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魔法は時代に殺された ~古代魔法検死官は失われた意味を読み解く~  作者: 花黒子


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魔法検体04《保温》


 薬草と一口に言っても、薬効があればだいたいの草は薬草だし、毒があれば毒草だ。風媒花もあれば虫媒花もあり、植物にはそれぞれ戦略がある。

 書を捨て街に出ても、薬草の群生地はないので森に行くしかない。


 古代魔法の「鑑定」を使っても、偽造している自然植物はないので、せいぜい擬態している虫が見える程度だ。毒も薬効になることもあり「清掃」も使えない。

 冒険者ギルドで売っている薬草は一種類だけなので、葉を見ればわかる。しかも冒険者ギルドは親切なので、水辺に群生していることまで教えてくれた。


 あとは魔物対策だが、基本的に逃げて隠れるだけだ。森の中で勇ましさなんて出したところで、リスクを上げるだけでなんの意味もない。それに依頼の討伐記録を見ると、案外冒険者は怪我をしない事がわかっている。当たり前だけど、そんな危険な状況にならないように魔物を討伐するわけだ。


「そもそも戦う動機がないし、山のヌシになりたいわけじゃないだろ? 危険な魔物だから、討伐依頼が出ているわけで、魔物研究所でどういう魔物なのかを聞いてから準備をして行くわけだ」

 中年冒険者は語る。ギルドの併設された酒場で昼から呑んでいるような冒険者はたいてい熟練の冒険者だ。そもそも彼らは筋肉や魔法を見せびらかすようなこともしない。むしろ、肉も脂肪も分厚く、魔物の死体を運べる身体の冒険者を探せばいい。

「基本的に森で取れるようなものは鮮度が大事になってくる。時間が経てば肉は腐るし、ダニも付いているから、川で洗って冷やすんだ。魔物は魔力が多いから、そのままにしておくと、アンデッド系の魔物になってしまうだろ。とにかく、討伐依頼も慣れてくると、倒すことよりも時間が敵になる。それで失敗する先輩もいるんだけどな。なるべく街の近場で倒そうとして……」

「なるほど」

 酒の一杯でも奢ると饒舌になるからしめたものだ。メモを取りながら、簡単な罠を教わる。落とし穴は意外と時間がかかるし、人間の臭いに敏感な獣は近づかないという。むしろ、リネントラップと呼ばれる魔法を仕込んだ布を地面に敷いて、枯れ葉と糞をかけておくとあっさり掛かるのだとか。

「まぁ、そこら辺は経験だ。なんの魔物を討伐するんだ?」

「薬草採取です」

「なんだと……。そんなもの籠を持って、とっとと行ってこい。門前の薬屋のババアに聞くのが一番だ」

 奢った酒の分だけは優しくしてくれるのが中年冒険者だ。

「ありがとうございます」


 門前の薬屋に行き、壮年薬師に薬草の取り方を聞いた。冒険者の依頼というとすぐに納得してくれた。


「ああ、これ持っていきな」

 壮年薬師は、トートバッグくらいの革袋を貸してくれた。保温の機能があるらしく、一度冷たい川の水につけて使うよう言われた。

 古代魔法にも「保温」という魔法があったはずだ。

「魔法が付与されているんですか」

「いや、まじないみたいなものだね。魔道具みたいな立派なものじゃないよ」

「ありがとうございます」

 お礼を言って外に出ると、日差しが強かった。


 俺が転生してきたのが初夏だったから、今は夏真っ盛りだ。異世界にも季節があることで、少し安心したのを覚えている。

 門兵に挨拶をして、街の外に出る。薬草を採取する森は、街から出て、1時間ほど歩いた先にある。行商人や旅人、訓練兵、冒険者と街道には人が多い。俺も人の波に紛れて先へ進む。


 半分ほど進むと、街道から逸れてほとんど人がいなくなってしまった。森の中に入ろうと思えば入れるが、川の音が聞こえてくるまでは入らないことにした。獣道を荒らして、魔物に出会いたくない。慎重というよりも怖がりなだけだ。

 森の中を歩いていると、すぐに川の音が聞こえてくる。腹を決めるしかない。ズボンの裾をしめて、森の中に入った。

 強い日差しは木々が隠してくれるので、案外涼しい。川もすぐに見つかって、しばらく革袋を冷たい水に浸しておいた。

「気持ちいい」

 顔を洗うと一気に仕事をしている感覚になる。

氷嚢とまでは言わないまでも、かなり冷えたので腰にぶら下げて川上へと向かった。小さな崖を上ったところで、遠くに鹿を見た。こちらに気づいてすぐに走っていってしまったが、森に入って始めての動物に、驚いてしまう。ここは動物や魔物の領域であって、人間は部外者だ。できる限り野生動物を驚かさないように、隠れて進む。

