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Day.1 それは初めから狂っていた2

「ふむ、中々に見応えある戦じゃったのぉ。」

「そのようだな、お陰でつい観戦してしまった。しかし鷺澤のあれを見るは実に久方ぶりだ、それを二人がかりとはいえ打ち破るとはいや見事!」


龍矢と宗十郎は戦いを中断して、あっさりと他の観戦に回っていた。

キヨシとホカゾノ、鷺澤の戦いには満足したらしく、龍矢はあっぱれとばかりに頷いてみせる。

対して宗十郎は難しい顔をしながら、蹲って俯く百瀬へと視線を向けた。


「しかし、百瀬の若いのには少し酷じゃったかの?武神を誇ろうとも、あれに勝つのはまだまだ大き過ぎる隔たりがあろう。」

「ふん、まったく腑甲斐ない。我ら武神の意地を見せてみろというに。あれでは奴の実力などろくに測れないではないか!」

「あやつの実力は保証しよう。何せあの二人も含め、この街におる実力者全てで当たっても、僅かに一撃しか止められんかった。」


宗十郎はあの大会での戦いを思い出しながら、真新しい傷跡に触れた。

それを見た龍矢は、表情を真剣なものにして視線を戻す。


「それほどの男なれば、我は尚のこと闘いたいものだ。例えそれにて死ぬことあれど、戦場にてこと切れるなら僥幸。寝具の上にて老衰なぞ戯れにもならぬ。」

「ふむ、確かにお主はそういう男であるな。じゃが覚悟せよ龍矢。あれの内に潜む鬼神は、遊ぶ感覚でワシさえも弄ぶぞ。」

「それは大層なモノを飼っているな、四神揃って尚足りぬ強さか…備えは必要であろう。」

「そうじゃの。…さて、そろそろやるかの。」

「ガハハハハ、それが良かろう!ただ眺めているばかりでは芸がない、決めるべきこともあるしな。」

「姫百合殿か、ワシはあまり奨めはしないがの。」

「故に我が勝ったらと言っておる、ダメであれば我が直に鍛えるまでよ。」


刀を抜きながら答えた龍矢に、宗十郎は腑に落ちない風に問う。


「じゃが必要なことなのか?女である姫百合殿を龍矢として並木高校に入学させ、ワシの下で男として卒業させるなど。」

「無論、それほど重要ではない。男しか家督を継げぬなど古いしきたりだが、しかし逢坂の家督はそれほど軽くもないのでな。男として過ごし、女としての甘さを振り切ることができるなら不要だ。だが姫百合は優しすぎる、それでは今後来るべき決断の時に迷うだろう。それでは困るのだ。」

