Day.1 それは初めから狂っていた1
それはある穏やかな昼下がり、ピークを越えてお客も減り、まったりとした店内に漸く一息つこうと安心した頃にやってきた。
「大変じゃカズタカ!」
騒々しく扉を開けて入ってきた和服の爺さまを俺は一瞥し、視線を手元に戻して洗い物を再開する。
俺はこれから休憩しようとしてるんだ、頭のイカれた老人を相手にする気は全くない。
だが俺を困らせることを生き甲斐にしてそうなクソジジイは、しつこさ全開で俺の前まで歩み寄ると、カウンターを叩いてもう一度叫んだ。
「だからカズタカ、大変なことになったんじゃよ!」
チッ、空気を察して帰ればいいものを。
「黙れクソジジイ、面倒事は間に合ってる、さっさと帰らないと捻り潰すぞ。」
「そうじゃな、もしお主が協力すると言うのなら多少の報酬は出そう。」
宗十郎はやけに真剣な表情で俺を見上げてくる。
何だろうな、嫌な予感しかしねぇ。
「随分と大人しいな、そんだけ窮迫してるってことか?」
「うむ、下手をすれば周りに被害が及びかねん。じゃがワシだけでは対処できぬと考えたからこそ、恥を忍んで貴様に頼りに来たのじゃ。」
「なるほどね、もう煩わしいもんは棄ててきたのか。じゃあ聞かせてもらおう、幸い今は馬鹿共もいな…。」
「楽しそうな雰囲気を嗅ぎつけ馳せ参じたぜお兄さん!」
「へい兄さん、ウチらをのけ者にして楽しもうなんて甘いんだぜ!」
「………。」
俺は戸棚からモーニングスターを取り出すと、突然湧き出たゴミ虫共に微笑んだ。
「あはは、兄さんの笑顔はいつも素敵だね!その凶悪っぷりは真似できないぜ、だから早くそれしまって!」
「そうだよお兄さん!お兄さんはそんな力任せな武器を使う人じゃなかったはずだ!…お願いします優しくして?」
「安心しなさい二人とも、俺は話の腰を折られて怒ったりしてないよ。」
「こんなにも言葉と真逆の出で立ち見たのウチ初めて!」
「おいホカゾノ、そろそろマジでプロテスの呪文詠唱に入らないとまずいぞ!」
ジリジリと後ろに下がる二人をゆっくり追い掛けながら、俺は死刑宣告を下す。
「たまには力一杯クズを挽き潰して、犬畜生も口を付けないようなミートパティをこさえてみたい、そう思うよなぁ!」
「そんな衝動に駆られるの兄さんくらいだよ!?」
「…せめて上手に焼いてねお兄さん!」
「キヨシ諦めるの早っ!?」
「往生せいやー!」
『リア充なんて滅びろー!ギャアアアーー!!』
見た目凶悪な撲殺武器を、躊躇うことなくしこたま叩きつける。
素晴らしいストレス発散、この武器を閃いた変態に感謝。
周りにお客もいない今なら存分に楽しめる。
「ククク………アーッハッハッハ!」
「ワシ、頼む相手を間違えたじゃろうか…。」
「あん?何か言ったか?」
「いや、貴様も相当に歪んどるなと再確認しただけじゃ。」
「うるせぇな、流石にこいつらにしかやらねぇよ。で、ゴミの粉砕も終わったし続きを聞かせてもらおうか?」
俺は宗十郎に向き直り、血糊べったりのモーニングスターを片付け、振り返らずに裏拳を後ろへ叩き込んだ。
確かな感触が拳に響き、みっともない悲鳴が二つ後方で飛んでいく。
宗十郎の溜め息が、何だか妙に疲れた感じなのはきっと歳だからだろう。
「お主らに付き合っていたら話が進まぬな。」
「きちんと話を聞こうとしてんのになんつー言い草だ。」
「そうだよ兄さん、もうウチらのことは無視して話を進めないと。」
「まったく、お兄さんは話の腰をすぐに折るんだから。」
「仕方ねぇな、話が終わってからブチのめすことにするか。」
「軽やかな殺害予告に全米が戦慄した!」
「Oh,Crazy!」
「よし宗十郎、サクサク話を進めろ。そして俺にこの馬鹿共を始末させろ。」
「本当に、どうしてワシはここに来てしまったんじゃろ。」
宗十郎は心底疲れた溜め息を吐くと、真剣な瞳に変えて俺たち三人を一瞥した。
「カズタカには以前話したこともあるじゃろう、この日本にはワシ以外に三人の武神がおる。」
「あぁ、前に言ってたな。確か逢坂、小峰、百瀬、鷺澤の四人だろ?」
下の名前まで覚えちゃいないが、その四人が公式に認められた武神だったはずだ。
しかも百瀬ってのは女性だとも言ってたな。
「じいさんみたいなのがあと三人もいるのかよ、日本って怖いな。」
「正直核ミサイル保有国より危険じゃね?兄さんだっているわけだし……でもだからどうしたのさ?」
「……ワシ以外の三人が結託して、ワシを倒すためにこちらへ向かって来とるんじゃ。」
話を聞き、なるほどと俺たちは頷き合う。
そして笑顔で宗十郎に向き合うと、親指を下に向けて突き出した。
「んなこと知るか、勝手にくたばれジジイ。」
「理由なんて聞くまでもない、ウチらを巻き込まんといて。」
「自力でどうにかしろよな、ウチは何でも屋じゃなく喫茶店なんだ。」
あっはっはと笑い合う俺たち。
だって物凄くどうでもいい、面倒なじいさんがブチのめされようと俺に何のデメリットがある。
「フンッ、そうも言ってられんぞ。奴らの目的の一つにはカズタカ、貴様も含まれておるからの。」
「は?俺に何の関わりがあるってんだよ。」
四神と称される化け物共が、小さな喫茶店のマスターに用があるとは思えない。
そもそも、俺は宗十郎から話を聞いただけで、彼らと直接の面識は一切ないのだ。
だが宗十郎は小さく笑みを浮かべると、腕を組んで俺を見る。
「東の百瀬恋夏、西の小峰宗十郎、南の逢坂龍矢、北の鷺澤祐一。ワシら四神に対抗しうる人間が喫茶店なぞを経営し、誰の目にもその武を晒さずにいる。最強の誉れを受けし者からすれば、それは十分に興味を持つに値する話じゃろうて。」
「チッ、クソジジイめ。どうせテメェが余計なこと喋って焚き付けたんだろうが。」
「ワシはありのままを話したにすぎんよ、じゃがもう逃げられないのも確かじゃな。」
宗十郎が一矢報いたとばかりに大笑いする。
下らねえ手間ばかり増やしやがって、解っててやりやがったなこの脳筋ジジイ。
俺が今にも宗十郎に斬りかかりそうなイライラを視線に込めていると、馬鹿共は後ろでテンションを上げ始めた。
「こりゃ上手くいけば俺たちも活躍できんじゃね?」
「ウチらの強さを武闘大会の時みたいに見せ付ければ、町の女の視線はウチらに集中するってことだな!」
「しかもホカゾノ、四神の一人は女の子だってよ!こりゃ俺たちで倒せばイベント発生するな!」
「ありえねぇよ馬鹿、画面の向こうの世界の話をすんな愚弟。それと壮絶馬鹿、テメェに女の子の視線が集まるわけねぇだろ。キングコングに恋心抱く時点でそいつはアマゾネス確定だ。」
「……もう、女の子ならアマゾネスでも。」
どうやら末期症状らしい、そのまま馬鹿は蹲って泣き出した、あぁウザい。
俺は目障りな粗大ゴミに蹴りを入れ、それを見るキヨシに握り拳と笑顔を見せると、激しく頷いたキヨシは馬鹿を引き摺って厨房へと消えていった。
「で、その戦闘狂共はいつこっちに来るんだよ。」
「貴様にだけはそう呼ばれたくなかろうよ。まぁよい、奴らが来るのは明後日じゃ。」
「このド阿呆、急すぎんだよクソッタレ。」
「ワシに言うな、奴らが勝手に決めたんじゃからな。場所は九十九川河川敷、あそこなら広くて周りに迷惑もかけづらいじゃろ。」
毎年夏祭りを開いてる場所か、あそこなら確かに大丈夫そうだ。
休日なら人も多いが、明後日は平日だし恐らく散歩してる人も少ないだろう。
「そういや、四神には俗称があったな。」
「うむ。瞬光の小峰、剛勇の逢坂、魔討の鷺澤、そして首狩り百瀬。」
「…やたら穏やかじゃない俗称が聞こえたんだが、俺の気のせいか?」
「百瀬のことか?奴の一族は元来一刀必殺を基本としとるからの。」
「なるほど、だから首狩りってことか。」
だとしたら得物は太刀か短刀ってところか、正面からくるタイプじゃないと面倒だな。
考えだした俺を見ていた宗十郎は、俺の肩を叩くと満足げに笑う。
「わっはっは、カズタカ、目つきが段々と変わってきとるぞ?何じゃ、文句を言いつつも気持ちは切り替わってきたかの。」
「チッ、細けぇことに気がつくジジイだな。だがまぁ、確かに貴重な機会ではあるか。」
巻き込まれたようなものとはいえ、最強と名高い武人たちとの試合は興味をそそられる。
でも、問題はやはり…。
「ふん、安心せい。貴様の本能が現れたら、ワシが責任を持って止めてやる。」
「…人の心を読むんじゃねぇよ。大体この前俺を止められたのだってホカゾノたちもいたからだろ、今度こそ危険じゃねぇか。」
今回はシカマもいないし、油断できない三人が相手じゃいつもより早くスイッチが入るかもしれない。
あぁ、やっぱ辞退すべきか?
