魔法検体10《道標》#1
「泊りがけで薬草採取をする人なんていませんよ」
井戸で顔を洗って、朝食を食べてから俺は教会を出た。
「すみません。師匠、狼が来たら、サンドイッチでも上げてください」
「獣にまで施しはしませんよ。しかもサンドイッチって」
リグモアは呆れて、笑っていた。
「じゃあ、また栗拾いに来ますので」
「ええ。実家だと思って、いつでも来てください。力仕事を用意しておきますから」
不出来な弟子を持つと師匠も苦労する。
「ありがとうございます」
感謝して、俺は街へと戻る。
冒険者ギルドでは、狼に襲われていた冒険者たちが俺のことを報告していたそうで、猫耳職員ミラにはこっぴどく叱られた。
「セイチさんが狼に食べられたと思ったじゃないですか!」
「そしたら、ミラさんの枕元に化けて出てますよ」
「やめてください!」
「やめるかどうかは死んだ後の俺に言ってください」
すでに死んだ後なんだけどね。
「薬草は採ってきたんですか」
「もちろん」
俺は薬草が詰まった革袋をカウンターに置いた。
「狼が新しい薬草の群生地を教えてくれたんです。昔、巨大な魔物が死んだ場所らしい」
森の地図を描いて、教えておいた。
「わかりました。担当者に渡しておきます」
そのミラの言葉に違和感を持った。薬師だったら、薬師と言うだろう。担当者というのは巨大な魔物を掘る担当者だろうか。先日も衛兵から、その人物に関する情報を聞いたような気がする。
「それって、もしかして死者の声を聞けるという担当者ですか」
「ええ、北方で魔物の検死をしすぎて、死者の声を聞けるようになってしまったという人で、吸血鬼なんじゃないかと噂になっています」
「へぇ」
「会いたいですか。裏にいますよ」
「裏ってどこですか」
「井戸の奥の倉庫っぽいところです。魔物で解体してますよ」
「行ってみます」
「本当にぃ!?」
魔物の死体があるというと、ほとんどの冒険者は行かないそうだが、俺は好奇心から行ってしまう。
裏の井戸の奥にある魔物研究所のドアを叩いた。
「はい、どうぞ。勝手に入っていいですよ」
声を聞いてドアを開けると、血と糞尿の匂いが俺の鼻を襲った。手拭いをマスク代わりにしてから、中を見れば、小型の魔物の死体が梁からいくつもぶら下がっていた。血抜きだろうか。血が溜まったバケツがいくつも並んでいる。
雨戸は締め切っていて、明かりは魔石灯を使っているらしい。空気が淀んでいるから、霊も溜まりやすいのだろう。
「こんにちは」
「こんにちは。バケツあるから気をつけて」
長身の彼女は、全身を手術衣のようなローブで身を包み、大きな手術台の上で大きな熊の魔物の解体をしていた。
「やっぱり、大型の魔物は骨が変形してるよ。筋肉とのバランスが取れないまま大きくなるのよね」
「それって、異常個体が魔物化してしまったということなんですか」
「そうね。群れの中で、序列が付いてしまって、感情の向かう先になるのよね。それが土地の魔力とも反応して魔物化することが多いみたい」
「土地も関係してるんですね」
「大いに関係していると思っているんだけど、あまり知られていないの。あ、検死官のランパリよ。よろしく」
「冒険者のセイイチです」
手袋を脱いでランパリは握手をした。
「セイチって水路の死体を見つけた?」
「そうです。ランパリさんが検死したんですか」
「そう。検死と言っても、物的証拠がいくつか残っているから整理して、証言をまとめただけなんだけどね」
「死者の声が聞こえるんですか」
「ええ。北方にいた時に魔物を解体していたら、見てくれていた獣人のシャーマンに降霊術の初歩を教えてもらったの。それで聞けるようになったわ」
「じゃあ、別に噂の吸血鬼というわけでもないんですか」
「え、私吸血鬼だと思われてたの。北方に住んでたから、辛い物ばかり食べててさ。スープの表面を唐辛子まみれにしたからじゃないかな」
