5.妹が世界を救ってから(5)
「別に結婚するわけじゃないんだけどね。一度くらい着てみたかったんだ……思い出になるでしょ」
「思い出になる?」
「もう、この世界には戻れないかもしれないし」
「ちょっとまて! 戻れないってどういうことだ!」
「今夜ね、アルキアスに帰るの」
「帰るってなんだ!?」
「そのままの意味よ」芽衣子は不思議そうにいった。
「なんのためにアルキアスに行くのかって、訊いているんだ!」
「そうね。お兄ちゃんが冷たいからかな」芽衣子が視線を下に落とす。
陽介は一瞬固まったが、「すまん、芽衣子」とすぐに謝罪した。
「明日だ。明日、納品なんだ。客先に行ってインストールすれば、当分はおちついた生活ができる。だから……考え直してくれ。頼む」陽介は真摯に頭をさげてから、真っ直ぐに芽衣子を見た。
「アハハ、ウソウソ。お兄ちゃんのせいなんかじゃないよ。アルキアスに帰るのはアタシの意志。もともとこっちには用事があって来ただけだしね」芽衣子は愉快そうに笑う。
陽介は気分を害した。芽衣子の嘘に対してだけではない。アルキアスには『帰る』と表現し、芽衣子が育った我が家は『来た』と表現したこともだ。
「そうか、兄と母親は捨てるわけだな。まあ、芽衣子様はアルキアスとやらでは英雄らしいから、向こうではさぞかし優雅な生活が待っているわけだ」これでもかというくらい、意地悪な声でいってやった。
「あら、お兄ちゃん。案外、可愛いこというじゃない」芽衣子はわざとらしく驚いた表情を作ったあと、微笑む。
軽くあしらわれたようだ。陽介は溜息で応じ、その場に腰を降ろした。
「立ち話もなんだ。座れよ」
芽衣子は素直に頷いて、対面に座る。陽介は次の言葉を全力で探したが、先に芽衣子がいった。
「ねえ、お兄ちゃん、お願いがあるんだけど」
「なんだ!?」
「欲しい物があるの」
「何が欲しい!」と、即座にくいついた。金でカタがつくなら楽なもんだ。「靴か? 服か? 鞄か? 全部か?」
「ん」芽衣子は子気味よく首を傾げた。「お兄ちゃんって昔、一円玉集めてたんでしょ。それ、ちょうだい!」
「なぬ!?」数一〇万円を覚悟していた陽介としては肩透かしをくらい、声が乱れた。「まっ、まあ、別にいいけど……一円なんかどうするんだよ?」
「どれくらい集めたの?」芽衣子は答えず、質問で返した。
「小さい段ボールに半分くらいだ。金額は……一万とかにはなるのかな? 正直よくわからん。……で、それがなんだって?」
「ねえ、その一円玉。まだある?」
「ああ、外の物置の奥にあるだろうが、なにに使うんだ? そんなものに期待しなくても、欲しいものがあれば買ってやるぞ」
「一円玉がいいの」
「だから、なにに使うんだ?」
陽介は聞いたが、やはり芽衣子は答えず、質問を重ねた。
「どうして一円玉集めてたの?」
「よくは覚えていない。なんとなくだ」
「うそ」芽衣子が片目を閉じる。「ちゃんと教えて、ね」
ため息のあと、陽介は口を開いた。
「集めてたのは、俺が小学生だったころで、芽衣子はまだ産まれていない。ホントにたいした理由はなく、そのとき担任だった小学校教師の言葉がきっかけだ。一円玉はアルミニウムでできていて、物質的な価値では同等の一円、製造コストも合わすと一円よりずっと高いってな。一〇円玉より一円玉が一〇枚のほうがずっと高価で、一万円札ならなおさらだと。クラスのみんなはレアカードなんかを集めてたけど……俺は奇をてらって、一円玉に執着してみたのさ」
「ふーん」と芽衣子は興味なさそうに、相槌をうった。
自分で訊いといてその態度はなんだ! そういってやりたかったが我慢した。
「まあ、そういうわけだ。で、それよりも、いいかげん教えろよ。一円玉なんてもの、なんで欲しいんだ?」
芽衣子は髪をいじってはぐらかすも、ため息のあとに答える。
「一円玉というより、アルミニウムなの。アルキアスではすっごく貴重な金属で、パイントルタを作るのに必要なの」
「パイントルタ? パイナップルのお菓子……じゃあ、ないよな?」
違うわよ、と芽衣子は笑ってから、ややぎこちない笑みを貼り付ける。
「パイントルタは最高威力の魔道兵器。地球でいうところの……核兵器みたいなものかな……」
「核兵器……」と、陽介は目を見開いた。