俺は煙草に火をつけながらカウンターに入ると、適当に淹れた珈琲を宗十郎の前に出す。
宗十郎は頷いてから一口飲むと、真剣な眼差しで俺を睨んだ。
「いい加減貴様の闇くらい抑えられんでどうするのじゃ。」
「あん?」
「ワシは貴様ごときにワシの命を背負わせようとは思っとらん。」
「何が言いたい。」
「人は一生に一つの命しかあの世へ運べん、そしてその一つとはすなわち己の命じゃ。」
「はっ、まさか神様とか言いだしたりしねぇよな?」
「言わぬよ、ワシも貴様と同じく無信論者じゃからの。だがのカズタカ、人は誰しも最後には死ぬ。じゃがその己の命は、一体どうやってあちらの世界に行くのじゃ?」
あぁ宗十郎、あんたが言いたいことは解る。
誰かを殺した魂は救われず、輪廻転生の輪に戻ることなく消えるか、或いは悪霊になっちまうって話だろ?
あんたは俺がそうなっちまうのを恐れてる、魂が壊れ、狂気の力を無差別に振るうようになることを。
厳しいな宗十郎、まさに永らく続く武家の当主らしい。
「貴様も解っているじゃろう?故にワシは貴様を殺さぬ、貴様も誰かを殺さぬ。ワシは貴様をそんな風に止めたりはせん、必ず正気に戻してやる。ワシの命が続く限り、貴様が己の力を制御できるようになるまで、貴様の闇には負けんよ。」
「……はっ、偉そうなことばっか言いやがって。」
俺は瞬時に取り出し抜刀した白漣を宗十郎の首筋に振り下ろした。
だが宗十郎は僅かにも避ける動きは見せず、寸前で止まった刃も見ず、ただ俺の目を見ている。
「だが認めてやるよ小峰宗十郎。あんたに出会ったことは、俺にとって重要なことだったんだってことをな。」
「ふんっ、ワシも認めよう。貴様は我が生涯において、最後に越えるべき武の頂であるということを。」
俺は刀を鞘に納め、静かに手を差し出した。
その手を握る、ゴツゴツした武人の手。
無言にて語る、誓いの盃。
俺は宗十郎の精神を、宗十郎は俺の武を越えるための誓い。
「あんたを守るってのはおかしな話だが、その最終決戦、俺も参加させてもらおうか。」
「忝い。ワシが逢坂の武を討ち取るまでの間、他の二人を抑えておいてくれ。」
「だがな宗十郎。」
「何じゃ?」
「別に…倒してしまっても構わねぇよな?」
「無論じゃ。奴らはまだ若い、故に貴様との戦いは良き経験になるじゃろう。それにこれは貴様にとっても試練じゃ。複数の武神と戦いつつ闇の己を制御する、表に出した状態で制御するのじゃよ。」
つまりあの状態にまずはならないといけないってことだな、これはマジで心しないと。
だが武神二人か、楽しみなのは否めないな。
俺がどこまで追い詰められるのか、若くして武神の域に達した二人は一体どんな戦い方をするのか。
――ドクンッ!
チッ、早速なのかよ。
昔から患っている不整脈の息苦しさとは違う胸の違和感。
狂喜に満ちた闘争本能が、愉しげに鎌首をもたげて嗤う。
―サァ、殺シ合オウ!
精神の片隅から、身体を呑み込もうと嗤い声を響かせる。
右手がゆっくりと刀に向かうのを、俺は舌打ちして止めた。
目の前の宗十郎が、無言で俺を、その奥のヤツを睨む。
――ククク、ウマソウナ獲物ジャナイカ!
黙れよ、さもないと俺ごとテメェを消しちまうぞ。
―――ツマラナイ、殺セナイノハツマラナイ!
