第四十九話 ドッペルゲンガー
男は嬉しそうに笑い、短く言った。
「僕じゃないよ」
その瞬間――
紡の胸の奥で“違和感”が激しく震えた。
(……嘘だ)
胸を押さえながら、紡は確信する。
(これは……“嘘”に反応してる……?)
「……そんなあからさまな嘘をつくなよな」
「あははは、そう嘘。本当は僕がやったぁ」
次の瞬間、
男の輪郭がぼやけ、煙のように揺らぎ――
ヨハンの姿が現れた。
鈴木が息を呑む。
「そうか……貴方が噂の“ドッペルゲンガー”というわけですか」
“ヨハン”の顔をしたそれは、にやりと笑った。
「そう、これは僕の契約精霊の能力。
他人の姿に変えることができる……地味だけど、便利でしょぉ?」
「精霊術士ですか……何が目的です?」
鈴木が睨みながら問う。
「目的ぃ?ん~目的かぁ……
それを聞かれて素直に答える悪党はいないんじゃないかなぁ?」
「それもそうですね……」
「そうそう!でもどうしてもっていうなら……交換条件として……」
ゆっくりと腕を上げ、紡を指さす。
「君が僕と友達になってくれるなら教えてあげるぅ」
「は?」
“ヨハン”の顔で上目遣い。
その仕草は妙に幼く、妙に不気味だった。
「僕、初めてファサードの力を使ってるのに“違う”って見抜かれちゃったんだぁ!
それがすっごく嬉しかったからさぁ。友達になりたいなぁって。だめぇ?」
「と、友達になってどうするんだよ」
「それはぁ……まぁ普通にたまに会ってお話しするとかぁ?
あ!お茶とかしながらとかがいいかなぁ!
まぁいいじゃん細かいことはさぁ!」
「ちょっと待て!さすがに怪しすぎるだろ……本当に友達になりたいだけなのか?」
「うんうん!友達になりたいだけぇ」
無邪気に頷く“ヨハン”。
だが紡の縁は――震えない。
(……嘘じゃない……?
本気で友達になりたいと思ってる……?)
(情報を聞き出すために友達になっておくか……?
でも……そもそも友達って……?なんでだ?
そんな打算的な友達でいいのか?それって友達か?)
想像もしていなかった展開に、紡は思考が止まる。
すると――
「……そっか。ダメか。残念」
“ヨハン”の顔をしたそれは、
ほんの一瞬だけ、本当に悲しそうな表情を見せた。
次の瞬間。
ヒュンッ――!
風を切る鋭い音。
銀色の光が紡の視界に迫る。
(――え?)
脳が理解するより早く、
“逃げろ”という衝動が紡の身体を動かし、
首を傾けてそれを避けた。
地面に落ちたのは――鋭い針。
(……今、俺……殺されかけた……?)
「おい!!いきなりなんだ!」
叫ぶ紡に、
“ヨハン”は本当に悲しそうに、憎らしそうに睨みつけた。
「友達にならないなら邪魔なだけだから殺す」
再び針を構える。
「おいまて!!わかった!友達になる!」
咄嗟に叫んでしまった。
後ろで鈴木が「えっ!?」と声を上げる。
“ヨハン”はぱぁっと顔を明るくした。
「ほんとにぃ!やったぁ!」
(とっさに友達になるって言っちゃった……)
「じゃあ、僕はセラフ。セラフ・ハートレイ。君の名前は?」
「えっと……天野紡です……」
「アマノね……よろしくねぇ」
セラフは嬉しそうに笑い、
そして――急に声の温度を下げた。
「じゃあ約束だから教えてあげるとぉ……
僕たちの目的は、この国の精霊術士の信頼を落とすこと」
「精霊術士の信頼……?」
「そう……この国はさ。精霊術士主義すぎるんだよ」
セラフは憎らしそうにつぶやく
「アマノはまだ実感がないみたいだけど、
ここの奴らは精霊に依存しすぎてる。気持ち悪いほどにね。
そして精霊を使える者が強い権力を持ち、
精霊を使えない者には政治にすらかかわれない……」
「……どういうこと?」
「どうやら本当に何も知らないみたいだね?
