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再編の針と失われた縁  作者: 神田長十郎
第二章 覚悟
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第五十二話 グウェンの指揮

扉を開けると、

封印具をつけたグウェンが静かに座っていた。


サイラスはずかずかとグウェンに近づくと、

机を叩きつけるように言い放つ。

「グウェン殿……

まだお認めにならないようですね?」

しかし、グウェンは目を閉じたまま微動だにしない。


サイラスは苛立ちを隠さず続けた。

「黙秘をしても無駄だ。

お前の共犯者であるヨハンは、

もう自供したようですよ?」


もちろんヨハンは自供などしていない。

むしろすでに容疑は晴れている。

だが、後ろ盾を失い追い詰められたサイラスは、

何としてもグウェンを陥れようとしていた。

“陥れなければならない”とさえ思い込んでいた。


事件が起きる前から拘束されているグウェンが

詳しい状況を知るはずもないと踏み、

嘘を並べ立てて精神的に追い詰めようとする。

だが、何を言われてもグウェンの態度は変わらなかった。


まるで――

すべての結末を知っているかのような、他人事のような静けさ。


サイラスは軽く舌打ちをする。

(なんなんだ、この余裕……気味が悪い……)

「いいか?今罪を認めればお前だけは――」

言いかけた瞬間、

グウェンの表情にサイラスは息をのんだ。


グウェンは――静かに笑った。


その笑みは、

サイラスの焦りを見透かすような、底知れない笑み。


「……な、何がおかしい!笑うな……

そんな目で見るな!!」

気づけばサイラスの拳がグウェンの顔面を殴りつけていた。


ゴッ、と鈍い音が響く。


殴られた衝撃で鼻から血がぽたぽたと落ちる。

グウェンはフッと笑い、ゆっくりと顔を上げた。


赤く濁った瞳にサイラスの姿が映る。

その目は、すべてを飲み込む捕食者のように鈍く光っていた。


サイラスの背筋に冷たいものが走る。


(……こいつ……まさか本当に結末のすべてを知っているとでも……?)


グウェンの視線はしばらくサイラスをとらえ続け、

やがて目を細め、囁くように言った。


「残念です……ここまでのようですね」


その瞬間――


尋問室の扉が勢いよく開いた。

大勢の魔術師がなだれ込んでくる。


その中心に立つのは――

黒髪の女性 フィリア・ミストラル。

気難しそうな青年 アルドレット・ヴァンス。


二人はマルクシオン魔術連邦の使者として、

サイラスと共にグウェンの元にも共に訪れていた人物だ。


フィリアが冷たい声で告げる。

「サイラス・グレイン。

貴方は独断で、他国の要人をあらぬ疑いで拘束し――」

視線をグウェンに向けたまま続ける。

「さらに暴力まで振るった罪により、あなたを拘束します」

「な……!」


アルドレットが淡々と続ける。

「グウェン殿は解放する。

あなたの独断は、連邦の名誉を著しく傷つけた」


魔術師たちがサイラスを取り押さえる。

サイラスは叫ぶ。

「待て! 誤解だ!私は――!」


だがサイラスの声には一切耳を傾けることなく

グウェンの拘束を外す。


解放されたグウェンは、

「なかなかの体験でした」

と笑いながら手で無造作に血をぬぐった。


その様子を見たフィリアはハンカチを差し出す。

「グウェン殿。こちらをお使いください」


「おや、ありがとうございます」

ハンカチはすぐに赤く染まっていく。

それでも穏やかに微笑むグウェンの姿に、

サイラスは震えた。


「グウェン殿、同行者様の元へお連れいたします」

アルドレットが先行し、グウェンが続く。


その途中、グウェンがサイラスにだけ聞こえるように

耳元で何かを囁いた。

「――――ないのは……残念です」


赤く濁った瞳を細め、あざ笑うように去っていく。


サイラスは――

その場で崩れ落ちた。

――


拘束を解かれたグウェンが部屋を出ると、

廊下の先でネロとレオンが待っていた。


「グウェン様!!」

ネロが駆け寄り、レオンも深く息を吐く。

「ご無事で……本当に……」


グウェンは二人の肩に手を置き、柔らかく微笑んだ。

「心配をかけたね。でも、もう大丈夫だよ」


その穏やかな声に、二人の緊張がようやく解ける。


そこへ、先行して案内していたアルドレットが歩み寄った。

「グウェン殿。

グラウフェルト王国で暴動が発生したのはご存じですか?