俺じゃない、だが確かに俺の声は、そう言って聞こえなくなった。
気づけば嫌な汗を掻いていて、俺は無意識に入っていた力を溜め息と一緒に抜いた。
「ふむ、どうやらかなり厳しい試練になりそうじゃの。」
「そうだな、だがいつかはしなきゃなんねぇことだ。」
「そうじゃの、今は貴様の精神力を信じるとしよう。」
「それに、俺たちだってついてるぜお兄さん!」
「兄さんの化け物っぷりがこんなにも厄介とは、やっぱブブさん確定だね。」
全部話は聞かせてもらったと言わんばかりに、ムカつく笑みで厨房から出てきた二人。
チッ、俺が気配を感じられてなかったとはな。
それだけギリギリだったってことなのか、今の俺じゃ。
「明後日ならもう時間がねぇな、ホカゾノ!河原に鍛練しに行くぞ!」
「そうだな、ウチもあの十字架を出してこないと!」
ドタバタと自宅に走っていく二人に、俺は溜め息を吐く。
宗十郎はもう大丈夫だと安心したのか、珈琲を飲みながらキヨシとホカゾノが走っていった方を見た。
「貴様には勿体ない奴らじゃのカズタカ。」
「チッ、うるせぇよ。」
「冗談抜きで死んでもおかしくないことなのだと二人は知っていて、それでも笑顔で貴様を救けると言っておる。それは誰にでもできることじゃない、貴様を信じておるからじゃ。」
「掛け値なしに馬鹿なだけだろ。」
「貴様も意地っ張りじゃの、その若さで変な意地を通したところで得はないぞ。」
余計なことばかり言いやがって、言われなくても解ってんだよクソッタレ。
だからこそ俺は、その気持ちを裏切るわけにいかねぇって思ってんだからな。
「また大変そうだねカズくん。」
「兄さんはいつも何かと戦ってるんでしょ、ならいつも通りだな。」
奥でヒロトに事務処理を教えていたカオリが、ヒロトを引きつれてカウンターに出てきた。
ったく、何だか見透かされてるみたいで嫌だな。
でもありがたい。
帰る場所があるからこそ、俺はここを守るために気持ちを強く持てる。
元々この力は守るための力だ、なら壊すために使うなんてしたらダメだよな。
「こんにちはマスター!いつものミルクティー飲みたいです!」
元気良く入ってきた制服姿の緋結華に、皆が笑う。
笑われてきょとんとする緋結華。
宗十郎が大切な孫を見るような眼差しをして、カオリが楽しそうにミルクティーを淹れて、ヒロトはマイペースに俺の珈琲を奪う。
いつも通りだ、何も問題ない。
このカフェにはいつもの笑顔があって、木野塚町は今日も平和だ。
殺しも殺されるのも御免だ、俺は変わらぬ俺でまた帰ってくる。
大丈夫、俺には家族がいるんだから。
「まったく、マスターってのは忙しいな。」
「それを覚悟でカズくんは喫茶店を開いて、あたしたちは傍にいるんだよ。」
「俺たちは兄さんがいたから今ここに集まってるのさ。」
「私はマスターがいるからこの喫茶店に来るんだよ?」
「ワシも貴様がいなければ喫茶店には来ないじゃろうな。」
俺は口元に浮かぶ笑みを隠しもせずに、人数分の飲み物を用意しながら言葉に込めた。
「ありがとう。」
良く晴れた九十九川河川敷。
そこは何やら騒々しい雰囲気に満ちていた。
「いらっしゃいませ~、出張出店のカフェ・フラトレスでございま~す。世紀の決闘を美味しい珈琲などを飲みながら観戦されては如何でしょうか~。ウチの従業員が相変わらずご迷惑をおかけします。」
「一口500円で張りませんか~?張った武人が勝てば、他の選手に張られた掛け金は山分けになります、引き分けだと半額返金となります。だから贔屓の武人に声援を送りましょう。」
「カフェ・十六夜の水無月空です、今日はフラトレスのお手伝いに来ていま~す、是非美味しい珈琲を飲んでいってくださいね~。」
「御奈坂で~す!常連さんはもちろんフラトレスですよね~?」
河原の土手にはたくさんの屋台が並び、人が入らないようにバリケードまで設置されている。
完全なお祭り騒ぎだ、いつの間にか話が広まってこうなったのか。
さりげなくウチも出店の手配をして、椚の十六夜から空さんまで呼び寄せ、ヒロトにいたっては賭事まで始めてやがる。
つか緋結華、学校はサボりか?
「さぁ続々と観客席も埋まってまいりました!つい最近武闘大会を開催いたしましたが、この賑わいは大会に比肩するレベルです!出店出店の方々からも今回は直に戦いを見れると大好評でございます!皆さん好きですね~、寒い中よくぞお集まり頂きましたー!」
大会の時の実況まで雇い、どうやら市長は今回も俄然やる気らしい。
俺は北風吹きすさぶ河原に宗十郎と立ちながら、そんなイベント会場に溜め息を吐いた。
「はぁ、平和だよなこの街は。」
「そうじゃの、平日の昼間から集まりすぎじゃよ。」
「と………来たか。」
「そのようじゃな、まったく待たせおって。」
俺と宗十郎は刀を手にしながら、歩いてくる三人に視線を飛ばした。
三者三様の出で立ちをした彼らは、またそれぞれの得物を携えている。
三人が俺たちの前で距離を空けて止まると、中でも一番の年長者がその手に持った刀を向けながら豪快に笑う。
「ガッハッハ、待たせたな宗十郎!どうだ、つまらぬ意地を張らず認める気になったか?」
「ふんっ、認めるじゃと?それはやり合えばおのずと答えが出るじゃろう。速さが勝つのか、力が勝つのか。」
「然り!それは然りだ!刃を合わせ、魂を捧げて得る勝利。それこそ金色に輝く美酒と等しき秘宝であろう!」
「不思議じゃの、その唯一点においては貴様と同意見じゃ。故にこそワシは、貴様にその美酒を飲ませたくないのじゃよ龍矢。」
「ガッハッハ、違いない!」
「逢坂のお爺ちゃん、アタシも自己紹介くらいさせてよ!」
「おぉそうだな、どうやら百瀬ご執心の男もいるようだからな。」
逢坂が刀を肩に担ぐと、隣にいた少女が巨大な鎌を構え、刹那、消失した。
俺は溜め息を吐きながら、即座に身体を少しだけ逸らす。
直後に振り下ろされたまがまがしい刃は、飲み込まれるように大地を割った。
ったく、血気盛んだなこいつ。
「あれ、当たらなかったにゃ?お兄さん、案外強いのかな?」
「まぁ、それなりにはな。」
「へぇ、これは楽しめそうだにゃあ。」
また消えたと思ったら、元いた場所でクスクスと笑う少女。
「ほぉ、百瀬の初撃を難なく躱すとは中々の手練れだな。お主、名は何という?」
「ヒロイカズタカ、しがない喫茶店のマスターだ。」
「我は逢坂龍矢、剛勇の逢坂と呼ばれているぞ。」
「アタシは百瀬恋夏、首狩り百瀬って呼ばれてるけど…お兄さんの首は狩り甲斐がありそうだね。」
「誉め言葉として受け取っておこう。」
「私にも自己紹介をさせて下さい恋夏さん。」
「あぁごめんね祐一くん、どぞどぞ!」
祐一と呼ばれた青年は頷くと、携えた西洋剣を傍らに置いて恭しく頭を下げた。
「お初にお目にかかりますヒロイカズタカ殿、私は魔討の鷺澤こと鷺澤祐一と申します。本日は良き戦いを。」
「あぁ、禍根なく終わることを願うよ。」
「えぇ、そうですね。宗十郎殿、先日はお世話になりました。」
「うむ、貴様は調子がよさそうじゃな。」
「はい、今日は力の流れも穏やかです。このようなことになり恐縮ですが、久しぶりに全力が出せそうです。」
「であるか。ならばその力、存分に奮うがよい。」
俺と四人の武神が揃い、静かに向かい合う。
だがあの実況者は静けさなど構わずに熱く語りだす。
「さぁいよいよ最強の武神たちが出揃いました!並木町の武神小峰宗十郎氏と、木野塚町の喫茶店マスターヒロイカズタカ氏!対するは各地からやってきた武神たち、逢坂龍矢氏、百瀬恋夏さん、鷺澤祐一さんの三名!これほどのメンバーが一同に会するのは今後ないかもしれません!」
実況の言葉に河川敷は沸き上がる。
確かに、このメンバーが揃うなんて、できれば二度と起こらないでほしいものだ。
「では今回も全面協力して下さった市長の方から一言お言葉を頂戴します!市長、お願いします!」
「今回は女性もいるようですが、武とは力で語るもの。言葉にするのは一つ…勇往邁進にて唯一つの勝利を。」
大歓声に九十九川が震えた。
まるで勝鬨の万歳のようで、戦いの前から最高潮だ。
その賑やかさを見て、逢坂が大笑いして刀を抜いた。
「ガーッハッハッハ!良き街だ、これほどまでに素晴らしき陣太鼓を鳴らされては武にて応えるしかあるまい!」
「よーっし、ヤル気が出てきたにゃあ!」
「最高の舞台を整えて頂いた恩義に報いるため、我が秘奥を存分に振るいましょう。」
