6.妹が世界を救ってから(6)
「放射能はでないけど、同じくらいのエネルギーを放つ古代の兵器よ」
さらに芽衣子は、アルミニウムに魔的な力で性質変化を起こしてなんたらかんたらとパイントルタの製造過程を説明したが、「それよりも」と、陽介が力強く遮った。
「そんな兵器を……何に使うんだ!」
「魔人を倒す」
「すでに倒して平和になったと、いってなかったか?」
「たしかに、魔人の王は倒して平和になった。でも、全滅できたわけではない。生き残りがどこかに隠れ、潜んでいるはず」
「魔人というのは、皆殺しにせにゃならんのか」陽介は眉をよせた。
「そうよ」芽衣子は目を細める。「なに? 可哀想だといいたいの?」
「いや……。平和になったんだからもういいだろう。そう思っただけだ」
「永遠に平和になったわけではない。やがて魔人たちは力を蓄え、また戦争がはじまる」
「今は凪の状態というわけだな。平和はどれくらい続くんだ?」
「二〇〇年ぐらいだと、研究者たちの多くがいっているわ」
「二〇〇年! だったら、俺も芽衣子も生きてはいないぞ。そんな未来のことまで、責任を持つ必要があるのか!?」
「二〇〇年先だとしても、あの悲劇が繰り返されることがあってはならない……」
「いや、でも……二〇〇年だぞ。二〇〇年先なんて、日本が……いや人類が滅びていても、さほど不思議ではない。そんな先のことは、どうでもいいだろ!」
「どうでもいいなんて、酷い! お兄ちゃんは、魔人との戦争を知らないからそんなことがいえるんだ!」
芽衣子が眼に涙をためて怒鳴った。その顔を、陽介は何度も見てきた。芽衣子は怒ると、こんな表情をして肩や背中を叩いてきたものだ。そんなときは、存分に叩かせてやった。
だがもう、そんな幼い芽衣子はいない。
「ああ、知らないね」
「ある村が魔人に襲われたとの報告があって、私たちの部隊が大急ぎで討伐に向かったけど、すでに遅かった」芽衣子はうつむきながら続ける。「さんざんいたぶられたあげくに殺された子供たちの遺体がいくつもあった。あの子たちの亡骸に貼りついた……恐怖と絶望の表情は……今でも忘れることができないわ……」
「魔人を皆殺しにする必要性は理解した」
「そう、だから私は、アルミニウムをアルキアスに持って帰らなきゃだめなの」
「だとしても、一円玉はやらん」
「どうしてよっ!」と返す視線には、敵意が宿っていた。芽衣子の怒りの表情はさんざん見てきたが、この表情は初めてだ。
「別に意地悪しているわけじゃないし、たかが一万ぐらいの金が惜しいわけでもない」
「だったら、なんで!」
アルキアスなんかに行ってほしくないからだ! その言葉を呑み込み、あさってな方向に視線をやった。
「母さんは、今なにしてんだ?」
芽衣子はこちらを睨んでいたが、やがて、ふっと息を吐く。
「眠ってる。ていうか、私が魔法で眠らせた」
「母さんにも、さっきの話はしたのか? 一円玉がどうのじゃなく、この家を出て、また変な世界に行くってことを」
「いったよ、お母さんはすごく反対した」
「そりゃそうだ」
「説得は無理そうだったから……魔法で眠らせた」
「……俺にも、そうするのか?」
「今はできない。一円玉のありかを教えてもらうまではね」
「俺は教えないぞ」
「あら、そう」芽衣子は目をパチクリとさせてから、人差し指を天に向けた。その先に米粒よりは大きいていどの炎が現れる。
「なにをするつもりだ!?」
「なんだと思う?」芽衣子は挑発的な笑みで返した。
「そうだな」陽介はやや震える指でタバコを取りだした。「火、つけてくれよ」
「そうね」
芽衣子は陽介の胸を指さす。炎は陽介のネクタイに着地、火柱をあげて燃えあがる。踊るように手足をばたつかせてから、半分以上残っていたビールをすべて胸にぶっかけて、なんとか鎮火させた。
「なにしやがる!」陽介は怒鳴ってすぐ、目を見開いた。芽衣子の指先に、新しい火球があったのだ。野球ボールほどの大きさだ。
「一円玉はどこ?」芽衣子がいうと、野球ボールがソフトボールになった。
「ふざけるな!」
「ふざけてなんかない。早く一円玉をよこさないと、お兄ちゃん……死んじゃうよ?」炎がバレーボールの大きさになった。この大きさだと、ただの火傷ではすまない。
陽介はしばし放心してから呟く、「もし、もしも、タイムマシーンがあったら……」
「タイムマシーンって、現実逃避?」
芽衣子の不満げな声がして、我に返る。芽衣子のいうとおり、タイムマシーンなどと現実逃避している余裕はないのだ。
「タイムマシーンは忘れてくれ。思考が少し脱線しただけで、俺がいいたかったのは、それじゃない」
「じゃあなによ」
「芽衣子よ! アインシュタインの相対性理論は知ってるか?」
「なんの話? 時間稼ぎ?」
「時間稼ぎでいってるんじゃない。俺が伝えたいのは、時間は相対的であり絶対的ではないということだ!」
「意味わかんない」芽衣子は首をふってから、真剣な表情をした。「早くしないと、お兄ちゃん本当に死んじゃうよ」
炎の玉はバスケットボールよりも大きくなっていた。
「時間の進みは絶対じゃなく、相対だ!」陽介は早口で続ける。「アルキアスと地球では時間の進みが違う。俺にとっては、ほんの一〇分で、芽衣子が二〇歳になったんだ。もう、そんな悲しい思いはしたくない!」
「悲しい思い?」
「そうだ! なぜ、勝手に大人になった! 俺は、芽衣子が成長するのを全力でサポートするつもりだった。中学の卒業式は、どんなに仕事が忙しくても出ると決めていた。受験だって、わからない問題があれば、朝まででもつきあっていいと思ってた。大学に入ると金はいるが、芽衣子のためならいくらだって残業した! だって俺は芽衣子を幸せにしなくちゃいけない。そうっ、父さんの代わりに!」
「あっ、そう」と芽衣子は吐き捨てるようにいった。「悪いんだけど、アルキアスに帰っちゃうと、もうここに来る予定はないんだけどね」
陽介は驚きのあまり絶句したが、やがて、怒りが込みあげてきた。
「そんなにアルキアスが、大事なのか!」
「うん」と芽衣子は頷いた。




