第五十五話 それからの日常
精霊術士が相次いで暴走した事件から、ようやく街に日常が戻りつつあった。
瓦礫は片づけられ、壊れた建物には足場が組まれ、人々の声も少しずつ戻ってきている。
そんな中―
紡は、薄暗い部屋の中でひとり座っていた。
窓から差し込む光は柔らかいのに、胸の奥だけが妙に冷えている。
ふと顔を上げると、視線が自然とベッドの隅へ吸い寄せられた。
そこに“いない”ことを確認した瞬間、胸の奥がきゅっと縮む。
(今日も、いないのか……)
最近、ずっとそうだ。
気づけばいつの間にか現れて、意味深なことを言っては紡をからかう――
あの、しゃべる猫。ケットシー。
(いつもなら……気づいたら、そこにいて……)
ベッドの上、窓辺、棚の上。
どこにでも、まるで“最初からいた”みたいな顔で座っていたのに。
今は、どこにもいない。
(……どこに行ったんだよ。聞きたいことがあるのに)
あの日、セラフやグウェンを見た瞬間に走った“違和感”。
あれは何だったのか。
倒れてからは一度も感じていない。
まるで、あの瞬間だけ世界の色が変わったみたいだった。
ケットシーなら、何か知っている気がする。
でも――いない。
誰にも相談できないまま、胸の奥にざらついた不安だけが残っていた。
紡は気づかぬうちに拳を握りしめていた。
爪が掌に食い込む痛みで、ようやく自分の緊張に気づく。
その時―
コンコンッと扉をノックする音が聞こえた。
(……誰だ?)
紡は立ち上がり、扉を開ける。
隙間から覗いた顔は――鈴木だった。
「……鈴木さん?どうかしましたか?」
そう尋ねると、
鈴木は困ったような、申し訳なさそうな顔で頭を下げた。
「休んでるところ悪いね……実は…
ちょっと、手伝ってほしいことがあって……」
歯切れが悪い。
その時点で嫌な予感しかしない。
「えっと……何かありましたか?」
「実は……レオンさんを一緒に探してほしくて……」
「はい?」
鈴木は両手を合わせて深々と頭を下げた。
「提出された書類に……
ちょっと、いや、かなり問題があって……
修正してもらわないといけないんだけど、どこ探してもいなくて……」
鈴木の声のトーンがどんどん下がっていく。
「このままじゃ仕事が進まず、本当に困ってるんです!
今日もずっと探しているんですが、どこを探してもいなくて……」
声がどんどん小さくなる。
(……相当困ってるんだな)
「でも、天野君と一緒に探せば、なんかすぐ見つかる気がするんだよ!」
「いや、俺別にレオンさんの居場所なんて――」
そう言いかけた時、鈴木の期待と申し訳なさが混じった顔を見て、紡は察した。
(……まさか、俺の“縁を呼び寄せる”体質を使って、レオンさんを引き寄せようってことか……?)
嫌な予感が背筋を走る。
「……すみません。用を思い出したので――」
扉を閉めようとした瞬間、鈴木が体を滑り込ませて阻止した。
「待って!お願いだ!もう天野君の運の良さに頼るしかないんだ!」
「やっぱり!絶対ろくなことにならないやつじゃないですか!」
「頼む!ほんと困ってるんだ!」
必死すぎる鈴木に押され、紡は観念した。
「……はぁ。わかりましたよ。手伝います。でも、見つからなくても怒らないでくださいね」
「助かるよ!」
こうして、紡は半ば強制的に“トラブルを探しに行く”ことになった。




