魔法検体01《灯火》
魔法とは、超自然的な科学的には説明できない法則のことをいう。そう信じて生きてきたはずだったが、いざ自分がぽっくり死んで異世界に転生し、魔法だらけの世界に来てみると、日常的に使うもので、むしろ説明できないからと言って、使わない手はないものに変わっていた。
いや、はっきり言うと、そんなもの使いたいに決まっているだろ。
「で、魔法なんてない世界からやってきたんだろ? なんにする?」
転生神と呼ばれる神から聞かれた時、頭の中は真っ白だった。なんの魔法ならチートできるかなんて考えてなかった俺は、ただただ戸惑うばかり。
「えーっと、便利な魔法が……」
「じゃあ、生活魔法だな」
「いや、生活魔法じゃ、ちょっと……」
俺は自分のズボラさを知っている。たぶん生活魔法なんか手にした日には、寝っ転がってる内に人生が終わってしまう。
「もう少し難しい魔法とかのほうがいいかもしれません」
「じゃあ、古代魔法なんてどうだ?」
「おっ、いいかもしれませんね!」
前の世界でも古代文明は大人気だったはずだ。
「じゃあ、そんな感じで頑張って……」
「あ、はい……、よろしくお願いします!」
で、出来上がりがこれだ。
「まったく、それでも冒険者かい?」
ギルド職員には薬草採取もまともにできない冒険者と思われる始末。薬草の種類は特定できても、摘み方が悪いそうで、価値を落としているのだそうだ。この世界に転移しても不器用が治るわけではない。
「そんな初歩的な魔法でなんの役に立つっていうんですか?」
「パーティーから出ていってくれ」
せっかく仲間に招き入れてくれた若者たちからも、こんな言われよう。おそらく裏ではもっと言われていたんだろう。
古代魔法とは名ばかりで、超初級魔法でしかなかった。
初めは、指先から明るい炎が出てきた時は感動したが、魔法のランプこと魔石灯という光るランプが普及しているので、街灯から洞窟探検の明かりまで魔法を使う必要がなかった。
「古代魔法なんて知っていても、魔道具になっているものがほとんどですし、使うようなタイミングがないから廃れてるんです」
「はい……」
20代と思しき猫耳の職員さんから怒られる中年転生者にだけはなっちゃダメだ。普通に泣いてしまうから。
「泣いてたって現実は変わりませんよ」
猫耳職員は結構追い打ちをかけてくる。
「確かに、その通りですね」
そもそも古代魔法の能力はあっても、どういう成り立ちで、どうして消えていったのかを俺は知らない。ということで、冒険者ギルドに併設されていた小さな魔物研究所のさらに小さな図書棚の前に来ていた。
『初級魔法大全』には、「灯火」という周囲を照らす魔法は、かつて墓守たちによって作られたと書いてあった。
「夜中の墓場は怖いもんな」
「燃やさないでくださいよ。大事な本なんですから」
灯火を使っていたら、また怒られた。猫耳職員は滅多に冒険者が来ない魔物研究所で暇をしているらしい。
「伺ってもいいですか?」
「なんです?」
「灯火の魔道具が魔石灯になったとして、魔石灯は誰が作ったんです?」
「それは……、書いてませんか」
「魔法は墓守が作ったとしか」
「そうですか。じゃあ、たぶん、魔石灯も墓守が作ったんじゃないですかね? 古代にはすでに流通していたはずですから」
つまり魔石灯は誰が作ったかはわからないということか。
「体系としては火魔法としているんですよね? ということは、火葬していたということですか」
石造りの建物が多く、棺もあるし、普通に骸骨剣士の討伐依頼なども見たので、火葬していたのだとしたら、土葬は新しい文化なのだろうか。
「いや、それはちょっと……」
「なにかあるんですか?」
「私にはわかりません。ただ、知らなくてもいいことはありますから」
「特に誰も突っ込んで調べたりは……?」
「お金にもなりませんし、意味もないでしょう?」
猫耳職員の反応を見て、俺は前世で自分がライターだったことを思い出した。
真実がわかるのなら、真実を知りたいし、隠されていることで多くの人が損をしていたり、権力者が評価しなかったことで冷や飯を食っている人たちの悔しさを見てきた。
俺はそういうことに踏み込みすぎて消されてこの世界に来た。
