第十三話 それぞれの思い
「はい……俺は……
一人で生きていける環境があるなら……
どうでもいいんです」
紡がそう言った瞬間――
空気が、ピシッと張りつめた。
グウェンがわずかに目を細める。
その横で、ネロの肩がビクリと震えた。
「……は?」
低く、押し殺した声だった。
紡がそちらを見るより早く、
ネロが一歩前に出ていた。
「どうでも……いい?」
その声音は、昨日の冷たさとも違う。
怒りとも違う。
もっと――焦りに近い。
「お前……今、なんて言った?」
紡は思わず息を呑む。
「え……いや、その……俺は……」
「“どうでもいい”だと?」
ネロの声が震えていた。
「お前……どれだけこの件でグウェン様が傷ついているか……
それを……どうでもいい……だと?」
言葉が続かない。
ネロ自身が、自分の感情に追いつけていないようだった。
グウェンが静かに口を開く。
「ネロ。落ち着きなさい」
「……っ、申し訳ありません……」
ネロははっとして口をつぐみ、
すぐに頭を下げたが――
その目はまだ紡を見ていた。
ネロの目には、怒りとも悲しみともつかない色が混ざっていた。
その視線は、痛々しいほどまっすぐだった。
紡は胸の奥がざわつくのを感じた。
(……なんでそんな顔をするんだよ……)
グウェンが紡に向き直る。
「アマノ君。
“どうでもいい”なんて、自分を傷つけるような言葉を言ってはいけないよ。
これはとても大切なことなんだ」
その声は優しいのに、
どこか深い悲しみを含んでいた。
ネロは唇を噛みしめ、
拳をぎゅっと握りしめている。
紡は視線を落とし、
自分の言葉が思った以上に重かったことを悟った。
紡はゆっくりと息を吸い、
胸の奥に沈んでいた言葉を、ひとつずつ掘り起こすように口を開いた。
「……俺は……元の世界に帰ったって、誰もいません」
声が震える。
けれど、それを隠そうとはしなかった。
「頼れる家族も……友達も……みんな……俺のせいで……全部、壊れたんです」」
ネロが小さく息を呑む気配がした。
グウェンはただ静かに、紡の言葉を待っている。
「俺はもう……俺のせいで誰かを傷つけたくない……」
紡は拳を握りしめ、視線を落とした。
「……俺は、一人で生きていける場所があるなら……
どこだっていいんです。
誰も……俺のせいで傷つかない場所なら……」
その言葉は、悲しみでも諦めでもなく、
“自分が誰かを傷つけることへの恐怖”から生まれたものだった。
「……俺は、誰かと一緒にいる資格なんて……
俺がいないほうがいいと思ってるんです」
言い終えた瞬間、
部屋の空気が静かに揺れた。
ネロは目を見開いたまま固まり、
グウェンは深く、深く紡を見つめていた。
そして――
グウェンはゆっくりと口を開いた。
「アマノ君」
その声は驚くほど静かで、
けれど、どこか揺るぎない強さを含んでいた。
「“いないほうがいい”なんて……
そんなふうに、自分を扱わないでほしい」
紡は顔を上げる。
グウェンはまっすぐに紡を見つめていた。
「アマノ君、君には多くの良い縁が今もつながっている。
君の中で"縁”は複雑に絡み合ってしまっていているが、
その”縁"は君が“誰かを大切に思っていた”証拠だ。
そしてそれは、多くの人が“君を大切に思っていた”証拠でもある。」
その声は優しいのに、
どこか深い悲しみを帯びていた。
「だから一人になりたいなんて……そんな寂しいことを言わないでほしい」
ネロが息を呑む音がした。
紡は言葉を失い、ただ俯く。
グウェンはそっと、紡の名を呼んだ。
「アマノ君。すぐに決めなくてもいい。ゆっくり考えなさい。
そして――君が決めるんだ。君が大切だと思える場所を」




