魔法検体02《清掃》
教会の鐘の音は街中に聞こえていた。どの世界にも宗教があるのだろう。人類の歩みとともに、恐れもあれば、崇めたいものもある。
荘厳な鐘の音に心が洗われるようだった。
冒険者ギルドで見つけた依頼は、教会の屋根裏の掃除と鐘の清掃だった。報酬は大したことはないが、作業期間中は食べ物と寝床を用意してくれるというから飛びついてしまった。
もちろん教会なので、馬鈴薯の潰したようなものが出てきた。ただ、こちらの世界では肉を食べてはいけないとか、無益な殺生は禁ずるというような戒律はないようで、魚料理や肉料理も出てきた。これが、案外さっぱりとしている上に、素材が新鮮で美味しい。
「保存食は作ったりしないんですか?」
「以前は作っていたんですけどね。今はすっかり流通も整っていますから。もちろん、ないことはないんですよ。でも、信徒の一人が大量に作ってあったジャムや漬物を盗み出してしまいましてね。教会に住む者以外には出さないことにしているんです」
髪を隠し、ボディラインが見えないゆったりとした服を着たシスターが教えてくれた。
「それは、大変でしたね。とても新鮮で美味しい食事で感謝します」
「お口に合うなら良かった」
食事が終われば、屋根裏部屋の掃除だ。壊れた家具なども外に運び出して、古道具屋に売ったり、壊して薪にする。重い家具は俺だけじゃなくて、教会の信徒たちと協力して運び出した。
埃だらけになりながら、屋根裏部屋に戻れば、蜘蛛やネズミが待ち構えている。スプレーなどないが、箒で捕まえたり、罠を仕掛けて潰したりした。
だいたい片付いたと思ったが、古い汚れやカビなどはどうしても残ってしまう。
「こういう汚れは削りますか?」
「いえ、雑巾で拭いても取れない汚れはそのままで結構です」
そう言われて、古代魔法の中に「清掃」という魔法があることを思い出した。
「魔法の『清掃』って使ってみても構いませんか?」
「生活魔法ですか。どうぞ使えるならやってみてください」
シスターの許可が出たので、俺は「清掃」を唱えてみると、汚れもカビもきれいに落ちた。
「あら、随分優秀な魔法をご存知なんですね」
「古代魔法です」
「今どき、そこまで汚れを落とせる生活魔法は少ないですよ」
「そうなんですか」
もしかしたら、「清掃」という魔法も、時代に殺された古代魔法なのかも知れない。なぜ変わってしまったのか。犯人は誰なのか。
俺は鐘を雑巾で拭き、魔法を使いながら、光が反射するまで磨いた。
依頼を終えて冒険者ギルドに報告し、魔法図書館へと向かう。エルフ司書に挨拶をして、「生活魔法関連」図書のコーナーを教えてもらった。
特別商売もしていなければ、できる依頼も少ない冒険者は、自由を謳歌している。
「清掃」に関する本を読んでいると、そもそも対象は汚れではなく「穢れ」だったらしい。つまり、呪いや毒も除去対象だった。果ては嫌な記憶まで消す術者もいたと書いてあった。
「トラウマ除去って生活魔法の域を超えているよ」
思わず口に出していた。周囲を見回すとほとんど利用者はおらず、エルフ司書だけが声を殺して笑っている。
「相変わらず熱心ですね」
「ええ。古代魔法が面白くて、興味が尽きませんよ」
「今は何を調べてらっしゃるんですか」
「古代魔法『清掃』についてです。古代ではかなり強力な魔法だったようで、ちょっと驚きすぎて声を上げてしまいました」
「生活魔法は普及しすぎて人気がありませんから、声を出していただいても構いませんよ。メモの用意はありますか」
エルフ司書は利用者向けに紙束を銭貨で売っているらしい。
「いただけますか」
鞄に木炭があったはずだ。
メモを取りながら読み進めた。そもそもこの魔法が作られた時代が古すぎて、起源がわからない。もしかしたら魔法そのものと同じ時代に作られたかも知れない。ものぐさな俺からすると、有り得る話だと思う。
掃除は面倒という理由が作る動機になりやすい。それに呪いにかかった者やトラウマを癒したいと思うのは人間としては当然のことだ。
回復魔法の魔法書から「解呪」の欄を読むと、おそらくこちらの方が古代魔法に近い気がした。人や物に宿った呪いを払い落とす魔法と書いてある。物質的な汚れとは違い、呪いとは内なる「穢れ」だったのだろう。
その「解呪」の派生として「記憶改竄」という魔法があるらしいが、禁術とされていた。
「よかった」
禁術にしたのは宗教だったようだ。この世界でも宗教改革はある。
ちょうど閉館時間になったので、一度、教会に帰った。
「あら、今日もこちらにお泊りですか」
夜遅くなってしまったので、シスターに嫌味を言われてしまった。
「ええ。伺いたいこともありまして、隅で構いませんから雨風を凌がせていただけませんか」
「よろしいでしょう。ちょうど私も聞きたいことがあったんです」
「俺になにか聞くことがあるんですか?」
