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Day.2 ろくでもない事の始まり3

午前中で半分も終わったはずの瓦礫撤去作業はリカが到着した後も続けられたのだが、バカ二人が下らねぇことでしょっちゅう手を止めて騒ぐもんだから、結局カオリもその度に空薬莢バラ撒くせいでちっとも捗らず、跡地が更地になるまでには随分と辺りも暗くなっていた。

何だかんだとやることをきちんとやっていたのはヒロトくらいで、バカ二人にいたってはハンバーグのタネにも似た何かに成り果て、今は塩酸で満たされた瓶に詰められている。

リカも含めた四人と二つでホテルに帰り、風呂で汚れを洗い落とし、漸く一息ついたのは夜も更ける頃だった。

ロビーにある小さなローテーブルに書類を広げて向かい合ったリカと俺は、紅茶を飲みつつ難しい顔をしながら白紙の方眼紙を眺めている。


「じゃあやっぱり図面とかは全然残ってないんだね?」

「あぁ、今日片付けた瓦礫にタイム風呂敷でも被せれば欠片くらいは出てくるかもしれないが。」

「はぁ、なら一から練り直さないとダメってことだね。とりあえず正確な長さとかはいいから、大体の内装とか必要な器具とか教えて、工事ついでに格安で揃えておくから。」

「悪いな、助かる。」

「代わりになるべく元の状態に戻すけど、安くするために内装とかレイアウトが変わっても文句言わないでね。」

「構わないさ、元々かなりシンプルな造りだったからな。収納が至るところにあるのと、異様に強度を高めてもらった以外はただの四角い箱だ。」


そもそも建設にあたって業者に要求したのは、リカに伝えた二つに加えて、居室を二階に造ることと、お客様が入るスペースは全て木製にしてほしいってことだけだ。

少ない資本金でシンプルながらも居心地の良い店にしてくれたのだから、前の業者にもかなり感謝している。

今回の工事も依頼したら快く承諾してくれたし、以前より強固な造りにしてみせると意気込んでくれたほどだ。


「じゃあ後はやっとくから、カズ兄ちゃんは休みなよ。業者にも連絡してくれてるんだよね?」

「あぁ、何だか凄くやる気満々って感じだったよ。ホントに俺は周りの人に恵まれてるな。」

「そうだね、じゃなきゃ商店街にだっていさせてもらえないよ。」


リカの言う通りだ、普通あんな大惨事を引き起こした連中に再び店を構えさせようだなんて誰も考えないだろう。

胸中で皆に感謝しながら、俺は残った紅茶を飲み干して席を立つ。


「ならお言葉に甘えて休ませてもらおう、お前もあまり無理すんなよ?」

「う〜。カズ兄ちゃんも色々手続きとか大変なんだし頑張れ〜、なるべく早く完成させるからさ。現場の指揮は任せとけ〜。」

「了解、よろしく。」


力なく手をぶらぶらと振るリカを残して部屋に向かう。

だけどやっぱ現場には立ち会うべきだったと、俺は後になって後悔することとなる。

それは決して完成した店が欠陥だらけだとか、費用が異様に高くなっただとかそういうわけじゃない。

そう、俺は失念していたのだ。

どれだけ立派になろうともリカは俺たちの妹だっていう、そんな当たり前の現実を。






「おぉ、見事に見た目は元のままだな。」

「やべぇ、俺たちタイムマシンで過去に戻ってきたのか?」

