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――空の全てを覆うかのような紅蓮の炎が、空を焼き、雲を溶かす。
それは一瞬の出来事だった。
ドラゴンの口から放たれた閃光に目が眩むと同時に、まず、音が消えた。それは、あまりの高熱に周りの空気が全て焼けてしまい、振動を伝えるものが何もなくなってしまったからかもしれないし、脳がパンクを恐れて処理を放棄したのかもしれない。
理由は分からないが音が消え、そして、離れていても肌を焼くような熱を感じた。
しばらくして、視力が戻る。
そうして目に映ったものは、全てを焼き尽くさんと空に立ち上る、螺旋を描く炎の渦だった。
∇
ざわざわと、街には活気が戻っていた。怪我人の数は少なくはないし、死人も少数ながら出てしまっている。それでも、人々は元の生活を取り戻すために一生懸命だ。
ボスであるドラゴンが息絶えた後、街中に広がっていた魔物たちは示し合わせたように逃げ去っていった。
街の被害は甚大、焼け落ちた家屋は数知れず。
だが、残った。
破壊の傷跡を深く残しながらも、ここに、街という枠組みはしっかりと残っていた。
「君は、街の英雄だよ」
息絶えたドラゴンの死骸を眺めながら、キリエはポツリと呟いた。
住民は皆、家屋の修繕や瓦礫の撤去に勤しんでいるが、死骸の周りにはキリエとショーマ以外に人影がない。既に息がないとはいえ、山のような巨体が横たわっているのだ。これを恐ろしいと思う気持ちも十分にわかる。それとも、今の状況での優先順位が、街の復興に傾いているからかもしれない。
「いや、やめてくれよ。そんな柄じゃない」
キリエの隣に座り込んだショーマは、傷だらけの手で頭を掻いた。
「それに、俺一人で倒したわけじゃないしな。二人がいてこそ、勝てたんだ」
そもそもにして、二人がいなければ、ショーマは生きる気力を持つことができた自信がない。下手をすれば、ドラゴンの鼻先で全てを諦めていたかもしれない。
「ともあれ、君でなければ倒すことはできなかったのは事実だ。……ならば、あれは君のものだろう」
「あれ?」
キリエが、すらりとした指をドラゴンの方へ向けた。その位置は、横たわるドラゴンの横腹の辺り。そこには、淡く輝く真紅の光を纏った、丸い物体が転がっていた。
「え、ユニークアイテム?」
「ふむ? ゆにーく、とはなんなのかな?」
「ああいや、珍しいって意味……って言えばいいのか。俺の故郷の言葉だよ」
適当にごまかしながらも、ショーマの視線は転がる物体から離せなかった。
赤色アイテムと言えば、同じクエストを、そのアイテムのためだけに数百、数千回もこなす猛者が出るほどのアイテムで、全プレイヤー垂涎の代物だ。
それが、たったの一回、ドラゴンを撃破しただけで現れた。これは、運がいいと考えればいいのか、それとも、これがこの世界の法則なのか。
ともかく、ショーマは物体に近寄ってみる。
それは、球体に近い形をしていた。具体的には、球体の一部が上に引っ張られたような形と言えばいいか。まあ簡単に言えば、それは卵型をしていた。
大きさは、今のショーマ基準で一抱えほど。模様は、白を基調に茶の斑点が大小様々に散りばめられ、さながら大理石のようだ。
ショーマはおっかなびっくり手を伸ばし、物体の表面を撫でてみた。表面はざらざらとしていて、温かい、いや、熱いくらいの熱を放っていた。
「卵、なのかな」
いつの間にかショーマの後ろに立っていたキリエが呟く。
確かにそれは、卵型、というより卵そのものに見えた。
ショーマはその卵らしきものに右手を置いたまま、左手で右手首にはめた緑の腕輪を撫でた。ブン、と低い電子音とともに、腕輪の上空に一枚の半透明なプレートが現れる。
どうやら、このプレートはショーマ以外の人間には見えていないらしい。もしかしたら、この腕輪は別の場所からここへ来たショーマにしか持ち得ないものなのかもしれない。そんな推測を立て、色々と試すこと数日。おそらくその推測は当たっているのだろうという確信を、ショーマは手に入れていた。
卵に手を当てたまま、ショーマはプレートの表面を指でなぞり、素早く弾く。ス、とプレートに表示された画面が左に流れ、新たな画面が現れる。
アイテム詳細。そう記された画面に、ショーマは目を落とした。
「……赤龍の卵」
「せき……? ああ、ドラゴンのことか。ここに転がっているということは、そういうことなんだろうな」
ショーマは画面に書かれた文字を読んだだけだが、キリエはそれを知らない。きっとショーマが、なぜドラゴンをいきなり赤龍と呼んだのか、疑問に思ったことだろう。
ペットシステム。そんな名前のシステムが、このゲームには実装されていた。正確には、ショーマがここに来ることになる数日前に実装されたばかりの新システムで、ショーマはまだそのシステムを存分に遊んだことはなかった。それをこんな形で体験することになるとは、本当に、運がいいのか悪いのか。
確か、ペットを手に入れるには、”ペットの素”と呼ばれる類のアイテムを大都市にしかない”ペット屋”という店に持っていけばいいはずだ。となると、ショーマはこの人間の子どもほどもある卵を、大都市にまで抱えていかなければいけないということになる。
「うーん、こんなでかいものをもらってもな……」
これは悩ましい問題だ。
ペットに興味がないわけではないし、重さだけで言えば今のショーマにとって大したことはないだろう。だが、問題は卵を担いだまま大都市まで歩かなければいけないということだ。
道中には、モンスターもいるだろうし、盗賊や山賊なども出るかもしれない。一抱えもあるものを抱えながら戦う、なんて不可能だ。そもそも、抱えてしまえば前が見えなくなるほどの大きさなのだ。戦えるわけがない。
「袋に入れればいいじゃないか」
ポツリと、キリエが口にした言葉に、ショーマはぽかんとなる。
「いや、袋に入れたってこの大きさじゃ……」
「大荷の袋は持っていないのかい?」
「おおに?」
なにそれ、とショーマが聞くと、キリエはひどく驚いた顔をした。
「君は、深窓の令嬢か何かだったのかい? 冒険者ならば、大なり小なり大荷の袋は持ってるものだろう」
聞けば大荷の袋とは、見た目の大きさ以上の空間を内に持つ、魔法の麻で編まれた袋らしい。小さいものならば価格もそれほど高くもなく、駆け出しの冒険者は、新しい武器よりもまずこれを買うのが通例だそうだ。
まずい。
ショーマの背に冷たい汗が流れる。
「ああいや、その、俺はちょっと、その田舎の方の出身で……」
しどろもどろ、ショーマがなんとか言い訳を重ねれば、キリエは少し怪訝そうな顔ながらも、納得したように頷いてくれた。そして、明日にでも一緒に買いに行こうと提案までしてくれた。
……つくづく、キリエと出会えてよかった。心からそう思うショーマであった。