ここは踏み込んではいけない領域なのだろうか。いや、潰されているのは、魔法そのものの記憶だ。魔法の歴史を明かしても、誰かが困るわけでもないだろう。
むしろ広く知られている魔法なのに、誰も起源や衰退した原因について知らない、もしくは知らされていないことのほうが不自然だ。
「魔法が時代に殺されたのであれば、その時代に何があったのか知りたいとは思いませんか?」
「別に……」
「調べても特に何があるわけでもないけど、知ろうとすると消されたりは……?」
「そんな利権なんてないと思いますよ。世界中の魔道具屋が作ってますしね」
調べても構わないということだ。
「この『灯火』という魔法を作った墓守がいた場所ってわかります?」
「いいえ。でも、もしかしたら、魔法図書館ならわかるかもしれませんよ。というか、なんでそんなに知りたいんですか?」
「いや、どうせここにいても、特に仕事ができるわけでもないですからね。なにか価値が埋まっているなら、掘りに行ったほうがいいかと思って」
「価値なんてあったら他の人がやってるんじゃないですか?」
「ええ。たぶん、他の人がやっています。でも、あなたは知らなかった。これだけ普及している魔法なのに、本当に知らなくてもいい魔法なのかどうなのか確かめたいだけです」
「変わってると言われませんか」
「人と同じことをやっても、価値は出ません」
資本主義の道理だ。俺は猫耳職員に魔法図書館の場所を聞いて、旅立つことにした。
宿代を支払い、この町での最後の食事をする。サフランのようなスパイスがかかった平たいパンとシチューだ。
記憶は匂いとともに脳に刻まれる。汗臭い冒険者ギルドに併設されているから、香辛料がふんだんに使われているのかも知れない。前世の記憶が蘇ってしまい、舌も肥えているはずなのに、かなり味が深い。この世界の調味料は発展していたんだ。
日常的なこの世界について、ようやく解像度が出てきた気がする。
「香りもいいんだよな」
武具店で冒険者として使っていた防具や武器を売ってしまった。たぶん、今後俺はこういうものを使わないだろう。護身用のナイフを一本だけ、腰ホルダーに差して、駅馬車に乗り込んだ。
たぶん、転移してきて1ヶ月ほどいたと思うが、なにがなんだかわからないまま過ごしていたような気がする。きっと冒険者として魔物討伐の依頼を請けながらレベルを上げて生活していくのが普通なのだろう。そのために転生神もこの世界に俺を飛ばしたはずだが、早くも道から逸れてしまった。
それもまたよし。人生の分岐点は唐突にやってくる。
夜には宿を引き払い、駅馬車に乗り込んでいた。
翌朝、魔法図書館がある町までたどり着き、御者の爺さんに起こされた。
「もう皆、出てるから、とっとと出てくれ」
「……んあ? すみません」
寝ぼけ眼で、外に出てみると、大きな建物がいくつも並ぶ広場だった。
俺はとりあえず、広場から見えている魔法図書館ぽいところに向かった。明らかに本を持った人の石像があったのでわかりやすい。
入館料は銀貨一枚。それが全財産だった。
中に入って、司書に古代魔法関連の書物の場所を聞き出し、一日中読み漁った。
魔法は体系化しているものの、ほとんど魔法陣やどうやって使うのかということばかり書かれていて、起源については記述が少ない。
「数学みたいなものか……」
どうやら魔法には禁術が多いらしく、また歴代の有名な魔法使いは借金ばかりしていた研究者が多かったからか、魔法を売り歩きながら借金取りに追われている者もいたらしい。
ドラゴンに教えてもらった魔法や洞窟の死者から教わったという者も多い。正直に書いているのか、実際は自分で作ったが、教えるのが面倒になって適当な理由をつけているのかわからない。
ただ、どの魔法にも、逸話があって面白いということだけは確かだ。当然、普通の魔法使いには必要のない知識だが、活字に飢えていた俺は貪るように呼んでしまっていた。
「あの……大丈夫ですか?」
気づけば、司書がパンと水を持ってきてくれた。窓の外はすっかり暗い。図書館の魔石灯も明るくなっていた。
「朝からいらっしゃって、ずっとその席にいましたよね」