「I'll be back!」

「スゲェな、マジで元通りだ。」

「リカちゃん凄いね、完璧だよ!」

「ふっふっふ、もっと誉め讃えて。」


ひと月という驚異的な早さで再建されたフラトレスは、ものの見事に元通りだった。

何でも工事業者が図面を残していて、それを元にしたから作業が捗ったのだそうだ。

鼻高々といった様子のリカにひとしきり称賛の言葉を投げると、早速それぞれが中を物色し始める。


「凄いよ兄さん、キッチンの機材が軒並みグレードアップしてる!」

「あぁ、俺はお前が軒並みなんて言葉を使えるってことに驚いたがな。」

「お兄さん!見てくれよこの純白の皿やカップを、まるで真珠をちりばめたようだぜ!」

「詩的な表現は素晴らしいと思うが、それを仕事と称して指先一寸でも触れたら灰に変えるからな?」

「………ふぅ。」

「新しい店に対する感動もそこそこに遠慮なく一服してるお前はやっぱ大物だよヒロト。」

「カズくん!二階の家が劇的ビフォーアフターだったよ!」

「うんカオリ、バカと同じ表現は止めなさい、バカは伝染病だからね。」


どうやら二階以外はほとんど変化はないらしいのに、まるで夢の国に飛び込んだ子供のようにはしゃぐ四人を見ていると、何だか俺まで楽しくなってきそうだ。

そんな四人を見て満足気に頷いてみせたリカは、俺の脇腹を突くと、カウンター席に座るなり言った。


「マスター、いつもので。」

「いつものでってお前は、来たのだってまだ二回目だろうが。」

「いいじゃん、一回くらいこういうセリフ言ってみたいんだよ!」

「まぁ、解らなくはないな。」


俺もニヤリと笑ってみせると、フラトレスとプリントされた新品のエプロンを着け、ピカピカのヤカンでお湯を沸かし始める。


「ほらテメェら、後でいくらでも見てられんだから一旦座れよ。それとバカ、機材の感覚掴むついでに何か軽食でも作れ。」

「ウチもそう思ってたところさ兄さん、まずはクリームソースから作るシチューでも。」

「バカと呼ばれてちゃんと返事したのは偉いが、軽食っつったろド阿呆。誰が本格クッキング始めろっつった?」

「なに言ってんのさ兄さん、ほんの五時間程度が待てないのかい?」

「待てるかバカ、注文して五時間待たされる軽食なんて世界中探してもねぇよ!」

「仕方ないなぁ兄さんは、ホント短気なんだから。じゃあ卵かけご飯でいい?」

「今度はお手軽すぎんだよクソッタレ!機材の感覚掴めっつったのに何で三秒でできそうなチョイスなんだよアホ、せめてスクランブルエッグとかにしろ!」

「いやいや兄さん、ご飯炊くとこからだから一時間はかかるよ、三秒とかなに言ってんの?ププッ。」

「そういう揚げ足取るカスは早速新品の高火力グリルで消し炭になるまで痛めつけてやろうか?」

「兄さん、俺早く珈琲飲みたい、あとビール。」

「………はぁ。」


マイペースなヒロトの言葉に脱力した俺は、バカの相手を放置して早速新しい豆の袋を開け、ミルでゴリゴリと挽き始める。

深煎りされた豆の香ばしい匂いがフロアに満ちて、何だか漸く店が復活したのだと実感できた。

バカが作ったサンドイッチや簡単な料理を摘みながら過ぎる賑やかだが穏やかな時間に、やっと家に帰ってこれたという解放感から、結局お開きになったのは月が空に輝き始めた頃だ。