「まぁワシが細かく口を出すことではないか。小峰と逢坂の武道が混じるのも、少しは気になるしの。」

「ガハハハハ、我もその方が気になっているのだ。だが先ずは決めるべき事柄があろう。」


宗十郎も小さく笑いを零すと、静かに刀を抜いた。

威風堂々の逢坂龍矢と、泰然自若な小峰宗十郎。

両者はそれが互いにとって最良の間合いと知っているように、背中を向けて歩みを止めた。

刹那の静寂。


「老い先は残念だが短いな宗十郎。」


背中を向け合いながら語る龍矢。


「じゃが悲観するだけではないじゃろう。今もあぁして、若き武人が誇りや守るべき思いのために武器を取っておる。それは確実に次の世代がやってきた証じゃ。」

「然り!古き時代から魂に受け継がれし日の本の武人の意志、なんと嬉しきことよな!亡き武奉にも見せてやりたかったわ!」


宗十郎は己の刀を強く握る。

百瀬武奉のように、我らもやがては朽ちゆく命。

鷺澤要も隠居し、かつての四神はもういない。

だがと、宗十郎は瞳に焔を宿す。

ワシらの闘い、それを若き者共にも見せてやろう。

武神として、一人の武人として、魂の赴くままに。

感じるのじゃ、魂のその奥で。


「さて、長話しはここまでじゃな。」

「ふむ、では再びこのように話せることを願っているぞ宗十郎。」

「無論、じゃがそうでなければ…。」

「最後の一人として頂を全うせよ!」


向き直る。

瞳にはもう、甘さがない。

圧倒的な武にて相手を殺す、古き武人の眼力。

決着とは何を意味するかを知っている。

共であれ家族であれ、一度刀を抜いて向き合う死合いなれば、終わりは葬儀であると。

互いの瞳を睨む。

思い出は星の数ほども、交わした盃は懐かしく、生涯を以て得た掛け替えのない戦友。

故に武人として、これほど幸せな最期はない。

理屈ではない、誇りの戦。


「小峰宗十郎、推して参る!」

「逢坂龍矢、すべからく見よ!」

『いざ尋常に……死合おうぞ!!』


弾丸の如く飛び出した二人が、凄まじい速度で交差し、斬り結ぶ。

初撃から全力。

胴を断ち、首を落とす、命を食らう一太刀。

位置を入れ換えたように背を向ける二人。

そして龍矢の服が、ぱさりと切れていた。

龍矢はそれを一瞥すると、小さく呻く。


「やはり速さでは敵わぬか。」

「じゃが力ではお主に敵わぬ、似たようなものよ。」

「では互いに勝るものがある、まこと楽しき戦よ。」

「左様、故に勝ちたくなるのじゃよ。」


宗十郎は再び龍矢へと駆けると、一瞬で肉薄した。


「小峰流・残影瞬光!」


影さえも追いつけない、そう錯覚させるような速さで連撃をしかける。

もはや常人の動体視力では捉えられない速度の斬撃は、生半可な鋼鉄なら容易く斬り裂くだろう。

それを龍矢は渾身の斬撃にて、すれ違う度に勢いを殺していく。

擦れば綺麗に割断される攻撃を、長く培ってきた感覚だけで捌いている。

その場から動かずに、宗十郎の動きに段々と合わせていく。

驚くべきはその適応力。

実際龍矢には宗十郎の動きの全てが見えているわけではない。

しかし今まで積み上げた武神としての経験、あらゆる感覚を研ぎ澄ませて得られる情報、そして最も信用している勘。

それらを総動員して、己では到達できない速さの攻撃を捌いているのだ。

しかし宗十郎もそれぞれの攻撃に違いを作り、緩急を絶やさない。

並々ならぬ鍛練をして会得した技の冴え。

それは最強クラスの武神さえ対応が難しい。


「ったく、これでは埒があかないな。」

「ふん、まだまだ衰えてはやらぬわ!」

「それでこそ宗十郎、まさか生涯をかけても貴様を捉え切れぬままとはな。だが、少々仕留めるのが遅かったようだな!」


龍矢は宗十郎が後ろに抜けたと感じた瞬間、岩石のように堅い拳で足元を殴った。

人が起こしたとは思えぬ衝撃が大地を駆け抜け、辺りの石が勢い良く跳ね上がる。

自らの周囲に作り出した石の結界。

ひとつひとつは小さくとも、その中に神速で突っ込めばただでは済まない。

僅かに落ちた宗十郎の速度。

そして少しずつ慣れてきた龍矢の視界は、薄らと、だが確かに宗十郎の姿を捉えた。

もう二人が交差することはない。

しっかりとタイミングを合わせた龍矢は、跳んできた宗十郎に剛勇に相応しい技を放つ。


「逢坂流・金剛瀑布!」


それはただの袈裟斬り。

だが極端に高められた威力は、周囲の大気さえ巻き込んだ爆発に近かった。

ただ一太刀が、破城槌の一撃と同等。

あらゆる防御は意味を成さず、安易な回避は効果範囲から抜け出すことも叶わない。

結果、宗十郎はそれを最小限のダメージで済むように受けるしかなかった。

河川敷に轟音が響く。

高速の斬撃で威力を散らし、更に後ろへと跳躍したにもかかわらず、宗十郎は恐ろしい勢いで川へと吹き飛んだ。

全身を川底に打ち付けながら、素早く体勢を立て直す。

もう視界で確認する暇はない。

間髪入れずに宗十郎は空中へと退避する。

直後に大地を打ち砕く剛刀。

少しの油断も躊躇いも、判断遅れも命取り。

武神にとって100メートル程度は、決して遠い距離ではないのだから。


「よくぞ躱した、しかし逃がしはせぬぞ!逢坂流・竜王咆刃!」


川が震える程の咆哮にて繰り出されるカマイタチ。

数多の戦場にて敵陣を突破してきた逢坂の真骨頂が、今は一人の武神に振るわれる。

空中にいる宗十郎は躱すことも、踏み込むこともできない。

だがこの窮地を抜けられずして、武神の頂は誇れまい。


「小峰流・鳳翔烈渦!」


腰の捻りと腕を振るう勢いで、高速回転する宗十郎。

そこから撃ちだされるカマイタチ。

それは膨大な数だった。

圧倒的手数で攻める宗十郎と、一撃必殺に重きを置く龍矢。

互いのカマイタチが空中で激突し、凄まじい風圧が撒き散らされる。

そして宗十郎が着地し、瞬時に龍矢へと反撃を開始した。

回転の勢いをそのままに、右往左往と攻撃を重ねる。

離れればカマイタチ、近づけば神速の連撃。

この猛攻の中で足を止めて迎撃できるのは、長らく共に技を研き合った龍矢だけであろう。

勢いを削り、カマイタチを砕く。

まさに要塞の如き防御。

だが彼を攻防一体の移動要塞とするならば、宗十郎は圧倒的機動力を誇る超高速戦闘機。

風さえも追いつけない、後方に生み出すは吹き荒れる真空爆発。

河川敷が悲鳴を上げる。

先ほどまで二人の武神と、二人の一般人、そして一人の鬼神が戦っていた。

だが今は、たった二人。

その二人の武神の戦いに、大地が、河が、もう止めてくれと抗議の声を上げている。

離れた場所で見ている三人は、思わず呟く。


「私如きが武神を名乗るとは、余りにも無礼だったのかもしれませんね。」