「とりあえず、中に入ってください。いかがわしいことをしているのではないかと思われますから」
「わかりました」
俺は教会の中に招かれ、誰もいない礼拝堂のベンチでシスターと話をすることになった。
「それで……、話というはなんですか」
シスターが水まで用意してくれで聞いてきた。
「屋根裏部屋を掃除していた時に、古代魔法の『清掃』という魔法を使ってみたんですが、魔法図書館で調べていましてね。古代から現代までの間に、『清掃』と『解呪』『解毒』『記憶改竄』などに枝分かれしているようなんです。原因を知りませんか」
「ああ、はいはい。ちょっとお待ちください」
なぜかシスターは俺の話を聞いて、背中をかく孫の手のようなものを持ってきた。
「これはなんです?」
「背中がかゆい時の孫の手です」
「それがなんだというのですか」
「現代の解呪では、これを使うことが多いんです。かつて宗教改革がありました。原因は聖女が左手だけ呪いに掛かりましてね」
「穢れたということですか」
「そうとも言いますが、呪いというのが折れた足やちぎれた腕を治してしまうような強力なものだったんです」
「それって呪いなんですか」
「やろうと思えば、猫の手でもくっつけてしまうような能力です。ただ、当時は多国間で戦争が起こり、戦死者も多数出るような戦いがそこかしこで起こっていたと言います」
「それで聖女になったということですか」
「ええ。その左手の呪いが解けないように、『清掃』と『解呪』を分けたのだと思います」
「なるほど。では『記憶改竄』は戦時のトラウマを消す目的ですかね。『解毒』は破傷風対策で分けたという感じでしょうか」
古代魔法「清掃」を分けた犯人は戦争ということだろうか。俺は統合版しか持っていないから、使いどころは限られているのではないか。
「セイチさんは、魔法をそんな風に分解して考えるんですね」
「それくらいしか楽しみがないんです」
そう言って笑うと、シスターも笑っていた。
「シスターが俺に聞きたいことはなんですか」
「ああ、同じようなことなんですけど、セイチさんの『清掃』の魔法を地下清掃にも使えませんかね。井戸の清掃って大変ですし、古代魔法だと『解毒』や『解呪』の効果も残っているじゃないですか」
教会では必ず井戸の水を沸かしてから飲んでいた。俺の「清掃」で手間が省けるなら少しは生活が楽になるのだろう。
「確かに。いつでも、やりますよ」
「では、明日にでもお願いします。報酬の方は……」
「ああ、食事をいただければと」
「わかりました」
翌日の朝食は卵がたっぷりのオムレツに濃厚なソースが掛かったものとちょっと酸っぱいパンだった。ソースがピリリと辛く劇的に美味しい。
「ものすごく美味しいですね」
「よかった」
教会の井戸は裏手にあり、早速、古代魔法の『清掃』を使ってみる。範囲が広いので、身体から力が抜けるような感覚があった。これが魔力なのかもしれない。今の虚脱感を考えると、こんなに魔力を使っていられない。せいぜい無理して一日三回もできれば良いほうだ。
「魔力って、どうやって上げるんですかね」
「それは魔物を倒してレベルを上げるんじゃないかしら。セイチさんはもしかしたら、呪術系の魔物に滅法強いのでは?」
「戦ったことがないので、なんとも言えないのですが……」
「あ、ほら、例えば、魔剣に化けている魔物とかさ。あ、呪いのアクセサリーなんかは解呪できるから仕事には困らないんじゃないかな」
「ああ、なるほど。いい稼ぎ口ができました」
その日の内に冒険者ギルドに、古代魔法『清掃』について報告し、仕事があれば教えてほしいと頼んでおいた。
もしかしたら『記憶改竄』の依頼が来るかと思ったら、酔っぱらいが自分の記憶を取り戻してほしいという依頼ばかりが来て、とんでもない損失したという記憶を植え付けておいた。案外財布を見たら、そんなに損をしていないはずなのでリピーターが来るかもしれない。
ちなみに魔剣や呪具は能力が付与されていたほうがいいため、仕事が回ってくることはなかった。魔剣の魔物に関しては、一人で立ち向かうような相手ではないらしい。
「なかなか儲からないものだ」
数日待ってみたが、それほど稼ぎにはならなかった。古代の魔法使いはなんでこんなややこしい魔法を作ったのか。
「緊急依頼だ。セイチ。ちょっといいか」
冒険者ギルドで仕事探しのために掲示板を眺めていたら、中年職員から声をかけられた。
「俺ですか」
「ああ、たぶんぴったりの依頼だ。鉱山跡地を山賊がアジトにしてたんだけど、中が酷いことになっているらしい」
どう酷いのかは現地で確認しろとのこと。
「俺、戦えないですよ。武器も防具も全部売っちゃいましたから」
「戦わなくていい。単純に清掃をしてくれるだけでいいから。なるべく早めに頼む」
緊急依頼なので報酬はかなりいい。やるしかないのだが、鉱山跡地に行くのも不安だ。
