魔法検体06《接着》
この国では完全に忘れ去られた古代魔法「接着」について、利便性はあるのになぜ魔法として発展しなかったのか。魔法を使わずとも、糊があり、釘もあり、さらにスライムの粘液という粘着性の液体すらあるので、ほとんど使わなくなったということが推測できる。
時刻は夜遅く、遺跡で魔法を試している最中だ。
「でも、どんなものでも『接着』できるって便利じゃないですか」
遺跡の壁に魔石灯を張り付けておけば、両手が空く。
「いや、便利ですけど……。魔法の効果が切れたら、剥がれるわけですよね。普通に糊でいいというか、使うタイミングがないですね」
「糊よりも強力ですよ。ダメですか」
「ダメですね。生活の中で使う接着は効果の持続時間のほうが大事だったのでしょう」
確かに工作や封筒には糊を使う。では、なぜ古代の人間がこんな魔法を作ったのか。
「完全に意味がない魔法を作ったというんですか」
「いえ、そうは言ってませんが、使う場面が限られていると言っているんです」
リグモアは杖を引っ掛けて魔石灯を壁から剥がした。
「そもそも接着力が弱いんじゃないですか」
「でも、わずかでも接着させていたら罠にも使えますし、まとめて倒すには十分効果はあります」
初めの部屋で、落とし穴の周りに古代魔法「接着」を使い、「灯火」で魔物を呼び寄せる。骸骨も動く死体もあっさり地面に張り付いて、「清掃」の餌食になっていた。さらに昨日は見ていない人魂の魔物まで現れたが、「収納」で持ってきた壺に封印した。
「随分、古代魔法の魔法使いとして実力をつけているようですが、そんなに魔法を使って魔力消費は大丈夫なんですか」
「ええ。全然、魔力を使っているようには思えないくらいです。レベルが上がったからですかね」
「確かに、魔力が一番伸びてはいますが、あんまり調子に乗っていると魔力切れを起こしますよ」
「それはそうですね。今は『接着』についての調査でした。でも、魔物に対して有効であることは実証できましたよ」
「でも、補助魔法の域を超えていないのではないですか」
「ええ? 魔法に主力や補助などのカテゴリーがあったんですか。つまり、攻撃魔法や回復魔法こそ魔法の要だと」
「いえ、冒険者をやっていた私はバフやデバフこそ、最大火力を出せる要因だと理解できますが、世間一般的には広がりにくい考え方なんじゃないかと言っているだけです」
現にリグモアはアンデッドたちを減速させながら、最小消費魔力で罠に嵌めている。レベル上げのため俺に「清掃」で倒させているが、動きも魔法も洗練されていた。
「つまり目的に対する最適解を出せるかどうかが、重要なので手作業や書類の作成においてこんな便利な魔法ないと思いますけど」
前世でいうデジタル業務を物理的に机の上でできるということでもある。
「ああっ……、それなんじゃないかしら」
リグモアが幻惑魔法でアンデッドたちを追い返して言った。
「どういうことです?」
「つまり古代でも書類仕事、スクロール仕事はあったわけで、契約を作る魔法使いが作った魔法なのではないかと……」
「精霊や悪魔に対する契約書作成に便利だったということですか。それなら腑に落ちますね」
「ちょっと外に出て休憩しましょう」
遺跡から出ると、すっかり夜更けだ。
森の中で古代魔法「灯火」で枯れ枝に火を灯すと、動物霊が集まってきてしまうが恨みも呪いもない動物霊なので害はない。用意した弁当を焚き火で温めながら、話を続ける。
「こういう焚き火の枯れ枝をくっつけることはできるのよね?」
「はい。こんな風に枯れ枝を枠にして固定することも可能です」
枯れ枝でフレームだけの立方体を作ってみせた。すぐに焚き火にくべてしまう。
「契約は言語や概念的に関係を固定することでもあるわけで、それは魔法として可能なのかしら」
「つまり契約を強固にするということですか」
「その通りです。関係の固定、例えば、夫婦は一心同体という契約をしているわけで、精霊の祝福を受けた長く連れ添った夫婦は、片方が死ぬと、同日にもう片方も死んでしまうという逸話は世界中に見られますよね」
「それが実は古代魔法『接着』の成り立ちだったということですか」
「推測ですけどね」
「それって、霊魂と容れ物でも固定できてしまうのでしょうか」
俺は人魂が入った壺を見せた。
リグモアは壺を焚き火の中に入れて、杖を構えたまま頷いた。いつでも攻撃可能ということだ。
俺も頷いて、壺と中の人魂に向けて古代魔法「接着」を放った。
ガブルッ!
