魔法検体05《収納》#2
翌朝、日の出とともに出発し、森へと向かう。ただでさえ森も結構遠いのに、森の奥地は行ったことがない。
緊張しているときほど、失敗するというのが人間の性だと思うが、古代魔法「保温」を使ったため、基本的に毒になっても呪われてもまるで効かない。ただ、すごい緊張しているだけだ。
街道を逸れて、森の小道に向かう。そこからはほとんど分岐もせず、ただ突き進んでいく。薬草の群生地を通り過ぎて、山道に入ってもペースを崩さず進み続ける。動物も見ないし、魔物も見当たらない。鳥が鳴いているだけだ。
夏の日差しで汗が止まらないが、タオル代わりの布はたくさん持ってきた。
「あれかな」
そろそろ休憩をしようかと思った頃、三角屋根の建物が見えてきた。
小さな畑と墓地があり、森の中にあるというのに、ほとんどカビが見当たらない。「清掃」を使う必要もないか。
扉を叩き、「ごめんください」と中に声をかけてみた。
「はーい」
中から可愛らしい女性の声が聞こえてきた。
扉を開けて出てきたのは、年老いたシスターだった。
「こんにちは。ここで解呪の研究をしていると聞いてやってきました」
俺は紹介状を壮年シスターに渡した。
「あら、そうなの。こんなところ誰も来ないと思って、魔物か何かかと思いましたよ」
そう言いながらも壮年シスターは俺を教会に招き入れてくれて、紹介状を読んでくれた。
「なるほど、なるほど。これは随分と珍しい、古代魔法の研究家ですか。しかも今は『収納』を調べていらっしゃるとか」
「はい。勇者が使っていたというくらい古い魔法ですから、なかなか書物では起源がわからなくて」
「そうですよね。紹介状にも書いてありましたが、『封印』などの精霊魔法がないかと探しておられるとか」
「ええ。どうも呪いを封印して進化したのがミミックや壺の魔物なんかじゃないかと思い始めておりまして……」
「そこまで推測されておられるなら、実践されてはいかがですか」
「実践ですか。つまり『収納』を使ってみて、呪いを封印してみると」
「そうです。幸い、ここら辺は古い遺跡だらけですし、呪い、亡霊、毒、なんでもあります。都会のシスターたちも言っていますが、どうも知識量と肉体の強さに差があるようです」
壮年シスターはネックレスに付いているクリスタルを覗き込んでいた。
「もしかして、冒険者ギルドの……?」
「ええ、元職員です。その後、冒険者になり、身体が動かなくなり、この教会に来たというわけです。セイチさんは知識はあるのに、レベルは低いという通常の冒険者の真逆のようなことをやっているようですね」
「確かに、魔物を倒してはいません。街での生活に必要がないというだけで」
「でも、依頼はどうです?」
「少ないながらもやっています。ただ……」
「報酬が少ないのではありませんか」
「その通りです。俺のランクで受けられる仕事は限られていますから」
「わかりました。では、今日から始めましょう。食事は済みましたか」
「まだです」
「では、食事から始めましょう。体力の回復には、食事と睡眠です。寝床は寝袋もありますし、藁とシーツならありますから、食後に作って寝てください。基本的に外に出るのは夜からです」
「何をするんですか」
「ちょっとした修行ですよ。これからよろしく。セイチさん」
シスターから握手を求められた。これが、古代魔法『鑑定』の名残であることを思い出した。
「あ、お名前を伺ってもよろしいですか」
「リグモアと呼んでください」
「よろしくお願いします。リグモアさん」
握手をしながら、「鑑定」の効果でリグモアが偽名を使っていることはわかったが、特に気にしなかった。
リグモアに食堂に連れて行かれ、マッシュポテトに似た物とスープを頂いた。塩だけの味付けで、味を探すような食事だった。いかに味の濃い生活をしていたかを思い知らされた。
木の板で木枠を作り、藁を敷き詰めて、厚手のシーツを敷いてベッドにした。夜は寒いというので、毛布も天日干しにする。
古代魔法の「鑑定」を教会内で使いまくっていたら、リグモアに訝しげに見られた。
「魔力を使って、魔力切れを起こしたほうが寝られると思って。『鑑定』を使っているところです」
