第五十一話 破滅の始まり
街中で暴走していた精霊術士たちは、
“再編の針”の職員と衛兵たちによって鎮圧された。
幸い、この騒動によって容疑者とされていたヨハンは、
事件発生時、“再編の針”の施設内で保護され、
衛兵によって監視されていたことが確認されたため、
晴れて容疑者から外れることとなった。
だが――
街の空気は、まったく収まらなかった。
「ヨハンが犯人じゃない? 嘘だろ!」
「見たんだよ、あの薬師が薬を配ってたのを!」
「犯人を庇うのか!」
怒号が飛び交い、
市民の不満は暴動寸前まで膨れ上がっていた。
「皆さん、落ち着いてください。
今回の騒動について、ヨハン・リンドホルムは無実です」
衛兵が声を張り上げ、説明を続ける。
「犯人は“ドッペルゲンガー”と呼ばれる精霊術士です。
その精霊術士がヨハン殿の姿に化け、
暴走の原因となった薬をばらまいていたに過ぎません」
「偽物? 証拠はあるのか?!」
「その“ドッペルゲンガー”はどこにいるんだ!」
「落ち着いてください!
“ドッペルゲンガー”はセラフ・ハートレイという人物だと聞いています。
犯人は現在も逃走中で――」
「ふざけるな!!」
「そんな言葉だけで誰が信じるっていうのよ!」
衛兵たちの説明でも、市民の怒りは収まらず、
むしろどんどんとエスカレートしていき、
行き場のない怒りは次第に、
目の前にいる“再編の針”の職員たちへ、
さらには今回の騒動を起こした《精霊術士》そのものへ向かっていった。
市民たちは次第に“再編の針”の施設前に集まり、
抗議の声を上げていた。
ナディアが代表として市民へ説明を続けるが――
「ヨハンを出せ!」
「“再編の針”はヨハンが異世界人だから庇ってるんだろ!?」
「責任者を出せ!」
市民たちは口々にヨハンや”再編の針”、また責任者となるグウェンに対して
怒りをぶつけ続ける。
(このままではヨハンさんだけでなく、
職員たちにも被害が……
グウェン様に“再編の針”を任せていただいたというのに……)
ナディアは歯を食いしばり、
市民の怒りを正面から受け止め続けるしかなかった。
――その時。
「皆様、落ち着いてください」
落ち着いた青年の声が響き、
ざわついていた場が一瞬で静まり返った。
コツ、コツ、と靴音が近づき、
市民の集団から姿を現したのは――
黒いコートを着て、眼鏡をかけた、
おそらく貴族と思われる青年だった。
その横顔はどことなくグウェンに似ている。
「だ、誰だ」
市民の一人が声を荒げる。
「私はスヴェン。スヴェン・スクルディガー。
“再編の針”責任者、グウェン・スクルディガーの弟です」
思いもよらぬ人物の登場に、
ざわめきが広がる。
「スヴェン様……? なぜこちらに……?」
ナディアが驚いて駆け寄る。
スヴェンは落ち着いた声で答えた。
「兄さんから連絡を受け、私が代わりに
説明のためこちらに参りました」
「グウェン様から!? い、いつですか?!」
慌てて詰め寄るナディアを手で制し、
「それも含め、これから説明させていただきます」
そう言うと、市民の方へ向き直り、
すぅ、と息を吸い込む。
「皆様。今回の事件の首謀者は、すでに魔術連邦国にて拘束されています。
首謀者の名は――サイラス・グレイン。
魔術連邦国で研究部門の顧問をしていた人物です」
そしてスヴェンは、
サイラスが拘束されるまでの経緯を語り始めた――。
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魔術連邦の執務室。
サイラスのもとに、部下が駆け込んできた。
「サイラス様!
ヨハンの容疑が正式に晴れたとの報告が……!」
「……何だと?」
サイラスの顔が歪む。
(何が起きている……ヨハンの容疑が晴れれば……
グウェンを拘束し続ける理由が薄れる……!)
(そもそも、なぜこんなに早く容疑が晴れる……?)
焦りが胸を締めつけた。
その時――
連絡用の魔法具が震える。
協力者からの通信だ。
サイラスは急いで自室へ移動し、扉に鍵をかけてから魔法具を起動させた。
すぐに、ねっとりとした声が響く。
『やぁサイラスくん。計画通り、精霊国の市民にも
貴族と精霊術師への偏見の種をまいておいたよぉ』
サイラスは怒りを抑えきれず叫ぶ。
「貴様!どういうことだ?!
なぜヨハンの容疑が晴れるという事態になっている?!」
『何をしたか……という問いに対しては、
“ヨハン”の姿で薬をばらまいて、
計画通り精霊術士を無差別に暴走させたわけだけど……
ヨハンくんについては、僕たちの知ったことじゃないよ』
「勝手なことを……!
精霊術士を暴れさせるのはもっと後の予定だったろうが?!
貴様が計画を早めたせいで、想定より早くヨハンの容疑が晴れてしまった!
これではグウェンの拘束が――」
言いかけたところで、通信の向こうから冷たい笑い声が響いた。
『フフフ……“グウェン君の拘束”?
それは君個人の目的であって、僕たちには関係ないよねぇ?
そんなのは自分でどうにかしなよ』
「……なんだと……?」
サイラスの背中に冷たい汗が伝う。
セラフは感情のない声で続けた。
『僕たちの協力理由は“精霊術士の信頼低下”。
“グウェン君の拘束”なんて、僕たちの計画じゃない。
君が勝手に言い出しただけでしょ?』
「な……!?話が違う!
グウェンの拘束理由を作るためにヨハンという薬師を利用すると……
お前たちが言い出したんじゃないか?!」
『はぁ? あれは所詮、足止めのためのもの。
グウェン君がいたら、すぐにバレちゃうからね。
まさか本気で、グウェン君を犯人の協力者として
いつまでも拘束できると思ってたの?』
「……は……? 何を言って……」
『あははは! 今の聞こえたぁ? 間抜けな声!
フフッ、可笑しぃ』
魔法具から楽しげな笑い声が響く。
しばらくして、ふぅ、と息を吐く音。
『まぁ、もう僕たちには関係ないことだしねぇ』
「? どういう意味だ?」
サイラスは慌てて聞き返す。
『どういう意味も何も……
僕たち共有の目的は達成された。
これ以上付き合う義理もないし、
なにより僕たち、次の仕事があるから』
『それじゃあねぇ。
せいぜいグウェン君に喰われないよう気を付けるんだよぉ』
通信は一方的に切れた。
サイラスは机を殴りつける。
「クソッ……! あいつら勝手なことを!!
このままでは計画が……!」
ギリ、と歯が軋む。
そこへ部下が慌てた様子で扉を叩いた。
「サイラス様! こちらにいらっしゃいますでしょうか!」
サイラスは舌打ちし、鍵を開けて扉の隙間から顔をのぞかせる。
「なんだ。騒がしい」
部下は息を整えながら報告した。
「グラウフェルト王国の首都で発生した例の事件につきまして、
市民の間では“ヨハンが犯人だ”という噂が
いまだに広がっているようです」
「なに……?」
サイラスの目が細く光る。
(……それならまだ利用できる……
この状況なら……グウェンを自供に追い込めば
“黒”にできる……!)
「報告ご苦労。下がっていい」
短く命じると、サイラスは再び尋問室へ向かった。
閲覧いただきありがとうございます。
もうすぐ2章も終わりに差し迫っております……
よろしければもう少しお付き合いいただければ幸いです




