第四十一話 違和感
グウェンが出発してから数日。
再編の針はナディアの采配のおかげで、
驚くほどいつも通りに回っていた。
紡も少しずつ仕事に慣れ、
鈴木の隣で書類整理や来客対応の研修をこなしていた。
その日の昼。
食堂では、いつもの四人――紡、鈴木、リリア、ミミルが
テーブルを囲んで食事をしていた。
周囲の席から、ひそひそとした声が聞こえてくる。
「また精霊契約者が暴れたらしいよ……」
「昨日の夜もだって……怖いわね……」
リリアがスプーンを止め、心配そうに眉を寄せた。
「グウェンさんが不在になってすぐにこんな事件……みんなやっぱり不安なのかな」
ミミルも不安げに続ける。
「そうですね……
再編の針にも精霊契約者の職員さん多いですし……
原因もまだわかっていないんですよね?」
鈴木はうーんと唸り、腕を組んだ。
「ナディアさんも調べてはいるみたいだけど……
まだ“これだ”っていう情報はないみたいだね」
紡はスープを飲みながら、
胸の奥に小さなざわつきを感じていた。
(……嫌な予感がする)
そんな空気を変えようとしたのか、
ミミルがぱっと顔を上げた。
「そういえば!
グウェンさんは《勇者帰還》のお手伝いに行ったんですよね?
今回は誰が選ばれたんですか?」
鈴木が答える。
「シャーロットちゃんだよ」
リリアが嬉しそうに手を合わせた。
「よかった……!
あの子、ずっと“帰りたい”って言ってたものね」
ミミルは少し寂しそうに微笑む。
「でも……少し寂しいですね……」
リリアはすぐにミミルのおでこを指で弾いた。
「だめよミミルちゃん!
あの子、この世界に無理やり連れてこられて、
ずっと不安だったんだから!
寂しいなんて言っちゃだめ!」
「い、いたっ……!
ごめんなさい……」
ミミルはおでこをさすりながらしょんぼりする。
鈴木はその様子を見て、
ふっと安心したように笑った。
「まぁ……シャーロットちゃんが無事に帰れるなら、それが一番だよ」
紡も小さく頷く。
(帰りたい……か、俺はどうしたいんだろうか…)
ここでの生活にも慣れ、向こうの世界にはいなかった人との"縁"も感じるようになった。
しかしそれは元の世界に帰らない理由になるのだろうか。
異世界に留まる、という選択にはもっと……
覚悟のようなものが必要な気がする…
(もっと…考えるべきだよな)
紡は一人、今後のことについて悩んでいると
そんな様子に気づいたのか、鈴木は優しく紡の肩を叩くと
「天野君も、ゆっくり考えれば大丈夫。急いで結論を出す必要なんてないんだよ。同僚になったとはいえ、僕はまだ天野君のサポート担当のつもりだから。何かあったら相談してください」
と優しい笑顔を向けてくれる。
そんな鈴木を見て、紡の心がスッと軽くなるのを感じた。
「……ありがとうございます」
紡が落ち着いたのを見て、
「さぁ、仕事を始めようか!」
と鈴木が立ち上がる。
そうですねと鈴木に続いてリリア達も席を立ち、
受付窓口へと向かった。
その日の午後。
鈴木と紡が受付業務をしていたところ――
「あの……すみません」
という声が聞こえ顔を上げると、
ヨハンが困ったような表情で立っていた。
「ヨハンさん。本日はどうなされましたか?」
鈴木が笑顔で迎える。
「あの……ちょっと相談……というか、なんて言えばいいんでしょうか……」
歯切れの悪いヨハンの様子に、鈴木と紡は顔を見合わせた。
「ここでは話しづらい話ですか?」
鈴木が確認すると、ヨハンは黙って頷いた。
その反応に、鈴木は紡へ視線を向ける。
「天野君、応接室の準備をお願いできますか」
「はい」
紡は急いで準備に向かった。
―――
―
応接室に入り、鈴木、紡、ヨハンの三人だけになる。
ヨハンは申し訳なさそうに頭を下げた。
「あの……すみません、突然来てしまって」
「いえ、気にしないでください。
ここは異世界人のサポートをする組織ですから。
それで、どうかなされたんですか?」
鈴木が優しく問いかける。
ヨハンは少し息を整えてから話し始めた。
「はい……実は最近……というか、少し前からなんですが。
店の様子がおかしいと感じることが多くて……
ちょっとした違和感というか……
僕が店を出て戻ってきたときに、何かが違うと感じるんです」
「それはどういう……?」
「えっと……棚の薬の並びが変わっていたり……
書類の位置が微妙に違っていたり……」
ヨハンは言いづらそうに視線を落とす。
「それと……」
鈴木が促す。
「ほかにも何か気づいたことがあるんですか?」
「はい……僕の……研究データをまとめた資料が、
見当たらなくなったんです……」
紡が驚いたように目を見開く。
「研究……?」
鈴木が確認する。
「あぁ、ヨハン君。天野君に君の固有能力について話して大丈夫かな?」
「あ、はい。大丈夫です」
鈴木が紡に説明する。
「天野君。ヨハン君の固有能力は“解析”なんだよ」
「解析?」
ヨハンが説明を引き継ぐ。
「僕は見たものを“解析”することで、
物の名前とか、どういったものかを調べることができるんです」
「それって……すごい能力じゃないですか?」
「あはは……でも万能じゃなくて。
わかるのは“この世界の人たちが知っている範囲”だけなんです」
鈴木が補足する。
「つまり、この世界の知識の外側は解析できない。
だから研究職としては扱いづらい能力なんだ」
ヨハンは恥ずかしそうに頬をかきながら笑う。
「みんなが知っていることを解析しても、
この世界の人たちにとっては“既に知っている情報”ですからね。
でも僕にとっては便利な能力なんですけど…」
紡が頷く。
「そうなんですね……それで、研究データっていうのは?」
「はい。僕が“解析”で調べた薬草の情報と、
独自に研究していた薬草の効能についてのデータです。
僕、もともと新薬の研究とかしてたので……」
「その研究データが盗まれたと……?」
「いや……どれだけ探しても見当たらなかったんですが、
気づいたら元の場所に戻ってたんです……」
「つまり……盗まれてはいない……?」
「いや! でも本当に探した時はなかったんです……
だから盗まれたと思ったんですが……」
鈴木は顎に手を当て、考え込む。
「盗んだとしても、犯人がわざわざ返しに来るメリットはないですし……
ちょっと気味が悪いですね」
「はい……それで、一応相談しておこうと思いまして……」
「ご相談いただきありがとうございます。
私共からも調査と警護のため職員を派遣することを検討します」
「……! ありがとうございます」
ヨハンの表情に、ようやく安心が戻った。
「では手配の準備をしてきますので、
少々こちらでお待ちいただけますか。
天野君も手伝ってくれる?」
「はい!」
鈴木と紡は応接室を出て、急いで手続きを進めた。
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