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大都市オルミルは、ショーマの想像よりも、小さな街だった。拍子抜け、と言ってもいい。
そもそもショーマの頭にある大都市というのは、この世界、このゲームの中で最大級の大きさを誇る『ファーラキアナ』という世界地図の中心付近に位置する巨大都市である。そこから見れば地方と言える辺境の都市などというのは、この程度だろう。
左右に伸びる魔物の侵入を阻む壁を横目に、街の南に位置する門で、入門手続きをとる。手続きは、羊皮紙に名前を記入するだけの簡単なものだった。多少、ショーマを見る門番の目に露骨な険が見て取れたが、特に何の問題もなく通ることができた。
偏見などはどこにでもある。そんなことは当たり前で、分かっていることなのだが。もともと普通の人間であって悪意にさらされた経験などもない一般人の貧弱な心臓には、何度浴びてもあの視線は酷く痛く、なかなか慣れるものではない。
もしキリエがいなければ、対人恐怖症にでもなって、山の奥でひっそりと暮らす道を探していたかもしれない。
街に入ったショーマがまず見たものは、大通りに隙間なく敷き詰められた石畳だった。前の街は基本的に道路は土がむき出しのままだったのだが、この街はしっかり整備されていて、さながら歴史あるヨーロッパの街並みを思わせた。
「まず、宿を探さないとな」
「ああ、大通りに面した宿は値が張るから、少し路地に入ったほうがいいね」
こんなとき、土地勘のある人間がいると心強い。
ショーマたちは、大通りから一本外れた路地にある『六花亭』という宿に部屋をとった。もちろん、部屋は二つ。キリエとショーマは別の部屋だ。キリエは金がもったいないといって一部屋を提案し続けたのだが、ショーマが何とか説得した。こんな美人と同じ部屋になってしまったら、ショーマの本能が爆発するかもしれない以上、当然の措置だった。キリエは、店員が部屋を用意する間、終始不機嫌な様子だったが。
「さて、それじゃあ俺はペット屋に行ってくるけど」
「ああ、私はちょっと武器屋に行ってくるよ。前の戦いで、愛剣が逝ってしまったからね」
キリエは苦笑いで、腰に差した二本の剣の柄を撫でた。
ショーマのコレクションの中にキリエの扱える剣があったら良かったのだが、残念ながら、なんでも揃う四次元ポケット、とはいかない。
宿屋に併設された食事処で一服した後、ショーマたちはふた手に別れた。
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わいわいがやがやと、ショーマの体格では隙間を縫うのが難しいほどの人々が、大通りに闊歩する。ショーマはその中を、街の中央広場へ向けて歩いていた。
ただ、人が多いとは言っても、ショーマの周りに円を描くような空間が出来上がっていたことは言うまでもないかもしれない。人々はショーマの姿を見るとぎょっとしたように、ショーマと目を合わせないようにしながら道を譲っていった。
「……これは、きついな」
大通りに出てから、時間にして十分と経っていないだろうが、既にショーマの心は折れかけていた。
だが、人は目標があればこそ、どんな状況でも頑張れるもの。ペット屋を探すという目的に向けて歩いている限りは、何とかまだ心は保ってくれそうだ。
とはいえ、ここまで怖がられている状況では、人にペット屋の場所を尋ねることもできない。周囲の人々はビクビクと肩を小さく震わせていて、ショーマが声をかけた瞬間に悲鳴でも上げられてしまいそうだ。
「まったく、モンスター扱いかよ……」
ショーマは、周りに聞こえないよう小さく愚痴るとため息を吐いた。
そうして色々と我慢しながらしばらく歩くと、街の中心、中央広場に出た。広場の中心には大きな噴水が鎮座し、広場の円の外周には様々な露店が軒を列ねている。
広場に出ると、先程まではあまり見かけなかった、武具に身を包んだ冒険者らしき人々が見えた。
あの辺りに声をかければ、悲鳴を上げられずに済むだろうか。
などと考えながら、広場を歩く。
「そうだ」
ショーマは一つ思い立ち、右手首に嵌められた深緑の腕輪に指を這わせた。低い起動音とともに、一枚の半透明のプレートが宙に現れる。
これを出したまま歩きまわる、というのはどうだろうか。このプレートが、もし現実世界から来た人間にしか見えないとしたら。そして、その人物も自分のような人間を探しているとしたら。きっと、目印くらいにはなるだろう。
もっともこの作戦は、このプレートが他人に見えることが前提となっている。これが自分にしか見えないものではないという保証はない。とはいえ、試す価値はあるだろう。そう思いながら広場を歩くも、かかる声は皆無だった。
なかなかペット屋が見つからない。もしかして、本当にこの街にペット屋はないのだろうか。
一度宿に帰ろうか。そう考え始めた頃、一つの店舗が目に入った。
店先に、鳥かごが並んでいる。
もしやと思い、店に近づいてみると、獣独特の香ばしい臭いが鼻についた。
