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 キリエは、ずらりと立てかけられた大量の剣の前で思案にくれていた。


「……しっくり来るものがないな」


 数十本の剣の中からピンときたものを選び出し手に取ると、それをじっくり眺める。そして、小さなため息とともに元に戻す。

 そんな行為を、キリエはさきほどから十数回は繰り返していた。

 だが、見つからない。

 この手に馴染む、生涯を共に歩む伴侶が。所詮、量産品かと、キリエは一人肩を落とす。

 今、キリエが腰に下げている剣は、冒険者だった亡き父の残した、キリエが警備になる前から愛用していた剣だ。量産品ではなく、父が自分で鍛冶屋に通って拵えてもらったオーダーメイドであるらしい。

 だが、その剣も、以前の戦いで死んでしまっていた。

 刃こぼれが酷く、今にも折れてしまいそうなその姿に、以前の力強さは残っていない。鍛冶屋に持っていったりもしてみたが、これを完全に元に戻すことは難しいそうだ。それをするくらいなら、新たに打ったほうが早いらしい。

 形見の剣だ。キリエにも思うところがないわけじゃない。だが、こうしてショーマと旅をすることを決めた以上、使えなくなった武器をいつまでも持っているわけにはいかないのだ。

 とはいえ、なかなかその候補たる剣が見つからない。都会に来れば何か違うかと期待したのだが、その期待もどこ吹く風の有様だ。

 この武器屋が、とりわけ品揃えが悪いわけではない。ただ、キリエの理想が高すぎた。あの、ショーマの全てを粉砕するような力に追いつこうとするなら、普通の武器ではだめなのだ。


「やっぱり、駄目か」


 最後の一本、と期待をこめたその剣も、キリエの眼鏡に適うことはなかった。

 踵を返し、店を後にする。

 店を出たキリエの髪を、風が撫でた。懐かしい匂い。五年前と変わらない街の姿が、そこにはあった。

 人の群れ、飛び交う声。抜けるような青空に照らされた石造りの白い家々が、目に眩しい。

 何もかもが、懐かしかった。


「あれ、あなたは……」

「ん?」


 武器屋の前でぼーっとしていたキリエに、どこかから声がかかった。





「やばい……」


 ショーマは誰にともなく呟いた。

 ショーマが立っているのは、この街に何百箇所も存在するであろう薄汚れた路地裏の一つだった。細い路地の両端に、隙間を埋めるように家が立ち並んでいる。家の軒先には洗濯物が吊るされ、道の至る所には籠や荷車などが中身を腐らせたまま放置さていた。

 様相は、完全にダウンタウン。いつどこから、ガラの悪い盗人が飛び出してくるかも分からない。

 要するに、ショーマは迷子になっていた。

 宿屋を探し、路地に入ったのがおよそ三十分ほど前だろうか。あると思った場所に宿屋がなく、おかしいなと思いつつ歩き続けた結果がこれだ。ショーマの頭のなかは、完全にパニックに陥っていた。

 見知らぬ、異世界の地で迷子になる。それは、ショーマにとって死刑宣告に他ならない。

 とりあえず大通りの方向に見当をつけてそちらに向かってみるも、同じような景色が続き、もはや方角さえも全く分からなくなっていた。

 ショーマの額を、大粒の冷や汗が転がり落ちる。こんなことなら、別行動などせずにキリエに付いて行けばよかった。そう思うも、後の祭り。

 ひたすら続く路地は、まるで地獄に繋がる連絡路のような陰鬱さをドロで汚れた地面に落としている。路地はくねくねと曲がりくねり、全く先が見えず、上を見上げてもそこには灰色の壁が空に向けて伸びているだけだ。

 空は狭く、太陽の姿はない。目印など、どこにもなかった。

 かといって、誰かに道を聞こうにも、先程から人っ子一人見当たらない。だというのに、常に四方八方から見られているような感覚もある。 

 不気味だ。

 このまま、どこかまた別の世界へといつの間にか迷い込んでしまうんじゃないか、そんな想像が頭をよぎる。


「とにかく、街の端までたどり着ければ……」


 不安をかき消そうとするように、ショーマは少し大きな声で独りごつ。

 街の端まで出てしまえば、そこには左右に広がる魔物よけの壁が広がっているはずで。そうなれば、後は右か左へ向かうだけでいずれかの大通りにたどり着くことが出来るだろう。

 ショーマはひたすら同じ方向へ進んでいく。とはいえ、道は曲がりくねりずっと真っ直ぐ進む訳にはいかない。時に右折し、時に左折し、時には袋小路に迷い込んで踵を返すこともある。ショーマの中で、恐怖が頭をもたげてくる。