「何だよあれ、ホントに人間なのか?お兄さんよかよっぽど化け物に見えるぞ。」

「なら鬼神って何だよ?あれを兄さんは一人で相手にしてたのか!?」


俯いていた少女は、呆然とした瞳で眺める。


「あれこそが本当の武神……武奉お祖父様は、こんな人たちと武を競い合ったって言うの?」

「………。」


鬼神は見据える、ただ無言にて。

それが戦う者の矜持を守ることだと語るように静観する。

戦いの結末は、悼むこと。

どのような歓声も祝辞も、当人たちには無用のもの。

もし贈るべき言葉があるとすれば、ただ一言。


「ご武運を。」


その言葉に導かれたように、二人は距離を置く。

口元には笑み。

両者共、度重なる競り合いにて満身創痍。

だがそれでも全力で戦えるのは、武神としての誇りか、或いは勝利を求む願いの力か。


「次で…終わりじゃな。」

「然り。楽しきことは終わりも早いものだな宗十郎。」

「左様、そして結末はあまりに哀しきものじゃ。しかして…。」

「我らが戯れには、それさえも華となろう。」


宗十郎は刀を後ろへと引き、突撃の型に構える。

対して龍矢は腰に吊していた鞘を空いた手で掴むと、刀と重ねるように構えた。


「ほぅ、初めて見る構えじゃの。」

「比翼連理の型、貴様のために用意した技だ。」

「それは光栄、ならば我が小峰家の秘奥にて打ち破ろう。」


二人は静かに呼吸を合わせる。

たくさんの思い出も、未だ紡がれぬ物語も、過去も未来も一太刀に両断するために。


『行こうか!誉れ高き武の頂に座するために!』


誰かが息を呑んだ。

そして唐突に、しかし合図があったかのように、二人は踏み出した。


「小峰流歩法・八つ首大蛇(ヤマタノオロチ)!」


宗十郎の姿がブレたかと思うと、八人になって八方から龍矢に襲い掛かる。


「くっ、かような速さまで極めようとは、実に見事だな宗十郎よ!」

「ふんっ、冥土の土産に良く見ておくがよい!小峰流秘奥・彼岸花!」

「楽しき戦に花を添えるか!ならば我も赤き華を咲かせるが一興!逢坂流秘奥・刀誅華葬(とうちゅうかそう)!」


八人による瞬間多連撃が勝つのか、二刀流による剛剣が勝つのか。


「ハァァァァァア!」

「ウォォォォォオ!」


交差は刹那。

不思議と音はしなかった。

誰もが言葉を失い、背を向け合う二人を見つめる。

二人は動かない。

刀を振り切った格好で、静かに空を見上げたまま。


「ふっ、また死に損なったかの?」

「ふむ、どうにも決着はつかなんだ。」

「じゃがまぁ、今回は本当にギリギリじゃったかの。」

「然り。快復した後、改めて再戦願おうぞ。」

「……そう、じゃな。」


花咲くように、血飛沫が弾けた。

二人の首筋に浮かぶ赤い線。

服は至るところが裂け、身体中血塗れだ。

武器を落とし、静かに倒れた二人。

会場は騒然となった。

走ってくる救急医と、サイレンを鳴らし始めた救急車。

担架で運ばれていく二人は、瀕死の傷を負いながらも笑っていた。

最高の戦いができたと、互いを称賛するように。

歓声が沸く。

史上最高の決戦をこの時代、この場所に見ることができたことに、心ばかりの賛辞を贈るように。

鷺澤と百瀬の二人は、落ちている武器を拾い上げた。

静謐でいて猛々しい煌めきを放つその刀を手にして、自然と言葉が零れる。


「私は辿り着きますよ、あの領域へ。そして見たいのです。彼らが望み、しかし届かない武の頂というものを。」

「アタシは……まだ判らない。でも、凄い戦いだった。」

「えぇ、私の中で何かが燃えたぎるような感覚がありました。ふふっ、どちらにせよ修行はまるで足りないようです。」

「アタシもいつか、武神としてあの場所に行けるのかな…。」


キヨシとホカゾノは、運ばれていく二人を眺めながら拳を握る。


「あれが武神か、漢だぜ。」

「確かにウチらはあれに比べたら一般人だろうな、掛け値なしに最強だ。」

「さて、とりあえず全部戦いは終わったし、お兄さん呼んでさっさと帰るか。」

「そうだな、もう疲れたわ。おーい兄さーん、案山子みたいに突っ立ってないで帰ろうぜー!」

「………。」


反応がないことに、ホカゾノは冷や汗を流す。


「…あれ、兄さん?」

「チッ、ヤバいぞホカゾノ!今のうちに可能な限り回復しろ!アレが来るぞ!」

「ヤバいヤバいヤバいぞっと!ホントの最終決戦は今からか!」

「おいそこの二人!感慨に耽ってる暇はない、死にたくなけりゃ今すぐ武器を構えとけ!」

「何ですか藪から棒に、もう終わりではないのですか?」

「一番やべぇのが今の戦いで目を覚ましたんだよ!気を張ってても秒殺されかねないんだ、四の五の言わずに剣を抜け!」

「恋夏ちゃん!観客たちを避難させてくれ!アレは一般人も何もかも関係ない!」

「え、アレって…?」

「……ギャアギャアトウルセェナゴミ共。」


戦慄が駆け巡る。

怖気の走る殺意の波動。

それは静かに顔を上げ、全ての獲物を見やった。


「ククク、サァ…ブチ壊スカァ!」




ソレは口元に狂喜の笑みを浮かべながら、恐怖に停止した河川敷を見渡した。

身体中から発せられる殺気に、観客の幾人かが当てられて気を失っていく。

原因は解らない。

解るのはただ、本能的に嫌な予感があることと、春一番が吹きそうだった九十九川に突如冬のような冷気が満ちていることだけ。

何かがヤバい、そうと解っているのに身体はまるで言うことを聞いてくれない。

いつの間にか、空から鳥たちの姿は消えた。

辺りをうろついていた野良猫も、川を飛び跳ねていた小魚の姿もない。

明らかな異常なのに、それの原因が全く解らない異常。

そんな中で、ソレは嗤う。


「ナンダァ?セッカク得物モ抜カズニ待ッテヤッテンノニ、誰モ殺シニ来ネェノカァ?クハハハハハ!」


物語の主人公になりたいだなんて冗談みたく言っていた人間と、ソレは完全に真逆の悪だった。

悪人の定義は人の数ほどあれど、ソレを悪だと捉えない者がいるだろうか。

それほどの絶対的な存在感を持って、ソレは立つ。

ホカゾノとキヨシは、背筋に冷や汗を感じながらも、無言でソレから目を離さない。

刹那の時間よりも速く、アレが命を奪いに来ると知っている。

鷺澤は震えそうになる自分を必死に抑えながら、その恐ろしい現実を口にした。


「アレは……一体何ですか…?どうして急に、あれほど膨大な魔力が…。」


キヨシが視線を逸らさずに、微かに震える声で答える。


「…鬼神って位に君臨してる。それは冗談でも、単に強いから呼ばれてる意味とも違う。武神たちが誇る速さ、力、技、異能力、それを鬼にでも愛されたみたいに揃えてしまった、それが鬼神って生き物なんだよ。」