リカは泊まっていくように勧めた俺にやんわり首を横に振り、私も自宅に帰りたくなったと言って店を後にした。

皆が外に出て礼や再会を願う言葉で見送る中、最後にリカは耳元で小さく呟く。


「多分かなりカズ兄ちゃん好みの内装になったと思うよ?」

「あぁ、文句なしに最高だ。ありがとな。」

「いやいや、お礼はもっとちゃんと住んでみてから聞くよ。本当の隠し味って、きっかけがないと気づかないでしょ?」

「は?お前なに言ってんだ?」

「ふっふっふ、そのうち解るよ。私が業者にも隠したサプライズがね。」


首を傾げる俺をニヤリと一瞥すると、リカは手を振りながら駅の方へと歩いていった。


「よーし、今日は疲れたし寝るか。明日からは早速営業開始すんぞ。」

「えー、もうちょい休みにしようよお兄さん。」

「そうだよ兄さん。ウチら最近ひたすらに再生繰り返してたから疲れてんだよ?」

「黙れクズ、全部テメェの自業自得だろうが。ゴタゴタ言ってねぇでさっさと店に入れ、どうせこれから新しくなった部屋を見るんだろ?」

「おぉそうだった、ウチとしたことが失念してたぜ。」

「ふっふっふ…部屋まで競争!」

「あ、ズル〜い、待て〜。」


ウザいテンションで走り去る二人に、俺は盛大に溜め息を吐きながら店に入った。


「同じ部屋じゃねぇんだからそもそもゴールが違うじゃねぇかバカが。」

「いいんじゃない?少なくとも今日は無事に終わりそうだし。」

「まぁ、それもそうだな。」


店の鍵を閉めながらそう言ったカオリに同意しつつ、俺は早速明日からのスケジュールを頭に思い描いていた。

材料の取引先に連絡したり、色々とすべきことは多い。

明日は仕事の合間を見て電話に追われそうだ。

まぁ、そんな日々に戻ってこれただけでも僥幸だろう、下手すりゃ今頃揃って就職先を探してるところだろうし。

漸く吐いた安堵の溜め息にカオリが微笑み、そっと肩を寄せてくる。

さぁて、明日からまた夢を紡ぐぞ。


…。

……。

………。


「で、バカゴリラはいつになったら起きてくんだよ。」


翌朝。

懐かしい"いつも通り"に楽しさを感じながら掃除を始め、開店ギリギリになってカオリに連れられて降りてきたキヨシとヒロトのケツを蹴り飛ばし、着替えもせずに煙草に火をつけた二人を再度殴り倒し、再オープンを聞いて来てくれた常連さん達で大いに賑わった昼のピークを越え、漸く迎えたアイドルタイム。

久々の仕事に疲れ果てた皆に俺がそう質問するまで、誰もバカの不在に気を回せなかったのは仕方ないと言えよう。

カウンターに突っ伏したカオリが顔を上げて、小さく首を傾げる。


「朝あたしが起こしに行った時にはもうベッドにいなかったよ?布団も冷たかったし随分早起きして店に降りたのかと思ってた。」

「いやそれはないよカオリさん、ホカ結構遅くまで起きてたし。」


煙草を咥えながら気だるげに相槌を打ったヒロトは、同意を求めるようにキヨシへと視線を移す。


「あぁ、新しいリビングで遅くまで俺と深夜アニメ観てたからな。」

「あれだけ早く寝ろっつったのに死にてぇのかコラ。」

「まぁまぁ兄さん、今はホカの所在でしょ?」

「チッ、あのクソボケ。いたらいたでウゼェのに、いないならいないで面倒だな。」

「どうするカズくん、今日は早めにお店閉めて探す?」

「クソッタレ、なんか癪だが仕方ねぇな。今日はもう材料だって品切れに近い。つかキッチンとカウンターを行ったり来たりすんのも疲れる。」

「そんなこと言ってお兄さん、ホントは心配してるくせに〜。」

「あぁそうだ、もしかしたら勝手にどこぞでくたばってあの世に行ったかもしれねぇな、ちょっとひとっ走り探してこいよ愚弟、送ってやっから。」

「いいから片付けるよ、もう探すって決めたんでしょ?」

「はぁ、初日から面倒な奴だな。」


俺たちは早々に店を閉めると、諸々の片付けや発注を済ませて店を出た。

とりあえず部屋に何か手がかりになりそうなモノがあるんじゃないかと踏んで、四人でぞろぞろとバカの部屋に入り込む。

新しい木材の匂いが漂う室内は、当然ながらまだ散らかってはいない。

手分けして引き出しや戸棚を漁ってみるものの、私物と言えるような物も出てきそうになかった。

唯一あった私物といえば、机の上に置かれたままだった携帯とくたびれた財布くらいだ。


「ったくあのクズ、携帯まで放置しやがって。」

「でも財布があるってことは、それほど遠くまでは行ってないんじゃない?」

「少なくとも家からは出てなさそうだぜお兄さん。」


振り返るとバカのスニーカーを指先に引っ掛けたキヨシが立っていた。


「じゃあなにか?あのバカはこの家から出てないのに、これだけ探しても見つからないって?」

「状況だけみるとそうなるね。しかも多分他の部屋にはいないだろうから、いるとすればこの部屋しかないよ。」


カオリの言葉に全員が訝しげな視線を周りに向ける。

ありえねぇだろ、この八畳程度の部屋に四人から見つからず隠れるなんて。

隠れられそうなのもせいぜいベッドと机にクローゼットくらいで、他にある物も壁に掛けられたどこぞの風景画くらいだ。

少し傾いて掛かっているそれを直そうと、俺は何気なく手を伸ばす。


「………チッ、何だこりゃ?」

「どうしたのカズくん?」

「触れるまで気づかなかったが、何でこんなとこにこんなもんが…。」


これは何かしらの魔術が宿った物だ、しかもこれほど巧妙に気配を消してあるなんてただごとじゃない。

俺は恐る恐る傾いた風景画を真っ直ぐに直す。

するとそこにはまるで始めからあったみたいに、両開きの鉄扉が闇を湛えた大口を広げていた。

全員が驚いて、しかしすぐに納得する。

俺は面白そうな予感に笑みを浮かべ、鉄扉を蹴り開ける。


「さ〜て、とりあえずバカを探しに行くとすっか!」

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