魔法検体10《道標》#2
古代魔法「道標」は旅人の間でよく使われてきた魔法で、追跡するような効果もあったらしい。今は方角しかわからない「道しるべ」しか使われていないが、600年前の時点で昔はもっと便利だったはずだと言っていた。
そもそも街道や山道にあるケルン、つまり石積みから作られたと考えられると旅人の著者も語っている。石積みと言えば、深い霧などで道に迷わぬように、先人たちが後から続く者への目印として積んでいくものだが、転じて、その場所との関係を作る魔法だったのではないかと結んでいる。
だとしたら、古代魔法「道標」を使えば、森の奥の教会と関係を作ることができるということだ。
「関係を作るってなんだ。固定電話みたいなことか」
すでにリグモアを師匠と呼び、遺跡で亡者を倒し続けているので、関係自体は作ることはできているはずだ。ピンチになったら教会に飛ばされたりするんだろうか。
「この世界であれば、遠方と会話ができるだけでも便利なのでは……」
ぶつぶつ呟きながら本を読んでいたら、目の前にシルヴァが座っていた。
「あ、すみません。口に出してましたか」
「ええ。でも、夕方ですし、ほとんど利用者もいないので話してもいいのですけど、ちょっと『道標』についてお知らせがございます」
「なんですか」
「禁書になっている旅行記がありまして」
「はい。え、読めるんですか」
「セイチさんは、すでにいくつか禁術を使用されていますよね」
「すみません。できる限り、禁術だと思うような魔法は使わずに、仕事はしているつもりです。これを使うと、レベルが簡単に上がってしまうとか、おそらく魔王が使っていた古代魔法というものに関しては、極力使わぬようにしていますが……」
「それを聞いて安心しました。実は司書長とも話して、セイチさんに禁書を解禁しようとおもっているんです」
「禁書も読めるということですか」
「そうです。ただ、禁書の中には魔物化している禁書もありまして……」
「それは呪いでそうなってるんですかね」
「はい。その討伐依頼を請けてくださいませんか」
「それは指名依頼ですか」
「その通り。実はここのところずっと言い出そうか迷っていたんですけどね。ちょうど今日は誰もいないようなので」
「わかりました。一旦、現場を見させてもらってもよろしいですか。魔獣系の魔物になっていたら、対処のしようがない可能性がありまして」
「大丈夫だと思いますが、行ってみますか。禁書庫へ」
俺は読んでいた本を片付けて、二階の奥の部屋へ向かう。不思議と足がそこに向かわないような感覚があった。しかも禁書庫の扉の前に立つまで、そこに扉があることも認識できなかったような気がする。
「認識を阻害する魔法ですか」
「わかりますか。古代魔法の一種ですよ。盗賊が入っても、そもそも位置すらわからない。求めれば求めるほど遠ざかっていくエルフの呪術です」
「奥が深い」
「開けます」
「お願いします」
シルヴァは鍵を差し込み、扉を開いた。湿度が保たれているが、やはり空気が淀んでいる。
「『清掃』を使っても?」
「構いません」
「では、失礼して」
俺は禁書庫全体に『清掃』を放つ。いくつか本棚の本が動いた。
「ブックトラックを貸していただいてもよろしいですか」
「構いませんが、なにも魔法は付与されていませんよ」
「問題ありません。少々、魔物化した書物に張り付いてもらうだけです」
キャスター付きのブックトラックを貸してもらい、動いた本を「収納」していく。
牙がはみ出している本もあるが、魔物化した書物たちはおとなしい。
「ここから一気に行きます。まずは『接着』で張り付け、『灯火』で誘導し、『鑑定』を使い真名で縛り、『切断』で切り離す」
ゆっくりやって全6冊の本から、呪っていた亡霊だけを切り離した。後は『清掃』で浄化してしまう。
「あ、声を聞いたほうが良かったですか」
「必要ありません」
シルヴァは手を振って拒否していた。
「あと残っているのは、封印されている魔法書だけかと思います」
「よかった。3年ほど掃除もしていなかったので……」
シルヴァは司書仲間を呼んで、禁書庫の掃除を始めた。
俺は禁書庫から離れ、読書用の椅子に座って魔力の回復を図っていた。魔力を一度に使いすぎて、たちくらみがする。『清掃』だけでよかったのかも知れない。ただ、『複写』を知ってしまったせいで、いたずら書きまで消される可能性を考えると、やはり呪われた本だけを浄化したほうがいい。
