第二十九話 綻び
冒険者ギルドの空気は、レオンとラオフの怒鳴り合いで最悪の状態だった。
冒険者たちはざわつき、誰もが武器に手をかけている。
そのとき――
コン、コン。
場違いなほど上品なノック音が響いた。
ざわめきが一瞬で凍りつく。
扉がゆっくりと開き――
まずネロが姿を見せた。
「……道を開けろ」
低い声。
冒険者たちは反射的に左右へ避けた。
そして――
ネロの背後から、
“何か”がゆっくりと入ってきた。
コツ、コツ、コツ。
靴音が響くたび、
ギルドの床がわずかに軋むように感じる。
グウェンが姿を現した。
いつもと同じ白黒の衣装。
いつもと同じ穏やかな微笑み。
コツ、コツ、コツ。
だが彼が一歩踏み出すたび、
空気が沈んでいく。
「こんばんは」
柔らかい声。
優しい微笑み。
――なのに。
その声を聞いた瞬間、
冒険者たちは反射的に背筋を伸ばし、
誰もが息を呑んだ。
(……なんだ、この圧……?)
紡は思わず後ずさる。
胸の奥がざわりと震え、
“逃げろ”という言葉が一瞬頭に浮かんだ。
「こちらに、私の部下とアマノ君が遊びに来ていると聞いたんだけど」
ギルド内をゆっくり見渡すグウェン。
グウェンのその声で紡はふと我に返る。
(グウェンさんだ……!
助かった…これでこの修羅場を穏便に――)
そう思った瞬間
隣にいた3人の姿を見て思わず目を見開いた。
レオンの顔は蒼白だった。
カティアもエイラも、武器を握る手が震えている。
この時、紡は悟った。
グウェンの登場は救いではなく、
さらなる絶望のはじまりなのだと。
グウェンが紡たち四人を見つけると――
笑った。
「やっぱり。ここにいたんだね」
その笑みは優しい。
だが、どこか“底が抜けている”。
コツ、コツ、コツ――
グウェンが近づくたび、
レオンの肩が小刻みに震え始めた。
紡は気づく。
レオンだけじゃない。
カティアもエイラも、周囲の冒険者たちも、
全員が“動けなくなっている”。
まるで、
“動いたら殺される”と本能が叫んでいるかのように。
グウェンはレオンの前で立ち止まり、
笑顔のまま、静かに見つめる。
沈黙。
その沈黙が、
なによりも恐ろしかった。
周りにいた人たちがその様子を固唾を飲んで見守る中、
レオンは意を決したように息を大きく吸い、
静かに床に正座し
手を床につくと――
ドンッという大きな音と共に
「すみませんでした!!!!!」
レオンの叫ぶような謝罪と土下座がギルド中に響いた。
(やりやがった…)
皆心の中でレオンの勇気ある行動に賞賛を送る。
グウェンは一瞬だけ目を丸くし、
すぐに微笑んだ。
「おや。僕が土下座をしてほしいと思って待っていたとでも?」
声は穏やか。
しかし、その裏にある“何か”が、
ギルド全体を締め上げていた。
「いえ、すみません」
レオンはグウェンの言葉を聞いて即座に立ち上がり姿勢を正す。
地獄の沈黙が続く中、
グウェンが口を開いた。
「僕がして欲しいのは報告だよ」
レオンは慌てて返事をする
「はい!報告いたします!」
レオンが報告を始める。
グウェンは黙って聞き、
やがて――
「借金、ですか?」
その一言で、
ギルドの温度がさらに数度下がった。
笑っているのに、
笑っていない。
優しい声なのに、
優しくない。
紡は背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
(……グウェンさん……怒ってる……?)
グウェンは紡へ視線を向ける。
その瞬間、紡の心臓が跳ねた。
「アマノ君。怖かっただろう。
遅くなってすまなかったね」
優しい声。
優しい言葉。
――なのに。
その優しさが、
逆に恐ろしい。
紡の膝が震え、
力が抜けてよろけたところをレオンが支える。
グウェンはゆっくりとラオフへ向き直る。
コツ、コツ、コツ――
歩くたびに、
ギルドの空気が“沈む”。
ラオフも珍しく焦り、
へらへら笑いながら手を振る。
「いやぁ〜、これはちょっとした行き違いでしてね……」
グウェンは微笑んだままラオフをじっと見つめる。
ラオフの笑顔が引きつる。
ギルド内は、
今までにないほど静まり返っている。
「ところで」
グウェンが話を切り出す。
「アマノ君の借金。あといくら残ってます?」
「……5万、クラウン……くらい、です……」
だいぶ減ったがそれでも莫大な借金に変わりはない。
それにもかかわらず、グウェンは驚きもせず笑顔を保ったまま
「そうですか。安心しました」
というと、後ろで待機していたネロから袋を受け取り、
そのままラオフへ手渡す。
「では、5万クラウン。お支払いします」
――さらりと。
まるで、
5万クラウンが小銭であるかのように。
ギルド内がざわめく。
青ざめた顔をしたラオフが何か言おうとした瞬間――
「今日はもう遅いので、帰りますね」
その声は穏やかだが、
ギルド内の誰もが逆らえない“圧”があった。
「歩けるか?」
ネロが紡に声をかけ、背中に手をまわし
支えるように歩き出す。
「レオン君、カティア君、エイラ君。帰りますよ」
三人は反射的に返事をし、グウェンの後に続く
「え!ちょ、ちょっと実は―」
ラオフが慌てて帰るのを止めようとすると
グウェンは振り返り、
冷たい声で言い放つ。
「今日は。もう遅いので帰ります」
それはグウェンからの「これ以上関わるな」という
明らかな拒絶だった。
ラオフもその一言で動けずにいた。
だが――
ギルドの奥から、誰かがぼそりと呟いた。
「……あれだけ大事にしてんなら、
いっそ首輪でもつけときゃいいのによ」
その瞬間。
空気が“破裂”した。
ギルド全体が一瞬で凍りつき、
誰もが呼吸を忘れた。
グウェンの笑顔が――
完全に消えた。
サングラスの奥で、
淡い青の瞳が“赤く”揺らめいた気がした。
(……え……?)
