Day.2 ろくでもない事の始まり2
明くる日。
絶望に打ち拉がれた俺と消滅したはずの二人は、昨晩から泊まっていたビジネスホテルの一室で正座させられていた。
眠ることも許されないまま迎えた朝日が、疲れて隈のできた目には異様に眩しい。
隣に並んで正座する二人は既に脱け殻のように力なくうなだれ、辛うじて開いている瞳には生気の欠片さえ失われている。
流石に痺れた足を引きずるように立ち上がると、凝り固まった身体を解しながら布団で寝ているカオリを揺り起こす。
「起きてくれ、そろそろ朝食の時間だよ。」
「ん……ちゃんと反省したの?」
起きがけから確認してくるあたり、やはりガチで怒っているらしい、それは嫌というほど昨晩から思い知らされているのだが。
「あぁ、今日は一応役に立ちそうな奴を呼んである。昼頃には到着すると言っていた。」
昨日警察や消防からの取り調べや商店街の皆様への謝罪、後片付けにカオリからの猛烈な説教と大忙しな中、隙を見て一報入れておいた。
幸いにも適した職に就いていたし、多分大丈夫だと思う。
もぞもぞとこちらに身体を向けたカオリは、反省の念を汲み取ってくれたのか、優しく笑って手を出してきた。
「そうなんだ、じゃあ起きようかな。」
珍しく素直に起きたカオリの手を握って起こしてやると、脱け殻になった二人を蹴り飛ばす。
バウンドしながら壁にぶつかった二人は、軽く叩かれただけかのようにゆっくりと起き上がると、相変わらず死んだ魚みたいな目で周りを見回して、二人揃って顔を見合わせた。
『………はっ!?ここは何処だ!?』
「ハモってんじゃねぇよ蛆虫どもが。どれだけ細かく破壊しても再生しやがって、どこぞのホムンクルスだってもうちっとわきまえてるっつうのによぉ。」
「あぁいたなそんな化け物が、確か大佐が一生懸命焼いたやつだろ?」
「あの程度の炎で再生できないとかダサ、ライターでちょっと炙られたくらいで消滅とか根性足らないよね兄さん?」
「…ちょっと話があんだけどここじゃ迷惑だからさ、郊外まで出かけようぜ?片道だけはタクシー代出してやるからさ。」
『No!Thank you!』
「はぁ、三人とも反省が足りないのかな?」
『いえ!滅相もございません!』
直立不動で敬礼までしてハモった俺たちは、無言の内に停戦協定を結んでいた。
あんな蜂の巣よりも穴だらけにされるのなんて真っ平だ、あそこから再生していくグロ映像も遠慮したいが。
カオリから向けられる真冬の北風より冷たい視線を浴びて肝を冷やしながら手早く身仕度を整えると、一階にある食堂で無言のまま簡単な食事を済ませ、悪夢のような現実から少しの間だけでも距離をあけていたくて、蝸牛のような速度で悪ふざけの現場に到着した。
そこはやはり、爆発事故の現場にしか見えない。
骨組みさえ砂になるほど細かく砕かれたそこは、昨日の今頃にはまだ店だったとは思えないほど完膚なきまでに廃墟だ、いっそ廃材置場と言っても差し支えないくらいに。
幸いだったのは周辺の店には損傷が見受けられなかったことと、地元警察が呆れたように溜め息を吐きながらガス爆発として処理してくれたことだ。
人外共の喧嘩にしては比較的小規模な破壊で済みましたねとは、商店街にある駐在所の巡査の台詞。
取り調べ何かも手慣れたもので、これだけの事件を起こしながらも逮捕されず、カオリが鬼の説教をする時間が余るくらいの時間に帰してもらえたのだから、今更ながら物凄い待遇だなと苦笑する。
真実はどうせムショにブチ込んでも自力で脱獄+施設が木っ端微塵になりそうだから下手に関わるなと伝達が出ているなんて、当然ながら俺たちは知るよしもない。
俺たちは黙って煙草に火を点けて紫煙を吐き出すと、とりあえず残骸を踏みしめながら敷地の中に入った。
「さて兄さん、しりとりでもしようか。リンゴ!」