「だそうだぞ宗十郎、負けんなよ?」
「貴様こそ、弱音を吐くでないぞ?」
「はっ、俺はいつもの俺で帰るんだよ!」
白漣を抜き、鞘を放る。
もう納刀する暇はない、初めから最後まで全力の神速で攻め切ってやろう。
解き放たれる武装たちが、武神の腕にて異様な煌めきを持つ。
空気は真冬の風さえ切り裂くように、冷徹な闘気に畏縮する。
踏み込みのタイミングなんて、そんなもの問うまでもない。
その独特の瞬間は、この領域に住まう者なら肌で感じるものだからだ。
何の前触れさえなく、刹那の間に数え切れぬほどの快音が響いた。
一瞬で到達する最高速の中で、同時に襲いくる二つの刃。
それを捌き、更に数倍の剣撃を切り返す。
血流の速さも越えて放たれた斬撃と神速移動は、肉体の稼働限界を振り切っていく。
加速の慣性に置いていかれる血流は、負けじと心臓に喝を入れ、通常では考えられないほどの稼働率を叩きだす。
これが俺たちの闘い。
天上を穿ち、天下を振り返らぬ者が創る一つの小世界だ。
さぁ越えるぞ、遥かと彼方のその先を。
「ガッハッハ、変わらずに迅いな宗十郎!とても追いつけそうにないわ!」
「戯けたことを。見えているのであれば追いつくことなど不要であろうが。」
「道理、それは道理だ!では斬られてばかりではつまらぬ、我の剛勇を見せてやるとしようか!行くぞ、同田貫・覇龍よ!」
抜き身の剛刀が、揺らぎを帯びて振るわれる。
瞬間、宗十郎は攻撃を止めて防御せざるをえなかった。
体重の軽い宗十郎が、勢い良く川へと吹き飛んでいく。
水飛沫が上がり、冷水に濡れた宗十郎が気合いの声を上げた。
川が宗十郎を避けるように流れが変わり、水気を吹き飛ばした宗十郎が身体の調子を確かめる。
「恐ろしいのぉ、ただの一振りで数十の鉄骨を投げ付けられたような衝撃だったぞ。」
「ガッハッハ、これぞ我が逢坂の秘奥・龍咆閃。荒ぶる龍の咆哮のようであったろう?」
「ふむ、初めから全力ということか。ならばワシも応えねばなるまいて。」
宗十郎は刀を正眼に構えると、静かに目を閉じた。
直後、八人もの宗十郎が八方から現れ、逢坂龍矢を強襲した。
「ハァァァァ!」
逢坂は気合い一閃、自らを回転軸としてその八つの刃を一薙に打ち落とした。
そして笑いながら見るのは、未だ場所を変えない宗十郎。
「なるほど、お主はそこから動いとらんということか。」
「動きはしたぞ、単に貴様が見えんかっただけのことじゃな。」
「ふむ、我も見切りだけは誰にも負けぬと思っていたが、まさかそれさえも越える速さがあろうとはな。」
「じゃがそれさえも奴には無駄なのじゃ。ほれ、若き武神共は見事に翻弄されておる。」
「おぉ、確かにあれはただ事ではないな。」
宗十郎が視線を向けた先に、俺はいる。
破壊の権化たる武神二人を前に、神速の剣技によって封殺していた。
「くっ、速いですね。」
「むぅ、当たらないにゃあ!」
剣と鎌の斬撃を紙一重の交差で躱しながら、すれ違いに数倍の攻撃を叩き込む。
決して彼らは遅くはない、ホカゾノやキヨシの速さでは二対一でも速さに追いつけないだろう。
だが俺は、一撃の重さより連撃と精度を重視してきた。
宗十郎にも認められた速さ、容易くは食らい付かせやしない。
「くっそー、アタシも速さには自信があるんだからね!百瀬流!風渡り!」
「援護しますよ恋夏さん!秘術、天よりの牢獄!」
突然速度が上がった百瀬が俺の速さに追いつくと、空中で苛烈に攻め始めた。
ほぉ、動きが変わったな。
着地と同時に上を向き、振り下ろされた刃を弾き返す。
なるほど、この速さで首を刈り取れば首狩り百瀬とあだ名されるはずだ。
並の武人なら気づいた頃には終わっているだろう。
すれ違いざまに引っ掛ける様にして首と胴を切り離す、故に鎌が最適というわけだ。
必要なのは見つからないほどの速さで、本来は鎌を振るう動作さえ不要な武術。
戦いづらいだろう百瀬恋夏。
恐らく未だかつて、己を上回る速さの相手に出会ったことがない、そんな雰囲気を感じる。
だが速さは十二分、流石は武神。
「アタシだって速いんだからね!早くやられなさいよ!」
「悪いがそう簡単に根はあげないさ。それより、危ないからちょっと退いてくれるかな?」
「え?きゃあっ!?」
素早く斬り上げ、浮いた身体に蹴りを入れて距離を取る。
すまないな、ただ巻き込みそうだったからさ。
俺はすぐに上空を見上げると、突然落ちてきた不自然現象を刀で斬り払った。
都合五回の斬撃で、刀身に蒼白い光が宿る。
俺は晴れた冬空を見渡して、離れた位置にいる鷺澤を見据えた。
「凄いな、それが魔討と呼ばれる所以か?」
「はい。私たちの身体には太古より不思議な力が宿っていました、それが自然現象を生み出す力。まぁ俗っぽくて私はこの呼び方を好みませんが、解りやすく言うなら魔力というやつです。」
「魔を討つ力か…ウチの馬鹿にも一人だけ、似たような力をノリで使う奴がいるよ。」
「ほぉ、それは是非ともお会いしてみたいものですね。」
「そうか、それは好都合だ。………ほら、噂をしてたら来ちまったぜ?」
「打ち砕け!冥炎槍・焔玉!」
上空から砲弾のような火炎が飛んできて、それらは真っ直ぐに鷺澤の立つ場所に降り注ぐ。
「負けませんよ。秘術、霊水の巨壁!」
鷺澤が剣を地面に突き立てた瞬間、大量の水が壁の如く吹き出し、冥府の火炎によって蒸発した。
たくさんの蒸気が視界を遮り、鷺澤は霧の中で剣を振るう。
巨大な何かが飛来して、強烈な衝撃が彼ごと地面を陥没させる。
その衝撃派が周りの霧を吹き飛ばし、視界が開けた。
鷺澤と俺の間に立ち塞がるようにして、二人の男が武器を構えている。
一人は赤い槍を携え、一人は巨大な十字架を肩に担いでいた。
ふん、随分と遅刻じゃないか。
「遅かったなド阿呆共、準備運動は済んでんのかよ?」
「当然じゃないかお兄さん、槍も俺も絶好調だぜ!」
「それよりウチの一撃を正面から受け止めるなんて、アイツも中々やるじゃんか。」
「はっ、あれは武神だぞ。お前らみたいな喫茶店の店員なんかと一緒にしてやんなよ。」
「確かに言えてるわ、俺たちは一般人だもんな。」
「あくまでも本職は料理長ってことだ。」
楽しそうに笑うキヨシとホカゾノは、いつもの雰囲気のままでそこにいる。
緊張感なんて望むべくもない、こいつらはいつだっていつも通りなんだ。
だが鷺澤はそうもいかない。
和やかに笑い合う俺たちに、どうも嫌な雰囲気が漂い始めた。
「私を本気にさせるおつもりですか?」
「何だよ、お兄さん相手にして本気を出してなかったのか?そりゃアンタ、随分手加減されてたんだな。」
「ウチらが怒られてる時なんて、一瞬でも気を抜いたら復活不可能なくらい細切れになるってのに。」
「手加減……ですか?」
「そうだよ、じゃなきゃアンタがまだ無傷で立っているはずがない。」
「一回体験してみろよ、素麺みたいにか細く刻まれる惨めさってのをさ。アッハッハ!」
馬鹿が二人、武神と呼ばれる男を指差して愚弄する。
阿呆が、挑発してどうすんだよ。
溜め息を吐いて、飛来する殺気の塊を無言で迎撃する。
話を聞いて脳ミソが沸騰した百瀬が、凄まじい目つきで俺を睨んできた。
「ねぇ、アタシたち舐められてるわけ?」
「そうじゃねぇよ……っつっても、もう聞く耳持たねぇだろ?」
「当然です、この屈辱は倍にして返さねば無礼でしょう。………まずはそこのお二方から、ですね。」
百瀬も鷺澤の隣に移動すると、俺を睨んで叫ぶ。
「アタシに手加減とか、調子に乗んなよオッサン!」
「プッ、お兄さんオッサン言われてるし。」
「仕方ないよ、一番の年寄りだぜ?」
「…テメェら、後でな。」
俺の笑顔に悲鳴を上げる二人を一瞥し、俺は武神二人を見据えた。
「悪かったな、手加減はあまりに失礼だった。」
「当たり前じゃん、ふざけてんの?」
「次世代の武神とはどういうものなのか、その身に刻んで差し上げましょう。安心して下さい、そこの二人をすぐに片付けて貴方にも同じ屈辱を与えますから。」
「あっはっは、それは怖いな。…でもよぉ。」
俺は完全に臨界点を越えた表情で、二人を睨み付けた。
武神二人が、俺の雰囲気の急変に一歩引く。
「テメェら、覚悟を決めろ。俺に舐めた口きいたんだ、誰に啖呵切ったのか刻み込んでやるぞクソガキ共!」
身体の内側から、真っ黒な気配が立ち上がる。
アドレナリンが肉体の能力を上げる代償のように呼び覚ました、俺の魂の覚醒思念。
―――壊シテモ構ワナイナ?
