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 ――名前、ショーマ

 ――種族、オーク

 ――職業、バーサーカー


 そして、レベルが61。

 翔馬の右腕につけた腕輪の緑色の結晶から、中空に一枚のパネルが映し出されていた。

 ステータス表。

 これが、今のところこの世界がゲームの世界であるという唯一の物証でもあった。

 パネルに指を這わせページをスクロールすると、つらつらと細かい能力値が記されている。翔馬はそれを見てため息をつくと、腕輪の結晶に触れ、パネルを消した。

 なぜため息を付いたか。それは、ステータス表という存在が、自分がゲームの中に入り込んでしまったという証拠でもあるからだ。

 受け入れたくない気持ちと、さっさと受け入れて前向きに物事を考えろという強迫観念がせめぎ合う。

 翔馬は、自分が目覚めた街の中をうろうろと目的もなくうろついていた。こうして周りを見ていると、本当にここがゲームの中であるのかという疑問が浮かび上がってくる。だとすれば、ここはどこなのか、なぜ自分は豚人間になっているのかという疑問も発生するのだが。

 すれ違う人々が、自分の姿を見てギョッとすると、逃げるように去っていく。


「はあ……」


 何度目かわからないため息をつく。

 自分を見て逃げた人々の気持はよく分かる。自分だって、身長二メートル超の豚人間が歩いてくれば、進んで近づきたいとは思わないだろう。たとえ、その中身がまともな人格だったとしてもだ。道行く人々に、そんなことが分かるわけがないのだから。

 そうして歩き続け、もうそろそろ宿屋に戻ろうかなと思いつつ角を曲がったその時、


「ひゃっ!」

「ん?」


 どん、と腹のあたりに衝撃を感じた。見下ろせば、腹の肉に埋もれるように小さな女の子が立っていた。


「あ、悪い――」

「ひっ!」


 狭い路地に、女の子の悲鳴が響き渡った。

 まずい――そう思ったのもつかの間、


「どうした!」


 複数の足音が路地へと入ってきた。女の子は涙目で翔馬から遠ざかる。


「オーク……! おい、あの子に何をした!」


 やってきたのは、いかにも正義感の強そうな青年だった。青年は翔馬の姿を見ると、問答無用とばかりに腰の剣を抜く。


「いや、待ってくれ。俺は何も――!」


 していない、と、それだけを言う暇もなかった。

 青年の剣が、眼前に迫る。翔馬は咄嗟に後ろに跳ぶと、青年と距離をとった。


「おい、話ぐらい聞いてくれ!」

「ち、素早いやつ!」


 青年は更に深くこちらに踏み込むと、剣を振り下ろす。

 一撃、二撃、三撃と、翔馬は後ろに下がることでそれを避けていく。が、四撃目が鼻の先を小さく掠っていった瞬間、足がもつれて後ろへ倒れてしまった。ドスン、と大きな音が響く。


「ふん、観念するんだな」


 燃えるような怒りを目に、青年の剣が鼻先へ突きつけられる。


「だから、俺は何もしてないんだっての!」

「言い訳なら、警備に言うんだな。もっとも、亜人の言うことなどどれだけ信用されるものか」


 警備……ゲーム内の知識で言うならば、それは警察のようなものだったはずだ。いくつか、それ関係のクエストを受けたこともある。

 そうして青年が、剣先を突きつけながら、翔馬に立てと言い放った時。


「落ち着け、カルム」


 また別の声が、路地に飛び込んだ。


「この子は、そこのオークは何もしなかったと、証言しているぞ? 自分が勝手にぶつかって、勝手に逃げてしまったとな」

「……えっと、ごめんなさい」


 気の強そうな女性に連れられた先ほどの女の子が、消え入りそうな声で頭を下げる。


「……この亜人が、その子を脅した可能性は?」

「ならば、悲鳴を上げる暇なんてないだろう。逃しなどしないはずだ」


 ち、と一つ舌打ちをし、カルムと呼ばれた青年は、苛立ったように剣を翔馬の鼻先から外し、踵を返した。


「ほら、ちゃんと謝るんだ」


 そのカルムと入れ替わるように、女性と女の子が、尻餅をついたままの翔馬の前に立つ。


「あの、驚いちゃって……ごめんなさい」

「……あ、ああ、いいよ。俺もぼーっとしてたのが悪いし」


 謝りながらも、女の子は翔馬のことが怖いのか、女性の後ろに隠れるように腰が引けたままだった。……本当にこの姿になっていいことがない。


「この町の者が、済まなかったな」


 その声は、耳によく通る低くも美しい声だった。

 翔馬は女の子から視線を外し、その声の主を観察する。

 ……あれは、ビキニアーマー、というやつだろうか。褐色の肌に胸と腰を隠すだけの、露出度が高い鎧をまとっている。その格好が示すように、まるでモデルのようにすっとしたスタイルは、ただ細いだけでなく奥に秘めた力強さを感じさせるものだった。


「ここのような辺境の町には、未だに偏見を持つものが多いんだ」


 と、鎧にばかり目が言っていたが、肩口で揃えられた真紅の髪を風に揺らすその顔立ちも、相当に美しいものだった。凛とつり上がった、しかしどこか優しさを感じさせる瞳が印象的だ。


「いや、いいんだ。こういう扱いを受けることがあるって分かっただけでも、収穫だった」


 それは、翔馬の本音でもあった。

 別にこういった扱いを受けたいわけじゃないが、この世界での自分の立ち位置が分かっただけでも、殺されかけた甲斐があるというもの。今度からは、曲がり角に気をつければいいのだから。


「ふむ、そうか?」


 そう言って、女性は何かを確かめるように翔馬の顔を覗きこんだ。


「……君は、何か違う気がするな」

「違う? 何か、おかしなところでもあったかな」


 翔馬は、自分が何か粗相をしたのかと自分の体を見下ろした。……相変わらず、だらしのない体型だ。

 そういえば、未だに上半身が裸のままだった。宿屋に、自分がゲーム内で手に入れたアイテムの全てが仕舞いこんであったが、上半身のを隠すようなものが何もなかったのだ。いや、正確には鎧や胸当ての類もあったのだが……その、体重制限に引っかかったというか、装備することができなかった。主に、脂肪のせいで。


「いや、他のオークと違って……別に、オークを馬鹿にするつもりはないのだけどね、君には、深い理性のようなものを感じる」

「理性……」


 それは、そうだろう。なにせ、翔馬はもともと普通の人間だったのだから。理性に関してだけは、この姿でも何恥じることのない程度には持っているはずだ。

 だが、その評価は、翔馬にとって嬉しいものでもあった。なにせ、ようやく自分の中の人間の部分を認めてもらったようなものなのだから。こんな姿になったとしても、失ってないものもある。それは、とても意味のあることだった。


「おっと、すまない、まだ警邏の途中だった。さて、私は行くが、ふむ、そういえば自己紹介がまだだったな」

「ああ、そういえば。出来れば、命の恩人の名前くらいは、知っておきたいところだね」

「はは、大げさだな。……私はキリエ。キリエ・サルバーティカだ。この街で警備の仕事をしている」

「……サナエ」


 褐色の女性、キリエが自己紹介をすれば、小さな声で女の子も名前を教えてくれた。


「キリエさんに、サナエちゃんか、いい名前だ。俺は、翔馬……」


 いや。


「ショーマだ。冒険者をやってる」


 ショーマはそう言って、小さく微笑んだ。

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