50.魔女と呼ばれた女の覚悟(2)
芽衣子はなにもいわずに後ろをついてきた。
外に出る。
いきなり地面が遠くなり、陽介は絶句した。自身が一〇〇メートルほども地面から上にいると理解するまで、しばらくかかった。そして一気に降下、陽介は悲鳴をあげた。
急降下は地面にぶつかる寸前で止まり、残り二メートルはゆっくり降りた。
地面に足が着くと同時に、陽介は産まれたてのシマウマのように四つん這いになって震えた。
その隣で、「はい。神社にとーちゃーく」と芽衣子が自慢げにいう。
息が整ってから、陽介は芽衣子を睨んだ。「死ぬかと思ったぞ……」
「急げって、いったじゃん」
芽衣子に悪びれる様子はない。陽介は舌打ちをしてから立ちあがった。
高台にある小さな神社だ。
参道は一〇メートルもなく、本殿も軽トラほどのサイズだ。だが、石の鳥居は立派で、そこをくぐるには一〇〇段もの石段を登る必要がある。
陽介は鳥居に背中を預けた。芽衣子は鳥居の前の石段に腰を下ろす。
心地よい夜風が吹き、陽介はふと昔のことを思いだした。
芽衣子が一〇歳にもならないころだ。この近くを通るたびに、鳥居をゴールに一〇〇段を登る競争をせがまれた。
だいたいは負けてやるのだが、たまにはぶっちぎって今のように鳥居を背に芽衣子を待つこともあった。
息を切らしながら登りきった芽衣子はふてくされていて、石段に座り、蹲るように膝を抱えて顎を乗せていた。
そう、今のように。まだ、父が健在だったころの話だ。
「あの時……鼻にピーナツを入れることがなければ、違う未来があったのだろうな……」
陽介は独りごちるも、目ざとく聞きつけた芽衣子がふり向く。
「私は後悔してないよ。だって……」
「だって?」
「鬼塚さんの巻き添えになって、ヨースケが死んでいた未来もあったかもしれない。中一の私には、その未来は耐えられなかったかな……」
「そう、か……」
息を吐きながら目を閉じる。また、いい風が吹いた。
微かに石階段を登る音が聞こえ、やがてコツコツと明確になっていく。
「あっ、本当にジンがきた」芽衣子が立ちあがった。
陽介にもリュックを背負ったジンの姿が見えた。早足だったジンだが、こちらと目が合うと歩調を緩め、ポリポリと頭を掻いた。
「あれれ。いつの間に」
「悪いな。芽衣子も連れてきた」
「そうですか……。まいったな」
石段を登りきり、ジンが苦い笑みを漏らす。
「なにを企んでるの!」芽衣子はジンを睨む。
助けを求めるように、ジンがこちらに視線を向けてきた。
「アルキアスを平和にする。その方法を説明しておこうと、俺の目が覚めるのを待っていたんだろ」
「ええ、そうです。でもメーコ様も起きたようなので、急いで家を出ました」
「芽衣子には聞かせたくはなかった、ということだな。で、どうやってアルキアスを平和にしてやろうというのだ?」
「もう、陽介君はわかっているのでしょ。この中身がなにかも」
ジンはずいぶんと重そうに、リュックを下ろした。
「一円玉だろ。銀行で両替したのか?」
「ええ、そうです」
「どういうことよ!」芽衣子が声を荒げる。
ジンがなにかいいかけたが、先に陽介がいった。「抑止力だ」
「なに?」芽衣子は眉をよせる。
「地球では大国どうしでの戦争はない。核を持っているからな。核の威力が強すぎて、戦争はできない。それが核の抑止力。それと同じことを……アンタはやろうとしているわけだな」
「そのとおりです」ジンが頷く。「ハイングランド共和国が不幸にまみれたのは、イコウル帝国にのみパイントルタがあったという不均衡です」
「帝国だけじゃなく、アンタの国にもパインがあったら、悲劇は防げたというのか? 悲劇が起きる国が変わっただけだろうに?」
「そうですね。二国だけが所有するというのであれば、先にパイントルタを使用されたら、との恐怖心から、むしろ悲劇が起きるのが早まったはずです。その悲劇がどちらの国に起きたかはわかりませんが、ハイングランドの議長だった私は、パイントルタでの先制攻撃を決議するのに尽力したでしょうね」
ジンは一度頷いてから、強い視線を向けてきた。
「だが、複数の国にパイントルタがあれば、どの国も使えない状況にもっていくことができる」
「じゃあ、アンタはアルキアスに戻って、一円玉を配って回るというのか?」
「ええ。『抑止力』を最大限に発揮できるように配分します。アルキアスにはハイングランド共和国、イコウル帝国、太陽王国、メインエヌ公国、ドット自治都市連合の五つの大国がありました。今はもう、ハイングランドは存在しないので、残りの三国に配ります」
「パインは三つ増えて、合計四つになるというのだな」
「ええ。この四国というのが実に都合がいい。二国対二国の敵対関係に持っていけば、同盟国は運命共同体となり、敵対国に攻撃された場合には報復する条約を結ぶことになる。そうなれば……」
「何を熱く語ってんのよ、ふざけるな!」えらい剣幕で芽衣子が割り込んだ。「パイントルタは私の古代魔法でぶっ壊すのよ! なにを勝手に方針変えちゃってんのよ!」
「メーコ様はきっと、古代魔法を打てない」ジンが首をふった。
「はぁ! この私が、死ぬのが怖くて逃げるとでもいうの!?」
「そういう意味ではありません。これはウルメールのメンバーにも秘密にしていましたが、パイントルタ内部の制御室には魔導士と魔導技術士以外に、つねに幼児を一〇人ほど置いています」
ジンがいうと芽衣子の顔から色が消えた。




