第十五話 癒し
「落ち着いて……兄さん」
ポコン、と軽い音が部屋に響いた。
ネロの動きがぴたりと止まる。
紡は襟を掴まれたまま固まり、
ゆっくりと声の主へ視線を向けた。
そこに立っていたのは――小柄な少女だった。
白い髪がふわりと肩にかかり、
光を受けて淡く透けるように輝いている。
肌は雪のように白く、
瞳は淡い赤色で、どこか儚げな光を宿していた。
柔らかな白のローブをまとい、
袖口や裾には細かな刺繍が施されている。
全体的に“柔らかい”印象なのに、
その佇まいには不思議な静けさと気品があった。
(……なんだ、この子……
人間っていうより……人形みたいだ……)
紡は思わず息を呑む。
少女はネロをじっと見上げると
「兄さん、だめだよ。
グウェン様に怒られる前に……落ち着いて」
その声は小さくて優しいのに、
なぜか逆らえない力があった。
ネロはというと――
「……フィ、フィーロ……」
さっきまでの殺気立った表情が、
一瞬でしゅん、としぼんだ。
襟を掴んでいた手が離れ、
ネロは気まずそうに視線をそらす。
「……す、すまない……取り乱した……」
(……え?キャラ変わりすぎじゃないか?)
紡があっけに取られていると、
フィーロが紡のほうに向き
ふわりと微笑んだ。
「初めまして。
私はフィーロ……ネロの妹です」
その笑顔は、
さっきまでの緊張を一瞬で溶かすような、
柔らかい光を帯びていた。
(……天使か?)
紡は思わずそんなことを考えてしまった。
ネロはというと、
妹の前では完全に“弱い兄”になっていた。
「フィーロ……その……すまない……
アマノに……乱暴を……」
「うん、知ってるよ。見てたから」
「……っ」
ネロは肩を落とし、
まるで怒られた犬のようにしょんぼりしている。
(……ギャップがすごすぎる……)
紡は心の中でツッコミを入れながらも、
どこか微笑ましさを感じていた。
ネロがフィーロによって落ち着きを取り戻したところで、
グウェンが静かに口を開いた。
「フィーロ。少し見てもらえるかい?
アマノ君は“平気”と言っているが……
どうも顔色が優れないように見える」
「えっ、いや、本当に大丈夫です……!」
紡が慌てて否定するが、
フィーロは首をかしげ、そっと紡の前に歩み寄る。
そして、テーブルの上に置かれたティーカップに視線を移した。
「……兄さんの紅茶、飲んだの?」
「いや、これはグウェン様が淹れてくださったお茶だ……」
「…………あぁ」
フィーロは一瞬だけ遠い目をした。
(……なんだその“察した”みたいな顔……)
フィーロは紡の手をそっと取る。
その手は驚くほど温かく、
触れた瞬間、胸の奥のざわつきが少しだけ和らいだ。
「少しだけ……見せてね」
淡い光がフィーロの手元に集まり、
紡の身体にふわりと流れ込んでいく。
優しい温もりが胸の奥に広がり、
さっきまでの重さがすっと消えていく。
(……あ……なんか……楽になって……)
フィーロは小さく微笑んだ。
「うん、大丈夫。
疲れが少し溜まってただけだよ」
グウェンも安心したように頷く。
「ありがとう、フィーロ。助かったよ」
そう言ってグウェンはフィーロの頭をやさしくなでる。
フィーロの顔は嬉しそうに目を閉じる。
ネロはというと――
妹が褒められたのが嬉しいのか、
どこか誇らしげに胸を張っていた。
(…なんか、わかりやすい奴だな……)
紡はネロの変貌っぷりにあきれつつも
三人のやり取りをみて、どこか懐かしさと寂しさを感じていた。




