魔法検体08《複写》#1
街に戻り、遺跡の拾得物を冒険者ギルドで換金し、宿を取った。
「セイチは少し強くなったの」
猫耳職員ことミラが声をかけてきた。
「いえ、修行の身ゆえ、強くありたいと思うものの、強くはなれておりません」
「何を言ってるのよ」
「墓地に亡霊が現れたら、教えてください。力になれるかと思います」
「依頼が出てるから、依頼書を持ってきて。修行に行ったら、余計に面倒な奴になって……」
依頼を受けて、夜中に墓地へ行くことにした。
夜までは暇なので、魔法図書館へと向かう。途中で、教会にも挨拶へ向かい、シスターと雑談した。
「レベルを上げましたか」
「それほどでもありません。でも、リグモアさんを紹介していただいて本当に良かった。いい師匠に恵まれました」
「それは良かった」
「まだ、修行の途中ですので、また修行終わりにご挨拶に伺いますので、その折にはよろしくお願い致します」
「いえいえ、我々もセイチさんが成長してくれれば、こちらとしても喜ばしいことです」
教会の人が言うことは、腹の中で何を考えているのか本当のところはわからない。それでも、俺が成長することで、教会の利益になるようなことがあるなら、それはそれでいい。おそらく修行で得られた個人的な成長はこういうところに現れている。自己の利益よりも他者の利益を考えられるようになることだ。
死者とばかり向き合ってきたから、思いが巡り巡って自分に返ってくることがわかったからだろう。姿形は土地に縛られるし、執着が後悔へと変わる。現世では手放すことで解放され、知識も人間としても広がっていくのだろう。
魔法図書館でエルフ司書ことシルヴァに挨拶すると、「おかえりなさい」と言ってくれた。
「まだ修行は続いています。今日も夜に仕事があるのですが、それまで古代魔法『複写』について調べようと思いまして」
「ああ。それなら、出版関係の本で調べるといいと思います。活版印刷ができて1000年くらい経ちます。これまで印刷はかなり変化していますので、『複写』が忘れ去られてしまったのでしょう」
古代魔法「複写」は文章を複製する魔法だ。要はコピー技術だが、わざわざ文章をコピーするのは、諜報機関など限られた者たちだけ。識字率が上がるより前に、印刷技術が広がっているこの世界では、魔法を使ってコピーするという思考自体が失われているようだ。
つまり古代魔法「複写」は時代の流れ、タイミングによって殺され、忘れ去られた魔法だった。
「シルヴァさんは知っていたんですか」
「司書だからです。本にまつわる魔法は一通り覚えていますよ。資格試験がありますから」
特定の人たちには今でも残っている魔法ということか。
「ここまで知識が重要な仕事が多いというのに、広がっていないんですね」
知識次第で自分よりも高レベルの魔物を倒してきたので、情報取得を軽んじている冒険者界隈には違和感がある。
「そう思える人は、冒険者ではなく学者になっていくんです」
「なるほど」
「こちらです」
出版関係コーナーに連れて行ってもらい、『古代の印刷技術』『デスクワーク魔法大全』を持って、読み始める。『デスクワーク魔法大全』は、随分古い書で、すべて「複写」可能だそうだ。
メモ帳を使って早速試してみると、紙のサイズに合わせてコピーしてくれる優れた魔法であることがわかった。ただ、不思議なことに元本では消されているいたずら書きまでコピーしていた。つまり、その本の記憶まで複製していることになる。
しかもそのいたずら書きが、どうやら魔法陣のようでもある。ただ、いたずら書きの上にいたずら書きを重ねるという荒業に出ていて、本の歴史上、かなり被害を受けた一ページになっていた。
読み込んでいたら、すっかり日が暮れていて、シルヴァに挨拶をして外に出た。屋台で夕飯を買い込み、町外れの墓地で食べながら、灯火を使って亡霊を呼び寄せる。その間、ずっと片手で複写したメモ書きのいたずら書きを見ていた。
古代、魔法陣は魔を封じるためにあった。事実、何も書いていないビンにいた霊魂は、抜け出していた。魔法陣などで縛らないといけないということだろう。
もしかして、いたずら書きの魔法陣も何かを閉じ込めていたのかもしれない。
そう思いながら、墓から出てきた亡霊を『清掃』で昇天させた。他にも人魂なども出てきたが、どうやら墓地そのものが街中から霊体の魔物を呼び寄せているらしい。
街の城壁も近く、風もなかなか吹いてこないため、淀んだ空気のたまり場になっているのだろう。新人冒険者の訓練場のようになっているのかもしれない。
ただ、そんなことは関係なく、例え街でも実験は続ける。
空の酒ビンに人魂を『収納』し、いたずら書きのメモの上に置いてみる。
「なんだぁ。どうなってんだぁ!?」
ビンのそこからくぐもった声が聞こえてきた。ビンを持ち上げると、途端に声が聞こえなくなる。もう一度、置いてみると、やはり声を上げていた。
「実は俺は、街の盗賊ギルドに入りたかっただけなんだ。仕事は何をやっても上手くいかねぇ。でも、言われたことだけはやっていたから、どうにか鍛冶屋で働いていたんだけど、冒険者も武器を持たない時代になった。それであっさりクビよ。酒を食らって伸びていたら、声をかけてくれた奴が盗賊だって言うんで話を聞いて仲間に入ろうとしたんだけど、水路に落ちてこのザマさ」
それがこの人魂の死に様だった。