「ああ、なるほど。なにか呪いがあれば……」
「ええ、『清掃』を使っておきます」
「助かります。一人でこんな大きな教会に住んでいると、森を彷徨う冒険者の亡霊がやってくることがあるんです」
「そうですか」
「あ、でも、祭壇の下にある壺には手を付けなくていいですよ」
「なにか『封印』しているんですか」
「はい。そう簡単に現世から出ていけない人たちが……」
リグモアは微笑んでいたが、「封印」するのにかなり苦労したのだろう。
その後、井戸に「清掃」をかけていたら意識が遠のく感覚があった。
「魔力が切れそうなので、寝ます」
「はい。夜更けに起こしますからね」
リグモアに断ってから、日が暮れるまで仮眠した。
目が覚めると、窓の外は真っ暗だった。ちょうどリグモアが俺の部屋まで来る少し前だった。緊張感から神経が過敏になっているのか。
起き上がって、準備をしていたら、床が軋む音が聞こえた。
「セイチさん」
「はい。起きてます」
俺はドアを開けた。
「行けますか」
すでにリグモアも冒険者時代のローブと杖を持っていた。
「行きましょう」
そのまま教会を出た。
夜の森は月明かりも届かず真っ暗でほとんど何も見えない。
「魔石灯は必要ですか」
リグモアは森を熟知しているから、見えなくても歩いていけるらしい。
「古代魔法の『灯火』を使っても構いませんか」
「もちろんです。効果は今のものと違うんですか」
「霊魂を導く効果がるようです」
「それは都合がいい。どんどん使ってください」
言われるがまま魔法を使って進んでいくと、耳元で動物の鼻息が聞こえてきた。白く半透明の森の動物霊たちが「灯火」に集まってきていた。
「わぁ、びっくりした」
「動物霊ですね。除霊か解呪の魔法は知っていますか」
「おそらく『清掃』というので、解呪はできるかと思います」
「やってみてください」
古代魔法の『清掃』を使うと、周囲の動物霊が少し減った気がする。ただ、全員を昇天させることができなかったらしい。
「現世を呪う霊魂は解呪できても、迷っているだけの霊魂は昇天させられないようですね」
「そのようです。勉強になります」
「大丈夫。霊体の魔物はほとんど呪われていますから」
「え、ああ、はい。やはり魔法で、アンデッド系の魔物を倒せるんですか」
「もちろんです。魔法使いはそのためにいるんですから」
そう言われるとそうかもしれない。リグモアが動物霊たちに対して呪文を唱えると、消えてしまった。
「昇天したんですか」
「いえ、こちらの道ではないと伝えただけです。セイチさんの古代魔法はまだ効果が洗練されていないから、彼らにとっては大声で呼びかけているようなものなのでしょう」
「なるほど気をつけます。でも、どうやって気をつければいいのか……」
「数をこなすことです。だから、何度も使ってください。もう少し行ったところに遺跡がありますから」
さらに進み、川の音が聞こえてきた頃、遺跡が現れた。苔だらけで、入口は地面に埋まっていた。そもそも500年前の考古学者曰く石造りの屋根部分が露出した古代の遺跡らしい。地下にかなり大きな城が埋まっているのだとか。
「城が丸ごと埋まってるんですか」
「本当のところはどうかわからないし、盗掘たちをおびき寄せるための罠なのかもしれない。でも、近年は禁術を研究していた魔法使いたちの訓練場になったり、山賊がアジトとして使ったりしていたみたいですね。だからアンデッドたちがたくさんいますよ」
「そんな遺跡を放置していていいんですか」
「盗掘にあって宝は取り尽くされているし、こんな森の奥地で学者も来ないから魔物の住処になっているよ。時々、冒険者が調査依頼を請けてやってくるけど、ここ数年はまともに調査している冒険者はいません」
「ここまで来て、現状維持と書いて報告書を出すんですか」
「そう。よく教会で報告書を書くだけの冒険者がいました」
見てきた者の声は冷たい。
「さて、中に落とし穴があるはずですから、『灯火』で動くような死体などがあれば呼び寄せて、解呪してしまいましょう」
「準備は特に必要ないですか」