「アンタの魔力は光の物質化だろうけど、アレはもっとシンプルだ。ほら、川を見てみろよ。」


ホカゾノに示されて見た先で起きている現象に、鷺澤は目を見開いた。

九十九川が、ゆっくりと凍り始めているのだ。

波の形さえそのままに、水は確実に固まっていく。

しかもアレは、何か魔術を使っているわけでもない。

単純な魔力の余波だけで、あれだけの冷気を生み出している。


「氷結系能力者……あれほど強いものは初めて見ました。」

「速さ、技、力に関しては実際目の当たりにすりゃあ解る。俺たちがどれだけ危険な相手を前にしてるのかもな。」

「下ラネェ作戦会議ハモウ終イニシロ、オレヲアマリ待タセルナヨゴミ共!」


ビリビリと大気が震える。

ゆっくりと歩きだしたそれは、刀を弄ぶようにくるくると回す。


「ドレダケ悩モウトモ、テメェラノ滅ビハ変ワラヌェヨ。ナラセメテ必死ニ足掻イテ、オレヲ愉シマセロ。」

「はっ、テメェをこのまま逃がすわけにはいかねぇっつの!やるぞホカゾノ!」

「最初から全力で行くぞキヨシ!」


踏み出した二人は一瞬で薄く嗤うソレに肉薄すると、逃げ道をなくすように両側から武器を振り下ろした。

鷺澤と対峙した時よりも速く、それはなされたはずだ。

甘く見ていたわけでも、気を抜いたわけでもない。


「………期待外レモ度ガ過ギレバ罪ニナル、ソウハ思ワナイカ?」


ソレはもうその場にはいなかった。

それどころか、恐怖に身を固めていた百瀬の首を乱暴に掴み上げ、憐れなモノを見るように問いかけている。

一瞬どころの速さではない。

初めからソレは百瀬の首を掴んでいた、そう錯覚させる速さだ。

百瀬は必死に首から手を払おうとするも、万力に絞められているようにまるで動かない。


「う………くぁ!」

「ククク、貴様ハ武神ヲ名乗ルニハ余リニ弱過ギルナ。タッタコレダケノコトデ、モウ武器ヲ振ルウ気力スラナイカ?」

「はぁ…はぁ………殺さ……ないで。」


百瀬は懇願するようにソレの腕を掴むと、涙を流しながら嗚咽を漏らす。

ソレはその姿をまるで虫けらを見る瞳で一瞥すると、更に力を込めて締めあげる。


「かはっ!」

「オレヲ愉シマセルコトモデキナイ雌餓鬼風情ガ生キタイダト?貴様デハオレノ所有物ニサエナレハシナイ、故ニ生カス価値ナドナイ。」

「ひぁ……んぁぁ!」

「いい加減にしようねカズ君!」


尋常でない爆音が響き、ソレは素早く刀を抜いて応戦した。

地面に落ちる鉛弾。

ソレは百瀬を彼方へと放り投げ、攻撃してきた人物を睨み付けた。

巨大な機関銃を構えて笑うのは、エプロン姿のカオリだ。


「女の子に手を上げるなんて、やっぱり違う人みたいだね。さぁ、カズ君を返してもらうからね!」

「フンッ、思ワヌ伏兵ガイヤガルナ。」

「…もう一人いるよ兄さん。」

「ナニッ!?」


背後に現れた気配に慌てて回避すると、そこには短剣を構えたヒロトが無表情に立っていた。

ヒロトは瞬時に駆けると、投げられた百瀬をしっかり受け止める。


「危ないな、出鱈目な人だよホント。」

「あ……ありがとう。」

「ん、危ないから離れてなよ。」

「……アタシも、貴方と一緒に戦います。」

「そう、なら死なないように。」

「はいっ!…あの、お名前は?」

「俺?ヒロトだけど?」

「ヒロトさん……。」


ヒロトが優しく百瀬を下ろすと、百瀬は何か嬉しそうにヒロトの名前を呟くと、隣に並んで大鎌を構えた。

離れた位置で苛立たしげに舌打ちしたソレは、刀を下ろして嗤う。


「中々ニヤルデハナイカ、オレニ気付カレズ接近シテクルトハ。」

「そりゃ気配消すのはアンタの中にいる兄さんからもお墨付きだったからね。それより早く消えろよアンタ、誰も呼んでないのに出てきちゃってさ。」

「ソウハイカネェ。久方ブリニ出テキタンダ、全部ブチ壊スマデハ終ワラナイゾ!」

「なれば我が貴様を壊してやろう!」

「そしてワシが裁断してやるぞ!」


彼方から飛来した二つの影が、続けざまにソレに向かって攻撃を仕掛けた。

しかし斬られたはずのソレは既にそこになく、川を背にして狂喜に満ちる。


「チッ、流石ハ武神ダナァ!ハハァッ、モウアノ世カラ帰ッテキチマッタノカヨ!」


不敵に笑う二人の武神は、刀を構えながら言う。


「貴様を感じた瞬間に傷など残らず治ったわ!ワシら武神の揃いし時に覚醒したこと、やられた後で後悔するがよい!」

「武神の双璧の無双ぶり、とくとその身に刻むがよいぞ!」

「ヒャハハハハハ!最高ダァテメェラ!ナラ存分ニブチ壊シテヤルヨ!」

「我流・襲牙!」


突如降り注いだ矢の雨。

ソレは素早く刀で迎撃し、飛んできた方向を睨み付ける。


「誰ダヨ、余計ナ茶々ヲ入レヤガルノハヨォ。」

「嫌な気配がするから来てみれば、随分と荒れてるなヒロイ。」

「あ、シカマ君久しぶり。」

「どうもカオリさん、助太刀に来たぜ。」


弓を構えて残心するのは、不敵に笑うシカマだ。

ソレは苛々しながらも、その姿を見て嗤う。


「ククク、勢揃イトハコノコトダナァ!」

「まったくだ、たまの休みくらいゆっくりさせろよ弟。」

「クハハハハ!コノ宴、最高ニ愉シメソウダナァ!」


河川敷を挟み、両勢が対峙する。

数にして1対9。

最強の勢力と、最狂の鬼神。

史上稀に見る決戦が、この九十九川にて始まろうとしていた。




「我流・散り桜!」


シカマの放つ熾烈な勢射。

多射全中の矢の雨を、ソレはその場から動きもせずに全て斬り伏せた。


「ヒャハハハハハ!コンナンジャ虫ケラ一匹殺レヤシナイゾ!」

「チッ、抜刀すら見えやしねぇな。」