いい加減、異世界に来たのに街の外に行かないといけない時期だ。野生に触れるために鉱山跡地に向かおうとしたが、ほとんど道が整備されていて、鉱山跡地までの山道だけが草木が生い茂っていた。特に狼と出くわすこともなく、魔物がいるわけでもない。そもそも山賊たちが周辺の魔物を片付けてくれていたのだろう。
「あ、こんにちは」
鉱山跡地の入口に、冒険者ギルドの職員が二人いた。男女で調書か何かを書いていたようだった。
「緊急依頼を請けて来た者です」
「セイチさんですね。話は伺っています。古代魔法の『清掃』を使えるとか」
「はい。一応、古代魔法は使えることになっているんですが、何があったんですか?」
「この鉱山跡地を山賊がアジトにして、幻覚系のキノコを育てていたみたいなんです。一通り、山賊は捕らえ、魔物も討伐し終えたんですけど、このままにしておくと、菌株から再びキノコも生えてきてしまうので、『清掃』の方をお願いしてよろしいでしょうか」
「わかりました」
「一応、元鉱山なので、霊魂等も出てくる可能性があります。菌株には毒があるのですが、古代魔法だと対応できますかね?」
「大丈夫だと思います。ただ、そんなに戦闘職をしていないので、魔力というのでしょうか。足りなくなる可能性があるので、時間はかかると思っておいてください」
「わかりました」
許可を得て、支給された軍手とマスクをしてから、鉱山の中に入った。
古代魔法の「灯火」を使えば霊魂たちも導かれていくだろう。
あとは「清掃」の出番だ。入り口付近から通路を抜けると、アリの巣のように広がる採掘場があった。チェックをしつつ、一番効果的な場所で「清掃」を使っていく。
塵だらけで、湿気も多く、幻覚系のキノコだけでなく苔やカビなども多い。魔物の死体と思しき骨も随所に捨てられている。
通路の先に少し広い部屋が出てきた。寝袋が無造作に地面に並べられている。よくこんな場所で眠るものだ。埃とカビ、獣の臭いが強い。菌株は奥の部屋にあり、そこで育てていたものを使って、山賊家業をしていたようだ。
確かにこんな場所を放っておいたら、病原菌が大発生して辺り一帯を封鎖しないといけなくなりそうだ。
「あまねく精霊よ。愚鈍なる我に力を与えたまえ。我が敵は、眼に捉えられぬほど小さく、魔獣の牙よりも強力で、スキップと同じ速度で広がる呪いだ。皮膚に触れれば爛れ、肺に入れば命の灯を奪う。清らかなる息吹よ。破邪の力を示せ」
古代魔法『清掃』の祝詞はだいたいこんな感じだったはずだ。
正直、このような場所は一気に『解呪』も『解毒』もやってしまわないと、作業者に危険が及ぶ。古代人も片付けをしていて、何度も毒や呪いを受けていたら流石に対策をするだろう。未知なる脅威への対策が「清掃」という魔法だったのかもしれない。
時には見たくもない仲間の醜態を見てしまう可能性だってある。だから『記憶改竄』も含まれていたのではないか。
目に見えないからといって、恐れたり崇めたりもせず、じっとどういう状態になるのかを観察し、一つずつ組み合わせていったのだろう。
宗教改革による分解も含め、必要にかられ作られた魔法だ。まとめてやらないと本当に面倒なことになる。
魔法を終えて外に出てみると、足が震えていた。
「すみません。魔力を使いすぎたみたいで」
「ああ、このお茶を飲んでみてください。魔力回復効果があります」
男女の職員はわざわざ俺のためにお茶を入れていてくれたようだ。
前世で飲んだエナジードリンクのような香りのお茶で、即効性が高い。体中の血流が良くなり、インナーに汗が滲む。
「依頼完了の確認をお願いします」
「わかりました」
「あの、このお茶ってどこでも売ってますか」
「冒険者ギルドに売ってますよ」
「ありがとうございます。自分はもう帰ってもよろしいですかね」
「どうぞ。お疲れ様でした」
俺はサウナに入った後のような感覚のまま、街へと帰った。
翌日、教会に行き、シスターに魔力を回復するお茶を差し入れした。
「あら、いいの」
「お陰様で、仕事にありつけましたので」
ひと月ほどは仕事をしなくてもいい。
「なにか手伝えることがあれば言ってください」
教会にいると街の人のニーズが見えるし、古代魔法を調べるヒントにもなる。
「芋を洗ってほしくて」
「わかりました。食事はいただけるんですよね」
そう言うとシスターは大きくため息を吐いた。
「食費はいただきますよ」
「構いません」
行きつけの定食屋を見つけた気分だった。
「食は人間の原動力です。面倒だからと、魔法を使って食材を洗ってはいけませんよ。魔力を無駄にしてはいけません」
「……はい」
試しに馬鈴薯に似た芋に「清掃」を使うと、芽がぽろっと取れて、皮についた土がきれいに取れる。
「めんどくせ。まとめてやりたいな」
「セイチさん!?」
後ろで洗濯をしていたシスターに声をかけられた。
「はい!」
きれいな井戸から汲んだ水で顔を洗った。




