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再編の針と失われた縁  作者: 神田長十郎
第一章 再編の針
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第十四話 大事な話

「君が決めるんだ。君が大切だと思える場所を」


その言葉が胸の奥に落ちた瞬間――

紡の視界が、ふっと滲んだ。


(……なんで……)


涙なんて、もう出ないと思っていた。

泣く資格なんて、自分にはないと思っていた。


喉の奥が熱くなり、

胸の奥がぎゅっと締めつけられる。


紡は慌てて俯き、

袖でそっと目元を押さえた。


「……っ……」


声にならない息が漏れる。

涙をこらえようとするほど、逆に込み上げてくる。


(……泣くな……今は……泣くな……)


必死に歯を食いしばる。

肩が小さく震えた。


ネロが息を呑む気配がした。

グウェンは何も言わず、ただ静かに紡を見守っていた。


紡は深く息を吸い、震える呼吸をなんとか整えた。

袖でそっと目元を押さえ、涙の熱だけを残したまま顔を上げる。


「……すみません……もう、大丈夫です……」

その声はかすれていたが、確かに前を向こうとしていた。


その瞬間――

部屋の空気が、ふっと変わった。


さっきまで胸を締めつけていた重さが、

ほんの少しだけ和らいだように感じる。

まるで、張りつめていた糸がひとつ緩んだような、

そんな静かな変化だった。


グウェンは紡の様子を見て、

ゆっくりと、しかしどこか安心したように息を吐いた。


「……そう。大丈夫なら、よかった」

その声は先ほどよりも柔らかく、部屋の空気に溶けていくようだった。


「さぁ……たくさん話したから疲れただろう。少し休憩をしようか」

パン、と手を叩き、グウェンはふと思い出したように微笑む。


「そうだ。いい茶葉を手に入れたんだ。お茶を淹れよう」

その言葉に、ネロがぎょっとした顔をした。

「グウェン様! お茶なら俺が淹れます!」

慌てて止めようとするネロに、グウェンは優しく微笑む。


「ネロ。君も疲れているだろう。私に任せて、君はここに座っていてくれ」

ソファを指さされ、ネロは「はい」とおとなしく座った。


その顔は、どこか青ざめているように見えた。


しばらくすると、銀のトレーにティーセットを乗せてグウェンが戻ってきた。

「お待たせしてしまったね」

「どうぞ」と紅茶の入ったティーカップを置く。


ネロは震える手でティーカップを持ち上げ、

カチャカチャと音を立てながら口に運ぶ。


そんなに緊張して大丈夫か、と心配しつつ紡も紅茶を口に運んだ。


――苦いなんてレベルじゃない。

味の系統すらわからない“何か”が口いっぱいに広がった。


吹き出しそうになるのを、気合で嚥下する。

目の前を見ると、顔面真っ白のネロが


「グウェン様……とても……おいしいです……」

と笑顔を見せ、ガタガタと紅茶を飲み続けていた。


(……これを飲むって…忠誠心ってレベルじゃないだろ……)


紡は思わずドン引きする。

「あぁ! 貰い物だがお菓子もいただいてね。持ってくるよ」

グウェンが席を外した瞬間、紡はネロに小声で詰め寄った。


「おい、信じられない味がするが、これは何を飲まされてるんだ」

「安心しろ。……紅茶だ。これはただの紅茶だ」

「紅茶なわけないだろ。信じられないほど苦いぞ」

「グウェン様は俺たちには手が届かないほどの高級な茶葉を使われているんだ。お前は飲んだことがないだけだ」


「お前……絶対俺を騙してるだろ」

「黙れ」


お菓子を手に戻ってきたグウェンは、二人が顔を突き合わせて話している姿を見て

嬉しそうにほほ笑んだ。


「お待たせ……おや、少し目を離したすきにずいぶん仲良くなったんだね」


紡は必死に笑顔を作ろうとしたが――

後味の余韻がまだ舌に残っていて、引きつった顔になってしまった。


「アマノ君……また少し顔色が悪いように見えるが……体調がすぐれないのかい?」

「いえ、大丈夫です」

紡は平気だとアピールするように手を振った。


「無理は良くない……ネロ。悪いがフィーロを呼んできてくれるかい」

ネロはバッと立ち上がり、

「承知いたしました」と深く頭を下げて部屋を出ていった。


「あの……ほんと大丈夫ですから……」

紡が慌てて手を振るが、

グウェンは心配そうに近づき、そっと額に手を当てる。


「熱はないみたいだが……」

「あの!大丈夫です!」

紡が反射的にその手を払った瞬間――

ちょうど扉が開き、ネロが戻ってきた。


その光景を見たネロは、わなわなと震え、

つかつかと紡に近づいて襟を乱暴につかむ。


「貴様……グウェン様に手を挙げたな」


その目は怒りというより、

“恐怖”に近い色をしていた。


「ちょっと待て。誤解だ!」


紡は必死に説明しようとするが、

ネロの耳には届いていない。


「ネロ。乱暴はよしなさい」とグウェンが制した、その時――


「落ち着いて……兄さん」


ポコン、と軽い音が部屋に響いた。

気づくと、見知らぬ少女がネロの頭を

小さな手で軽く叩いていた。





ネロが戻ってくるのが速いですが、

グウェンの執務室のすぐ近くに使用人室があり、

そこにネロとフィーロという子の部屋があるので

すぐ隣の部屋に呼びに行くのに時間はあまりかからなかったという設定です。

※あと多分ネロはグウェンを待たせないよう素早く行動しているのも起因していると思います。


そんなこんなで明日もよろしければご覧いただければ幸いです

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