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 町の中心部は、酷い有様だった。

 小型のゴブリンたちは、広場に並んだ野菜や果物の荷車に頭を突っ込んで食い散らかし、中型の魔物は手当たり次第にそこら中にあるものを破壊して回っていた。

 地獄絵図。そんな言葉が頭をよぎる。

 人の死骸が転がっているわけではないのが、救いだろうか。このまま放っておけば、そうそう人の住める場所ではなくなるだろう。

 とはいえ、そこら中に蔓延る魔物全てを相手にするわけにもいかない。立ちふさがるものだけを効率よく、時には殴り飛ばすだけで深追いはせず、とにかくショーマは広場から西へと続く路地へと体をねじ込んだ。

 どすんどすんと音を鳴らす体が恨めしい。こんなことなら、もっと切り詰めてダイエットに励むべきだった。


「ショーマ! 一人で突っ走るな!」


 背後から叩きつけるような怒気が飛ぶ。顔をそちらに向けるまでもない、キリエだ。

 なぜついてきた、などという問答の時間も惜しい。

 ショーマとてあの状況で一人先行などさせないだろう。キリエの行動は、十分に想定の範囲内だ。


「――本当にサナエが?」

「ああ、間違いない」


 一歩走るごとに、サナエの優しい陽だまりのような匂いが強くなる。そこに血の色が混じっていないのが救いだろうが、楽観はできない。

 ショーマは、さらに速度を上げて走る。とはいえ、キリエの走る速度に全く追いついていないのがもどかしい。

 キリエはすぐにショーマに並ぶと、屋根の上から二人の前に飛び降りてきたゴブリンを、左右に構えた剣で十字に切り飛ばす。と、返す刀で左の路地から飛び出す狼型の魔物の眉間に剣を突き立てた。

 やはり、かなりの腕前だ。

 ショーマの方はというと、全力で走るのに手一杯で雑魚の相手をしている余裕もない。キリエの存在は、かなりありがたいものだった。


「露払いは任せろ。君は早くサナエの下へ!」

「ああ、分かった」


 そうして十分ほど走った頃だろうか。急激に視界が広がり、ショーマたちは小さな広場へと躍り出た。

 石畳に小さな噴水があったが、今では見る影もなく魔物に荒らされている。きっと普段はなかなかにこじゃれた場所だったんだろうなと想像できた。

 サナエの匂いは、その広場の一角、平屋の家が並ぶ住宅地から漂ってきているようだ。


「あそこだ!」


 残された体力の全てを用い、全力で広場を駆け抜ける。

 途中飛びかかってきた魔物を拳で以って叩き落とし、蹴り飛ばし、頭を掴んで投げ飛ばす。

 そして、一際強い匂いの香る家の扉を蹴破ると


「――!」


 三匹のゴブリンが、倒れ伏すサナエを囲むように立っていた。倒れたサナエの周りには、ひらひらと光でできた青い蝶が舞っている。ゴブリンたちは、不思議そうにその蝶に眺めているようだった。

 勢い良く飛び込んできたショーマに気づいたゴブリンが振り返る――間もなく、ショーマは先頭に立つゴブリンを壁に叩きつけていた。同時に家に飛び込んでいたキリエもまた、二本の剣で左右のゴブリンを切り伏せる。


「サナエちゃん!」

「外傷は……見たところ、なさそうだね」


 ショーマは倒れるゴブリンに目もくれず、サナエに駆け寄りその小さな体を抱き上げる。軽い。本当に生きているのか不安になるほど、華奢な体は軽かった。

 首元に手をやり脈を確かめれば――確りと、心臓の鼓動が伝わってきた。


「よかった……大丈夫そうだ」


 思えば、サナエの髪に光る蝶の髪飾り、これがあったことも、事態がいい方向へと転がる手助けになったのだろう。

 そのアクセサリーに付与された効果は、多数の防御効果。そして、”自動回復”。それは、じっと動きを止めていれば体力がみるみるうちに回復していくという効果だ。ついでに、効果が発揮されているうちは青い蝶が周囲を飛び回る、可愛らしいエフェクト付きだ。


「う……うぅ……」


 ショーマの腕の中で、サナエは小さくうめき声を上げた。


「サナエちゃん!」

「サナエ!」


 そうして、二人の声に、小さくサナエの目が開いていく。


「ショーマさん……?」

「ああ、そうだよ」

「ごめん、なさい……。仲直りの、印。家に、置き忘れちゃって……」


 いいんだよ、とショーマが笑めば、サナエは消え入りそうな声で小さく笑った。


「ショーマ、まずいぞ」


 と、二人の様子を微笑ましそうに眺めていたキリエが、深刻そうにつぶやく。


「……ああ、囲まれてるな」


 ショーマの鼻は、家を取り囲む多数の息遣いを感じ取っていた。小型から中型、大型にボスクラスまで無数の魔物がここへと集まりつつある。どうやら魔物というのは、とにかく生き物を狙うものらしい。

 大人しく破壊活動に勤しんでいればいいものを。キリエが吐き捨てた言葉に、ショーマは苦笑する。


「サナエちゃん、ちょっとここで待っててね」

「私が雑魚を相手にしよう。ショーマ、君は大型の魔物を狙ってくれ。やつらも、自分たちのボスがやられれば手を引くはずだ」

「ああ、任せろ」


 サナエを近くにあったベッドに寝かせると、ショーマは背負ったハンマーを構えると家の外に目をやった。窓から見えるだけで、かなりの数の魔物が視界に映る。

 もはや、逃げられる数じゃない。そんな段階をとっくに超えてしまっている。

 救いがあるとすれば、サナエがまた眠ってくれたことだろうか。こんな状況に自分が追い込んでしまったと知れば、彼女はまたそれを負い目に思うかもしれない。


「よし、ちょっと頑張ってみるか!」


 ショーマは、自分の中にこの状況を楽しんでいるもう一人の自分がいることに気づいていた。

 それは、オークとしての闘争本能か、ゲーマーとしての性か。

 高揚感が、ショーマの体を包んでいた。

 だが、楽しんでばかりもいられない。いま、ショーマが成すべきことは、サナエの無事を確保することだ。そのためには、自分がどうなっても構わない。ショーマには、その覚悟があった。

 頭の中に存在する、一冊の本を意識する。それは、ゲーム内で自分が覚えたスキルの一覧が載る本だった。

 いざとなれば、それらを駆使する必要も出てこよう。ぶっつけ本番というのは怖くもあるが、もうそんなことを言ってる場合ではなくなっている。


「行くぞ!」


 叫び、キリエが家を飛び出す。そして家の前に溜まっていた魔物たちの最中へ踊り出ると、まるで踊るような剣舞でもって次々と魔物を倒していく。ショーマもその後に続き、家を飛び出す。

 ハンマーを振り回し小型の魔物と距離をおくと、辺りを見渡す。感じていた以上にモンスターの数が多い。地面に隈なく絨毯のように……とまでは行かないが、膝下くらいの大きさの魔物は、数えきれないほどに集まってきていた。

 そしてその奥に、事態を見守るように佇む中型の魔物たち。中には、オークのような豚型の魔物もいた。

 そして辺りを地響きが襲う。ズン、ズンと等間隔で、足元から突き上げるような衝撃。


「……来たか」


 過去にゲームとして、この週一イベントを経験してきた知識が言っている。この地響きは、多数の魔物の群れを凌いだ後に待っているのは――

 大気を引き裂くような咆哮が、こだました。

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