロたちは遠ざかっていた。
「あ、ちょっと待って!」
慌てて追いかけようと足を踏み出した――その瞬間。
紡の足が、路地に置かれていた木箱の角に引っかかった。
「うわっ……!」
よろけながら木箱を押しのけると、
箱がずれた下の石畳に、
赤黒い“何か”がこびりついているのが見えた。
「……え?」
紡はしゃがみ込み、目を凝らした。
それは――
血の跡だった。
「おい、大丈夫か、アマノ君」
物音に気づいたレオンが振り返り、
心配そうに声をかけた。
「ちょ、ちょっと……これ……!」
紡が声を上げると、
レオンたちが一斉に駆け寄ってくる。
レオンは木箱の裏を覗き込み、
息を呑んだ。
「……血痕か」
紡が押したせいか、
木箱の下から、引きずったように血の跡が伸びていた。
ネロの顔色がさっと変わる。
「……まだ完全には乾いてない。
少なくとも、最近ここで何かあったのは確かだ」
フィーロも震える声で呟いた。
「まさか……グウェン様」
だが、紡はすぐに首を振った。
「いや……少なくともグウェン様の血じゃないよ。だって……」
紡は手に持っていたグウェンのコートを見せた。
「このコート……
血どころか、汚れひとつついてないんですよ……?」
三人はコートに目を向け、
その“綺麗すぎる”状態に気づいた。
レオンは眉をひそめ、
コートの裾を指でつまんだ。
「……確かに。
路地で何かあったなら、これほど綺麗なままのはずがない。
少なくとも……痕跡が消された“後”に、コートがここにあったということだ」
ネロが低く唸る。
「じゃあ……この血は誰のだ……?」
フィーロは木箱の裏を見つめながら、
小さく震えた声で呟いた。
「……グウェン様……
ここで……何が……」
路地裏は静まり返っているのに、
空気だけが妙に重く、冷たく感じられた。
レオンはゆっくりと立ち上がり、
路地の奥を鋭い目で見据えた。
「……誰かが、意図的に痕跡を消したのは間違いないだろう。
だが……喪服の男はなぜ、グウェン様のコートをここに残した……?」
その声は低く、
怒りとも焦りともつかない感情が滲んでいた。
(確かに……喪服の男が事件に関わっているなら、
痕跡を消した人物と行動が矛盾する……
関係ないにしても、なぜここに……?
たまたま……?それとも……)
紡は喪服の男の気味悪さを感じて、
背筋に冷たいものが走った。
「この血がグウェンさんの失踪と関係あるのだとしたら、
ただ事じゃないですよ?! 誰かに連れてかれたとかだったら……!」
鈴木が焦った声を上げる。
だが――
ネロ、フィーロ、レオンの三人は、
互いに顔を見合わせ、微妙な沈黙が流れる。
そして、ネロがゆっくりと言葉を探すように口を開く。
「いや……グウェン様は……
誰かに“おとなしく”ついて行くような人じゃない」
レオンは腕を組み、
少し考えるように視線を落とした。
「……そうだな。
あのグウェン様を“連れて行く”となると……」
レオンは言い淀み、
苦笑ともつかない表情を浮かべた。
「……グスターボ隊長でも、ちょっと……無理かもしれん」
そしてフィーロは……
「それはない」
迷いなく即答した。
「そこまで…ですか……すごい信用というか……
グウェンさんって何者なんですか?」
鈴木は乾いた笑いが漏れる。
ネロは少し考え込むと、パッと顔を上げる。
「もしもだ。万が一にでも、
グウェン様が誰かによって連れてかれていたのだとすれば、
必ず何かしら痕跡を残すはずだ。
もう少しこの辺りに手掛かりが残っていないか探そう」
そう言うと、ネロは血痕の周囲を何度も往復し、
石畳の隙間や壁の影まで、指先でなぞるように探った。
路地裏に残された、
たったひとつの“見落とされた血痕”。
フィーロも気配を追うように、
路地の奥から手前まで静かに歩き回る。
レオンと鈴木は木箱をどかし、
周囲の石畳を一つひとつ確認していた。
だが――
「……他には、何もないな」
レオンが低く呟いた。
ネロも悔しげに拳を握りしめる。
「くそ……何かないのか!!手掛かりになるようなものは!」
フィーロは唇を噛みしめ、
震える声で続けた。
「……グウェン様…無事でいて……」
レオンは深く息を吐き、三人を見渡した。
「……これ以上、ここで探しても無駄だ。
痕跡は意図的に消されている。
なら――」
レオンはゆっくりと路地の入口へ視線を向けた。
「――“喪服の男”の情報を集めるしかない」
ネロが顔を上げる。
「……その喪服を着た男が、グウェン様のコートを持っていたのならば、
そいつは、何か知っているはずだ」
フィーロも頷く。
鈴木は不安げに周囲を見回した。
「喪服の男……、まだ近くにいるんでしょうか……?」
レオンは鋭い目で通りを見据えた。
「わからん。
だが、目撃者はいるはずだ。
この商業区域は人通りが多い。
“黒い喪服の男”なんて、目立つ格好だ」
ネロがすぐに動き出す。
「なら、聞き込みだ。
片っ端から聞いて回る」
フィーロも続く。
「……グウェン様を見つけるためなら……
何だってする……」
レオンは紡と鈴木に向き直った。
「アマノ君、スズキ。
君たちも手分けしてくれ。
喪服を着た男を見た人がいないか、聞いて回るんだ」
鈴木と紡はゆっくりと頷いた。
それを確認するとレオンが
「では正午に商業区域の奥にある橋で落ち合おう」
四人はそれぞれ別の方向へ散り、
商業区域の人々へと声をかけ始めた。
――
そして、この“聞き込み”が、
後に大きな手がかりへと繋がることになる。
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