「ならば我らの豪腕、受けてみるがよいぞ!逢坂流・岩砕掌破!」

「彼方までブッ飛べや兄さん!我流・雪崩割り!」


力自慢の二人が放つ破壊の拳打。


「ンナ拳ジャオレニ届キャシネェヨ!華結氷壁(クリスタルガーデン)!」


河川敷を覆った氷の箱庭。

ソレから発せられる氷結魔力の奔流が、戦場の姿すら変貌させる。

川は凍り、辺りにはソレが作り出したとは思えぬほど美しい氷の花が咲き乱れた。

そして二人の打ち出した拳は、間に立ち上がった氷の壁によって防がれる。


「む、何という力だ。」

「おいオッサン、それより早く離れるぞ!足元から凍らされちまう!」


見れば二人の履物が既に嫌な音を立てながら凍り始めていた。

瞬時に背後へと跳ぶ。

攻撃を仕掛けようとしていた他のメンバーも、それを見てすぐに空中へと退避した。

ソレは氷の花を愛でながら、狂喜の笑みを浮かべて叫ぶ。


「今度ハオレノ番ダナ!潰レロゴミ共!圧砕霊峰(アイシクルムーン)!」


上空に作り出された直径100メートル近い巨大な氷山。

それが彼らを纏めて圧殺しようと、凄まじい質量を以て落ちてくる。

圧倒的な圧力と死の気配。

だが宗十郎とキヨシはそれを見上げながら、口元に笑みを浮かべていた。


「キヨシ、お主の技ならあれを砕けるか?」

「そのままじゃちょいキツいな、アンタが脆い部分を作ってくれりゃ話は別だけど。」

「無論そのつもりじゃよ、任せておけ!龍矢!」

「応よ!」


逢坂は楽しそうに頷く。


「ホカゾノ!」

「任せろキヨシ!」


ホカゾノも肩を回しながら答えた。

豪腕の二人がそれぞれの相棒を見定めると、拳を握って叫ぶ。


『あんなもの、ブチ壊せ!』

『応!』


放たれた拳に乗った二人が、超高速で射出される。

先に宗十郎、後にてキヨシ。

紡がれ始めた雷鳴の轟きと、それを背に飛ぶ宗十郎。

柄に手をかけた宗十郎が、眼前の氷山に狙いを定めた。


「小峰流八刀一刺!天翔空牙!」


一瞬で刻まれた八つの斬撃。

それらが重なる小さな一点に、宗十郎渾身の刺突が放たれた。

氷山に走る細かな罅。

即座に離れた宗十郎が、紫電を纏うキヨシに叫ぶ。


「穿て!」

「あぁ、任せな!我流奥義!雷庭!」


天空に昇る轟雷。

それは爆音奏でて、巨大な氷山を打ち砕く。

キラキラと光を反射して降り注ぐ氷の欠片。

それはこの絶望的とも言える戦場を、光の雨で幻想的に彩った。

全員が無事に着地し、すぐに走りだす。

カオリ、シカマ、鷺澤の放つ遠距離攻撃が、凄まじい数で以て先行する。

それを迎撃するために、それ以上の氷槍が飛んでくる。


「道を作るぞ爺さん!」

「心得た!」


先頭を走るキヨシと宗十郎が、こちらの弾幕を越えてくる氷槍を払い落としていく。

そして隙間の空いた攻撃の中を、ヒロトと百瀬の二人が駆け抜ける。

ソレは歓喜に染まる笑顔で、絶え間なく氷槍を飛ばしながらも二人を迎え撃つ。


「フハハハハハ!モットオレヲ愉シマセロ!」

「命をかけて他人を楽しませるなんて冗談じゃないわよ!」

「うん、早く帰りたい。」


二つの刃を一人で捌きながら、それでも厳しい表情を浮かべているのは二人の方だ。

どれだけ速く斬り返そうとも、それ以上の速さで攻撃を返される。

圧倒的な力量差は、自らの身を守るのが精一杯となる。

怒濤の連撃さえ容易くいなされ、それでもまるで本気は出されていない。

だが彼らが勝つには、この慢心こそ好機。

鬼神が慢心も傲りも捨て戦い始めたら、恐らく被害は彼らだけでは済まなくなる。

そして、鬼神に封じられた本当の精神は戻れなくなるだろう。


「ツマラナイ、モット本気ヲ出セ!本能ニ抗ウナ!殺シ、犯シ、蹂躙スンノガ人ノ愉悦ナンダカラヨォ!」

「ならばワシがその歪んだ思想、斬り伏せてやろう!」

「テンション高いのもそろそろ終わりにしようぜお兄さん!」


追いついてきた宗十郎とキヨシも加わって、四人が連携して攻撃を仕掛ける。

熾烈にして苛烈。

だが落ちない。

相手はたった一人、得物も刀だけ。

それなのに、これだけの戦力を重ねても埋まらない差。

何が原因としてソレが生まれたのかはわからない。

だが現実にコレは、単騎で世界を敵に回せてしまう。

際限なく見境無く、あらゆる生命を殲滅するだろう。

だから、止めるなら今。


「これぞ土壇場の合わせ技ぁ!」

「我らが豪腕、ここにあり!」

『双衝転落撃!!』


高所から振り下ろされた破壊の重撃。

隕石が衝突したような衝撃が河川敷を揺らす。

だが二人の攻撃を隕石とするなら、ソレの防御は核シェルターと同義である。

恐ろしく透明な分厚い氷の壁。

その向こうで、ソレは愉しげに笑う。


「ククク、中々ニ強烈ダ。ダガ惜シイナ、ソレデハ届カナイ。」


その手には氷の剣。

二刀にて防ぐは四つの刃。

間近に迫る狂気の笑み。

初めに小さく悲鳴を上げたのは百瀬だったのか、それさえも判らないまま六人は戦慄した。

背筋を凍らせるほどの殺気が、ソレから放たれる。


「マサカコレデ終ワリナンテ言ワネェヨナァ?マダ何カアルンダロ?オレハ全然満足シテネェゾ?」

「く、心まで闇に呑まれたかカズタカ!」

「クハハハハハ!救イナンテアリャシネェンダヨゴミ共ガ!コノ躰ハオレノモノダ!イイ加減反吐ガ出ル日常ナンテ壊シテ、悲鳴ト血ノ匂イニ満チタ世界ガ楽シミテェンダヨ!」


一気に膨れ上がった魔力が、辺りに氷の森を作り出す。

余剰魔力だけでこの力。

氷の剣は更に輝きを増して、決して溶けない冷気を纏う。

気がつけば六人は、射撃をする三人の所まで吹き飛ばされていた。

体から弾ける鮮血。