ダメだ、今日はテメェの力だけを借りるぜ。
―――ククク、ソウ簡単ニイクカナ?
やってみなきゃわからないさ。
それにな、俺はオレを越えなくちゃならない。
いつまでも放し飼いにされてると思うなよ。
―――下ラナイ、誰ヨリモ破壊ヲ求メテイルクセニ、何故ソノ快楽ニ従ワナイ!
そんなこと、答えるまでもないけどな。
ただテメェと、ウマが合わなかっただけの話だ!
―――クハハハハハ!ソウカ、デハ殺シ合オウ!初メテノ悦ビヲ、俺デ感ジサセテクレ!
上等だ。
俺もこれが最初で最後の殺人だ!
闘気と殺気が交ざり合い、身体が加速度を増していく。
さぁ始めよう、ここからが正念場だ。
「二人とも、俺に巻き込まれんなよ?」
「あっはっは、お兄さんの乱暴さは俺たちが一番よく知ってるぜ!」
「ウチらにあの胡散臭い野郎は任せろ、奴からは何かリア充の匂いがする。」
「私は置いてきた許嫁のためにも負けるわけにはいきません。今頃私の凱旋を、温かな手料理を作りながら待っているのですから!」
『ゼッテー潰してやんぞリア充コラァ!!』
一気にヤル気満々になった二人は、武器を鷺澤に突き付ける。
「覚悟しろよリア充!その身に刻め!非リア充の底力ってやつをなぁ!」
「ウチらはただ指を咥えてリア充を野放しにしているわけじゃないと思い知らせてやんよ!会場の非リア充たちよ、ウチらに完全なる勝利を!」
『オォォォォォォ!』
気持ち悪いヒートアップの仕方をした会場は、最早手に負えない熱狂に包まれた。
ったく、イカれた連中の見本市だぜここは。
下らない、けどだからこそそれがいい。
魂が求める闘争の渇望。
肉体の制御は、唯一つの活動のために最適化される。
瞳は敵を追い、腕は敵を穿ち、脚は何よりも速く前へ。
冷静に沈着に、それは日常の中だけで十分だ。
こんなにも煮えたぎる気持ちを押さえ込むなんて、つまらない冗談はやめにしよう。
得物が呼応し、手のひらに馴染む。
さぁ始めよう。
「帰ったら一枚も皿が割れてねぇ奇跡に祈りでも捧げてみるか馬鹿共?」
「そうだなお兄さん、でもそれよりもさ…。」
「ウチらの勝利という必然にとりあえず祝杯でしょ!」
「それは楽しみじゃの、たまにはワシも交ぜてもらおう。」
「負け戦の前に宴の話とは、随分と活きの良い小僧共だな。ほら若い衆、どうやら舐められているぞ?」
「せいぜい舐めてるといいにゃ。気づいた頃には手遅れで、黄泉の河を寒中水泳させてやるにゃ!」
「私もあの魔力持ちは気になりますからね。それに…魔力持ちはこの世界に私だけで十分です!」
得物が笑う。
漸く我らの出番かと。
心が嗤う。
刻ンデ壊シテ犯シテヤロウと。
聞こえてくる、歓声のカウントダウンが。
「前哨戦も終わり互いの実力の一端を垣間見ました!既に尋常ならざる武を見せ付けた者たちの壮絶な戦いが今!幕を開けます!」
「勇往邁進!」
『オォォォォォォ!』
大地を割るような進撃が、轟咆と共に始まった。
「百瀬流!光陰!」
「へぇ、これは速いな。」
凄まじい速度で吹き荒れる斬撃の嵐の中を、俺は軽やかに躱しながら走る。
なるだけ観客から遠くへ、少しでも被害を出さないエリアまで。
もしかしたら九十九川が歪んじまうかもしれないが、そん時はまぁ仕方がない、市長には後で謝っておこう。
幸いにもこの川は深くない。
所々に深瀬はあるが、戦いに支障がでるほどじゃないだろう。
俺は川の真ん中で止まると、後ろから迫っていた斬撃を刀で受け止めた。
「な、そんな簡単に!?」
「悪いなお嬢さん、ここからは大人の時間だぜ?」
心臓がイカレたみたいに鼓動の回数を増していく。
身体の中からどす黒い感情が溢れだし、肉体は空気になったかの如く軽い。
思考は冷水のように冴えていくのに、感情は自然と笑みが浮かぶほどに高まっていく。
―――始メヨウ、コノ雌餓鬼ヲ侵シテ冒シテ犯シテヤロウ!
テメェの出番じゃねぇよ、その薄汚い口を閉じてろ。
高速で体内を巡る血流のせいで、いつしか両目は紅く染まり、感覚が研ぎ澄まされる。
準備は整った。
後は俺が呑まれるかそうでないか、そういう戦いだ。
悪いな百瀬恋夏、君では俺の相手になりはしない。
例えその身が武神でも、かなわぬ敵もいると知れ。
「我流・切柱。」
百瀬を蹴り上げると、絶え間なく空中で斬撃を繰り出す。
縦、横、斜。
死角なく繋ぐ刃の乱舞を、百瀬は巨大な鎌を上手く回して捌いていく。
いいな、簡単に壊レテハツマラナイ。
「中々やるじゃないか、それだけ長い得物でよく捌く。」
「ふんっ、武神を舐めるなよ一般人がぁ~!」
反撃の鎌が、俺の刀を弾き返した。
空中で間合いを離した百瀬は、大鎌を振りかぶると、目にも止まらぬ速さで振り回し始めた。
「百瀬流!飛斬走苦!」
「我流・刀奏屍裂!」
互いの刃から発生した風圧は、全てを斬り裂く必殺の刃となって空中を飛び交う。
大気を突き進む風圧は景色を歪ませ、衝突の瞬間にその圧力を辺りに撒き散らす。
一瞬で空は、爆風吹き荒れる危険地帯となった。
段々と瞬間に重ねる攻撃の回数を増やしながら、着地と同時に互いは前へ弾けるように飛び出す。
すれ違いざまの一閃。
勢いを増すエンジンのように、駆け、斬り、折り返す速さは上がっていく。
刃物を合わせる快音が、耳に心地いい。
―――楽シイ。
この音を聴いていると、世界中のどんな素晴らしいオーケストラだって雑音になっちまう。
―――ドンナ雌ノ媚声ヨリ、オレヲ昂ブラセテクレル!