ただ、自分の血だらけのローブを見て笑っていた。
「この姿を見られちゃうとね。もうちょっと肉を付けるか。ところでセイチさんは古代魔法を研究しているって聞いたけど」
「そうですね。好きでやってるだけです。そのお陰でアンデッド系の魔物は対処できるようになりましたよ」
「ええ、すごい。見た目は戦闘できるようには見えないのに……」
「戦闘らしい戦闘はしませんよ。呪いを解いたり、地面に張り付けたりするだけです。だから、剣も振ったことがないし、炎は出せるけど攻撃はできませんね」
俺は「灯火」を出して、部屋を明るくしてみた。死んだ魔物の霊たちが寄ってきてしまう。
「古代魔法だから、魂を導いちゃうんですよね」
「ここにいる魔物の霊ね。封霊箱に入れておいてくれる。後で話を聞けるかも知れない」
その小さな宝箱は霊を封印できるように魔法陣が仕込んであるらしい。とりあえず、「灯火」で封霊箱に魔物の霊を入れた。
「本当に入ってる。ええ!」
「もし、言葉がわからなかったら『翻訳』もできるんで呼んでください」
「ちょっとぉ、戦闘以外なら、なんでもできるってこと。すごいのね」
「そんなことはないです。ひとりで熊の魔物を解体できる方がすごいです」
実際数百キロもある熊を持ち上げたりしているわけだから、異常な筋力だ。
「補助魔法よ。これでも検死官とはいえ、衛兵だからね。バフやデバフの基礎魔法は知っているってだけで……」
基礎がすべてなのかもしれない。
「あ、忘れてました。近くの森で、新しい薬草の群生地を見つけて、狼がいうには地面の下に巨大な魔物の死体が埋まっているそうなので、一応報告しておきます。地図も書いたんですけど」
「わかった。巨大な魔物が埋まっている薬草の群生地ね。ちょっと待ってね」
ランパリは小さな方位磁石のようなものを取り出して、魔法を唱えていた。方位磁石はぐるぐると回って森の方角を指した。
「検死官の秘密道具か何かですか」
「そう。『道しるべ』の魔道具よ。方角がわかるだけなんだけどね」
「へぇ。でも、方角さえわかってしまえば、場所の特定はできるんじゃないですか」
「そういうこと。これも確か古い魔法だったはずよ。軍の基礎魔法に入っているから」
実は『灯火』の派生として『道標』という古代魔法が見えていた。
「ちょっと調べてみます。あの、飛び散っている血とか『清掃』しておきますか」
「お願いします! 本当に片付けが大変なのよ」
熊胆や可食部、骨、毛皮などをきれいに取り外していく様は、検死官というよりも解体職人という印象を受けた。
俺も補助魔法をかけてもらいながら、できる限り清掃していった。補助魔法は、ちゃんと自分の能力が上がるから、自分のどこが足りていないのか、どこの部位を鍛えればいいのかがよくわかる。以前、教官たちが若手への嫉妬や時代への焦りで筋トレをしているんじゃないかと思っていたが、補助魔法によって自分が鍛える部位がわかるから鍛えずにはいられないのかも知れないと考え直した。
「ありがとう。助かったわ」
「いえ、こちらこそありがとうございます。初めて補助魔法を受けたので新鮮でした。いい経験になりました」
俺は井戸で体を洗い、魔法図書館へと向かった。
「軍関係の基礎魔法が載っている本ってありますか」
そう言うとエルフ司書のシルヴァは驚いていた。
「ついに戦うんですか」
「いえ、『道しるべ』について調べたくて」
「古代魔法にもあるんですか」
「ええ。『灯火』を習得してから、派生したみたいで、しかも『道標』と名称も変わっているんですが、かなり近い魔法なんじゃないかと」
「昔の旅人の本もありますけど、そちらも紹介しますか」
「お願いします」
シルヴァに本棚を教えてもらい、『衛兵初等魔法教育(基礎)』と『サウスリミッドからノースエンドまで旅の記録』を読み始めた。




