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 身の丈を超えるほどの巨大なハンマー、”破断の鉄槌”。これは巨大な亀のようなボスモンスターを倒すことで、低確率で手に入るレアアイテムだ。

 その特殊効果は汎用的で、攻撃力の上昇、攻撃速度の上昇、攻撃を加えたモンスターを一定確率でスタンにするなど、多岐にわたり有用なものが数多く付与されている。

 そんな凶悪なハンマーを振るい、ショーマは目の前のゴブリンに狙いを定める。

 ここは街から少し離れた山の裾野。低レベルモンスターの跋扈する、”神秘の森”と呼ばれる場所の入口だ。


「ふん!」


 一瞬だけ目に入る、ゴブリンの絶望したような表情。だが、それを見なかったことにしてハンマーを振りかぶる。

 インパクトの瞬間、ビギリと何かの砕けるような音が腕を通して伝わってきた。……嫌な感触だ。

 だが、もう既に腕を振るっている以上、どう思おうがそれをやめることなどできない。巨大なハンマーを横腹に食らったゴブリンは、蹴飛ばされたサッカーボールのように地面をバウンドし、岩肌に激突した。

 力を失い四肢を投げ出すゴブリンの体が、ズルズルと滑り落ちる。


「……何度やっても、慣れないな」


 ハンマーを傍らに置き、プルプルとわずかに震える自分の両手を見る。別に、疲労や痛みから震えているわけではない。それは恐怖。命を奪うことへの、罪悪感。

 インパクトの瞬間が、頭のなかで何度もリフレインする。

 ゴブリンの表情、感触、音、臭い。

 様々なものが脳裏をよぎっては心に鈍い痛みを加えていく。


「おや、ショーマではないか」


 そうして地面に座り込み思慮にふけっていると、女の声が耳に飛び込んできた。顔を上げると、森の入口からこちらへ歩いてくるキリエの姿があった。褐色の肌にビキニアーマー、肩口で切りそろえられた燃えるような赤い髪。意志の強そうに凛とつり上がった目が印象的な、街の警備のお姉さんだ。


「珍しいな。てっきり今日も、ダイエットに励んでいるのかと思ったが」

「これもダイエットの一環だよ。たまには戦わないと、腕が鈍るからね」


 そう言って、ショーマはハンマーで体を支えるように立ち上がる。

 ここでキリエに正直に、魔物と戦うことに慣れるためです、などとは言えない。なにせ、今のショーマは冒険者。魔物と戦うことが仕事のようなものだ。


「そういうキリエさんは?」


 雑談に興じながら、ショーマは地面に倒れ伏したゴブリンの口から、一本の牙を抜き取る。その瞬間、甲高い鈴の音が鳴り響いた。クエストが完了した音だ。ショーマにしか聞こえることはないらしい。こういった演出が、ともすれば忘れてしまいそうになる、ここがもともとゲームの世界だったことを思い出させてくれる。


「なんでも最近、街の周りが騒がしいらしくてね。何か変わったことがないか、調査中なのだよ」


 何か気づいたことはないか、というキリエの問いかけに、ショーマは記憶の中を探ってみる。といっても、そもそもショーマはあまり街の外に出ることもなく、出るようになったのは、ようやく魔物と戦う決心の着いたここ一週間くらいのことだ。


「……いいや、特に気づいたことはないかな」

「そうか。君のその鼻なら、何か嗅ぎつけることが出来るかもと思ったのだけどな」

「……あんまり鼻のことは言わないでくれ、コンプレックスなんだ」

「おや、オークは鼻の大きさで格好の良さが決まると聞いたんだがね」


 ……しまった。少し、余計なことを言ってしまったかもしれない。こういったことが起こると常々、世界観の設定などを読み込んでおけばよかったと思う。が、それも完全に後の祭りなわけで。


「いや、そのだな……」

「ああ、これも”偏見”の一つなのかな? 気を悪くしたなら謝るよ」


 ああ、この人は、良い人だ。

 自分のことを、容姿だけ見て判断しない人間と知り合いになれた。それはこの世界においてはかなり大きな財産になるだろう。なによりも、こうして人と話すという行為そのものが、ショーマのささくれだった心を癒してくれる。

 癒し系。

 それが、ここ数週間でショーマがキリエに持った印象だった。





 キリエと話し込んで、十分ほどがたった頃だろうか。不意に、町の方から大きな鐘の音が聞こえてきた。

 神経に触るような、焦燥感を煽るその鐘の音。ガンガンガンと、とにかく音を出すことだけを優先するような。リズムも何もない乱打音に、キリエは瞬時にその場から走り出す。


「まずい!」

「え、おい、どうしたっ?」

「ショーマ! 君も来るんだ!」

「……! そうか、警鐘!」


 ショーマもすぐに立ち上がり、キリエについて走りだす。もっとも、キリエの細身から繰り出されるバネはかなりのもので、ショーマの全力疾走も効果を為さず、どんどん距離が開いていく。

 ショーマが街についた時には、キリエの姿はどこにもなく、ショーマもゼイゼイと荒い息をつき、壁にもたれかかるしかなかった。

 このとき、ショーマの頭に浮かんでいたのは、まだ自分が人間だった頃の記憶。このゲームをなんの疑問もなく遊んでいた時の記憶だった。


 ――週一イベント。


 現実世界での一週間に一回、ゲーム内に存在する無数の街の一つが、モンスターに襲われるというイベントが有った。最初は小さく足の速いモンスターが街の中に入り込み、街の門を内側から破壊する。そして、後から来た大きめのモンスターが街を破壊していくのだ。プレイヤー側は街の被害を最小限に、最後に現れるボスクラスのモンスターを撃破することで勝利となる。

 もしかしたら、この警鐘の意味するものは。

 そうして呼吸も整った頃、ようやくショーマは再び走りだす。悲鳴を上げながら逃げ惑う人々の波に逆らい、その原因に向かっていく。

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