俺は愉しみたい、もっと儚く脆い生命の殺り奪りをさせてくれ!
苛烈に熾烈に凄絶に、嗤いが止まらなくなるくらいに。
「クハハハハハ!愉しんでるか百瀬!」
「た、楽しいわけないでしょ!」
「理解できないな、こんなにも今生きているのにか?」
「アタシは前から生きてるわよ!」
「解ってねぇなぁ、やっぱその若さで武神になってもまだまだ半人前じゃねぇか。」
「な、アタシが半人前ですって!?ふざけんじゃないにゃあ!」
今までで一番重い一撃を、俺は大鎌の柄を掴むことで受け止めた。
百瀬の表情が驚愕に変わる。
ツマラナイ、興醒めだ。
所詮俺に挑んできたのも、小娘の下らない驕りからか。
オレは酷く冷めた目で百瀬を見た。
「オレたちみたいに戦いしか知らない連中はな、日常の中じゃ死んでるのさ。それが解らねぇ内はな、甘やかされた餓鬼と変わらねぇのさ。」
「アタシは必死に技を磨いてここまできたんだ!それをアンタなんかに半人前扱いされてたまるか!」
「……だからテメェは弱いっつうんだよ!」
オレは百瀬を大鎌ごと引き寄せると、その腹に容赦なく蹴りを打ち込んだ。
吹き飛んだ百瀬は川に突っ込むと、高い水柱を上げて停止した。
腹部を押さえながら辛そうに起き上がる百瀬。
その顔の真横に、オレは奪った大鎌を投げつけた。
鎌は百瀬の首筋を浅く切って、百瀬の後方に突き刺さる。
百瀬の表情が、恐怖に引きつった。
「単なる戦闘能力が高い人間なんてのはな、そこらじゅうにいるもんなんだよ。でもその中で、どうして武神なんて枠組みが生まれたと思う?」
俺の問いかけに百瀬は答えない。
いや、そもそも答えなんて知らないだろう。
さもなければ、こんなにも容易く俺に負けたりはしない。
俺は不完全燃焼にイラつきながら、ゆっくり百瀬に向かって歩きだす。
「それはな、戦いを本能的に楽しんでいるか否かだ。そしてその楽しみから生まれる常軌を逸した戦闘思考が、一般人が辿り着けない境地なんだよ。故に武神は単に強いだけじゃ意味がない、戦闘に関してまともじゃいられない奴が武神なんだ。」
「なら…アタシは何なんだ!アタシは武神を倒して新たに武神となった、お父さんを倒して、やりたいこともできずに必死に鍛練して、やっとお父さんに認められたのよ!」
「………なるほど、そりゃ仕方ないな。」
俺はその少女に背を向けて、つまらない現実を突き付けた。
「お前は武神になりうる可能性は秘めていたが、その資格を持っていなかったんだよ。」
「そんな…嘘でしょ?」
「恨むのなら、資格も持たずに生まれてきたのに手に入れたその強さを恨むんだな。」
白漣を鞘に納めると、俺は意気消沈した百瀬から離れていく。
だが途中、一度だけ立ち止まって、一つのアドバイスをする。
せめてこの少女が、このまま終わってしまわないように。
「おい、百瀬の武神。」
「…アタシは、武神じゃないんでしょ?」
「そうだな、ならもう首狩り百瀬の名に縛られなくともいいだろう。」
「え?」
「今からでも遅くはない、お前が望む日常を探せよ。お前の願い一つで、案外毎日ってのは変わるものだ。」
「アタシの望む日常…。」
俺の言葉に悩む百瀬。
そうだ、まだ若い君ならきっと戦い以外の道を見つけられる。
寧ろ誇れ。
戦い何かを娯楽と同じに感じてしまう俺たちと違うことをな。
―――馬鹿馬鹿シイ、戦イコソ至高デアロウニ。
今回テメェの出番はなかったみたいだなオレ。
―――ソウハイカナイゾ。
どういう意味だ、もう戦いは終わっただろうが。
―――貴様コソドウカシテイル、マダソノ雌餓鬼ハ生キテイル。
黙れド阿呆、殺すなんてそもそも選択肢にねぇんだよ。
―――クハハハハハ!ソレコソアリエン、戦イハ死ヌマデ終ワラヌ!負ケテ未ダニ呼吸ヲシテイルナドアッテハナラヌ!
口を閉じてろ下衆野郎、テメェのイカレた理論なんて知るかよ。
あいつはこれから楽しい日々を過ごすんだ、テメェの下らねぇ快楽に巻き込むんじゃねぇ!
―――何ヲ言ッテイル、オレハソモソモ貴様カラ生マレタ感情ダゾ?
んなことは解ってんだよ、だから尚更テメェは消えろ。
―――寂シイコトヲ言ウナ。オレタチハ一心同体、末永ク共ニアロウデハナイカ!
ふざけろよテメェ、生涯の相方はカオリとあの馬鹿共だけで十分だ。
―――……デハ、オレモ大人シクスルノハ止メヨウ。
何だと?
―――サァ、殺戮ノ始マリダ!