この魔法陣は、記憶を語らせる魔法陣なのだろうか。俺は、「灯火」を使い、人魂を自分の死体まで案内させた。明け方にはなっていたが、半裸で水路に飛び込む俺を見て、市場帰りの商人たちが笑っている。
「衛兵を呼んでおいてください」
声をかけてから、水路に飛び込む。
夜でも暑い夏日だったから冷たい水が気持ちよかった。
朝日に照らされて、よく水の底が見える。底の砂利をかき分けると、数体の死体が埋まっていた。
「あんた、死体を見つけたのかい?」
野次馬の商人が聞いてきた。
「ええ、墓地の人魂の討伐依頼が出ていたもので。死体が出たら、衛兵の仕事です。要らない樽か何かありませんか」
「壊れた樽ならあるけど、死体を入れるくらいならできるぞ」
そう言って、野次馬たちが持ってきてくれた樽に川底の死体を「収納」していく。白骨化しているものの衣類などは残っているので、身元はいずれわかるだろう。
衛兵が眠い目をこすりながらやってきたので、俺は報告をしてお役御免だ。
俺は冒険者ギルドの井戸で体を洗って、依頼達成を報告したら、水路での一件が噂になっていたらしく、中年職員に褒められた。
「死者のために一肌脱ぐ冒険者なんて、あんまりいないから、話題になってるぞ」
「遺跡で散々実験に使っていたんで、最後まで見てやらないと寝覚めが悪いんですよ」
「街の商人たちから指名依頼もきてるが、どうする?」
「それは、また今度にしてください。まだ、事件は解決していないので」
古代魔法「複写」の件だが、中年職員は水路の死体の事件だと思ってくれた。
部屋で一眠りして、昼頃起きる。一日のスケジュールが決まってきた。
「複写」のページに書かれたいたずら書きを見ながら、なにか変だと思いながら、別の紙に書いてみたり、試行錯誤をしてみる。声が出る魔法陣であることはわかるが、なんの魔法陣なのか。
昼食を食べて、再び魔法図書館へ向かう。
今度は、魔法陣についての本を探した。魔法図書館だけあって、魔法図書はかなり充実している。魔道具にも魔法陣を描くため、魔道具師と呼ばれる技術者たちも大勢来ていた。
「本に魔法陣のいたずら描きをしている人っていないですよね」
「いないわ。いたら、本が燃えたり水浸しになって大変だもの」
魔道具師っぽい女性が教えてくれた。
「もし、本から声が出る魔法陣があったらどうです?」
「それは魔物だと思いますけど……、でも、目が見えない人に向けた本ならいいんじゃないですか。もしくは作業中に誰かの声が聞きたくなったときとか……。私たち工房の人間は夜中に作業をすることが多いから、時々、人の声が聞きたくなる時があるんですよ」
「なるほど、それは確かに需要がありますね。ありがとうございます」
やはり市井の人に聞かないとわからないことは多い。目が見えない人に内容を読み聞かせるためのいたずら書きだったとすれば、納得できる。また、夜の作業者など寂しい人向けに声を聞かせる魔法というのも面白い。
「ちなみに、この魔法陣は知っていますか」
俺はメモ書きの魔法陣を見せた。
「んん、なにかに似ている気がするんだけど、今思い出せないな。他の人に見せてもいいですか」
「もちろんです」
その魔道具師は、隣の魔道具師に見せていた。
「あ、これ『転写』の魔法陣だよ」
「『転写』ですか」
「そう。私たちは魔法陣を掘るのが仕事だから、先に羊皮紙や紙に魔法陣を描いておくのね。それを樽とかに転写して彫ったりするんだ。その転写する時に使う魔法陣に似ているけど……、ちょっと違う?」
「でも、似てますよ」
現代では「転写」という魔法になっているのかもしれない。「複写」から「転写」になったとしたら、求められる技術者たちの需要によって変化した魔法なのかもしれない。
メモ書きの魔法陣は「複写」そのものの魔法陣だったのだろうか。
「セイチさんはいますか」
シルヴァが俺を探していた。
「どうかしましたか」
「衛兵が探しています。なにかしましたか」
「ちょっと今朝方、水路で死体を発見しまして」
「死体ですか」
シルヴァの声が図書館に響く。
「失礼いたしました」
謝るシルヴァを置いて俺は、入口へと向かった。
「ああ、調べが付いたから、一応、報告をしておこうと思ってな」
「わざわざすみません」
「いや、死者のために冷たい水の中に入る冒険者など少ない。こちらからも捜査協力の礼をいう」
「いえいえ、それで誰だったんですか」
「おそらく人魂の正体は、女鍛冶師だ」
「お、おんな鍛冶師!?」
「ああ、ミスリルなんかの繊細な素材を使う時は女性の鍛冶師たちが腕を振るうことがこの国では多いんだよ」
てっきり鍛冶師というから男だと思っていたが、女だったとは思わなかった。いや、そもそも魔法陣から聞こえてきたのは男の声だったはずだ。
「他にも、盗賊ギルドに入らないかと詐欺師に誘われて、命を落とした者がいたみたいでな。過去とは言え連続殺人事件として捜査することが決まった」
「どうやってそんな事がわかったんです」
「衛兵の中にも死者の声を聞ける者がいるのさ」
「そうですか……」
俺は混乱していた。人魂が案内してくれたから死者は女鍛冶師で間違いない。だが、メモの魔法陣から聞こえてきたのは男の声だった。
古代魔法「複写」は記憶もコピーするし、使用者の声も複製するのか。
「ご苦労さまです」と衛兵を見送ったものの、俺はしばし心ここにあらず。いつの間にか古代魔法の迷路に迷い込んでいるようだ。




