第十八話 試し
「お前が……アマノか」
大柄な男――グスターボが紡を見下ろすように立っていた。
その視線は、まるで獲物を値踏みする猛獣のように鋭い。
紡は息を呑む。
(……なんだよ、この圧……)
グスターボは腕を組んだまま、紡を上から下までゆっくりと眺める。
「……フ」
次の瞬間、豪快な笑い声が響いた。
「フハハハハハ!!なんだカティアとエイラの追跡を振り切ったと聞いたから
どんな奴かと思ったら!思ったより小さいな!」
「小さいは余計だろ……!」
思わず紡が反射的に言い返すと、
レオンが吹き出しそうになり、カティアが慌てて紡の袖を引いた。
グスターボは楽しそうに続ける。
「アマノ!
お前がどんな“縁”を抱えているのか……興味がある」
その言葉に、紡の心臓が跳ねた。
(……なんでそんなことまで……)
ちらっとレオンのほうを見ると、
レオンは気まずそうに目をそらした。
(……なるほど、あの人が話したのか……)
グスターボはゆっくりと腕をほどき、
紡の前に一歩踏み出す。
その瞬間――
空気が一段と重くなった。
「軽くでいい。
俺に向かって、拳を出してみろ」
「……は?」
紡は思わず聞き返す。
レオンが苦笑しながら肩をすくめた。
「隊長の“試し”だよ。
殴れって意味じゃなくて……まぁ、やってみなよ」
「いやいやいや、無理だろ!
俺が殴ったところで何にも――」
「いいからやれ」
グスターボの低い声が、紡の言葉を断ち切った。
その声音には怒りはない。
ただ、揺るぎない“命令”だけがあった。
(……やるしか……ないのか……?)
紡はごくりと唾を飲み込み、
恐る恐る拳を握る。
震える手を前に出し、
グスターボの胸元へ向けて――
そっと拳を突き出した。
突き出された紡の拳を
グスターボの大きな手が軽く包み込んだ。
力はまったく入っていない。
なのに――
紡は全身が逆立つような寒気を感じた。
次の瞬間。
紡は気づけば、グスターボの手を振りほどき、
反射的に後方へ跳び退いていた。
(……え……今、俺……?)
自分の動きに紡が驚いていると、
グスターボが腹の底から笑い出した。
「フハハハハハハハ!! これは想像以上に面白いことになっているな!」
カティアは目を見開き、
「グスターボ隊長の手を振りほどくって……」
エイラも口元を押さえながらつぶやく。
「信じられない……」
グスターボはフゥと息を吐き、にやりと笑う。
「どれ……もっと”試し”てやろう……」
と紡に手を伸ばそうとした、
その時――
「ちょっとちょっと!隊長!落ち着いてください!
それ以上やったらアマノ君がケガじゃすまなくなりますって!」
とレオンが慌てて二人の間に割って入る。
「なに? もう少しなら問題ないだろ?」
グスターボがレオンをどかそうとする。
「問題大ありですよ!彼は戦闘部隊希望でもなければ
”再編の針”メンバーでもなく、
グウェン様のお客様としてここにいるんですよ!?
何かあったらグウェン様にしかられますって!!」
レオンは必死にグスターボを押しとどめる。
「……むう…」
グスターボが不満げに唸り、腕を組んで考え込む。
紡は二人のやり取りを見ながら、
背中に冷や汗が伝うのを感じていた。
(……絶対によくない流れになってる……)
グスターボは何か思いついたように顔を上げ、
レオンに向けて言い放つ。
「ならレオン。お前がやれ」
「はぁ??!」
レオンは信じられないといった顔をする。
「お前ならうまくやれるだろう。やれ」
「いやですよ!俺の話聞いてました??そんなことしたら俺が
グウェン様にしかられるじゃないですか?!」
グスターボは肩をすくめる。
「お前がやらないなら俺がやる」
「無茶苦茶いわないでください!!」
レオンは体を張ってグスターボを止めようとする。
(俺の意志に関係なく、なんか揉めてる……)
紡はただ固まるしかなかった。
レオンとグスターボの押し問答が続く中、
グスターボは紡へ向けて、再び一歩踏み出した。
その足音は重く、床がわずかに震えるほどだった。
「……どれ。やはり俺が――」
伸ばされた大きな手が、紡の肩に触れようとした瞬間。
「――グスターボ」
空気が、ピシリと音を立てて凍りついた。
紡の横を黒い影がすり抜け、
グスターボの腕の前にすっと立ちはだかったのは――ネロだった。
その動きは速すぎて、紡にはただ“視界が黒く揺れた”としか見えなかった。
ネロはグスターボを真っ直ぐに見上げ、
低く、刺すような声で言う。
「……それ以上、こいつに近づくな」
その声音には、怒りでも恐怖でもない。
ただ、冷たく研ぎ澄まされた“拒絶”だけがあった。
グスターボの手が、空中で止まる。
「……ネロ?」
レオンが青ざめた顔で小声を漏らす。
カティアとエイラも息を呑み、
訓練場の空気が一瞬で張りつめた。
ネロは一歩も引かず、
まるで巨大な獣に立ち向かう小さな刃のように、
グスターボの前に立ち続ける。
「こいつは……“グウェン様の客人”だ。
隊長といえど、勝手に手を出すことは許されない」
その言葉に、紡の背筋がぞくりと震えた。
グスターボはしばらくネロを見下ろしていたが、
やがて大きく息を吐き、腕を下ろした。
「……ふん。
相変わらず、グウェンのことになると頑固だな、お前は」
ネロは答えない。
ただ、紡の前から一歩も動かない。
まるで“守る”というより、
“触れることすら許さない”というような、
異様な気迫だった。
紡はその背中を見つめた。
ネロの背中は、
なぜかほんの少しだけ――
頼もしく見えた。
グスターボは人の話を聞きません。
グウェンも困るレベルです。
ネロはグウェンを普段から困らせてるグスターボに対してあたりが強いので
このやり取りは割と普段からやってると思います……
次回も施設内の案内は続きます。
よろしければ明日も読んでいただければ幸いです。
それでは皆さんハッピーホワイトデー