「げ、兄さんってばもう終わらせやがった!」
「どうせお兄さんのことだからキザな台詞であの子をときめかせてるに決まってるぜ!」
「まったく、主人公属性って嫌になるわ。」
「お喋りが過ぎますね、あまり私を舐めないでいただきましょうか!」
跳んできた鷺澤が、ホカゾノとキヨシの間に割って入るように斬り込んできた。
瞬時に左右へ跳んで躱す二人。
話しながらも油断はない。
剣の届かない距離を開けると、二人は武器を鷺澤に向けて笑う。
「テメェこそあんま俺たちを舐めてると、地に這いつくばって砂利を舐めることになるぜ!」
「所詮は武神だろ?ウチらを毎日攻撃してくるのは鬼神だぞ、あんま調子に乗るなよバーカ!」
「………なるほど、これは私を怒らせて攻撃を単調化させるための話術ですか。」
鷺澤の台詞を聞いて二人は顔を見合わせると、指差して大笑いを始めた。
それに対して更に眉間の皺を深くする鷺澤。
「何を笑っているのですか?」
「頭の回転が早い馬鹿って面白いな、また突拍子もないことを考えやがる。」
「ウチらがそこまで考えてるわけがない、馬鹿を舐めるなよ!」
「武神の観察眼も大したことないな、俺たちをまるで理解しちゃいないわ。」
「……そうですね、私が間違っていました。馬鹿との戦いに小細工は要りませんか。」
鷺澤は剣を静かに構えると、ホカゾノとキヨシを交互に一瞥して笑う。
「ただひたすらに己が武をぶつけ合う。単純明快にして愚直なそれこそ、人の外にいる我らの戦い方でしたね馬鹿共!」
『解ってんじゃねぇか大馬鹿野郎!』
口元に笑みを浮かべた二人が、全力を以て疾走する。
速度の乗った重撃が、凄まじい勢いと連鎖で鷺澤を襲う。
辺りの砂利はその衝撃で細かく弾け、大地は彼らを中心に陥没する。
槍と剣と十字架。
それらはイカレた快音響かせて、破壊の狂詩曲を奏でる。
二人の力は圧倒的だ。
重と迅は示し合わせたように抜群のコンビネーションを見せて、あらゆる隙を相殺していく。
だが恐ろしきは鷺澤の実力。
暴風のようなその双撃を、見事な体捌きで躱し、剣で流している。
柳に風が当たるように、その動きは軽やかで滑らかだ。
これが武の頂点に位置する者の実力と言わんばかりに、鷺澤の表情は涼しげに微笑みすら浮かべている。
キヨシは舌打ちしながら、尚も刺突の速度を上げていく。
「チッ、お兄さんみたいな動きしやがって!」
「おや、まさかこの程度の実力で大口を叩いたのですか?魔力、あるのでしょう?」
「上等だこの野郎、挽肉にしてやるよ!」
キヨシは一歩下がると、一瞬で姿を消した。
次の瞬間、鷺澤の真上に現れたキヨシは、槍に紫の電流を奔らせながら魔力の渦を叩き込む。
「我流奥義、雷庭!」
雷鳴が轟き、あらゆる物を焦がす連突が上空より降り注いだ。
地響きに観客はふらつき、その衝撃に悲鳴が上がる。
「ウチがいること忘れてるだろー!」
ついでに響いたホカゾノの悲鳴をかき消すように、キヨシは躊躇いなく最後の一突きをブチ込んだ。
もうもうと上がる砂煙が、技の凄まじさを物語る。
着地したキヨシが、紅い槍を構えてニヤリと笑う。
「よし、ホカゾノは殺ったか!」
「ぶっ飛ばすぞキヨシ!」
砂煙からボロクソになったホカゾノが飛び出してきて、涙目になりながら抗議する。
「前回は試合だったけど、今日のは味方なんだから一言くらい言えよ!」
「いやぁ、言ったらバレちゃうだろ?」
「会話の流れから技を出すのは目に見えてるわ!」
「なら勝手に避けろようるさいな、もういいだろ終わったんだから。」
「ウチの命も終わりそうだったわ!」
「店の皿たちのことを思うと終わらせた方がいいだろ?」
「ウチの命って皿より安いの!?」
「………本当に、茶番ばかり見せられますね今日は。」
『あ?』
二人が視線を向ける先で、鷺澤はイラついた表情で砂煙から出てきた。
その格好は節々が焦げているものの、特に致命傷に見えるものはない。
キヨシは溜め息を吐いて、残念そうにホカゾノを見た。
「テメェの方がダメージ受けてるってことは、あいつより弱いってことだな?」
「ふざけろ、誰があんな色男なんぞに負けるか。非リア充を舐めんなよ?バレンタインなんぞに浮かれるとか羨ましいなクソ、爆発しろ!」
「あぁ、私はあまりチョコレートという物が好きではありません。欲しければ差し上げますよ、妻のもの以外はね。」
『野郎ブッ殺す!!』
爆発したように踏み出した二人は、全力の攻撃を鷺澤に叩き込む。
「我流、雷砲!」
「我流、猿王重轟打!」
瞬発力と腕力を最大限に引き出して投てきされた槍は、雷を纏って音速で飛んでいく。
そこに体重を乗せたホカゾノのフルスイングが重ねてブチ込まれる。
雷庭を越える轟音が響き、大地が衝撃に砕けた。
回転しながら返ってきた槍をキヨシが掴みポーズを決めると、目を閉じて小さく笑う。
「ふっ、案外呆気ないものだな。」
「キヨシ!カッコつけてる場合じゃない!」
ホカゾノの声に目を開けたキヨシの眼前には、数十本もの巨大な剣が飛んできていた。
慌てて槍で捌き、距離を取る。
身の丈ほどの大剣は地面に突き刺さると、まるで初めからなかったように溶けていった。
見るとホカゾノもその光景に目を見開いていて、素早くその場から離れる。
キヨシの隣に来たホカゾノは、夢でも見ているみたいに問い掛けた。
「おいキヨシ、いくらなんでもあれはお前でもできないよな?」
「魔力を物質化して飛ばすとか、何処のギルガメッシュだよチクショウが!」
「対軍宝具とか、兄さんと同等クラスじゃねえか。」
砂煙が晴れた先に立つ鷺澤。
その周りには幾つもの大剣が宙に浮かび、その切っ先を二人へと向けている。
剣を地に突き立てて悠然と立つ鷺澤は、口に笑みを浮かべて二人を見た。
「これが魔討の鷺澤が誇る秘奥、千死の剣舞です。この技を使わせたことを生涯の誉れとし、実力に見合わぬ相手と対したことを悔やみながら逝きなさい。」
「なんつー上から目線だ、偉そうにすんなよクソッタレ。」
「寧ろその秘奥とやらを出してもウチらに勝てなかったと、後々の子孫に伝えていくんだな。」
「面白い。この光景を目の当たりにしても尚、貴方方は私に勝つおつもりですか?」
『当然だろ馬鹿野郎!』
「なるほど、ではその救い難い愚かさに引導を渡すのも武神としての務めでしょうね。…数多の魔物を食らいし剣たちよ、我が前に立つ彼らに安らぎ無き終焉を授けたまえ!」
直後に奔りだす大剣。
たった二人を滅ぼすべく撃ちだされた対軍宝具を、二人は弾き飛ばしながら突き進む。
数えきれない金属音が、辺りに破壊を撒き散らしながら河川敷に響き渡る。
躊躇いはなく、遠慮もない。
あるのはただ戦いを楽しむ者たちの、勝利を渇望する咆哮だけ。
『ウォォォォォォ!!』
「ハァァァァァァ!」
達人の戦いは、致命的な刹那に決まる。
辿り着けるか、或いは撃ち抜くか。
その結果の過程にどれほど傷つこうとも構わない。
勝利の瞬間、息をしている側に立てているならば。
もう何度命の危機を乗り越えたのだろうかと、二人は口に笑みを浮かべる。
絶え間なく暴力という名のスキンシップを受け続けた日々。
気がつけば驚異的回復力を備えていたのに、それさえも意に介さない勢いで強くなる鬼神。
下らないことで曝される死の恐怖。
故にこの程度……。
『本気でキレた鬼神相手にボケるよかこれっぽっちも恐かねぇんだよ!』
「良く立ち向かいましたねお二人共。その勇気に敬意を示し、我が最大の魔力を以て終わりを差し上げますよ!」
