12
地面についていた膝を持ち上げる。ガクガクと震える膝に力を入れて、体を伸ばす。
ゆっくりと、ゆっくりと前足が持ち上がっていく。限界まで筋肉を膨張させ血管の浮かぶ腕からぶちりぶちりと嫌な音が聞こえたが、無視して更に強く力を込める。
体が大きな分だけ鈍いのか、いまさらに気付いたようにドラゴンが更に重さを増して押し潰そうとしていくるも、その時にはもう、何とか逃げ出せるほどには地面と前足の距離は離れていた。
最後に全力で前足を持ち上げ、そしてそのまま思い切り背後に飛ぶ。
ドンッ、と地面にクレーターを穿つ勢いで前足が振り下ろされると同時に、衝撃に弾き飛ばされた瓦礫がショーマを襲った。
散弾の掃射でも受けたかのように、全身を礫が打つ。
意識が飛ぶような激痛。だが、今更、その程度の痛みなど苦にもならない。
狂戦士化によって脳内に溢れ出るアドレナリンが脳を揺さぶる痛みを消し去り、体が焼けた鉄のように熱を発す。
ショーマはあえて、襲い来る瓦礫の嵐に体を突っ込ませた。
「がああっ!!」
一喝。すべてを吹き飛ばす。
大きく踏み込んだ一歩から、大上段にハンマーを振りかぶる。狙うは、山のようにそそり立つ巨体の末端。
「おお!!」
力の限り、振り下ろす。
全身に流れる狂戦士の血が、この豚野郎の野蛮なほどに強力な力をさらに限界を超え倍するほどの暴力へと変えていく。
あやまたず、鉄塊が吸い込まれるようにドラゴンの鉤爪を叩き割った。
バギン!とガラスを砕いたような音が響き渡る。数瞬遅れて、砕けた爪の隙間から真っ赤な血が吹き出し、ドラゴンが耳をつんざく絶叫を上げた。
「次ぃっ!」
ぼうとしている時間はない。ドラゴンの顎は叫ぶと同時に浮き上がり、ショーマの背後の中空に向いている。姿勢を戻すまで待つ策はない。ショーマはハンマーを斜め後ろに構え、地面を強く蹴った。
ショーマの数百キロはある巨体が、宙に舞う。
先ほどは顎に入れても大したダメージにならなかったが、今は違う。狂戦士化の攻撃力の倍加に加え、指の一本を叩き潰したことで奴は体のバランスを崩している。覚悟もできた、躊躇うことはない。
これ以上のチャンスなど、この先訪れることはないだろう。
「行くぞ……!」
なればこそ、全力でぶつかる。この命をも燃やすような一撃を。
――スキル発動。
すうと息を大きく吸い、それを勢い良く吐き出すとともに、
「回転撃!」
叫んだ。
その瞬間、体を流れる何かを消費し、体が一度、ぐるりと回った。
足場のない空中において確りと発動するか心配だったが、そこはそれ、魔法の存在する世界のこと。ゲーム内でもスキルは魔法と同様、MPを消費するのだ。同じような超常の力が作用したとしても、さして驚きはない。
そうして一度回転し、その遠心力に乗せて本命の一撃を振りかぶる。
「おあああっ!!」
腕が引き千切れるかと思うほどの一撃を放つ。
目の前には、上下に絶叫の形に開かれた巨大な口腔が広がっている。その下あごの先に、鉄塊が叩きつけられた。
ぐるん、と、ドラゴンの頭が回った。ゴキリと、その首から異音が鳴り響く。上下の開きから左右のそれへと向きを変えた口の奥から、巨体に見合わないほどに弱々しいうめき声が耳に届いた。ズン、と鈍く大地を震わせ、山のような巨体が崩れ落ちる。
同時にショーマの体も重力に引かれ、地面へと降りていく。ただし、スキルの勢いを殺し切ることができず、後頭部からの着地だったが。
ぐきりと、ショーマの首からも異音が鳴った。
「あだだだ」
ふらつく足と痛む首に手をやり、ハンマーで体を支えながら立ち上がる。ズキズキと痛む腕に目をやれば、回転撃を当てた時の衝撃のせいだろうか、皮膚が裂け、血が流れ出していた。
だが、それでも。
「……やった、やったぞ」
息を切らし、口の端から血を流しながらでも。それでも、ショーマの気分は晴れやかだった。
ドラゴンは目を見開き、真横を向いた口からだらりと舌を投げ出したまま動かない。
ドスンと、ショーマは倒れるように地面に腰を落とした。
「……」
ショーマは自分の両手を見つめる。醜いほどに太く短い、三本の指。そんなものでも、成し遂げられることがあった。
知らず、頬に冷たいものが流れていた。
緊張が緩んだ反動からか、この状況から抜け出せた感動からか。ショーマは慌てて目元を拭い、辺りを見回し、胸を撫で下ろす。
「……誰もいなくてよかった」
こんな巨体の持ち主が泣いてるところなんて、みっともなくて見せられるものじゃない。もっとも、こんな状況じゃなければ泣くことなんてなかったわけだが。
ともかく、全ては終わったのだ。
そう思うと同時、ショーマは勢い良く立ち上がっていた。
「そうだ、二人は!」
二人のいるはずの方向に振り返り、耳を澄ます。……静かだ。ぱちぱちと何かの燃える音や、瓦礫の軋む音。そんな雑音でさえも今は聞こえなかった。
それは、異様だった。
まさかキリエが、全ての魔物を倒してしまったのか。いや、さすがにそれは考えられない。
ならば、自分がドラゴンを倒す間際に、魔物たちはその予兆を感じ取って逃げてしまったのか。
それならばいい。二人がどうなったかは分からないが、これ以上の危険がないならばそんなにいいことはない。
「探さないと」
なんにしても、二人を放っておく手はない。
ショーマはハンマーを担ぎ、急いで走りだそうとして――ふと、その違和感に気付いた。
体が前に進まない。
いや、むしろ後ろに下がっている気さえする。
――吸われている?
ショーマは振り返る。その鼻先に。
「――っ!」
竜の最後のあがきを見た。
裂けんばかりに開かれた顎は、左右に壁のように広がり。
その中心。奈落のような黒を湛えた口腔の深奥に向けて、あらゆるものが吸い込まれていく。
それは空間をそのまま切り取っていくかのように強力で、音や光さえもその場に縫い付けられたようだった。
そのうちに、ひとつの光が生まれた。
すべての中心、竜の開かれた両顎の奥から。
眩い光が放たれれる。
――これは!
出したはずの声さえも、耳に届く前に吸われて消えた。




