第三十話 不幸体質
馬車の中では、がたがたと車輪が揺れる音が響いていた。
紡は疲れ切った様子で、背もたれに体を預けている。
「遅くなってしまって、すまないね」
グウェンが申し訳なさそうに声をかける。
「いえ……むしろ、俺がみんなを巻き込みました。
すみません……」
紡は苦しげに呟いた。
ネロが腕を組んだまま、低く言う。
「だから気をつけろと言ったんだ」
口は悪いが、その表情には明らかに心配が滲んでいた。
グウェンは優しく微笑み、
紡の頭にそっと手を置く。
「疲れただろう。もうすぐ着くけど……その間だけでも休みなさい」
子どもをあやすような、柔らかい手つき。
紡は恥ずかしさを感じつつも、
疲労が限界だったのか、急激な眠気に襲われ――
そっと意識を手放した。
―――
―
目を覚ますと自室で寝ていた。
(……ここまで運んでくれたのか)
体を起こそうとしたが、あまりのだるさに
自然とベッドに体が沈む。
居心地の悪さから寝返りを打つと。目の前に真っ黒でふわふわな物体が現れた。
黒猫が枕元で寝息を立てていた――
(またいる……)
そう思いながらだるい体を起こし、
まだ寝ている黒猫の体を無意識に撫でる
ぴくっと動き、尻尾がめんどくさそうに揺れ、
黒猫はゆっくり目を開ける。
「あぁ? なんだ、起きてたのかにゃ」
毛づくろいしながら、気怠げに言う。
「さっきな……それより、なんでまたここにいるんだ」
紡が尋ねると、黒猫は口元を歪めた。
「なんでって……お前に会いに来たにきまってるにゃ……
お前自分がなにしたか覚えてないのかにゃ?」
と今にも笑い出しそうな声で聞いてくる
「何って……あ」
寝起きでぼんやりしていた頭が、
――街に出て数分で七千万の借金。
――カティアとエイラを巻き込み、
――レオンを怒鳴らせ、
――グウェンまで怒らせた。
さーっと血の気が引いた。
黒猫は耐えきれず、ぷっと吹き出す。
「にゃははははは!お前、何したらそんな面白いことばっかり起こせるわけ???」
と布団の上を転げ回りながら大爆笑する。
紡は頭を抱えた。
「やっぱり……俺ってここでも不幸を呼んで周りを巻き込むんだな…」
悲し気顔をする紡を見て
黒猫は笑いを止め、紡をじっと見た。
「なに? そんなことを気にしてたのかにゃ?」
不思議そうな声。
「気にするに決まってるだろ!!」
思わず声を荒げてしまう。
黒猫は苦笑し、
どこか呆れたように目を細めた。
「お前のそれは“不幸”か」
怪しげな目で紡を見つめる。
「これを不幸と呼ばずに、なんて言うんだよ」
紡は苛立ちを隠せず返す。
黒猫はため息をつき、
くるりと体勢を変えて丸まった。
「はぁ……ほんと手がかかる奴だ」
「……おい。また意味深なこと言って、どっか行く気じゃないだろうな」
黒猫は黙ったまま、尻尾だけをぱたぱた動かす。
「なんなんだよ……次から次へと訳の分からないことばっかり……うんざりだ……」
吐き捨てるように言うと、
黒猫は薄目を開けた。
「もう少し周りを見たらどうだ」
諭すような声。
「周り? どういうことだよ」
「人間って、何も考えずにすぐ答えだけ求めようとする……」
黒猫はゆっくりと顔を上げ、
紡の目をまっすぐ見つめた。
「お前は“不幸”を呼んでるって言うが……
本当にそうなのかって聞いてるんだ」
紡は息を呑んだ。
その瞬間――
胸の奥に、痛むような記憶がよみがえった。
――
―
(俺は今までも何度も人を巻き込んできた……
……あれは……高校の頃……)
紡が剣道部で後輩に声をかけた日。
『今日は無理するなよ、怪我するぞ』
その直後、後輩は動きがぎこちなくなり、
別の部員と衝突して転倒。
その拍子に竹刀が飛び、
別の部員の足に当たり、
さらにその部員が倒れ、道具が散乱し――
連鎖的に複数人が怪我した。
『……俺が声をかけたせいだ……』
そう思い込んだ。
(……中学の頃も……)
紡が助けた友人が紡に依存し、
別の友人が嫉妬し、
誤解が広がり、
グループは分裂した。
『紡がいると、なんかややこしくなるよな』
その言葉が胸に刺さった。
(……そして……あの日……)
紡が家族に声をかけた。
『気をつけてね』
その直後、
家族は振り返り、
注意が逸れた瞬間――
車と接触した。
大怪我ではなかった。
でも紡は震えた。
『俺が……声をかけたから……』
その日から、
紡は“誰かと深く関わること”が怖くなった。
黒猫の声が、記憶の中に割り込んだ。
「おい!聞いてるのかー?」
目を覗き込んでくる
「あぁ……ごめん……お前が変なこと言うから……
昔のこと思い出してた」
「フンッ、思い出に浸って懐かしんでたわけ?
折角僕が懇切丁寧に教えてあげてるってのに!」
「おい、お前のどこが懇切丁寧な説明なんだよ!」
「はぁ?失礼な奴!!そんなこと言うなら
もう教えてやらないよ!」
猫は機嫌を悪くしたのか尻尾を床に叩く
「ご……ごめんって」
「ふん!……グウェンにちょっと似てると思ったけど
アイツのほうがまだかわいげがあったよ」
(ん?グウェン……?こいつグウェンさんとの知り合いか?)
「おい、いまグウェンってー」
言いかけたところを黒猫が遮る。
「とにかく!!お前は”不幸”を呼んでるわけじゃないにゃ!」
「……? 何を言ってるんだ」
「ここまで言ってもわからないのか……」
黒猫は呆れたように目を細め、
しかしその瞳はどこか優しかった。
そして――
「お前は“不幸”を呼んで――」
黒猫が言い終える前に、
コンコン とノックの音が響いた。
紡が咄嗟に扉へ視線を向け、
再び黒猫の方へ目を戻すと――
そこには、
もう誰もいなかった。
あっという間に30話まで来ました。
拙い文で恐縮ではありますが、
引き続き閲覧いただければ幸いです。




