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 確かに、使ったこともないスキルがいきなり使えるという事に不安はある。とはいえ、その技というのはもともと、ゲーム内で使っていたものばかりだ。完全に初見というわけじゃない。どういったタイミングで、どういった動きをするものなのか、大体の検討はつく。

 ならば後は、実際に使ってみるのみ。

 砂糖に群がる虫のように迫り来る小型モンスターを前に、ショーマはひとつ、覚悟を決めた。


「――いくぞ」


 頭のなかで、本を開く。

 ページを捲り、目的の欄を探す。

 そうして見つけたスキルのページを読むように、頭のなかにイメージする。

 スキル、発動。


「回転撃!」


 体の中に流れる何かを消費し、体は流れるようにスキルを発動する。

 とはいえ、完全に自動で体が動くわけじゃない。例えるなら、目の前にレールが敷かれるようなものだろうか。そのレールに乗るタイミングも、速度も、全てが自分のさじ加減ひとつ。

 だが、道標は確りと体の動きをトレースのように再現していく。

 ぐるりと視界が廻る。

 一度腕をたたみ、素早く一回転した後、そこで発生した遠心力にハンマーの重量を載せて大きく振り回す。

 豪風が吹き荒れた。

 まるで局地的な竜巻でも現れたかのような一撃。

 その大気すら抉るような一撃は、小型の魔物などないかのように吹き飛ばし、叩き潰す。もしも空からそれを見ているものがいたとしたら、地面に巨大な穴が開いたと、そう錯覚したかもしれない。

 とにかく、道は開けた。

 魔物がいなくなり見えた地面に一歩を踏み出せば、怯えたように小型の魔物も一歩後ずさる。

 それを横目に、ショーマは駆け出す。目指すのは、魔物たちの蔓延るずっと奥。ここでもっとも力を持つ、ボスモンスターの居場所だ。


「こいつらを従えてる頭さえ潰せば……!」


 そうすれば、この侵攻もとまるはず。少なくとも、これ以上の破壊が行われることはなくなるだろう。数の優位さえひっくり返せば、この程度の魔物など物の数ではない。

 ショーマはひたすらに走る。時折地面を揺らすその震源、中心へと。





 キリエは、これほどの数の魔物を相手にしたことは一度もなかった。なにせ、キリエはただの警備にすぎないのだから。軍属でもない限り、そうそう魔物の群れとやりあうことなどない。

 この状況が、異常だった。


「さすがに、多いね」


 キリエの役割は、ここでサナエのいる家に魔物を入らせないことだ。ショーマが決着を付けるまで、ここで耐えることが必要になってくる。

 そのためには、圧倒的な実力差を見せつけて、魔物たちに自分たちの力ではかなわないと思わせるのが手っ取り早い。

 ともかく、後ろに逃さなければいいのだ。


「はっ!」


 気合と同時、突っ込んできた魔物の喉元にカウンターを叩きこむ。喉を切り裂かれた魔物は、カヒュンと息の抜ける音を残して倒れこんだ。

 キリエの職業は、剣士ソードマスター。二本の剣を操って器用に戦う、一対一でも、多対一でもその能力を遺憾なく発揮することが出来るオールラウンダーだ。

 さらに二匹、上空から飛びかかるコウモリ型の魔物にバツの字をつけると同時、足元を掬う巨大なネズミに蹴りを叩きこむ。


「どうした、そんなものかい?」


 キリエは、口元が大きく裂けたかと錯覚するような笑みを浮かべる。剣や鎧に飛び散った血糊と相まって、その笑みは凄絶な美しさを醸し出していた。もしここにショーマがいたなら、腰を抜かして失禁でもしていたかもしれない。

 そしてその笑みは、魔物の足さえ縫い止めていた。

 魔物といえど、まったく知能がないわけではない。自分の前に立つ、自分の力ではとても及ばない強大な敵の存在にくらいは気づいたのだろう。


 ――好都合だ。


 キリエは小さく胸を撫で下ろす。

 キリエの剣の腕前は、こんな木っ端のような魔物に遅れを取るほど弱くはない。だが、キリエが普通の人間である以上、そこにスタミナという限界があることは確かだった。

 このまま十分、二十分と戦い続ければ、そのうちに動けなくなってしまうだろう。

 さらには、手に持った剣にも問題が出てくる。すでに、キリエの両手に構えた剣は、僅かに刃こぼれを起こし始めていた。

 そこらの店で買った量産品では、この程度か。


「……さて、このまま引いてくれればいんだけどね」


 様々な不安要素を抱えながらも、キリエの芯は揺らぐことはなく、不安を表に出すこともない。ただ、口の端から漏れた僅かな希望的観測を聞きつけたように、魔物の動きに変化が生じた。

 小さな魔物たちが引いていく。

 寄せて返す波のように、先ほどまで次々と飛びかかってきていた魔物の最前線が下がっていく。


「来たか」


 だが、その動きは想定内。雑魚を倒し続けていれば、必ずこの動きが起こるものだとキリエは確信していた。

 それは、当然の動き。

 小さな魔物が下がっていき、そして左右に分かれて道を作る。


 その奥に並ぶのは、中型から大型の魔物たちだった。


 キリエの背中に冷たいものが流れる。キリエの数年に渡る警備業の中でも、中型以上の魔物と戦ったことは数えるほどしかない。そもそも、警備という仕事は町の治安維持――素行の悪い人間を相手にする事のほうが多いものなのだ。町の外で魔物を退治するのは、冒険者か軍の仕事だ。

 もちろん、剣の腕において懸念はない。この程度の魔物に遅れを取るような鍛え方をしてきてはいない。

 問題は、物量の差。もっとも怖いのは、隙を見せ、背に負った小屋に魔物が入り込んでしまうことだ。


「……だが、このくらい」


 キリエは、妙な雰囲気を持ったオークの姿を思い出す。粗野で粗暴で知能も低い、そんなオークのイメージに真っ向から反するような雰囲気を持った一人のオークの姿を。

 彼は、たった一人の女の子を助けるために、魔物の群れに自ら飛び込んだ。戦うことが嫌いだという目をしながら、魔物ですら傷つけるのをためらう素振りを見せながら。


 ならば、自分がここで恐れる訳にはいかない。

 彼が自分を死地に置くのなら、私は修羅ともなろう。


 キリエは握りつぶすように、構えた剣を握り直す。

 大きく剣を振りかぶり、悠々と割れた魔物の群れの間を近づいてくる大型の魔物を睨みつける。


「来い、私が相手だ」


 死闘が始まる。

 ショーマが決着を付けるまで、どれほどの時間がかかるだろうか。だが、例えどれだけの時間が経とうとも、キリエは戦い続けるだろう。

 だが、彼はやってくれるだろうという、妙な確信がキリエの中にはあった。例え付き合いは短くとも、そう信じさせてくれる何かを、キリエはショーマの中に見ているのだ。

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