「ええ。地下は城だった頃の面影もなく、かなり改築工事をされているというのが、最後の調査記録です」
「わかりました」
俺は「灯火」を点けたまま遺跡の中に入り、通路を進んでいくと少し広い部屋に出た。床には入口から流れてきた土で半分ほど埋まっている。部屋の真ん中に穴が空いていて、それが落とし穴なのだそうだ。
「わぁ、すでに落とし穴の中に溜まっていますね。『清掃』で呪いを解いちゃってください」
「はい」
俺は穴に向けて、「清掃」を使うと、断末魔のような声が部屋中に響いた。
「え。もしかして魔物を倒したんですかね」
「そうですよ。毒対策はありますか」
「あります。古代魔法の『保温』は状態維持の効果がありますから、毒も呪いも効きません」
俺がそう言うと、リグモアは俺を見て「もっと仕事をしてください」と活を入れてくれた。
「セイチさんは魔法の使い方次第で、ちゃんと強くなりますからレベルを上げて、たくさん依頼をこなしてください。それが街のためになりますから」
「はい……。できれば、ちょっとした旅ができる程度でいいのですが」
「ダメです。少なくともここにいる間に、アンデッド系魔物を討伐する専門冒険者にはなってもらいます」
「そんな……」
「ほら、奥から数百年前の山賊たちが来ましたよ」
錆びた剣を持った骸骨剣士たちが「灯火」に導かれて、やってきた。試しに「清掃」を放ってみると、あらぬ方向に魔法が飛んでいってしまい壁にあたって霧散した。
骸骨剣士たちは落とし穴を軽々と飛び越えて向かってくる。
「その辺の棒を使っていいので、狙いを定めてください」
「はいぃぃい!」
俺は必死に地面に埋まった枝を拾い上げて、骸骨剣士に狙いを定めた。
「呪われし彷徨う魂に清らかなる風を……」
呪文を唱えて『清掃』を放つと、手前の骸骨剣士を突き破り、さらに2体の骸骨剣士の胸骨と肋骨を砕いた。
「そうです。魔法を集中させると威力が上がります。ただ、これはあくまでもアンデッド系にしか使えませんよ。風魔法みたいに見えますが、それだけ呪われていたということですから」
「わかりました。わぁ、どんどん来ますね」
釣りの入れ食いのような状態で、過去に死んだ骸骨や腐った死体がやってくるので、すべて「清掃」で討伐していく。
さらに呪われた霊魂も飛んでくる。
「この空き瓶に『封印』できますか」
「やってみます」
リグモアが空きビンを4つ持ってきて、地面に置いた。飛び回っている霊魂も4体だ。壁を走っているのか、足音が鳴り響いている。
その霊魂に向けて古代魔法「収納」を使ってみた。半透明の剣士たちは煙のようにビンの中に収まっていく。
リグモアはコルク栓で塞いで封印してしまった。
動いている死体も霊魂もとりあえず消えた。
「最初の部屋としては、いい成果ですね。一旦、今夜はこれで帰りましょう」
「もう、いいんですか」
「ええ。十分です。ゆっくりレベルを上げていったほうが体に馴染みます」
「ありがとうございます」
遺跡から出ると、夜なのに森が明るく見えた。暗いところにいた影響だろう。
山道を下ると、教会まではすぐだった。道を覚えたからか、かなり近く感じる。井戸で体を洗ってから、干し肉と小さいパンで食事を取った。
「おそらく、起きたら、お腹が空いていると思います。ここにチーズとパンがありますし、スープもありますので温めて食べてください」
リグモアは着替えて食堂に来た。レベルが上がると腹が減るらしい。
「すみません。突然来た上にレベル上げにも付き合ってもらって」
「いえ、本当は『収納』について調べる予定だったのに、高齢者の調査に付き添ってもらってすみません。実験体のビンも集まりましたから、明日は順次実験していきましょう」
「ありがとうございます。おやすみなさい」
リグモアはそう言って食堂から出ていった。
初めて俺は魔物と戦った。ただ、ほとんどリグモアの指示を聞いていただけ。あの骸骨剣士たちが突然現れたら、死んでいたかも知れないと思うと、体が震えた。
レベルが上がれば、まともな冒険者になれるだろうか。もっと自分が使える古代魔法を知らないと本当の実戦では使えない。反省は朝方まで続き、部屋に戻って眠った。