「現実から目を背けんなクソボケ!そもそも原因が何だったのかその無駄に分厚い胸に手を当てて考えてみろ!ゴマ!」
「いやいやお兄さん、フラトレスがこんな瓦礫に劇的ビフォーアフターした大破壊の発生源はお兄さんだからね?マ○コ!」
「………コブシ。」
「ヒロト君はその場にいなくて良かったね。死にたいの?」
『No!Thank you!』
カオリがどこからか取り出した対戦車砲をこめかみに押しあてられて、しりとり形式で殺されかける。
刹那の間さえも置き去りにする勢いで土下座した俺たちは、額に瓦礫が突き刺さる痛みと恐怖に泣きそうになりながら殺気が収まるのを待った。
小さく聞こえた溜め息にこんなにも安堵できるものなのかと感涙を心の中で流しながら、恐る恐る顔を上げる。
「それで、カズ君は誰に連絡したの?」
「あぁ、うちの長女にな。」
「え、リカちゃんに?」
「何か高校から頑張って建築士の資格を取ったらしい、他にも現場で作業とかできる資格も幾つか。」
「す、凄いね。」
あの干物女ならぬ干物妹がよくもまぁきちんと成長したもんだ、顔つき以外はあれからほとんど成長してないが。
昨日電話で話した時の声も相変わらずで、三人揃ってどつき回される直前まで会えるのが楽しみに感じていた。
ふと時計を見ると、リカコが来るまでにまだ三時間ほど空いている。
このまま時間まで突っ立っていても仕方がないし、少しでも後々の仕事は減らしておくべきだろう。
俺は比較的大きな残骸を拾い上げると、ヤンキーみたいに座って煙草を吸っている三人のバカに向かって投げつけた。
ヒロトは上手く躱しつつ安全地帯に離れ、バカ二人は綺麗に後頭部に突き刺さったガラスの塊を引っこ抜きながら騒ぎだす。
「ちょっ、何かチクっとしたんだけど!?」
「あはははは、バカゾノにガラス刺さってやがる、ダセェ!」
「お前こそフランケンみたいにボルト頭から生やしてんじゃねぇか!」
「うだうだ言ってねぇで立てカスども!仕事だバカ!」
俺の怒鳴り声に立ち上がった二人が、明らかに致命傷になるような物体を頭からグロい音を立てて引き抜き、めんどくさそうに身体を鳴らした。
「仕事って何すんのさ、ここには割れてない皿なんてないよお兄さん?」
「テメェの仕事はあれか?店の皿を割って回るもんだったのか?」
「エレス・コレクート。君は正解だと言ったんだ。」
「よし決めた、テメェらは再生不可能になるまで殺す。」
「俺まで!?」
「うるせぇよ害虫が、黙って大人しく生まれてきたこと後悔してろ。」
「どしたのブブちゃん不機嫌だね、生理?」
「この腐れ蛆虫が、二度とその魂が肉体に宿らねぇようにブッ壊してやんよ。」
「よっしゃバカゾノ、加勢すんぜ。姫が来るまでに、お兄さんが諸悪の根源だって思い知らせてやろうじゃん?」
「正義の仮面を被ったド外道悪魔に立ち向かう、ウチらは勇者!」
「上等だ、ちんけな三下がナマ言ってんじゃねぇぞボケ。腐り切った生き物の底辺みてぇな人生でも、生きていたことが幸福だと思えるような状態にしてやる。」
三人揃って武器を取り出すと、バカ二人が突っ込んでくる。
『やってやるぜ!ハアアアアギャアアアアア!』
威勢のいい咆哮が、耳障りな悲鳴に早変わりする。
俺が固まっていると、ヘリに積み込むような機関銃を構えたカオリが、ピクピクと痙攣しながら倒れている二人に向かって容赦なく乱射した。
花に水をやるような気軽さで鉛弾をバラ撒くカオリは、箱マガジンを二つほど撃ち込んだところで俺に微笑んだ。
「で、仕事って何かなカズ君?」
「………が、瓦礫の撤去をしようかと。」
「そっか、なら重たいのをお願いね。あたしとヒロト君は近所の人に箒でも借りて細かいのを集めとくから。」
「り、了解。」
「あ、そうそう。」
敷地から出ていこうとするカオリが振り返り、モザイクを掛けねばならなくなったモノを一瞥する。
「それ、川にでも棄ててきてね。」