何をされたのか、誰一人解らない。

絶対零度の花畑に背中から落ちた皆は、すぐに体勢を立て直す。

氷槍の嵐は止んだ。

代わりにソレは、異様なモノを作り出していた。


「氷の……翼?」


百瀬が信じられないと言うように呟く。

ソレの背中から生えた三双の翼。

碧く、白く、透明に。

生き物の様に緩やかに色を変えるその翼は、羽ばたく時を待つように左右へと広がっている。

恐ろしい死の化身が、聖域へと降り立つような違和感。

ソレはどこまでも異様で、どこまでも美しい。


「これが、鬼神の力だとはな。宗十郎、こいつはいよいよ洒落にならんぞ。」

「そのようじゃ。どうやらワシは甘く見ていた、鬼神という修羅の者がどれほどのものなのかを。」

「おいホカゾノ、何か震えが止まらねぇんだけど。」

「奇遇だな、ウチもだ。」

「カオリさん、平気か?」

「大丈夫だよ………大丈夫。」

「貴方がたは本当に喫茶店の店員なのですか?魔界から来たと言われても今なら驚きませんよ?」

「あぁ、兄さんならそんな設定もありそうだ。」

「あんなの…勝てるはずないわよ。」


これほどのメンバーを集めてもまだ遠い。

静かにこちらを眺めるソレは、氷剣を回しながらニヤリと笑った。


「サテ、次ハドウヤッテ遊ンデヤロウカ。」

「まったく、我らが束になってもアレにとっては遊びとなるか。」

「俺たちがお兄さんを止めないと、冗談抜きで世界がヤバいな。」

「でもウチらであれを倒せば、悪を倒した正義のヒーローってことにならないか?」

「ホカ、真顔で死亡フラグ立てるのは勝手だけどさ、巻き込むのは止めろよ?」

「……や、やっちまった!?」

「そんなに余裕そうなら大丈夫だ、馬鹿三人で逝ってこいよ。」

『絶対に嫌だ!!!』

「……オレガ、悪ダト言ウカ?」


誰もがソレに向き直り、その質問に首を傾げる。


「貴様が悪でないのなら、一体何が悪だと言うのじゃ。」

「ククク、総テダヨ。コノ世界ノ何モカモ、スベカラク悪ナンダ。」

「ざけんなよ、お兄さんの躰でよくもそんなことを。」


キヨシがそう言うと、ソレは愉しそうに笑いながら顔を手で隠す。


「クハハハハハ!テメェコソ解ッテネェナ。オレガ思ウコトハ、同ジクコイツモ思ッテイル。オレモコイツモ、等シク根源カラ生マレタンダゼ。」

「根源ですか?」

「ソウダ。オレタチノ根源ハ善救悪伐、悪ヲ倒シ善ヲ救ウ、極メレバ聖人君子ニモナレルモンダ。ダガナ、コノ根源ヲ持ツニハ、今ノ時代ハ複雑スギタ。」


それを聞いた龍矢と宗十郎は小さく頷き、顔をしかめた。


「…確かにその考えを形にしようとすれば、どうしても諦めざるをえないこともあるじゃろうな。今の世の中、必ずしも正義は正当化されないものじゃからの。」

「我らは強者を守る法の中で生きている、そしてどのような理由であれ、他を裁くことは許されていない。」

「ドレダケ腐ッタゴミ虫サエモ、他者ノ幸福ヲ脅カス外道デサエモ、ツマラヌ法ニヨッテ守ラレテヤガル。現ニ苦シム弱者ニハ、抗ウ術モ用意デキネェ。ナラバコノ狂ッタ世界ヲ、狂ッタオレガ壊ス!下ラネェ法モ度シガタイ悪モ、常世総テノ悪ヲオレガ壊シ尽クスンダヨ!」


ソレは叫ぶ。


「世界ヲ救ウニハ、モウコレシカ方法ハナイ!善良ナル幾億ヲ救ウタメニ、愚悪ナル少数ヲ駆逐スル。世界ノ敵トシテオレガ君臨スレバ、愚カナ指導者ヲ失ッタ後モ人間ハ生キテ結託シ、オレヲ倒スタメニ手ヲ取リ合エル!」


ソレの言葉が、皆の動きを停止させた。

この世界の現実。

裁かれるべき者が甘露を啜り、真に優しき者が苦汁を飲まされる。

ソレはそんな世界の理不尽を、たった一人で壊そうとしていた。

あらゆる理不尽を、更に強い理不尽によって叩き壊す。

この世界総ての悪をその身に抱き、何もかもを敵に回し、悪の王として善を救う。

それは真の悪なのか、或いは救いの英雄なのか。

その答えを出すには、善悪をソレに正すには、あまりに純粋な思い。

誰もが一度は胸に抱く、ソレは復讐の代弁者。

その純粋な思いに純粋な否定をぶつけられるほど、人間を綺麗に見ている者はいない。


「…そんなの、間違ってるわよ。」


小さく告げられた否定。

その場の誰もが騒めき、一人の少女に視線を向けた。

百瀬恋夏は震える指先でソレを差すと、涙を流しながら叫ぶ。


「難しいことは解らないけど、誰かを殺して得られる幸せなんてないわよ!」

「フンッ、何モ知ラネェ雌餓鬼ガホザクナ!」

「知らないわよ!でもね!アンタに殺される人を大切に思う人だっているはずだよ!その人の幸福を、アンタは奪ってしまうんだよ!」

「チッ、下ラネェコトヲ。」

「…でも、恋夏ちゃんの言っていることもまた真実よカズタカさん。」

「ナニ?」


土手からゆっくりと下りてきたのは、穏やかに微笑む水無月空。

彼女は誰よりも前に出ると、静かにそれを否定する。


「アナタの示す方法は確かに一つの効果的な手段かもしれません。ですがそれは同時に、アナタの本当の願いを叶えることができないんですよ。」

「オレノ願イダト?」

「あらゆる悪を背負いながらも世界を救った英雄として後世に語られる、そんなことにはならないということです。」

「………フザケンナヨテメェ、知ッタ風ナ口ヲ叩クナ!」

「いいえ、それはお互い様ですよカズタカさん。」


空は静かに微笑みながら話を続ける。


「貴方の理屈は一つの結論です。だけど貴方は、私と出会った頃に、自らその理屈を否定していた。いつか誰もが啀み合わず、手を取り合える日がくればいいと。誰もが笑っていけるなら、この最低な考えをしてしまう己を殺せると、笑いながら話してくれました。」