 少し開けた場所に出ると、整備されていない自然に圧倒されてしまう。空は青く、地面から伸びる緑が強い。滝壺から広がる水しぶきが霧となって、夏の火照った身体を冷やしてくれた。

 その滝壺の周辺に薬草の群生地があった。


 以前は葉っぱが破れてしまって上手く採取できなかったが、今回は慎重に短い茎をナイフで切って、保温の革袋に入れた。すべて取り尽くすとまた成長するのに時間がかかるだろうから、2割ぐらい残してすべて刈り取る。群生地があるということは一気に広がる植物だ。


 さらに森の奥に進んだところにも群生地があった。薬草は水辺に多いと知恵はちゃんと証明されている。ここまで数があれば、確かに薬草として冒険者の間で広がっていく。おそらく歴史上では、効果は高いが数が少ない薬草もあっただろう。でも、この植物が生き残ったのは勝手に広がり、効果が薄くても大量に取れるところにある。


 冷たい革袋いっぱいに薬草が取れたところで、街道まで戻る。来た道を戻るだけなので、それほど迷うことはない。それにしても少し滝から離れるだけで暑い。川の水に手ぬぐいを浸して、汗を拭いた。気づけば虫刺されも多いが、幸いヒルはいなかった。

 痒いのを我慢して、徐々に温くなっていた革袋を再び川の水に浸し、古代魔法の「保温」を革袋にかけて、患部を冷やした。


 街道まで出られたのが、日が傾き始めた頃だ。そのまま街に戻って、冒険者ギルドに薬草を納品したら、猫耳職員ことミラが驚いていた。


「こんな状態の良い薬草を、本当にセイチが取ってきたのか」

「薬師様に貸してもらった保温の革袋のお陰です」

 そう言うと、ミラは頷きながら、「ここまでいい薬草はなかなかないよ」と褒めていた。報酬にも反映してくれて、3割増で払ってくれた。

 革袋をきれいに洗ってから、広場の甘味を買い、門前の薬屋に返しに行った。


「おっ、上手くいったかい」

「お陰様で、たくさん取れました」

 革袋を返すと、壮年薬師は「おや」という表情で俺を見た。

「まじないが二重にかかってるみたいだけど、お前さんも使えるのかい」

「あ、そうでした。あの古代魔法の『保温』という魔法を使いました。虫に刺されて」

「へぇ、古代魔法にも『保温』なんて魔法があるんだね」

「今は、そんな魔法はないんですか」

「ないんじゃないかな。冷やしたかったら氷魔法を使えばいいし、温めたかったら、火の魔法がたくさんあるじゃないか。せいぜい私みたいに、まじないとしてしか使ってないよ」


 古代魔法「保温」は時代に殺されていた。利便性や即効性を考えれば、各攻撃魔法のほうが効果的だ。だからといって、生活で使わなくなるかと言えば、そんなことはない。前世では冷蔵庫もあれば暖房器具だって多かった。

 魔道具の利権が絡んでいるのだろうか。


「そうですか。ありがとうございました。また、薬草採取の依頼を請けたら借りに来ます」

「ああ、また来な」


 俺は薬屋を出て、魔法図書館へと向かった。すでに日が暮れている。

 魔法図書館でも閉館の準備をしていた。


「今、来たんですか」

 シルヴァは苦い顔をしていた。

「もう閉めますよね。すみません」

「いや、いいんですよ。ちょっと今日は学生の利用が多かったので、本の整理が長引きそうなんです。セイチさんが手伝ってくれるなら、利用していただいても構いませんよ」

「手伝います」

 魔法図書館に通いすぎて、バイトみたいになってしまっている。


「で、今回はなんの魔法を調べてるの」

 机に広げられた本を番号順に棚に戻していく。シルヴァは慣れているので、どんどん進む。なぜか俺も何度も魔法書を探した本棚なので、いつの間にか終えていた。

「今は『保温』です。温度を保つだけとは言え、生活ではかなり必要だと思うんですよね。今は暑いし、冬になれば寒くなるのでしょう?」

「確かに、食材管理なんかではとても重要よね。なんで消えちゃったんでしょうね」

「薬師なんかは、まじないとして使うみたいなんですけど、やっぱり魔道具の普及が関係ありますか」

 図書館でも扇風機のような魔道具が置かれていて、湿度を保っている。

「たぶん、それは関係していると思うけど、効果の範囲じゃないかしら」

「ああ、氷魔法や火炎魔法のほうが、広範囲に効果的ということですか」

「そう。実際、魔道具もそっちを使っていて、用途に応じて作ったほうが即効性があるじゃない? 古代魔法の『保温』と言われても、ちょっと長めに持続するだけだから、だったら魔道具で魔石を使った方がいいと思うのが消費者じゃないかな」