鷺澤は手にした剣で地面に陣を描くと、その中心に右手で触れた。
「|千死の剣舞・終幕・至天を満たす煌刃の優雨《ソードダンサー・フィナーレ・エクスカリバー》!!」
滅びを彩るが如く煌めく光の森。
木々は剣、その森が刺し潰すは二人。
圧倒的な美しさ。
永遠に見ること叶わぬ光景を焼き付けるように、二人はそれを睨み付けた。
「王の財宝すら霞んで見えそうだな。」
「ま、ウチの輝きに比べれば豆電球でしょ。」
「戯けた冗談もそこまでですよ!駆け抜けよ!聖なる剣たちよ!」
総てを消し飛ばす聖剣の雨が、二人を刈り取らんがために落ちていく。
笑いながらホカゾノが前へ出る。
「止めろよホカゾノ!」
「当たり前だろ!ウチの豪腕を舐めんなよ!」
大きく十字架を後ろに引くと、咆哮を上げた。
「我流、剛覇龍爪撃!」
迫りくる聖剣の群れに向かって、ホカゾノは渾身の力で連撃をブチ込んだ。
空気が砕けそうな破砕音が響き、聖剣の群れが弾けた。
絶え間なく続く聖剣の雨を弾きながら、ホカゾノは叫ぶ。
「行けよキヨシ!ウチらに勝利をもたらすために!」
「応よ!お前の鉄壁を信じてっからな!」
キヨシは降りしきる聖剣の隙間を縫うように駆ける。
撃ちだされる聖剣は、失われた分だけ補充され、空に広がる光の森はその輝きを失わない。
恐ろしきはそれを生み出す鷺澤の内蔵魔力。
だがそんなものは恐れずに、ホカゾノが作り出す道を、キヨシは悠然と疾走していく。
紅き槍には紫雷が巡り、徐々に魔力の回転は高まる。
戦闘の疲労はある、受けた傷も痛む。
だがそれを無視できるほどに、楽しさと高揚感がある。
武闘大会とも違う、命のしのぎを削る本気の戦い。
しかも相手は人ならざる術を使いこなす武神。
こんな最高の戦いは、きっともうできない。
ならば悔いを残さず、総てを賭けて相対しよう。
距離は縮まる。
攻撃は届くのか、或いは届かぬのか。
キヨシはそこまで考え、笑いながら頭を振る。
「うだうだ考えても無駄だよな!ホカゾノ!」
「任せろ、道はウチが切り開くぜ!」
「おっし、行くぜー!」
ホカゾノは十字架を構え、全力で投てきする。
特殊素材で作られた超重量の十字架は、聖剣の勢いを薙ぎ払うように突き進み、刹那の時間を稼ぐ。
瞬時に跳躍したホカゾノは、落下の勢いを拳に込めて大地を殴った。
「我流!崩天双拳破!」
豪腕より打ち出された大砲すら凌駕する拳撃。
大地を砕きながら衝撃波が鷺澤に向かって猛進する。
視界を覆うほどの岩や土を撒き散らしながら迫る攻撃を止めるため、鷺澤は幾つもの聖剣をそれに直撃させた。
爆発と舞い上がる砂煙。
鷺澤は魔力で生み出した風で素早く砂煙を吹き飛ばした。
だが、それだけの時間があれば十分。
徒手空拳のまま、ホカゾノは迫りくる千死の雨を見ながら笑う。
「鬼神の弟の実力、武神に見せ付けてやれキヨシ!」
「上等!」
払われた砂煙の向こうから、キヨシは一息に肉薄する。
鷺澤は何かを悟ったような笑みを浮かべ、キヨシに叫ぶ。
「よくぞ、よくぞ辿り着きましたね!ですが、私は負けません!」
「ならば俺の全力受けてみよ!我流秘奥!四面楚歌・雷轟!」
神速の歩方にて四人に分かれたキヨシが鷺澤を取り囲む。
雷を纏う槍が、咆哮と共に連続で突き出される。
雷鳴は絶え間なく、必殺の刺突が鷺澤を襲う。
そして最後に鷺澤の真上に現れたキヨシが、トドメの一撃を撃ち込んだ。
「我流秘奥!撃滅に奔る紅槍!!」
そのあまりの威力に、少し離れている橋の欄干さえ揺れた。
くるくると回りながらホカゾノの傍に着地したキヨシは、無言で倒れてくるホカゾノを受け止めた。
ボロボロに傷ついたホカゾノは、キヨシの肩に身体を預ける。
「大丈夫か馬鹿?」
「キヨシこそ、ちゃんと倒したよな馬鹿?」
「……手応えは確かにあった、だけど判らねぇ。少なくともあの砂塵を吹き飛ばす元気はなさそうだな。」
キヨシの魔力は底をついていた。
残った魔力を全て注いだ秘奥、それは確かに鷺澤へ届いたはずだ。
だがもし奴が倒れていなければ、或いは奴も鬼神に並ぶ者かもしれない。
そうなればお手上げだ、流石に二度目は戦えない。
ホカゾノは満身創痍、キヨシも魔力切れに体力も相当使った。
砂塵が風に流れていく。
そこには、最悪の光景が広がっていた。
無言で佇む鷺澤と、周りを取り囲む大剣の防御陣。
浮かぶ大剣はボロボロで、鷺澤の握る長剣は折れている。
だが、今の二人を倒すには十分すぎる凶器が、静かに主人の指示を待っている。
あれだけ攻めても尚届かない。
二人は舌打ちして、目の前の武神を睨み付けた。
「まったく、とんでもない方々ですね。まさか我が鷺澤の秘奥すら突破してしまうとは。」
微笑みさえ浮かべた鷺澤は、折れた剣を投げると、辺りに浮かぶ大剣を操る。
切っ先は静かに、二人の身体を粉砕すべく起き上がった。
どうやら勝敗は決し、負けたのは二人だ。
「ったく、化け物っつーのは理不尽なもんだぜ、なぁホカゾノ?」
「まったくだ、結局ウチらじゃ勝てないらしい。はぁ、死ぬ前に彼女が欲しかったぜ。」
「同感だな、可愛い巨乳の姉ちゃんとキャッキャウフフしたかったぜ。だが……全力でやれた、それだけは面白かった。」
「そうだな、まぁウダウダ言ってても始まらないわ。」
二人は笑いながらしっかり立つと、拳を前に突き出した。
『さぁ、とっととやれよ!』
「…その潔さはよし、故にせめて苦しみを与えずに下すが我が礼儀。」
目を閉じて腕を上げた鷺澤。
互いに恨みなどありはしない。
ただ、本気の殺し合いをしただけの話。
誇りを持って戦った、一つの結末だ。
「………やれやれ、私も負けず嫌いですね。」
「は?無駄に長引かせるなら止めろよ、こっちは覚悟決めてんだぞ?」
「えぇ、確かにそうです。ですが結果というのははっきり虚実なく、正しく示すべきもの。」
「だから何を言ってんだよ。」
「つまり、貴方がたの勝ちということですよ。」
『はぁ?』
渇いた砂が崩れるように、鷺澤を守る大剣は消えていく。
やがて全ての大剣が消え失せると、鷺澤は静かに倒れた。
驚いた二人が近寄ると、鷺澤は空を見上げながら呟く。
「家督を継いだ時より、最強を目指して鍛練をしてきましたが、まだまだ努力は足りなかったようですね。」
何か失ってしまった物を掴むように、鷺澤は腕を空に伸ばす。
「貴方がたは本当に凄まじかった、あれほど本気を出して負けたのは初めてです。だから今は、満足感でいっぱいです。」
「お前こそ、どっかの英雄王顔負けの強さだったよ。でもな、こんな俺たちをまとめて相手にしてもまだ全然足りない化け物が、あそこにいるんだよ。」
「それはまた、とんでもない化け物だ。いつか、それと戦える強さを得て、挑みたいものですね。」
「挑めるさ。俺たちを倒した先で、あれは待ち続けてる。」
「いつの間にか被っていた最強という名前の冠、それを下ろすために。」
「……それは、是非頂かなければ。」
そう言って鷺澤は気絶した。
どうにか致命傷は避けたようだが、身体中の至る所がボロボロだ。
魔力は底を尽き、肉体も限界。
互いに全力だった、それだけのこと。
二人は倒れた鷺澤を見ると笑い合って、鷺澤の左右に座る。
「とりあえず疲れたし。」
「寝るか。」
「野郎と並んで寝んのは今日が最初で最後にしたいね。」
「あぁ、同感だな。」
そのまま気を失うように倒れた二人は、気持ちよさそうに眠り始めた。
誉れある、勝利を手にして。




