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 ぎゅ、と強く紐を引き、最後の荷物の口を閉じた。机の上に装備や道具の詰められた三つの袋を並べ、ショーマはふうと息をつく。物がなくなり綺麗に片付いた部屋を見回しながら、ショーマはここに来てから起こった出来事を思い返していた。

 大規模に破壊された町の中で、幸いな事に、ショーマが部屋をとっている宿屋はほぼ無傷のままで残っていた。失礼な話だが、この宿屋はお世辞にも外見が綺麗には見えず、だからこそ、魔物たちも見逃してくれたのかもしれない。

 というわけで、倉庫に放り込まれたアイテムの数々は全くの手付かずで、ショーマはそれらを整理するのに二日もかかってしまった。


「……それにしてもキリエさんのおかげでだいぶコンパクトにまとめられたなぁ」


 キリエが大荷の袋のことを教えてくれなかったら、いまごろは私財をはたいて幌馬車の一台でも買っている頃だろうか。本当に、キリエ様様である。


「よし、そろそろ行くか」


 さて、なぜショーマが自分の部屋を切れに片づけ、荷物を全てまとめたのか。答えはひとつ。もうすぐ彼は、この街を離れるつもりなのだ。

 あれから、ショーマがドラゴンを倒してから、二週間の時間が過ぎていた。街の復興は少しづつ進み、街路を塞いでいた大きな瓦礫はもう殆ど撤去されていた。この二週間の間、人間をはるかに超える膂力を持つショーマが休まず手伝ったおかげである。

 そんな間に、ショーマは街の人々とも打ち解け、最初は偏見や畏れの目で見ていた人たちとも、会えば笑い語り合うほどには仲良くなっていた。正直、もうショーマはここに骨を埋めてもいいかな、と思い始めている。

 だがそれでも、ショーマには目的があった。大切な人たちを振りきってまでも、探さなければいけないものがあった。


「――元の世界に帰る方法。あとは、もしかしたら存在するかもしれない、俺と同じくこの世界に来た人間がいるのかどうか」


 ショーマの言葉には、強い願望と、ここ数週間で心の隅に生まれつつある諦念がわずかに含まれていた。

 そういえば、元の世界では自分はどういった扱いになっているのだろうか。

 突然の失踪、行方不明。

 警察は動いているのだろうか。だとしても、ここまで警察が来てくれるはずないだろう。

 親は心配しているだろう。母親なんかは、きっと泣いているだろう。父親も、厳しいようでどこか涙もろいところのある人間だった。人知れず、涙を流しているかもしれない。

 そんなことを考えると、ひどく胸が苦しくなる。肺が縮んだように、息が短くなる。

 駄目だ、考えるな。

 そう思えば思うほど、裏腹に心は次々と過去の思い出を脳裏に映し出す。

 ……だから自分は、帰らなければいけない。こんな思いをすることがないように。心が張り裂ける前に。


「……よしっ」


 両頬を強く叩くと、パン、と小気味のいい音が鳴った。

 ここまでは、少し立ち止まってしまった。だが、これからは違う。前に進むのだ。手がかりは何もない。望みが薄いのか濃いのか、それすら検討もつかない。それでも、諦める訳にはいかなかった。

 ショーマは、三つの袋を肩に担ぐ。大荷の袋は、中に入っているものの体積は減らすことはできても、重さまでは変えることはできない。今のショーマの体重にすら耐え続けた部屋の床が、これ以上重いものを乗せるのかと抗議の声を上げた。





 未だ眠った町に、朝靄が立ち込めている。靄に当たった光が乱反射し、街の姿はどこかぼんやりとして見えた。

 宿から街の南門までの距離は、三百メートルほどだろうか。ショーマはゆったりと歩を進める。

 街の復興は順調だった。この大通りに関しては、もう元通りになっていると言っていいくらいだ。もちろん、裏に回ればまだ手付かずの瓦礫が放置されていたりするのだが、もともと、この街は冒険者や旅商人相手に商売を行なっている街なのだ。まず、外見を良くしないことには、復興も進まないということだろう。

 感慨にふけりながら、ショーマが南門に近づいた時だった。


「ショーマさん」


 前から、ショーマを呼ぶ声がした。


「サナエちゃん……」


 門の横に背を預けるようにして、サナエがこちらを見ていた。


「なんでここに……」

「ショーマさん、顔に出やすいんだもん。明日ここを出て行きます、って、書いてあったよ」


 ショーマは、この朝に、誰にも言わずにこの街を出るつもりだった。誰かに言えば、決意が乱れてしまうと思った。

 この世界に来て、こんな姿になって、打ちのめされて。そうして初めてできた友人と、素知らぬ顔でさよならを言う自信がなかった。


「私も、ショーマさんに付いて行きたい」

「――えっ?」

「……って、言おうかなって、思ってた」


 サナエは、はにかんだように笑う。でも、その表情には、どこか寂しさのようなものが混ざっていて。だから、ショーマはサナエの顔を直視することができなかった。


「でも、私は弱いから。わがままを言うのは、やめようと思います」


 青い蝶の髪飾りが、朝の光りを弾いてサナエの頭上でキラリと光る。


「ショーマさんには、何かやらなきゃいけないことがあって。だから、ここにずっといる訳にはいかなくて」


 サナエの目には、うっすらと涙が溜まっていた。


「せっかく仲良くなれたのに、ごめん」


 ショーマは知らず、唇を噛む。


「ショーマさんに会えて、よかったです。でも、さよならは言いません」


 サナエが俯き、サラリと柔らかそうな前髪が、彼女の表情を隠す。

 一瞬の静寂。だが、ショーマはその時間を限りなく長く感じた。

 そうして、サナエは顔を上げる。


「私、きっと強くなります。強くなって、今度は、私がショーマさんを助けます」


 彼女の顔には、太陽のような笑顔があった。





 振り返ることなく、草原を歩く。

 ショーマは、内から湧き上がる熱いものを、必死にこらえていた。

 泣くな。泣くんじゃない。

 それは、男としての下らないプライドで、最後まで涙を流すことのなかったサナエに負けていられないという思いだった。


「……こんな豚野郎が泣いてるとこなんか、誰にも見せらんないもんな」

「そうかな? 私は見てみたいと思うが」

「それはあなただけ――って」


 ばっと振り返る。そこにはいつの間にか、真紅のビキニアーマーに身を包んだ褐色の美女が立っていた。


「なんで、キリエさんがここに……というか、いつから……?」

「だって君、全く後ろを見ようとしないんだから。尾行も簡単すぎて張り合いがないくらいだよ」


 キリエは、快活に笑う。

 草原を吹き抜ける、草の匂いが混じった風が、キリエの肩口で揃えられた髪を揺らした。


「なんでついてきたの、って顔をしているな」

「その通りだよ」


 驚きすぎて過呼吸になりそうなショーマと裏腹に、キリエは心底楽しそうにニヤニヤとショーマを見る。


「それは君。君に付いて行こうと思ってさ」

「え」

「もう警備もやめてきたし、家も引き払った」

「えっ」

「だから、もう君についてくしかないんだな、これが」


 事も無げに、キリエは言う。だが、ショーマの心内は穏やかではない。

 誰にも言わずに、この街を出るつもりだったのに、既に二人の人間に見つかってしまっている。自分の壮絶な決意は何だったのかと、ショーマは大きく肩を落とした。

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