「そう言われると、言い返す言葉もないですね」

 二階の本を棚に返し、一階の本を手拭いで拭きながら、本の整理をする。こちらの世界にはラミネート加工がないから、本が普通に汚れてしまう。


「あ、ほら、これ、古いまじないの本があるよ」

「見せてください」

 魔法とは呼べないような、地方のまじないを集めた本があった。他の本を拭きながら、読み進めてみると、元々は医療用として使われていたらしい。肩こり腰痛など患部を温めることによって血流を促し、熱中症対策でも使われていたとか。人間に使うのではなく、温かいものや冷たいものに向けて使うように注意書きもあった。


「人間に使うまじないではなかったんですね」

「それはそうじゃない。凍死したら……、しないか。え、人間に使うとどうなるの」

「体温のままじゃないですかね。寒い地方とかだと、部屋の中で温まってから使って、狩りに出かけるとか」

「なるほど、そういう使い方よね。じゃあ、地方によって違うのかもしれないわ」

 いつの間にか、汚れた本を拭き終えて本を棚に戻していた。

「暑い地方の『保温』はどんな感じなんですかね」

「さっきのまじないの本に書いてなかったかな」

「あれは寒い地方の本だったんで……」

「あ、だったら、これかな」

 シルヴァが仮面の絵が描かれたまじない本を渡してくれた。

 暑い地方だと、普通に人に対してのまじないで、熱中症対策だけでなく、毒沼の対策としても使われていたようだ。つまり、「保温」のまじないを自分に使うと毒沼を泳いでも、毒にかからないという。

「つまり、『保温』と言ってはいますけど、状態維持なんじゃないですかね」

 いつの間にか、周囲の明かりが消え、俺たちだけになっていた。

「あ、閉めなくていいんですか」

「まだ、大丈夫。私も気になってきたから」

 二人で手分けして、「保温」について調べていて、すっかり夜更けになってしまっていた。得られた情報をまとめると、古代魔法「保温」を発展させたまじないは、地方によって使い方が異なるも、その物質や人間に対する状態維持の効果を持っていたらしい。


「あ、こんな時間だ」

 すでに月が高く上っている。

「送っていきますよ」

「ごめんね」

「いえ、こちらの方こそ、無理を言ってしまって」

「私が途中から面白くなってきてしまっただけよ。まさか、『保温』にすら歴史があったとは思わなかったから。でも、考えてみれば当たり前よね」

 住宅街の奥の方にある建物まで送り、俺はシルヴァと別れた。

「またね」

「また、よろしくお願いします」


 俺は冒険者ギルドまで帰りながら、古代魔法の「保温」が状態維持や効果の遅延であれば、もし薬草で回復している最中に使うと、回復の効果が持続して薬草一枚でもかなり回復するのではないかと考えた。

ただ、逆も然り。毒を受けた魔物に使えば、毒が回り続けて死に至らしめることもありうる。なにより、魔力を消費している感覚がないほど効率のいい魔法だ。


「禁術の類かもな」

 もしかしたら、忘れ去られないといけない魔法だったのではないか。だからこそ寒い地方ではすぐに人に使ってはいけないというルールが追加された。

 不穏なことを考えながら、俺は冒険者ギルドの宿へと帰った。


 翌日、薬屋に行き、「保温」のまじないが禁術になっていたことはないか聞いてみた。

「そんな危険なまじないだったら、今は使われてはいないよ」

「そうですよね」

 一応、魔法図書館でも調べられるので、もしかしたら古代魔法の「保温」の効果が状態維持だったかも知れないと伝えると、難しい顔をしていた。


「いや、言われてみると、薬師の逸話には、毒で大型の魔物をやっつける話もあるんだよ。その毒は今でも使われていて、そんな強力な効果はないはずなのよ。それだけ薬師としての腕が良かったから、精進しなさいという教訓ではあるんだけど、もしかしたら『保温』だったのかもしれないね」

「ああ、やはりそうですか」

「でも、これ他人に言うんじゃないよ。簡単にレベルを上げると、肉体と精神のバランスがおかしくなってしまうことがあるから」

 古代の薬師は、身を滅ぼしたとも言われているらしい。

「もちろんです」


 古代魔法「保温」を殺した犯人は、古代の薬師たちだったのかもしれない。時代とともに魔道具へと代替えされてきたのだろう。

 チートを使うかどうかは、周囲にいる信頼できる人たちがいるかどうかによるのかもしれないと思った。


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― 新着の感想 ―
 ファンタジーで人の死なないミステリって珍しいのでとても面白いです!   ここでは「転生」なんですよねー
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