隣の椅子に、白髪の女性が座った。おそらく高齢なのだが、肌に張りがあり、皺も少ない。
「解呪するだけなら教会に頼んでいました。東方の獣人の古い呪いも、南方の呪術師の呪いも時代が違えば、それは立派な文化です。例え、ちょっとしたメモ書きでも、その時代を写す鏡にもなり得る。呪いの真の名を看破し、それだけを浄化できるのは古代魔法を深く知るセイイチさん、あなただけでした。シルヴァの鑑定眼は確かですね」
白髪の女性は禁書庫を見ながら、はっきりと語った。
「司書長ですか」
「いかにも、魔法図書館司書長のゴールドバーグです。勇者が亡くなって、数千年が過ぎましたが、その間に世界には賢者と呼ばれる人たちが数人います。その多くが旅をしていました。世の真理を探求しようとすれば、移動は必須なのかも知れません。これが賢者の一人が書いた本です。古代魔法『道標』についても書かれています」
タイトルは『旅の終わりを見つめて』と書かれている。世界各地を旅しながら、崩壊した街について記述した本だという。
「司書室の奥に仮設のベッドを用意しました。読み終わるまでお使いください」
「ありがとうございます」
俺はそれから夜通し、司書室の奥で賢者の書いた本を読みふけった。賢者が書いたと言うだけあって、日記風なのに各地の情景が思い浮かび、寝食を忘れて没頭してしまった。眠くなってベッドに寝転がるのだが、続きが気になって、結局読んでしまう。その内に、文章であるのに、目の前に映像が浮かび始め、周囲がその場所に変わっていく。仮設のベッドだけが現世と繋ぎ止める依代になる。
古代魔法「道標」は、道を示したり、誰かを追跡したりするだけの魔法ではなかった。場所と確かな関係を作ることができれば、転移も可能になるのだとか。
旅の賢者は目薬草の群生地で出会った薬師の霊魂に、目薬草が育ったら転送するように頼み、以降、その目薬が旅の間の生計を立ててくれたと語っている。そんな仕組みを作ること自体、賢者の証だろう。
本を読み終えたと思ったら、俺は仮設ベッドで眠っていた。
目が覚めると、とてつもない空腹に襲われていた。窓の外は暗い。
「すみません。今、いつ頃ですか」
夜更けだったら、屋台が開いていない。
「日暮れ時よ」
シルヴァが応えてくれた。そもそも司書がいるということは、夜遅くはないということだ。
「ちょっとお腹が空いてしまって」
「セイチさんレベルが上がったんじゃないですか」
「そうかもしれません」
俺はそのまま外に出ようと思ったら、シルヴァに止められた。
「ちょっと待って。報酬の一部を渡しておきます」
銀貨5枚、報酬として渡され、俺は広場まですっ飛んでいった。
広場に着けば、順番に串焼きやホットドッグ風の肉野菜炒め挟みなどを買い込み、そのまま食べていく。
「なんだ、兄さん、レベルでも上がったか」
おかわりを頼みに行った屋台の店主が聞いてきた。
「そうみたいで、お腹が空いてしまって」
「おう。だったら安くしておくよ! おーい! この冒険者レベルが上ったってよ!」
「うちのも食べていきな! 図書館通いの冒険者だね!」
「あたしの肉スープも飲んでいきなよ!」
「水路に飛び込んだ冒険者だろ!」
なぜか広場の人たちに俺は知られているらしい。結局、財布が空になるまで俺は屋台の人たちから食べ物を恵んでもらった。
腹が膨れて動けなくなったので、魔法図書館の外にあるベンチで休んでいたら、やはりそのまま眠ってしまった。
再び、起きたのは朝方だ。外のベンチで寝ているのに、毛布がかけられている。司書の誰かが気を使ってくれたのか。俺は図書館が開館するまでに、広場を『清掃』して、図書館周辺を掃除しておいた。
開館したら、ゴールドバーグ司書長に禁書と毛布のお礼をしてから、冒険者ギルドの宿に戻った。
「魔法図書館からの緊急依頼が来ていましたけど」
冒険者ギルドでミラが声をかけてきた。
「禁書庫の魔物討伐であれば、終わりました。ただ、もう少し確認したいことがあるので、待ってもらっていいですか」
「いいけど……」
「あと、報酬の銀貨5枚は受け取ってます」
「ちゃんと冒険者ギルド通してくださいね」
「はい」
俺は井戸で体を洗い、魔物研究所の張り紙を見た。
『ただいま、魔物調査中のため不在』
おそらく、森の薬草群生地に行っているのだろう。
「俺も行こう」