「あ……、すみません。閉館ですか?」
「ええ……」
俺は机の上にある読み終わった本を戻した。司書に教わった本はほとんど読み終えていた。
「全部読んだんですか?」
「はい。もちろん、全部頭に入っているわけではありませんが、昔の魔法使いの話が面白すぎて……。お恥ずかしい」
お腹が空いていたので、ありがたくパンと水をいただいた。パンは少し塩味がついていて、小麦の香りが強かった。司書も同じ食事をしているのだろう。
そう思って、未だ本の片付けをしている司書を見て、耳が長いことに気がついた。
「もしかしてエルフの方ですか?」
「はい……。なにか? 珍しいですか?」
「付かぬことを伺いますが、『灯火』の魔法を作ったのは、古代エルフの墓守だと読みました。かつて森のエルフは火葬をしていたのですか?」
「いえ、そんな事はありませんよ。深い森の中で死者が迷わぬようにと『灯火』の魔法を作ったと言われています」
「やはり、そうでしたか」
古代の魔道具関連の本を読みすすめていたため、予測はしていた。
「であれば、現在の魔法陣は多少加工してあるということですよね?」
「そうです。正しい魔法陣は『ものさがし』や『千里眼』などに近かったと言われていますね」
「もしかして、こんな形ではありませんか」
転生神から授かった古代魔法のスキルは、正しく俺の頭に「灯火」の魔法陣を描かせた。
「そうかもしれません」
「一つ賢くなりました」
「それは何よりです」
「パンと水をありがとうございます」
「今度はお金を取りますよ」
「はい。セイイチと申します」
「セイチ?」
この世界の人は母音を繋げられないのかも知れない。
「誠実第一と書いて、セイイチです。この御恩はいつか返しに参ります」
「はい。期待せずに待っています」
俺はエルフに見送られ、魔法図書館の外に出た。
星が瞬き、夜の帳が下りてきた。どうも本を読みすぎて、言語化が古臭くなってくる。
荒くれ者や盗人などが街角にいて、酔っぱらいたちの財布を狙っていた。俺は足音を消す魔法を使い、酔っぱらいの側を通る時に「灯火」を使ってみた。
「おっ、なんだ? 魔法か?」
酔っ払いがこちらに近づいて、盗人たちが離れていく。悪事は明るい場所ではやりにくいのだろう。
見回りの衛兵に見られて、挨拶をされた。
「灯りが見えたんでね」
「悪者を逮捕するより、悪事が起こらないことの方が大事です」
「違いない」
衛兵と挨拶を交わし、冒険者ギルドの場所を聞いた。
冒険者ギルドは夜遅くでも帰ってくる冒険者のために開いていた。
掲示板から墓地の依頼を探す。町外れの墓地で、亡霊たちが騒がしいという依頼が出ていた。
「すみません。今からでも依頼を請けられますか?」
「依頼によるよ」
メガネをした中年の職員が対応してくれた。夜勤には慣れているのか、大きな湯呑でお茶を飲んでいた。
「亡霊か。これなら、構わないよ。夜通し見るつもりかい?」
「一応、そのつもりです」
「じゃあ、報酬と一緒に朝から昼間まで宿を取っといてやろうか。休憩ってことで安くしておくけど」
「いいですか。でも、手持ちがないので……」
「報酬から天引きしておくよ」
「お願いします」
俺は亡霊を鎮める依頼を請けた。
「あ、魔石灯って貸してもらえませんか?」
「余っているのがあるから持っていきな」
中年職員は亡霊を静かにするくらいだから、別に誰でもできるだろうと思っているようだ。薬草もまともに採取できないので、そのくらいの難易度じゃないと冒険者の依頼は請けられない。
魔石灯を持って、町外れの墓地まで行くと、確かに人魂がいくつも浮いて、人ならぬ声を上げていた。
俺は魔石灯の明かりを消して、古代魔法の「灯火」をじゅもんを唱えた。
「あまねく星の灯は黄泉への道しるべ、道に迷いし古の兵よ。現世に残した思いに駆られた魂よ。墓守の灯りに集い、焦がれた心を癒しておくれ」
呪文の内容はだいたいこんな感じだったはずだ。エルフの呪文は、精霊の力を借りるので大まかに当たっていれば応えてくれる。
騒がしかった人魂は灯火に集まってきた。ひとつづつ墓に帰してやると、いくつか汚れている墓があった。枯れ葉に埋もれ、雨風に晒され、名前が消えている墓も多い。