 そのときだった。不意に、視界の隅にキラリとした何かが映り込んだ。

 ショーマはその何かを追うように、振り返る。

 そこには、


「こんにちは、豚のおにーちゃん」


 一人の、黒を基調としてフリルがふんだんにあしらわれたドレスに身を包んだ小さな女の子が立っていた。陶器のように白い肌、月の光を紡いだように輝く銀の髪、その下に覗く瞳はくるくると丸く綺麗に磨かれた宝石を思わせる。その瞳が、ショーマを真っ直ぐに見据えていた。

 まるで、馬小屋に降り立った天使のように清らかな雰囲気を纏った女の子だった。その子さえいたならば、そこがどこだろうと聖域に変わってしまうような。明らかに、この薄汚れた路地には似つかない。

 ショーマは、その子から目が離せなくなっていた。何かを言い返そうとした口も、半開きのままなかなか声を発することができない。


「こんなところで、何をしているの?」

「――君の方こそ」


 それだけ返すのが、精一杯だった。

 完全に、この場の空気は女の子に呑まれていた。その場に立っているだけで、全てを魅了してしまうような。そんな雰囲気を、サナエよりも少し上だろう幼さの中に内包していた。


「私? 私は……探しもの、かな」


 しっとりと濡れた小さな唇から、あらゆる楽器の音色さえ霞んでしまいそうな音を奏でる。


「危ないよ」


 ショーマは少女の背後に目をやる。誰もいない。少女は、たったの一人でここにいる。

 高度に発展した場所ほど、その裏側には暗いものが淀んでいるものだ。この路地の雰囲気は、まさにその様相。そんな場所に見目麗しい少女がいればどんな危険があるのか、考えるまでもない。


「大丈夫よ。だって、ほら」


 そう言って、少女がショーマから見て左に伸びる路地の先を指差した。

 そちらを向く。

 そこには。

 ショーマから、ほんの数メートル先に。


 ――大通りが広がっていた。


「そんな馬鹿な――」


 ショーマは、前後左右、あらゆ方向に気を配って歩いていた。当然、ここに来るまでに左を見たことがないわけではなかったし、現に、今見ている方向にも目をやっていたはずだ。

 気づかないはずがない。

 それに加え、いつの間にか、大通りから漏れでた喧騒が辺りを包んでいた。あまりに無音で生活感の欠片もなかった不気味な路地が、今は、普通に人々の暮らす当たり前の空間になっている。

 いつの間に。

 ショーマの耳は、人間だった頃の数倍の感度を持っている。ほんの隣に伸びる大通りの喧騒に気づかないはずがない。

 嗅覚だってそうだ。人間の匂い、露店の野菜や果実の匂い。大通りには、溢れんばかりの様々な匂いが充満している。

 気づかないはずがなかった。

 ハッとして、ショーマは少女を振り返る。


「なあに?」


 少女は、相変わらずそこに立っている。小首を傾げ、こちらの焦燥を子どもの純真さを写した目で見つめている。

 人形のようだ。

 ショーマはその時初めて、少女に異様さを感じた。彼女の全てにだ。

 見た目、雰囲気、仕草、眼差し、声色、口調……その全てに、ショーマは違和感を感じた。だが、その違和感は、風を掴むように曖昧で掴み所がなく。ショーマの中で形になる前に、ふわふわと揺れて消えてしまった。


「その……君は、一人なのかな」


 そう口にした途端、「やばい、これじゃナンパみたいじゃないか!」と思ってみても後の祭り。吐いたツバは飲み込めない。


「ええ、一人よ。おにーちゃんも、見たところ一人みたいね。ねえ、一緒に遊ばない?」


 なんて思っていたところ、逆にナンパされてしまった。

 今のショーマにとって、幼い女の子というのは、恐怖の対象でしか無かない。サナエという例外はあれど、まともに相対して泣かれずにいる自信がなかった。

 そんなところに、この誘いである。驚かないわけがない。


「あ、遊び? 俺と?」

「ええ、一緒に市場でも見て回りましょう。アクセサリーがいいわ。私、宝石のピアスが欲しかったの」

「えっと、いやその……」


 口ごもる。初めて女の子と遊びに行くことになった中学生か。ショーマは心の中で自分に突っ込んだ。

 だが、頭の中はまるで靄がかかったように、少女の問いに対してうまい返しが浮かんでこない。

 そうしてショーマがまごまごしていると、ぴょんと跳ねるように少女がショーマとの距離を詰め、


「ね、行きましょ?」


 ショーマの手を取った。

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