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 ただの一撃で、頚椎を砕かれた。意識は揺れ、体は既に言うことを聞かない。もしも彼が人間だったならば、とうの昔に息絶えているだろう。

 人間を滅ぼすことなど容易いと、彼はそう思っていた。追い求めた新たな住処の直近に住む目障りな猿どもを、手下の魔物の餌にでもしてやろうと巣を襲い……そして、この有様だ。

 不甲斐ない――その思いだけで、身が焼けるようだった。

 だからこそ、彼は最後のチャンスに縋った。

 重大な損傷を受けてなお、ドラゴンという種族は彼を生かした。

 残されたたった一度のチャンス。

 放っておけばあと一刻も保たない残り滓をかき集めて、目の前に現れた豚野郎(下等種族)を滅ぼし尽くす。

 彼は思い切り、息を吸い込んだ。周囲の瓦礫まで一緒に巻き上げられ、喉にぶつかり咳き込みそうになるが、なんとか飲み込み、同時に体内で魔力を練り上げる。

 吸い込んだ大気と魔力を肺で混ぜあわせ、吐き出すとともに喉元で魔力に形を与える、ドラゴン族の切り札だ。発動した瞬間、目の前に広がる瓦礫の山は不毛の焦土へと変貌する。

 その光景を頭に思い浮かべ、彼は少しだけ、口角を上げた。





 ――まずい!


 全身が総毛立つ。ドラゴンの喉に向けてあらゆるものが集約されていくその光景に、ショーマは押し潰されるような恐怖を感じていた。

 止めなくては。

 そう思うも、体は思うようには動いてくれない。

 時間の進みは緩慢にショーマの心を食らっていく。頭の回転に体の動きが全くついていけていなかった。

 攻撃できる距離まで詰めようとする――つま先が地面を離れる瞬間が限りなく遠い。

 ハンマーを振り上げようとする――巨大な質量を持っているかのようにゆっくりとしか、ハンマーは持ち上がってくれない。


 ――間に合わない!


 頭の中で警報が、鼓膜を破らんばかりに叫んでいた。逃げろと、ここから一歩でも遠ざかれと、叫んでいた。

 だが、それは無理だ。

 時間が足りない。

 あとほんの数秒……いや、一秒だっていらないかもしれない。そんな僅かな時間の内に、準備は整い、ドラゴンの吐息は全てを焼きつくすだろう。

 ゲームの中で見たドラゴンのブレスなんて比較にもならない、現実の、本物の一撃が、ショーマの鼻先に向けて放たれようとしている。それを、ショーマは肌で感じ取っていた。

 それは、豚野郎オークとしての本能が嗅ぎとった、圧倒的な死の匂いであるのか、ショーマの中の理性が導き出した、合理的な未来の姿であるのか。

 ……ドラゴンの吸気が、止まる。同時に、ショーマの周囲に目に見えない重みのようなものが発生していた。

 辺りの大気を粗方削り取られ、ショーマは息をすることもままならないが、それでも何かが、這い上がる蛇のように全身に濃密に絡みつく。ねっとりとした何かが頬をなで、腕をさすり、足を絡めとっていく。

 それは、強大な魔力の末端の末端、その余波が引き起こす、魔術的な自然現象。だが、人の手では決して起こすことのできない現象でもあった。

 ドラゴンの喉の光が、急激にその質量と密度を増した。ショーマは、その光を見つめることしかできない。


 ――せめて。


 ――二人のところへは。


 その瞬間に、ショーマは横へ跳んでいた。それを追うように、ドラゴンの頭が少し傾く。

 そして――


「ショーマさん!」


 ショーマの耳に届いた、懐かしい声。

 トン、と軽い音がして、三本の氷の矢が、ドラゴンの瞼に突き刺さっていた。

 普段ならば、その程度の魔法などドラゴンの皮膚に傷一つつけられなかっただろう。だが、今のこの瞬間、ドラゴンは全ての魔力を一点に集中させていた。

 それが仇となり、驚くほどあっさりと、ドラゴンの集中は乱された。

 それは、ほんの一瞬の空隙。

 ショーマは思うよりも早く、ドラゴンの下へと足を蹴りだしていた。横になったドラゴンの頭の下側、右こめかみの下にスライディングの要領で潜り込む。


「バーサーク!」


 そして叫ぶ。心臓が破裂しそうなほどに鼓動する。全身の血液が、音を立てて加速する。傷口から血が吹き出すも、気にしない。ショーマはありったけの力を込め、ドラゴンの頭を持ち上げようとした。

 だが、上がらない。ほんの少し、ほんの少しの差で、ドラゴンの質量がショーマの筋力を上回っていた。


「ちくしょう!」


 駄目か。ここまで来て、奇跡のような一瞬のチャンスに手を伸ばしても、ここが限界なのか。

 直に、ドラゴンの口からブレスが放たれる。既に標的となっていたショーマは目の前にいないが、それでも止まることはないだろう。莫大な炎の塊に飲み込まれる、二人の姿が頭をよぎる。


「ショーマ!」


 視界の端で、赤い鎧を身に纏ったキリエが、こちらに向けて走りだすのが見えた。だが、遠い。間に合わない。逃げろ、ショーマはそう叫ぼうとして、


「瞬身!」


 キリエの姿が、掻き消えた。その瞬間――ぐ、とドラゴンの頭がわずかに持ち上がる。


「最後くらい、手伝わせてくれよ」


 いつの間にか、キリエはショーマの隣に立っていた。両手を頭上に上げ、力の限りにドラゴンの頭を持ち上げる。

 ショーマは、高レベルの剣士ソードマスターが短距離を一瞬で移動できるスキルを持っていることを思い出していた。そして、キリエを侮っていたことを心のなかで謝る。

 ショーマは、レベルの高い自分が、みんなを助けるべきだと、無意識にそう思っていた。だが、それは違った。自分一人では、何もできない。こうして助けてもらえたからこそ、サナエを助けることができたし、こうして、街を救うことも出来るのだ。

 ショーマは一人微笑み、最後の力を振り絞る。


「うおおおおお!」

「ああああああ!」


 そうして、光が弾けた。

 莫大な魔力を孕んだドラゴンのブレスが、放たれる。

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