いや……それとも知る機会すら与えられてないんじゃないの?」
そういうと、セラフは鈴木を睨みつける
紡は横目で鈴木を見る。
鈴木は無表情――だが、どこか冷たかった。
(……鈴木さん……?)
「アマノ、あまり”再編の針”を信用しすぎないほうがいいよぉ。
まぁ僕が言わなくなって、紡は”嘘”がわかるみたいだから
そのうち自分でも気づいたと思うけどね」
セラフは手を広げる。
「”再編の針”が嫌になったらいつでも言ってよぉ!
僕たちがきちんとこの世界のこと教えてあげー」
「動くな!!」
突然後ろから女性の声が聞こえ
セラフの足元に魔法陣が展開される。
同時に、紡の視界を影が走った。
影はセラフの真上へ跳び――
轟音と共にタイルが砕け散る。
影だけがくるりと舞い、
紡の横に着地する。
「ミミルさん!?」
ミミルは紡を庇うように立ち、
後ろからリリアが腕を構えたまま近づいてくる。
「アマノさん。大丈夫ですか?」
「は、はい……」
「ひどいなぁ。いきなり攻撃するなんてさぁ」
セラフは、先ほどとは全く違う場所で平然と立っていた。
「!?いつ拘束術を抜け出した?」
リリアが叫ぶ。
セラフは楽しそうに笑う。
「フフッ、見えてる“形”とぉ……本当の“僕”は違うんですよぉ?」
ミミルは歯を食いしばる。
セラフはふらりと動き、
好戦的な笑みを浮かべた。
「いいよぉ。相手してあげるよぉ」
一気に距離を詰め、
ミミルの首を狙って針を突く。
ミミルは後退し、
入れ替わるようにリリアが前へ。
腕輪が光り、複数の魔法陣が展開される。
《束縛》
だが魔法陣はセラフを捉えられず、
煙のようにすり抜けた。
次々と針が襲いかかり、
ミミルはリリアを抱えて高速で避け続ける。
「くっ……!
この人……攻撃も拘束も効かない。
まるで全部煙のようで当たらない……!」
リリアの焦りを見て、
セラフは興奮したように笑い続ける。
「いいねぇ!もっとぉ……もっと見せてよぉ……!」
さらに踏み込もうとした、その瞬間――
――ズブッ。
セラフの胸に、背後から刀が突き刺さった。
セラフはゆっくりと振り返る。
そこには、
口元をマスクで覆った男が立っていた。
冷たい目で見下ろし、
感情の欠片もない声で告げる。
「……帰還しろって……言ってた」
刀が刺さったまま、
セラフは痛がる様子もなく、
むしろ嬉しそうに目を細めた。
「えぇ?なにぃそれって急ぎなのぉ?」
男は黙って頷き、メモを渡す。
「なにこれ?」
セラフはメモを受け取ると中身を確認して、
途端に嫌そうな顔をする。
「ねぇ?!これほんとに今すぐ必要なもの?!」
男はこくりと頷く。
「俺じゃ買えない……代わりに買って」
「えぇ……仕方ないなぁ……」
セラフはため息をつき、
にっこり笑った。
「ごめんねぇ?用事ができちゃったから僕帰るよぉ。
アマノ、また今度お茶でもしようねぇ」
そういうとセラフは胸に刺さった刀を無造作に引き抜く。
ぽっかり空いた穴から白い靄が溢れ、
瞬く間に視界を覆った。
靄が晴れたとき――
そこにはもう、誰もいなかった。
本日も閲覧いただきありがとうございます。
紡君に初めて男か女かもわからない友達ができました。
そしてすみません予約投稿が失敗してました・・・
明日もいつも通り投稿予定なので
お時間があればぜひまた見ていただければ幸いです