「わ、わかった。」
「よろしく〜。」
軽い足取りでヒロトと出かけていく後ろ姿を見送ると、額から流れる冷や汗を拭きながらそれを見て呟く。
「…暫くは大人しくしよう。」
素手では運べないくらい細かい瓦礫はカオリとヒロトに任せ、どうにか再生した二人と俺はトラックで運ばなければならなそうな大きさの瓦礫を担ぎ上げ、近くの粗大ゴミ集積所との往復に時間を費やした。
そうして太陽も空の真上を通過しようという頃には、幸いにも瓦礫も半分程は片付いていた。
全員が砂やコンクリートの粉で汚れていて、汗が火照った身体を冷やすのを感じながら瓦礫の上でコンビニの弁当を摘んでいたとき、すっかり忙しさで忘れ去られていたやつが俺たちの前に立って溜め息を吐く。
「はぁ、呼ばれて来てみれば酷いねこれは。ターミネーターでも暴れたの?」
呆れたように腕をだらんと下げて脱力したそいつは、相変わらずジーンズにシャツとカーディガンという出で立ちで、気だるげに眼鏡の奥の目を細めている。
「おぉリカ、そういやもうそんな時間か。」
「呼んどいて忘れてたの?駅に着いても出迎えの一人もいないし、町の人に道を訊いたら揃って苦笑されるし、わざわざ来た妹にかけるにはちょっと感謝が足りなくない?」
グチグチと悪態を吐きながら歩いてくるリカを出迎えるため、俺は立ち上がって汚れを払うと、姿勢を低くして突進した。
「リカー!久し振りだなー!」
「に"ゃぁぁぁぁぁぁあ!!」
油断していたリカをホールドすると、そのまま背骨が悲鳴を上げるくらい力強く抱き締めた。
ゴリッと嫌な音が響いた辺りで力を緩めると、魂が不在な感じの妹がぱたりと瓦礫の上に倒れこむ。
「はっはっは、兄妹の愛情は不滅だよ!」
「………。」
「おいホカゾノ、俺たちも親愛の証を。」
「そうだな、ちゃんと礼儀はわきまえないと。」
二人も弁当を投げ出して立ち上がると、ボディービルダーみたいなポーズを取りながら妙にキレのある動きで近づいてくる。
「筋肉が通りま〜す、艶やかな筋肉が通りま〜す!」
「トゥーマッソゥ入りま〜す!サンキュー!」
「ぎゃああああ!来んな変態!」
意識を取り戻したリカが逃げようとするもあっさり捕まり、また暑苦しい洗礼を受けた。
背中まで伸ばした髪はボサボサに広がり、一瞬で数十歳老け込んだようにげっそりしたリカは、救いを求める亡者のような足取りでカオリの胸に飛び込んだ。
「うぅぅ、カオリちゃ〜ん。」
「よしよし、お兄ちゃんが揃って変態だと大変だね。」
「変態とは失礼な、俺は愛しい妹に溢れだす愛情を示してみせただけだ。そうだろう弟くん?」
「そうだぞリカ、俺もお兄さんも久しぶりに会った妹が可愛くて仕方ないから、恥を忍んで最大限に表現したんだ。」
「そうだ、ウチもそうなんだぜリカちゃん。」
『いや、テメェは単にロリコンなだけだろ汚物が。俺らの妹に気安く近寄んな、ブッ殺すぞ。』
「何で人を貶す時だけ無駄にシンクロ率高いんだよ!?しかも誘ったのキヨっちゃんだよね!?」
「テメェの薄汚れた性癖を責任転嫁すんじゃねぇよ下劣が。」
「上等だコラ、再生が追いつかねぇくらい磨り潰してやんよ。」
「面白い冗談だなクソゴリラ。真っ裸にして串刺したら、九十九川の川原に曝してやる。」
「なぁ二人とも、カオリさんがやべぇ目付きしてんぞ?」
『血反吐ブチまけて地べたに這いつくばりやがれ!』
ヒロトの忠告虚しく、再び武器を構える二人。
俺はヒロトとリカを安全な距離まで逃がしつつ、修羅も泣いて逃げ出しそうな形相でミニミを肩に下げたカオリを静かに見守っていた。
神よ、哀れすぎるバカ羊どもに僅かばかりの知恵をお授けください、アーメン。
「だからここで殺り合うなって言ったでしょうがー!」
『ひぎゃああああぁ!!』
久しぶりに会いにきた家族の悲鳴を聞きながら、我が妹は俺の後ろで溜め息を吐いていた。