「……テメェハオレニ何ヲ望ンデヤガル?」

「心優しい貴方と、また一緒にマスターとして手を取り合えることを望みます。」

「甘イコトバカリ…ソウ簡単ニ世界ハ変ワリャシネェンダヨ!」


魔力が爆発する。

飛び出したソレは、自らの悪を否定する空を切り裂くために翼を伸ばす。

だが、それは荒く強靭であっても、決定的に足りていないものがあった。

襲いくる翼を、キヨシたちフラトレスが受け止める。

そんな彼らの口元には、楽しそうな笑みが浮かんでいた。


「ふざけんなよ兄さん!美人を八つ裂きにしようなんて勿体ないだろ!これだからリア充は!」

「俺の可能性を奪うなお兄さん!空さんを口説くのは俺だ!」

「荒ぶるな二人とも、お前らじゃ相手にもされないだろ。」

「痴態丸出しじゃね~。」

「つかお前ら、弓のオレに二つも防がせるなよ。」

「テメェラ……何故防ゲタ?」

「そんなの。」

「いつも兄さんが言ってることだろ。」


五人は足に力を入れて、叫びながら押し返した。


『迷いがあるからに決まってんだろ!』

「チッ!」


絶対的だった力の差が、何かで変わった。

そしてそれはフラトレスにとって、最後の希望。

僅かに濁る氷の刃。

畳み掛けるように、五人は総攻撃を開始する。


「我流・龍葬天翔撃!」

「クッ!」


キヨシの槍がソレを高くかちあげる。


「我流・垂れ桜!」


シカマの操作するワイヤー付きの矢が、多方向から一斉に襲い掛かる。

ソレが翼で矢を弾くと、ホカゾノが叫ぶ。


「カオリさん、よろしく!」

「任せて!砕けろー!」


河原に設置されたガンシップ積載用の重ガトリングが、凄まじい唸りを上げ、殲滅の弾幕をソレに向かってバラ撒く。


「チッ、フザケタ武器ダ、翼ガ足リネェ!」

「ならもっと減らしてやるよ兄さん!我流・鋼牙煉炎!」


弾幕によって傷ついた氷の翼に、ホカゾノの重撃が打ち込まれた。

軋むような音を立てて、翼に罅が広がっていく。


「クソッタレ!」

「ホカにばかり気を取られてるから後ろを取られるんだよ。」

「ナニッ!?」


いつの間にかソレの背後に接近したヒロトが、落下の勢いを使った踵落としを背中に叩き込む。

海老反りになったソレが、河原に墜落する。

ヒロトが着地すると、キヨシとホカゾノが拳同士をぶつけ合う。


「よっしゃ、氷結の鬼神を落としたぜ!」

「このまま畳み掛けるぞ!」

「ならば我らも交ぜろよ!」


ホカゾノの肩に手を乗せた龍矢。


「ワシも若い者に遅れはとれんでな。」


キヨシの隣に立つ宗十郎も、笑みを浮かべながら前へ出る。


「貴方がたが戦っているのに、武神である私たちが指を咥えて眺めるわけにはいきませんね。」

「あたしも行くよ、ヒロトさん見ててね!」


鷺澤と百瀬の二人も、武器を構えて前の二人に並ぶ。

龍矢が刀を一閃して、叫んだ。


「我ら武神の誇り、見せつけてやるぞ者共!」

『応!』

「アタシたちも負けてられないね、行くよカフェ・フラトレス!あのお客様に最高のおもてなしをしてあげよう!」

「おっしゃー!いらっしゃいませ鬼神様ー!」

「当店のお薦めはチョコパフェのたんぽぽ添えになるぜー!」

「でもそれよりもまずは。」

「敗北の味を堪能してもらうぞヒロイ!」

『オオオオオオオオ!!』


進撃の咆哮を上げて、九人が同時に突撃する。

立ち上がったソレは舌打ちして、再び氷の翼を大きく伸ばす。


「上等ダ……最ッ高ダナァゴミ共ガ!ヤッテヤルヨ、影サエモ残サズ刻ンデヤル!」

『やれるもんならやってみろ!』


烈火の勢いで攻める九人。

龍矢とホカゾノが翼を穿ち、宗十郎と百瀬とキヨシが速度で攻め込み、鷺澤とシカマとカオリが射撃で退路を断ち、ヒロトがリズムを崩すように背後を取る。

考えうる限り最高の戦力の一斉攻撃。

それをただ一人、ソレは捌き、反撃さえも返してくる。

だが決して余裕がないことは、その歪んだ表情から判る。

今確実に、最強の鬼神を彼らは押しているのだ。

苦虫を噛み潰したような顔で、ソレは叫ぶ。


「何故ダ!テメェラハ何故コノ薄汚レ、救ワレナイ世界ヲ守ロウトスンダヨ!」


その叫びに、キヨシは呆れる。


「はぁ、お兄さんなら解ることが、お前には解んねぇんだな。やっぱお前とお兄さんは別人だ。」

「チッ、何ガ……。」


傷だらけの十字架を背負いながら、ホカゾノとシカマは笑う。


「ウチらは何も世界を救おうとか考えてねぇよ、んなもん知ったことか!」

「オレたちはヒロイが守ろうとしてたものを守るために集まってるんだよ。」

「コイツガ守ロウトシテイルモノダト?」

「まだ解らないんだなアンタは。」


ヒロトが背後を取り、カオリが機関銃を構える。


「馬鹿みたいに騒いで、毎日が楽しくて、そんな奇跡みたいな日常を、カズくんは守ろうとしてるんだよ!」


撃ち出された大口径が、防ぎに入った翼を砕く。

防御の崩れたソレが、その衝撃にたたらを踏む。

すかさず迫る豪腕の二人が、全力のフルスイングを叩き込んだ。


「逢坂流・国落とし!」

「我流・櫓潰し!」


上と横から放たれた一撃を、二振りの刀で弾く。

だが流石の重さに耐えきれず、氷刀は粉々に砕け散った。

直後に降り注ぐ光の剣。

それは圧倒的物量を以て、ソレの背後に刃の壁を作った。


「逃がしはしませんよ!」

「チッ、ゴミ共ガァ!」

「百瀬流・舞影殺!」

「小峰流・無明の太刀!」


一瞬で現れた二人が、ソレの刃を封じ込める。


「殺ス!必ズ!」

「そんなことさせんよ。」

「アタシたちも、アナタも、誰も死なないわよ!」

「俺がお前を解放してやるからなぁ!」


キヨシの声が河川敷に響く。

地面に描かれた巨大な魔方陣。

それは蒼白い幻光を放ちながら、膨大な魔力が回路に奔らせている。

鷺澤が描いた、周囲から魔力を集める魔法ブースター。

その魔方陣に左手を触れているキヨシは、紅槍を右手に構えると笑う。


「この毎日がテメェごときに潰されてたまるかよ!月の彼方まで吹き飛びやがれ!」

「クソガァ、フザケンナァ!」

「今日の英雄は俺で決まりだ!」


キヨシは身体を大きく後方に引き、槍を投てきの構えに変えた。

槍の数倍にも膨らんだ雷が、音を立てて迸る。

収束された魔力の渦が、限界を超えて溢れだす。


「手向けと受け取れ!雷鳴纏いし赤紫の魔槍(ゲイボルク・ヴォルテック)!」


辺りを吹き飛ばしながら突き進む魔槍が、一直線にソレへと向かう。

或いはこれで、身体を殺す結果になるかもしれない。

しかし何故か、そうはならないと、どこかで確信する。

きっと倒れるのはソレだけ、フラトレスマスターは倒れないと。

ソレを封じていた二人が、即座に離脱する。

ソレは刀を振りかざし、怒りの咆哮を上げた。


「クソッタレガァー!」

「カーテンフォールだ、アンコールはないぜ。」


破軍の槍が鬼神に激突する。

もうもうと上がる砂煙。

