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Day.3 強行突破(ダンジョンブレイカー)

それは薄暗い迷宮だった。

岩を組み合わせて造られた古城の地下牢のような廊下はじめじめと湿気が多く、時折水滴が落ちる音が木霊する。

幸いにも廊下は広く、左右には等間隔で松明も焚かれているから、異様な肌寒さを除けば歩きやすい。

道は何度も曲がり、分かれ、行き止まり、時には階段で降りたりと、嫌になるほど迷宮の体を成している。

俺たちはそんなお伽噺の中から出てきたみたいな異界を、愛用の武器を携えて歩いていた。

靴音が響き渡り、しかし音が返ってこないところをみると、どうやらこの迷宮は恐ろしく広い空間にあるらしい。


「なぁお兄さん、やっぱこの迷路ってさぁ、姫がやったんかねぇ。」

「だろうな。あのバカはそれにまんまと入り込み、しっかり迷子ってわけだ。」

「方向音痴なホカが出ようと思って出れるはずがないしね。」

「同感、ホカゾノは絶対迷ってるよ。」

「そういうお前らさ、ちゃんとここまでのルートは覚えてるんだよな?」

『………。』

「おいコラ、一人くらい頷け、目を逸らすな。」


ったく、少しくらい覚えてそうなのはキヨシくらいか、方向音痴って治らないもんなんだな。

………ん?

微かな気配を感じて、前後を見渡す。

だが何もない廊下があるだけで、俺の行動に首を傾げたキヨシとカオリの顔が松明の明かりに揺れている。


「どしたのお兄さん、急に振り返って。」

「いや、何か嫌な気配を感じてな。」

「兄さん、俺も感じたから間違いないよ。何かいるよねここ、しかもホカじゃない。」

「え、マジなのカズくん?」


不安そうに軽機関銃を構えなおすその姿に、「あはは、不安とか冗談だろ馬鹿馬鹿しい。カオリの方がよほど化け物なのに。」って気持ちを込めて微笑む、もちろん意図は伝わらないが。