壺の魔物に変化して蓋を割り、牙をむき出しにして、こちらを睨みつけていた。ただ、焚き火の中で炙られてダメージを受けている。
「やはり魔物化しましたね」
リグモアが魔法を使おうとしたので、手で止めた。
「火傷を負っているようなので、このまま『保温』して状態を維持して倒します」
壺は動こうとしているようだが、火の真ん中にいるので思うように体を曲げられないでいる。そもそも陶器なので曲がらない上に焼けて固まっているようだ。
しばらく待っていると剥き出しにしていた牙を失い、力尽きたようだ。魔法の「清掃」でこびりついた煤を落としてから焚き火から出して、中身を確認。人魂も消えていた。
「これは危険ですよ。物体の魔物化が可能になるわけですから、明確に禁術です。作られてからかなり早い段階で禁術になっていると思います。魔力消費量は少ないんですか」
「少ないですね。もしかしてスライムなんかは飛び回っている動物霊が水溜まりの水と接着したために魔物化しているという可能性はありませんか」
「十分に考えられます。そもそも、魔物は『接着』という魔法を使い続けているということかもしれませんね」
俺は焚き火の明かりで、メモを取っておく。
古代魔法「接着」は物体の固定だけでなく、契約の堅持、または魂の結合まで可能にする魔法で、歴史上かなり早い段階で禁術となっていた可能性が高い。現代まで残っていない、つまり魔法が時代に殺されたと考えるのは人間社会という領域だけで、現在も自然界では似たような現象が確認されており、スライムや壺の魔物、ミミックなどがその実例としてあげられる。
「考えてみれば、スライムが噛みつく際に、牙が出るのは動物霊だった頃の名残りなんでしょうね」
「そうかもしれません。ちなみに、教会に残してきたビンのなかの霊魂は結合するんですかね」
「どうでしょう。知恵ある霊魂とは違うかも知れませんよ。もしくは術者の賢さのレベルとか」
「ありえますね」
修行とは言え、ずっと古代魔法を実戦で学べる環境にいると、全く厳しいとは思えない。
「夜の内に、もう少し遺跡で実験してから、帰っても構いませんか」
「もちろんですよ」
いい師匠に出会った。
食後は初めの部屋を抜けて、さらに奥へと向かう。
「ここからさらに強い魔物が出る予定だったんですが……」
「落とし穴に落としすぎましたか」
「そのようです」
奥まで行かないと魔物が出てこなくなっていた。
新しい部屋に入れば、すぐに古代魔法「鑑定」を使う。罠が丸見えになったところで、「灯火」を使い、後は魔物を誘導するだけ。墓地として使っていた部屋に入ると、墓から鎧を着た骸骨が複数体、出てきた。「接着」で足止めしつつ、氷のブレスには「保温」で対抗し、「清掃」で仕留めていく。
「氷のブレスを吐く死者なんているんですか」
「生前は北方の寒い地方の戦士だったのでしょう。山脈の峠は冬には閉鎖しますから、彼らは故郷へ帰れなくなり、山賊に身をやつして、ここまでたどり着き葬られた。郷愁の思いが口から出ているだけかもしれませんよ」
「思いが渦巻くだけで魔物化するんですかね」
墓の棺ごと一体ずつ「清掃」をかけた上、鞄に「収納」し、外に出て「灯火」にて焼いた。煙は夜空高く上っていく。「灯火」の導きにより戦士たちは故郷に帰れただろうか。枯れ枝を薪代わりにどんどん投入した。すべて灰になるまでまる一日ほど掛かるだろう。死者なのですでに水分はないはずだが数が多い。
また明日の夜、再び来ることを伝えて、俺たちは教会へと帰った。
「かなり古代魔法を使いこなせるようになりましたね」
「ええ。理解できると自然と使いどころがわかってきますから」
「魔力切れは起こしていませんか」
「最後の『灯火』が限界でした。足に力は入りません」
「今日は長めに休んでください。明日は『切断』です」
「はい」
俺は井戸でリグモアと分かれ、部屋へと戻った。正直、魔法はかなり限界だったと思う。今はまだ、素早い魔物や獣系の魔物がいないから動きを予測できるが、アンデッド以外では通用しないだろう。ベッドで振り返っているとすぐに寝入ってしまった。