誰もが息を呑み、煙が晴れるのを待つ。

全てを賭けて打ち込んだ必殺の一撃。

打ち出した技と魔力の反動で、キヨシの身体が内側で壊れる。


「ガハッ!ゴホッゴホッ!」

「大丈夫かキヨシ!」

「こうまでしないとアレに届かないとは、とんでもねぇ化け物を相手にしてたな俺たちは。とりあえずホカゾノ、肩貸せよ。」

「あぁ、掴まれ。」


ホカゾノに支えられて立ち上がったキヨシは、息も絶え絶えに砂煙を睨む。

そんな英雄を守るように、七人が全面で構えをとった。

もう同じようには戦えない。

苛烈に攻めてはいたが、大なり小なり皆反撃を受けているのだ。

宗十郎と龍矢にいたっては、病院に搬送される途中で戦線に復帰している。

キヨシの魔槍も、もう打てない。


「頼む……倒れろよ。」

「………マッタク、ツマンネェ幕引キダナァ。」

『!?』


巨大な氷の羽ばたきが、砂煙を纏めて吹き飛ばす。

そこには静かに、刀を構えたソレが立っていた。

傍に突き刺さるキヨシの紅槍。

ソレ自身は傷だらけではあるが、しっかりと立っている。

武神たちは無言で武器を向けた。

目の前で未だ倒れぬ絶望。

どれだけ戦意を削がれようとも、戦力に絶対的な差があろうとも、撤退は初めから選択肢にないのだから。

ソレは愉しげに嗤う。


「アァ、最高ダ……最高ダヨテメェラハ!満チ足リタゾ、嗤イガ止マラネェ!」

「チッ、届かねぇのかよ!」

「ククク、違ウゾ。届イタカラ愉シインダ。」

「どういう意味じゃ。」

「解ラネェノカジジイ、オレノ負ケダト言ッテンダヨ。」

「何じゃと?」


皆が驚くと、ソレは満足気に手元の刀を見た。

直後、限界を迎えたように真ん中から折れた白漣。

音を立てて落ちた刀身が、力なく横たわる。

鋭かった刃先は欠け落ち、以前のような煌めきはなくなっていた。

宗十郎がそんな白漣を見て、静かに頷く。


「そうか…それほどの業物でさえ、貴様の武には耐えきれんかったか。」

「ソウダナ、コレハ悪クネェ業物ダッタ。折レチマッタノハ、オレノ力不足ダ。ダガダカラコソオレハ満足ダ。」


河川敷を覆っていた氷華の庭は、ソレが折れた白漣を下ろすと、すぐに溶けてなくなった。

氷の翼が、少しずつ溶けていく。

ソレは空を見上げながら呟いた。


「土壇場ニナッテ出テキヤガッテ、代ワリニテメェノ刀ハ貰ッテイクゾ。」


俺はのんびりと流れる雲を眺めながら答える。


「守るものに比べりゃ、何であろうとも惜しくはないさ。」


ソレは残念そうに呟く。


「ツマンネェナ…テメェ自身ト殺リアエネェッテノハヨォ。」


俺は視線を正面に向けながら答える。


「はっ、いつか同じ世界で出会ったら、そん時は決着をつける。」

「上等ダァ、セイゼイ技ヲ磨イテオケヨ!」

「もう戻ってくんなよ鬼神、次の宿代は高くつくぜ?」


ソレは愉しそうに嗤う。


「ガハハハハ……マッタク、テメェハ贅沢ダヨナァ。……ジャアナゴミ共、チョックラ閻魔ノ野郎ヲブチ殺シテクルゼ!」


何か光のようなものが、弾けるように一度煌めく。

途端に、河川敷を包んでいた寒気も消える。

川は自然の流れを取り戻し、空気は涼やかさが帰ってきた。

いつもと変わらない九十九川。

観客が、恐怖に震えていた彼らが、大地を震わす咆哮を上げた。


『オォォォォォォ!!』


英雄たちの戦場を間近で眺め、肌で感じた者たちの、それは勝利の雄叫びだ。

口々に叫ばれる勝利を歓喜する言葉。

そのあまりの大きさに、川さえも震えている。

百瀬が鎌を支えにしながら言った。


「ねぇ……勝ったのよねアタシたち。」


鷺澤は剣を鞘に納めながら、静かに頷く。


「えぇ…どうにか勝てたようですね。」


龍矢が腕組みして、観客を振り返る。


「ガッハッハ、でなければこれほどの勝鬨は聴けないだろう!」

「左様、何とも心地よい響きじゃな。」


宗十郎も同じく腕組みし、満足気に笑った。

そして観客の中から走ってきたのは、涙目の緋結華だ。

フラトレスのメンバーに駆け寄ると、緋結華がキヨシを支える。


「大丈夫ですかキヨシさん!?」

「おー、緋結華ちゃんに来てもらえりゃ一気に全快だぜ?」

「あはは、本当に格好よかったですよ!」

「ま、今回はキヨシが活躍してたし仕方ないか。」

「ホカゾノくんもお疲れさまです、素敵な筋肉でしたよ?」

「明日からも更なる筋トレに励むぞー!」


はしゃぐ二人を見ながら、ヒロトは既に缶ビールを開けて一息ついている。

シカマは彼らを笑いながら眺めて、静かに佇むカオリに話しかけた。


「行かなくて良いの?」

「……うん、行くよ。だって、きっと一番大変だったのはカズくんだろうから。」

「オレも行こう。」


二人はゆっくり歩きだす。

だがそれより前に、俺は歩きだした。

俺に驚いた二人が足を止める。

折れてしまった白漣を浅く握って、俺は煙草を咥えた。

吐き出した紫煙に目を細めながら、二人の前に立つ。


「よぉ兄貴、久しぶりだってのに悪かったな。」

「別にいいさ、弟の不始末片付けるのも兄の役目だ。」

「そりゃ損な役回りだな、不始末ばかりでろくな弟じゃないぞ?」

「それよりヒロイ、謝る相手がいるだろ?」

「あぁ、そうだな。」


俺はカオリに身体を向けると、そっと頭を下げた。


「すまなかった、心配かけた。」

「………ホントだよ、もう戻らないかと思った。」

「お陰で無事に戻ってきたよ。」

「彼は倒せたの?」

「あぁ、まさに鬼神だったよ。土壇場で勝てなかったら危なかった。表で皆が頑張ってくれたお陰だ。ありがとう。」

「うん…おかえりなさい。」


そっと胸に当たる温もり。

守りたかった人が、無事に腕の中にいる。

最高の親友が、傍にいてくれる。


「お兄さーん、俺格好よかったろ!」

「兄さんが化け物だってこれで全国配信だな。」

「疲れた、フラトレスに戻ろうぜ?」

「今日は私も厨房で腕を振るいますね。」

「あ、私もお手伝いしますよ空さん!」


武神たちもゆっくり歩いてくる。


「いやぁ強いなお主、我一人では勝てなかったわ!」

「あの圧倒的魔力、私も更に鍛練が必要ですね。」

「アタシもヒロトさんのお店行きたいわ!」


宗十郎が俺の前に立ち、申し訳なさそうに言う。


「すまなかったなカズタカ、白漣まで失わせてしまった。」

「構わねぇよ、代わりにアレはどこかに行っちまった。身体が軽くなったような、そんな感じだ。」

「ふむ、ならばアレを倒したのじゃな。」

「そうだな、もう俺の中にはいない。」

「であるか、ならば帰るとするかの。」

「賛成だ、疲れたよ。」


皆満身創痍。

だけど顔には笑みがあって、気持ちは晴れている。

誰が欠けても生まれなかった一つの結末。

大切にしていこう。

これからも、ずっとな。

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