紡の胸が再び締めつけられる。
(逃げろ……逃げろ逃げろ逃げろ――)
切ったはずの黒い縁が、
一瞬だけ蘇ったように暴れた。
ネロが青ざめて叫ぶ。
「グウェン様!! だめです!!」
レオンも慌てて前に飛び出す。
「グウェン様! 落ち着いてください!!」
ラオフでさえ、
珍しく真剣な顔で冒険者の口を塞いだ。
「お前、今すぐ黙れ!!」
グウェンはゆっくりと冒険者のほうへ顔を向けた。
その微笑みは――
優しいのに、
底の底まで“冷たい”。
「……今、なんて言った?」
冒険者は膝から崩れ落ち、
声にならない悲鳴をあげた。
ギルド全体が震えた。
「グ、グウェンさん! えらいすんまへん!
こいつには強く言っておきますので落ち着いてください!!」
ラオフが必死の形相で前に出た。
その瞬間――
グウェンの瞳の赤がふっと消え、
いつもの淡い青に戻った。
「そうですか。ではあとはラオフ君にお任せしますね」
穏やかな声。
だが、誰もが逆らえなかった。
ラオフは震えながら頭を下げた。
「……了解しましたわ……」
グウェンは紡へ向き直り、
優しく手を差し伸べた。
「帰ろう、アマノ君」
その声は、
さっきまでの恐怖が嘘のように柔らかかった。
紡は震える手でその手を取った。
(……この人……
優しいのに……
どうしてこんなに……怖いんだ……?)
ギルドの冒険者たちは、
誰一人として動けなかった。
グウェンが入口の扉に手をかけたときに、少しだけ振り返る。
「そうだ……皆さん。今日はツキの巡りが悪いようですよ」
優しく語りかけるような声
サングラスの奥から青く光る瞳に見つめられ
ゾクリと悪寒が走る
「外は暗いですし、明日まではここから出ないほうがいいと思います……それでは、ご機嫌よう」
そう言うと軽く手をあげ去っていった。
ギルドの冒険者たちは、
誰一人として動けなかった。
ただ、
グウェンが去るまで――
息を殺して見送るしかなかった。
――
―
冒険者ギルドの前には、
黒い馬車が静かに待っていた。
おそらくグウェンが来るときに使ったものだ。
ネロが紡の背を支えながら乗せ、
グウェンも隣に座る。
レオン、カティア、エイラは馬車の外で待機していた。
窓が開き、グウェンが顔を出す。
「レオン、お前は先に行って鈴木君に今日のことを報告しておいてくれるかい」
その声は――
ほんの一瞬だけ、
いつもの柔らかさとは違う“荒い響き”が混じっていた。
(……今、“お前”って……?
言い方も……荒い……?)
紡はグウェンの口調に激しい違和感を覚えた。
レオンも一瞬だけ目を見開いた。
カティアとエイラも、わずかに息を呑んだ。
すぐに姿勢を正し、
「承知いたしました」
と全力で走り出した。
残されたカティアとエイラも、
顔を見合わせたが、すぐに馬車の周囲を警護するように動き出す。
紡は、目の前のグウェンを見つめた。
「グウェンさん……?」
振り返ったグウェンは、
いつもと変わらない穏やかな笑顔だった。
「どうかしたかい?」
優しい声色。
いつものグウェン。
(……気のせい……?)
そう思いながらも、
紡は違和感を確かめるようにネロの顔を見た。
ネロは無表情のまま――
しかしその瞳は、
どこか悲しげに揺れていた。
―――
――
―
グウェンたちが去ったあと、
冒険者ギルドには、耳が痛くなるほどの静寂が残った。
誰もが動けず、息を潜めている。
「……な、なんだったんだよ、さっきの……」
誰かがぽつりと呟く。
「“明日まで出ないほうがいい”って……どういう意味だ……?」
不安がざわりと広がる。
そんな中、一人の男が鼻で笑った。
「はっ。変な脅し文句でビビるとでも思ってんのかよ。
馬鹿らしい。俺は帰るぞ」
男は肩をすくめ、ギルドの扉へ向かう。
「待て、あかん」
ラオフが腕を掴んで止めようとした――
その瞬間だった。
ガシャァン!!
男が一歩外へ踏み出した瞬間、
どこからともなく植木鉢が落下してきた。
ラオフが咄嗟に腕を引き戻さなければ、
男の頭に直撃していた位置だ。
「……っ!!」
男はその場にへたり込み、
ガタガタと震え始めた。
「な、なんだよ……今の……」
周囲の冒険者たちも青ざめている。
ラオフは植木鉢の破片を見下ろし、
額に汗をにじませながら、
無理に笑おうとしていた。
「……はは……は……
ま、まぁ……グウェンさんの言う通りや。
今日は……ついてへん日やったんやろ……」
その言葉に、
ギルド内の誰もが黙って頷いた。
何したら2億減らせるんだよって思いますよね。
私も思います。
あー待ってください。行かないでください。
違うんです理由があるんですちゃんと!
今後!今後書くんで!
だからその拳と一緒に疑問をポケットにしまってください。
明日も7時投稿予定ですので!
よろしければまた覗いていただければ幸いです
まだです。しまったままでいてくださいね。
その拳