「ヒロトが言うんだし間違いないだろ、まぁこの戦力の相手になるのが一体どれだけいるかは見物だがな。」

「スライムの代わりに武神がゴロゴロ出てきたら兄さんの出番だね。」

「ホカゾノが出てきたらどさくさ紛れに俺とヒロトで殺る。」

「あたしが皆の援護だね。」

「全員頭を低くして戦えよ、流れ弾という言葉に何度ミンチにされるか数えたくないならな。」

『Yes Sir,BIGBOSS!』

「そこは上手く狙うから大丈夫だよ?」

「勘弁してくれ、上手く狙われたら避けるのも不可能じゃないか。」

「敵ね!狙うのは敵ね!」

「っと、そうこうしてる間に近づいてきてんな。」


複数の気配と共に、明らかに人のものではない足跡まで響いてくる。


「よっしゃ、ショウタイムだ!派手にいくぜ!」

「素敵な悲鳴のハーモニー、奏でてもらおうか!」

「弾幕のリズムに合わせて。」

「真っ赤な花を咲かせろよ!」


通路の突き当たりの角から現れた真っ黒な破壊の獣。

漆黒の焔を毛並みのように揺らめかせ、鮮血を固めたような瞳を真っ直ぐに俺たちへと向けながら、狼の姿をしたそれは数えきれない大群となって怒濤の如く押し寄せてくる。

カオリの軽機関銃の薬室へ弾丸が装填され、殲滅を生み出す真鍮の音色が微笑みに彩られた。


「吠えろ殺戮の子守唄(ケルベロス)、彼方まで轟くその咆哮で奴らのハラワタをブチまけろ!」

「テメェらとりあえず一旦しゃがめ!死ぬぞ!」

『うぉぉ!?』


間一髪二人の頭を無理矢理床に押しつけた途端、鼓膜を破りそうな爆音を響かせながら嵐が頭上を吹き抜けていく。

凄絶な悲鳴を上げて敵が黒い霧になって消え、火薬が爆ぜる臭いが辺りに充満する。


「お兄さんお兄さん!多分これ俺らも死ぬよね!?」

「ははっ、なぁ弟くん、アヤメの花言葉を知っているか?」

「信じる者の幸福ってか!?信じてれば安らかに即死できるぞって言われてる気分だぜ!」

「……ふぅ、最期の一服がこんなに旨いなんてな。生きてるって気がする。」

「ほら見ろよキヨシ、ヒロトの落ち着きようをさ。俺らも見習わなきゃいけねぇな。」

「よく聞けお兄さん、あれは遺言って言うんだ!」

「まぁまぁキヨシよ、あまり興奮して頭を上げてると眼鏡が流れ弾で砕けちゃうぜ?」

「もしや既に諦めてたりするだろ!?ってあぁ!俺の眼鏡がー!」


そんな風に騒いでる間に掃射は終わったらしく、あれだけ通路に溢れていた敵の姿はただの一匹すら残っていなかった。

俺は砕け散った眼鏡の破片を踏み付けながら、隣で目先真っ暗になってるキヨシにそっとハンカチを差し出す。


「男の子だろ、泣くな。」

「………ボクは誰?」

「あぁ兄さんこりゃダメだ、本体(メガネ)砕かれて肉体だけしか残らなかったみたいだ。」

「そうか………仕方ないな、貴い犠牲だった。」

「キヨシくん大丈夫?」


そこに何事もなかったみたいに歩いてくる容疑者K。


「あぁカオリ、残念ながら流れ弾がキヨシ(メガネ)に当たっちまったみたいだ。もう自我が消えちまった。」

「あれ?でも確か予備を持ち歩いてなかったっけ?」

「あ、兄さんこれじゃね?」


ヒロトが茫然自失のキヨシのポケットから予備の眼鏡を見つけると、鋼で作られたケースから取り出してキヨシに掛けてやる。

すると意識を取り戻したみたいにキヨシの瞳に光が宿った、相変わらず死んだ魚みたいな濁り方だったが。


「あ………クソッ、俺はどうしてたんだ?」

「魂が砕けてしまったのさ、だからあれほど頭は低くして生きていけと。」

「言ってないよな?そんな忠告はしてなかったよな?」

「てか兄さん、砕けた眼鏡の欠片を思いっきり踏み砕いてたよね?」

「こらこらヒロトくん、この状況でその出任せは良くないぜ?」

「ヘイヘイお兄さん、ちょいと足を退けてみなよ。そしたら潔白なその身に黒い染みなんてねぇって証明できるだろう?」


俺が足をずらすと、砕けたガラスの粒が松明の明かりにキラキラと煌めいた。


「………テヘペロッ。」

「よっしゃ、中ボスとかの前に裏ボス倒すとすっか!」

「待て弟くん、まずは話し合おう!それが悠久の平和を願う僕ら人類の務めじゃないか!」

「人外が人類を名乗るなど片腹痛いわ!悠久の平和だぁ?殺戮の化身がよくもまぁぬけぬけと。」

「兄さん、それは冗談とかじゃなくて明らかな嘘だよ。」

「俺も人間になりたーい!」

「ベタな返しをごちそうさまお兄さん、質が落ちたとは見下げ果てたね。」

「ぐぬぬ、ここぞとばかりに俺を否定しやがって。」

「どうでもいいから先に行こうよ兄さん。」

「上等だコラ!もうやけくそだ、ゴールまで一直線の道を切り開いてやんよ!出でよ!エクスカリバー!」


手のひらに感じる光の剣を大きく振りかぶり全力で力を籠めて握ると、二人が慌てて俺を羽交い締めにかかってきた。


「ちょっ、こんな狭い空間でそれ使ったらヤバいって!カオリさんまで巻き込んじまうよ!?」

「カオリ、俺の後ろにピッタリくっついてろよ、必ず守ってやるからな。」

「了解、よろしくね。」

「オーマイガッ!久しぶりに使ったよこの言葉!」

(はいはいカズ兄ちゃん、乱暴は禁止ね。)

『!?』


突然辺りに響いた聞き慣れた声。

それは狭い空間で反響することもなく、近いような遠いような、そして不可思議にはっきりと聞こえた。

俺は振り上げていた剣を消すと、悪の元凶に向かって通路へ語り掛ける。


「やっぱお前の仕業かよリカ、随分と手の込んだ悪戯じゃねぇか。」

(どう?今どんな気持ち?ねぇどんな気持ち?)

「そうだな、軽やかにテメェを挽肉に変えて笑顔になれそうな気持ちだ。」

(むぅ、せっかくカズ兄ちゃんが楽しめるように魔物まで用意したのに。)

「あんな雑魚ばかり出されてもな、眠気覚ましにもなりゃしねぇ。どうせ楽しませんならもちっと歯ごたえのある奴を用意しろよ、ゼウスとか。」

「お兄さん、それはもはや歯ごたえとかいうレベルじゃないから、神様だから。」

(ゼウスは出せないけど、一応迷い込んだホカゾノさんをラスボスに変えといたよ?)

