魔法検体08《複写》#2
メモ書きの魔法陣は、声と人格が合わないという問題を突きつけられてから、丸一日が過ぎていた。ずっと考え続けているが、どうやら前提を勘違いしているような気がしてならない。
俺が調べているのは古代魔法の「複写」だ。「複写」のページにあった、いたずら書きの魔法陣ではない。どこか俺は、このいたずら書きの魔法陣が「複写」の魔法陣であったらいいなと思いすぎていたようだ。これはあくまでもいたずらをした者の声を出す魔法陣だ。
記憶を持っている主体は、別の誰かであって、元鍛冶屋の娘でもいいし、死者でも構わない。ただ本の記憶を「複写」している俺が勝手に混乱しているだけ。
それで良かったはずなのだが、魔法陣を紙に模写し、木の板を使って実験してみると、「転写」できた。
「やっぱり、『複写』の魔法陣じゃないか」
俺は何を間違えているのか。古代の世界を想像できていないのか、それとも他の古代魔法と同じように、実は効果が複数の領域にまたがっているのか。文字や図形だけでなく、声まで再現している。
なんとなく律令制があれば、文章をコピーするという機能は重宝され、『複写』という魔法が作られたと思い込んでいたが、声もコピーできたのであれば、王の声を使い、いくらでも政変を起こせただろう。
俺はそこまで行き着いて、急いで屋台でサンドイッチを買い込み、魔法図書館へと向かった。歴史書から学ぶことは多い。前世とは違う世界で生きているのだから。
この世界で勇者は二度、魔王と戦った。一度目は1万2000年前という途方もない昔の話で、次が4000年前に戦ったとされている。実はその間の8000年こそが、最も魔法が発展した時代だそうだ。人間の平均寿命が60年ほどだというから、本当に昔で、遺跡や石板くらいしか残っていない。では、4000年前から現在までの間は、なんの時代だったのか。
当然、魔物は出るし、人間同士の戦争は起きていた。魔法は細分化され、廃れ、再発展してきた。俺の位置は再発展できるかどうかを調べているようなものだろうか。
ふと、腹が空いていることに気づいた。屋台で買ったサンドイッチも食べていない。一度、外に出てベンチで昼食を取る。
ちょうどシルヴァも遅めの昼休みだったらしく、一緒に食べることにした。
「随分、熱心に調べてらっしゃいますね」
「ええ、古代魔法の迷路に迷い込んでしまいまして、どうにも思い込みが抜けないんですよ」
「ま、そういう時はのん気に空でも見上げて、ふと気づくこともあるでしょう」
ふと空の雲を見上げながら、前世のことを考えた。サンドイッチはすべてビニールに包まれ、袋もすべてビニール袋だった。この世界はすべて包み紙や紙袋だ。本も紙で、紙の文化が栄えているとも言える。ここまで本があるのだから、印刷技術は発展しているし、記録媒体としても優れて……、いるのか。
「この魔法図書館で、最も古い本は1000年前くらいの本ですか」
「そんな古いものはありません。せいぜい400年前のものでしょう」
タイムスケールを考えると、ここにズレが生じている。8000年もの間、魔法が発展し続けたと言うが、紙媒体ではすぐに廃れてしまう。
石板、木簡、羊皮紙などもあっただろう。だが、最も魔法の技術を伝えていたのは伝聞だったのではないか。
「学ぶとは真似ぶから来ているという話は通用しますか。いや、古代の魔法使いたちは学校で学んでいたのですか」
「いえ、それぞれの国で親から子、師匠から弟子へ伝えられていたと思いますよ。もちろん、学校があった時代もあるとは思いますが、今ある魔法学校で歴史が古いものは、せいぜい1000年ほど前にできた学校です」
「シルヴァさん、何か危険じゃない魔法って今使えますか」
「街中で使えるような魔法なんて……、まぁ、こんなのはどうですか」
そう言って、シルヴァは、手のひらから光の玉を出してみせた。日が傾いているとは言え、まだ日が出ている時分なので、こちらに注目する通行人はいなかった。
「ちょっとした照明の魔法です」
俺は古代魔法「複写」を使った。
「彼の者の我が師なり。余すことなく、その知の恵みを伝え、再現すべし」
簡単な呪文だった。
俺の手のひらから、光の玉が出た。
「真似をしたんですか」
「そうです。『複写』は、文章を転写するだけの魔法ではありません。記憶を読み取り、魔法陣で声を残し、魔法を再現する伝聞を補助する魔法です」
おそらく情報構造の再現と言っても伝わらないだろう。古代の魔法使いたちが発展させた魔法を学ぶ方法そのものだったのかもしれない。
森の奥で過ごしていたら、ここまで辿り着けなかっただろう。
「学ぶ環境もバランスが大事ですね」
「その通り。でも、朝から、川に飛び込むような真似は止めたほうがいいですよ。噂になっています。古代魔法を勉強し過ぎて、メモを見ながら歩いていたら川に落ちたと」
「随分、曲解して伝わっていますね。墓地で見つけた人魂に自分の死体のあった場所を案内させただけなんですけど。まぁ、誤解も受け入れましょう。なにかに繋がるかも知れませんから」
「ええ。古代の魔法を学ぶエルフは多くいますが、人族では珍しい。エルフたちが興味を持って見ていますよ」
「そんな種族の特性があるとは知りませんでした。学ばないといけないことが多い」
昼食を終えて、俺は魔法図書館で歴史書を読んでから宿へと戻った。
冒険者ギルドの訓練場では、いつものように仕事を終わりの冒険者たちが剣術や魔法の訓練をしていた。街の冒険者たちは強くなるための訓練に余念がない。
俺は自室で、こっそり魔法使いたちが使う魔法を「複写」しようかと思ったが、火の槍や水の刃など、部屋に被害が出そうなので止めた。
冒険者の技術教官たちがちゃんと筋トレをしているのも、今ではよく分かる。「複写」で真似できない自分たちの確かな力を底上げしているのだろう。裏を返せば、技術を真似されて自分よりも上手く技術を使いこなす若手が怖いのかも知れない。
ある程度地位を得た者たちは、維持に走る。時代は進み続けているから、維持そのものだけでは衰退していく。その不安を解消するために、筋肉だけは育てておくという思考なのかもしれない。
俺は、「複写」の魔法陣から吐き出される声を思い出して、いたずら書きをした者の人格まで再現しているのではないかとすら思った。
学ばずにはいられない。時代についていけない自分を認めてしまうと、生きていく縁すら奪われてしまった気持ちになるから。
「気持ちはわからなくはないんだけどな」
俺は一度死んで転移してきたからだろうか。古代魔法を頼りに、時代を遡り、過去に思いを馳せていくことで、知識が徐々に広がっていくことが好きなのだろう。別に未来に希望がないわけではないが、今は、どうして古代魔法から現代の魔法になったのか、その繋ぎ目、魔法を殺した犯人は本当に時代だったのかが気になる。
その知的好奇心のほうが、時代についていけない不安や他人の目よりも強いだけなのだろう。