店は、露店と露店の合間に伸びる細い路地の向こうにあった。どうりで簡単には見つからないはずだ。見つけられたのは、運が良かったとしか言えない。
ただ、ショーマはこの世界の文字が読めない。店先にぶら下がった看板を見ても、本当にそこがペット屋なのかどうかは微妙だ。看板には、鳥や犬のようなイラストと、その下にミミズがのたくったような字が踊っている。肉屋、という可能性もあるかもしれない。
「お邪魔しまーす」
ショーマはとりあえず、努めて穏やかな声をまず店の奥にかける。店員をあまり驚かさないためだ。
店の中は、所狭しと籠や檻が敷き詰められ、そこかしこで動物の鳴き声や何かを引っ掻くような音が響いている。
それにしても、臭いが酷い。ショーマの、人のそれよりも数倍敏感な鼻が悲鳴を上げた。
「はいはーい、いらっしゃいませー」
店の奥から聞こえてきたのは、若い女の声だった。
声が聞こえて数秒、一人の女の子が籠や檻を避けるように身を捩らせながら現れる。
「おまたせしましー……」
現れたのは、背の低い女の子だった。真っ黒な髪を後ろで一つにまとめ、山吹色のつなぎのような服に身を包んでいる。
「お、オークっ?」
女の子はショーマの姿を見た瞬間、ビクリと体を震わせた。
これはやばいか。そう思い、口を開こうとした時、
「いやー、オークのお客さんなんて初めてですよー!」
彼女は、大口を開けて快活に笑った。
ショーマは、ホッと胸を撫で下ろす。
「オークの皆さん、動物たちを見ると食料にしか見えないみたいで。なかなかペットって発想はないみたいですねー」
オーク本人を前にそういうことが言えるのは、度胸があるのか天然なのか。
ともかく、この街にも豚野郎を色眼鏡で見ない人間がいることに安堵する。
「それでお客さん、今日はどんなご用件? グリフォン? コカトリス? サラマンダー?」
「いや、ちょっと、こいつを見て欲しいんですけど……」
そう言って、ショーマは背負ってきた袋をカウンターの上に乗せる。
「どれどれ……」
店員が、袋の口に頭を突っ込んだ。
「んーこれは……これは……これ、は? ……これはぁっ!」
袋に突っ込んだ頭をガバッと勢い良く上げ、彼女は大きく驚いたように声を上げる。
そして目を大きく見開き、唇を震わせ、顔中に鳥肌を立てながらカウンターから身を乗り出し、
「どっ、どど、どどど……ドラゴンの、卵……?」
恐る恐る、今にも消えそうなか細く震えかすれた声で、ショーマに尋ねた。
「あ、ああ、多分そうだと……」
「え、え、え!」
店員は目を白黒させると、手をわたわたと振り回し、おろおろと左右に行ったり来たり。袋の中をちらりと覗いたかと思うと顔を上げて天井を見上げ、しばらく止まったかと思うと唐突にキャーと黄色い声を上げた。
「は、は、は、初めて見ました! なんですかこれはなんでこんなものをあなたは持ってるんですか触ってもいいですか撫でてもいいですか舐めてもいいですか! あーもうこの店に勤めててよかった! お見合い断ってまで都会に出てきてよかったあっ!」
まくしたてる。それを眺めるショーマは、ぽかーんだ。
「えーと……」
ショーマは、完全に引いていた。
「そいつを孵化させて欲しいんだけど……」
「孵化っ? 私がですか? えーと、それはとてもとても興味があるんですけど……」
一転、店員は人差し指を頬にあて、少し考えると、申し訳無さそうな顔になる。
「ドラゴンって、刷り込みをするんですよね」
「刷り込み?」
「生まれた時に、初めて見た動くものを親だと思うんです。だから、私が孵したら私を親だと思っちゃいますねー」
「なるほど……」
だから、お客さんが自分で孵さないと。そう言って、店員は袋をショーマに渡そうとして……袋の重さに持ちあげられず、あははと笑ってごまかした。
「でも、俺みたいな素人に上手く孵せるのかな」
「ああ、それは大丈夫ですよ。ドラゴンって、卵の時からすごい生命力を持ってるんです。特に何もしなくても、勝手に孵っちゃいますよー」
この時点で、一つ分かったことがある。それは、この世界のペット屋というのは、ゲームの中のペット屋とは違う、ということだ。
ゲームでのペット屋は、卵を持っていけば、お金を払うだけでペットにしてくれるというものだった。
よく考えれば、まあ当たり前のことだ。
卵を孵そうと思えば当然時間はかかるものだし、そのペットごとの、特有の育て方もあるだろう。
そんな当たり前のことを失念していた自分は、まだ、この世界のことを受け入れきれていないのかもしれない。
ともかく、ショーマは店員に礼を言う。
「ありがとう、参考になったよ」
「いえいえー、私こそ、こんな珍しいものを見せていただいてなんとお礼を言っていいものやら。普通に生きていたら、ドラゴンの卵なんて一生見る機会ないですからね! 今日は間違いなく、私の生涯最高の日です!」
なんて、瞳をうるませながら言われてしまえば、ショーマもなんと返せばいいのやら分からず。
ペット屋に勤めているだけあって、相当に動物が好きな子なんだろうな。そんなことを思いながら、興奮に顔を赤らめながらペットへの思いを語り続ける店員の話を、ざっと小一時間は聴き続けるショーマだった。