「おいどうするよヒロト、一気にクソゲーな気配が漂ってきたぜ?」

「ホカがラスボスかぁ、逆にこっちに攻撃力強化の補正が付きそうだな。」

「当然だぜヒロト、あの腹タプ野郎なんて俺の槍で串焼きにしてやる。」

「流石に焼くのは可哀想じゃない?それより誰か正しい汚物処理の仕方って知ってる?」

「カオリが一番酷い気がするな。」


言いたい放題いってから、とりあえず俺は前に歩き始める。


「おいリカ、このダンジョンはどういう構造になってんだ?」

(普通のタワーダンジョンかな、全部で25フロアあって、全部で五体のボスがいるよ。)

「なるほどな、まぁ単純明快なのは助かる。んじゃとっととラスボス討伐に向かうぞバカども。」

「よっしゃ、全力で行くぜ!」

「あ、煙草が切れそうだ。」

「ところでリカ、このダンジョンで暴れても店に影響はないんだよな?」

(さっきカオリちゃんが散々暴れてから訊くことじゃないよねそれ。まぁ別世界として空間遮断してるから問題はないよ、強度も十分だと思うけど?)

「へぇ…ならセーフモードで殺り合う必要はねぇってことだよな?」

「うわっ、カズくんが悪い顔してる。」

「なぁリカ、俺とヒロトとカオリさんだけでも出口に送ってくれ、さもないと巻き込まれて原子レベルで壊される!」

(それ、ホカゾノさんだけ見殺しだよね?)

「いつだって魔王を鎮めるには生け贄って相場が決まってんだろ!」

「あんなゴリラ生け贄に差し出されて満足すっかよボケ、こういうのは可憐な美少女って決まりだろ。」

「そうか!その美少女を俺が助けに行ってお兄さんを倒し、英雄としてその美少女と幸せに暮らすんだな!」

「はっ、やってみろよ英雄様!現実ってもんを教えてやんよ!」

「現実魔王と英雄が一緒にいる不思議。つか兄さん、このままだと兄さんがラスボスなんだけど?」

「………あれ?」

(はぁ、とりあえず行ってら〜。一応見てるから、ヤバそうなら止めるね〜。)


溜め息を残してリカの声が途絶える。

とりあえず気を取り直して煙草に火を点けると、ゆっくり紫煙を吐き出しながら後ろの奴らに言った。


「つーわけだ化け物ども。アホな妹がわざわざ勝手に用意したお楽しみ企画、せっかくだし楽しませてもらうとしよう。」

「化け物筆頭のお兄さんにかかれば、そこらの雑魚なんて撃破数にカウントさえされねぇよな。」

「なぁキヨシ、煙草くれよ。」

「皆忘れないでね、一番危ない殲滅兵器が前線に出るんだから、警戒すべきはカズくんだから。」

「よしヒロト、煙草やるからお兄さんのテンションが上がらないようにお兄さんより速く雑魚を片付けろ。」

「だが断る、だが煙草は貰う。」

「あらやだこの野郎、どこまで世界は自分中心に回ってると思うの?命かかってんだよ!解れよ!」

「ごちゃごちゃうるせぇよ弟くん、誰が一匹でもくれてやるって言ったよ。」

「あぁこりゃもう駄目だ、既にテンション高いもん。さて、肉体滅んでも大丈夫なように眼鏡はオリハルコン製の眼鏡ケースにしまわなきゃ。」

「清々しいほどいさぎいいねキヨシくん、てかやっぱりそっちが本体なんだ。」


ふざけながらも武器を持って準備運動を始めた三人に笑みをこぼし、俺も愛刀の白漣を鞘に納めたまま左手に持つ。

ドクドクと狂的に高まる鼓動に呼応するように、凍てつく力の一端が白漣から漂い始める。

あぁ堪らない、この感覚は毎日だって飽きはしない。

オレの魂が解放される貴重な時間だ、なるべく長く堪能させてくれ。


「おいリカ、さっき言ったの覚えてんな?」


獲物が遠くで咆哮している。


「クソッタレなゴミなんて要らねぇ、テメェが出せるありったけを出し惜しみなしで配置しやがれ!」


キヨシは深紅の魔槍を、ヒロトは二刀一対の短刀を、カオリは大口径のトゥーハンド。

さぁ始めよう、準備万端だ。


「準備はいいか、野郎ども!」


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