枯れ葉を掃除して、井戸の水で洗ってやるとちゃんと墓に帰っていく。井戸から水を汲み上げる時、魔石灯を点けてみたが、途端に人魂が離れていってしまった。魔道具にすると効果が消える。
確かに暗い中で作業をするなら、亡霊や亡者を呼び寄せている場合ではない。むしろ邪魔だ。灯りだけを残した魔石灯は必然だったのかもしれない。
東の空が白み始めた頃、ようやくすべての人魂を墓に帰し終わった。
「帰還完了か。『灯火』の帰還と誘導の効果が消えた原因は、夜の作業者によるニーズか」
俺は明かりの消えた魔石灯を持って、冒険者ギルドへと戻った。
「依頼完了しました」
「おっ、確かに今日は苦情が来てない。これ、宿代を引いた報酬だ。それにしてもお茶も飲まずによく起きてたな」
「腹が減ってるんで、起きてたんですよ」
一応、報告書には古代魔法の「灯火」を使って人魂を墓に戻して、墓を掃除したことも付け加えておいた。
「魔石灯は古代エルフから広がったんですかね?」
「さあ、それはわからない。ただ、魔石灯と同じくらい古い時期に、この御香が広まったらしい」
中年職員は紫色の御香を見せてくれた。
「墓掃除のお礼だ。うちの爺もあの墓地にいるからよ」
「いい香りですね」
「安眠効果があるらしい。明るいから、寝にくいだろう」
「ありがとうございます」
俺は御香を受け取って、宿の部屋に向かった。
雨戸を閉めた暗い部屋の中、御香に「灯火」で火を点ける。深い森の緑の匂いがした。
古代魔法「灯火」を殺した犯人たちは、夜勤の人たちだ。この時代にも夜遅くまで働く図書館司書もいれば、冒険者を迎え入れる職員たちもいる。どれだけ便利な魔法も時代とともに、起源とは違う魔法へ変わっていく。
魔法は削れて、分離して、また組み合わさって、時代とともに変化していくものなのだろう。だとしたら、この世界で、こぼれ落ちた魔法は大量にあるのではないか。
大きく息を吸う。御香の香りで前世の記憶が蘇り、葉緑体や葉脈、菌根菌から、世界で最も大きな植物と雷のこと、稲妻の知識などが走馬灯のように頭の中を駆け巡った。
古代の夜に作業をしていたエルフたちもこの御香を嗅ぎながら、朝方眠ったと思うと、時を超えた香りに包まれているような心持ちになり、ベッドに寝転がった時には意識を手放していた。
昼過ぎにもぞもぞと起き出して、窓を開けると、眩しい陽の光が差し込んでくる。掃除をしてから部屋を出るというのは前世からの記憶だったか。
宿の管理人にお礼を言って、外に出た。
大きな街の広場なので、屋台も出ていた。ホットドックのようなもので朝食を済ませる。鼻にツンとくる香辛料が効いていて美味い。
人は多く、町並みは広場を中心に馬車道が放射線状に伸びている。石造りのきれいな町並みを見て、ほとんど図書館にしかいなかったことを悔いた。そのまま散策しながら、雑貨屋を探す。
裏通りで雑貨屋を見つけ、今朝ギルドの中年男性がくれた御香を買う。転移してきた者は人との繋がり薄いから、僅かな縁でも大事にしたかった。
広場の魔法図書館へと戻り、昨夜のエルフ司書を探した。遅番でも昼過ぎには来ているのではないかと思っていたら、火の魔法コーナーで本を片付けていた。
「昨日はどうもありがとうございます」
「ああ、昨日の……」
「これ、お礼と言ってはなんですが、これ受け取ってください」
「まぁ、御香かしら?」
「実は『灯火』という古代魔法について、いくつかわかったことがあります」
「あら、どんな?」
「古代エルフの墓守は確かに、死者の魂を導く道しるべとして『灯火』を使っていたようです……」
俺は昨日、図書館を出てギルドで夜中に依頼を受けて、人魂を墓に帰し、安眠の御香を貰ったところまで話した。
「その御香です」
エルフ司書は笑って、御香を受け取ってくれた。
「まさかこんなに早く恩を返してくれるとは思わなかったわ」
「いえいえ、『食の恨みは怖い』と言いますが、『一食一飯の恩義』とも言います。自分には古代魔法くらいしかありませんから、また勉強させていただきます」
「そう? 今日はどんな魔法をお探しで?」
「昨晩、墓を掃除していましてね……」
この世界に来て、少しだけ縁が太くなった気がした。




