第五十六話 紅茶一杯から生じた惨事
廊下を歩きながら、紡は鈴木に釘を刺す。
「言っておきますが、俺にレオンさんを呼び寄せる力なんてないですからね?
過度な期待されても困るんですが……」
「いやいや、天野君がいれば心強いというか……なんか見つかりそうな気がするんだよ!」
「それが過度な期待なんですが……」
そんな会話をしていると、曲がり角で白い影とぶつかりそうになった。
「おっと……すみません……って、フィーロさん?」
「! アマノさん。ごめんなさい」
フィーロは薬箱を抱えて、どこか慌てていた。
「その薬箱……何かあったんですか?」
「……レオンに持ってくところだったの」
「レオンさんに……?」
その瞬間、隣の鈴木がキラキラした目で紡を見た。
「ほら!やっぱり天野君だ!もっと早く頼めばよかったよ……」
(……フラグ回収早すぎだろ。怖いんだけど)
紡は己の“縁を呼ぶ体質”の即効性に、軽く背筋が冷えるのを感じた。
「レオンとなにかあったの?」
不思議そうに首をかしげるフィーロに事情を話すと、
レオンの元へ案内してくれることになった。
(順調すぎて逆に怖い……)
そんな不安を抱えながら、
フィーロの案内で向かった先は――グウェンの執務室だった。
「……レオンさん、グウェンさんのところにいたんですね……」
「…………鈴木さん、俺今すごく嫌な予感するので帰っていいですか?」
レオンがグウェンの所にいる時は、
仕事関係か、もしくは――十中八九“お叱り”だ。
ゴクリと息をのむ紡と鈴木。
そんな二人の様子がおかしかったのか、フィーロはくすくすと笑った。
「大丈夫………グウェン様は今、外出中」
部屋の主が不在……ということは、
レオンは一体ここで何をしているのだろうか。
不思議に思っている中、
フィーロは扉を数回ノックすると、
静かに扉を開けた。
フィーロの後に続くように、
部屋に入室すると―
そこには、青白い顔でぐったりするレオンと、
同じく一目でわかるくらいに落ち込んだ様子のネロがソファに座り込んでいた。
(……なにこれ)
フィーロはそのままパタパタとレオンに近づくと、
薬箱の中から、薬を取り出す。
「…胃薬。持ってきたよ」
「…………ありがとう、フィーロ。たすかったよ……」
レオンとは思えないほど弱々しい声。
紡と鈴木は異様な光景に思考が止まった。
「…………いったいここで何が起きたんですか」
紡が尋ねても、誰も答えない。
沈黙が重く落ちる。
やがて、ネロが意を決したように口を開いた。
「俺たちのせいで、グウェン様がどこかに行かれてしまったんだ……」
「……はい?」
――
―
ネロの説明はこうだ。
午前中、グウェンは執務室でいつものように仕事をしていた。
だが、根を詰めすぎては体に悪いと、ネロが休憩を勧めた。
休憩時に紅茶を出そうとネロが準備をしていたところに、
レオンが執務室を尋ねに来たため、ネロは対応のため席を外した。
その際に、準備途中のティーポットを置いたままにしてしまったらしい。
用が済んだレオンはすぐに帰ろうとしたが、
グウェンが「せっかくだから、お茶を飲んでいったらどうだい?」とレオンを誘い、
ネロが用意した紅茶を三人で飲んだ――までは覚えている。
だが、その後の記憶がない。
気づいた時には、グウェンは姿を消し、
レオンは激しい胃痛に苦しんでいた。
説明を聞き終えても、誰も口を開かなかった。
それは、口に出さずとも、
この惨状を生み出したであろう原因に、
皆心当たりがあったからだ……
紡はテーブルの上に残されたティーカップを見つめながら、
ぼそりとつぶやく。
「…………グウェンさん。相当ショックだったんですかね」
その呟きに、ネロとレオンがピクリと肩を震わせた。
鈴木が恐る恐る声をだす。
「……僕は飲んだことないんですが……それほどなんですか……その―」
「まて、勘違いするな。グウェンは悪くない。
悪いのはきっと俺の用意した茶葉の方だったんだ……」
ネロが必死に主を庇う。
鈴木が空気を変えようと尋ねた。
「えっと……それで、グウェンさんはどちらに?」
その質問に対して、レオンは黙って紙を突き出した。
その紙を受け取り、紡と鈴木は書かれた文字に目を通す。
『少し席を外します。
グウェン・スクルディガー』
と短い文章が書かれていた。
読み終えた紡と鈴木は顔を上げた。
「…………まぁ。グウェンさんも、一人になりたいときくらいあるんじゃないですかね……」
「私もそう思ったのだけど……」
フィーロは、俯いたままの兄に目をやる。
「…………グウェン様は、いつもお出かけになられる時は必ず、
どこに行くのか、いつ戻って来るのか教えてくださるのに……
今回は……何も言わずに行かれてしまった……
きっと……不甲斐ない俺に愛想が尽きてしまったんだ……」
ネロは肩を震わせ、膝の上で拳を握りしめた。
(グウェンさんの淹れた紅茶一杯でそこまで落ち込む……?)
「さすがにそれはないと思うけど……
そんなに心配なら探しに行ったらいいんじゃないか?」
「探したさ!部屋の中から施設内の隅から隅まで……
しかしどこにもいらっしゃらないんだ……!」
「施設内にいないなら、普通に外に出かけたんじゃ――」
「グウェン様が俺たちに黙って外に行くわけないだろう!!」
ネロは鋭い目つきで紡を睨みながら叫ぶ。
「え、ネロの中ではそんなに外に行った可能性低いの?!」
「当たり前だ!グウェン様が黙って外に出かけるなんて今までに一度もない!」
自信満々に言い切るネロ。
鈴木が恐る恐る提案する。
「あ、あれじゃないですか?街も復旧し始めてますし……
視察にでも行ったんじゃないですか?」
「視察……?」
ネロがいぶかしげに聞き返す。
「えぇ……グウェンさんも復旧の進行具合を気にしていらっしゃいましたし……!」
「ありえんな……それならなおさら、グウェン様がお一人で行かれるわけが……」
ネロはそこまで言いかけ、
まるで何かが頭の中で“繋がった”ように、ぴたりと動きを止めた。
「……ネロ?大丈夫か?」
紡が心配して覗き込むと――
ネロの顔は、
血の気が引いたように真っ青で、瞳だけが異様に揺れていた。
まるで、
“絶対にあってはならない可能性”に気づいてしまったようだった。
次の瞬間。
「……っ……!」
ネロは勢いよく立ち上がり、
ソファを蹴るような勢いで部屋を飛び出していった
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明日以降の投稿ですが、
また出来次第の投稿にさせていただければと思います…!
引き継ぎ、お付き合いいただければ幸いです。