今回の事件によって、精霊術師への偏見が急速に広がり、

市民の不満が爆発寸前だと聞いておりますが」


ネロとレオンは驚愕し、顔を見合わせた。

「なっ……暴動!?」

「なぜそんなことが……!!」

焦りが露わになる。


だが――

グウェンだけは、静かだった。


フィリアもアルドレットも、その落ち着きに息をのむ。


グウェンは少し考えるように視線を落とし、二人に向き直った。

「今回の件を大事にしないために、いくつかお願いがあります」


フィリアが眉を上げた。

「……聞きましょう」


グウェンは静かに告げる。

「魔術連邦国側から、

“サイラスという男が精霊術師への偏見を煽るために事件を企て、

連邦側が彼を拘束した”

と正式に発表してほしいのです」

アルドレットが目を細める。

「……それは、

グラウフェルト王国との衝突を避けるため、ですか」

「ええ。

連邦が“犯人を捕らえた”と示せば、

魔術師や精霊術士への偏見も和らぎますし、

そして――サイラスの独断だったとすれば、

国同士の争いには発展しにくいでしょう」


フィリアはしばらく沈黙し、

やがて小さく頷いた。

「……合理的な提案です。

連邦としても、この事件を“サイラスの暴走”として処理する方が都合がいい」


「ご理解いただきありがとうございます」

グウェンは微笑む。


そして、もう一つ付け加えた。

「あぁ……それともう一つ。

暴動で被害を受けた市民に対して、

魔術連邦からも“支援金”を出していただけますか?」

フィリアは驚いたが、すぐに理解したように頷く。

「……市民の怒りを鎮めるため、ですね」

「はい。

市民の怒りを抑えるためにも、

まずは被害に対して“連邦が責任を取る姿勢”を示す必要があります。

行動で示すより、金で解決したほうが早いですからね」


その言葉に、ネロとレオンはわずかな違和感を覚えた。


アルドレットは感心したように息を吐く。

「……あなたは本当に底知れない人ですね。

優しく思慮深いと聞いていましたが……噂は当てになりませんね」

グウェンは軽く笑った。


その笑顔を見て、ネロとレオンの違和感はさらに強まる。

「おいレオン」

「わかってる……。何かあれば

今度こそ止めて見せるさ……」

レオンは拳を握りしめ、グウェンを見つめた。

今のグウェンを見極めるために。


そんな二人の心情など知らず、グウェンは続ける。

「あと最後に……実家に連絡を取りたいのですが、電話を貸していただけますか?」


フィリアは驚いた様子を見せた後、

すぐに魔法具を差し出した。

「連絡を取りたいのであれば、魔法具でしたら

すぐお貸しできますよ?」

「あぁいえ、電話でお願いします。

家には連絡用の魔法具は置いてないので……」

「魔法具がない……?随分時代遅れ……いえ、

古風なお家柄なんですね」

「魔術との相性があまり良くなくてね」

フィリアは電話を持ってこさせ、グウェンに手渡した。


グウェンは礼を言い、スクルディガー家本邸へ連絡を入れる。


「スヴェンか……? 久しぶりだね。

早速だけど、これから言う通りにしてもらえるか?」


――

「……というわけで、後ほど今回の事件の被害を受けた方々には、

魔術連邦国からの“支援金”に加え、

スクルディガー家からもご希望の物資をご用意いたします」


再編の針(リ・ウィーヴ)”の前では、市民たちがざわめき始めていた。

「混乱を防ぐため、エリアを分け、

各エリアに代表者を一名派遣します。

物資の要求は代表者を通してください」


「また、今回の事件で負傷された方は噴水広場へ。

再編の針(リ・ウィーヴ)”より医療部隊を派遣します」


「現在逃走中と思われるサイラスの協力者については、

引き続き“再編の針(リ・ウィーヴ)”および衛兵が捜索を続行します。

我々スクルディガー家も全面協力いたします。ご安心ください」


スヴェンを通して伝えられたグウェンの指示により、

市民たちは瞬く間に落ち着きを取り戻していった。


ナディアは安堵すると同時に、

離れた場所から状況を把握し、

的確に指示を出すグウェン――

そしてスクルディガー家の底知れなさに、

背筋が冷えるような恐怖を覚えていた。


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